第247話 砂塵と凶作

「村に火を放て」


勇者たちを乗せてきた馬車が置いてある村の入口。


馬に乗ってそこまで戻り、待機していた騎士たちに命じたのは、『聖浄騎士団』団長スターチスである。彼は、カラコルム卿の屋敷の手前で戦闘が始まったことを見届けた後、すぐに引き返してきたのだ。その目的は、勇者たちを焚きつけることである。


騎士団によって、無慈悲に火の精霊魔法で攻撃された家々は、瞬く間に燃え上がり、その飛び火は、まだ刈り取りが終わっていない麦畑までも引火させた。


住民たちは、家から飛び出し、阿鼻叫喚の様相を呈している。


煙と異臭と周囲の騒音により、仮眠を取っていた黄河南天が起き上がった。


「どないした?何の騒ぎや?」


そこにスターチスの命を受けた騎士の一人が馬車の扉を開け、報告する。


「大変です!カラコルム卿の屋敷から出てきた教団信徒にミキト殿が襲撃されました!村の者たちも一斉に武器を取っています!」


「なんやて!?」


慌てた黄河南天が馬車の外に出る。

続いて赤城松矢も顔を出すと、彼も眉をひそめた。


「うわ。こりゃあ、ひどい」


炎上している村と逃げ惑う人々。

それを見た2名の勇者は、魔王教団の仕業なのだと受け取った。


「さらに魔族の参戦により、前線の騎士団は壊滅状態なのです!」


新たな騎士の追加報告を聞き、黄河南天は武器を取った。


「こらぁ、ちいとお灸をすえなあかんな。松矢、行くで」


「そうだね。椿、見ろ!これがこの村の正体だ!オマエの能力なら魔王の居場所もわかってるんだろ!手伝えよ!」


「……やだ」


赤城松矢は、馬車の中で寝ている黒岩椿を促すのだが、彼は周辺の騒ぎなど全く意に介さず、ピクリとも動かない。黄河南天もさすがに苛立ちながら尋ねた。


「椿、お前、ホンマにそれでええんか」


「……おれはもう頑張った」


「これからやろが!最後までやらんで、何やりきった感出しとんねん!アホか!」


「………………」


「前々から思うとったんやけどな!そもそもこの国がおかしくなっとるんは、長いこと『幻影の魔王』をほったらかしにしとったお前のせいやろが!なんで引きこもって偉そうにしてんねん!少しは本気出せやコラ!」


何を言っても、ふてくされている黒岩椿に、業を煮やした黄河南天はついに思いの丈を言い放った。すると引きこもり勇者は逆ギレして金切り声を上げた。


「うるさいな!!!おれだって一生懸命、頑張ったんだよ!!!」


そのセリフは黄河南天を激しく絶望させた。


多くの場合、怠惰であると感じる人物から、この言葉が飛び出した時、説得を試みようとした者は言葉を失うものだ。相手の”頑張る”と自分の”頑張る”が、全くの別物であることを理解し、何を言っても無駄なのだと結論付けてしまうものだ。


「……さよか。もうええわホンマ。勝手にせえ!」


呆れた黄河南天は吐き捨てるように言った。仲違いした黒岩椿を置き去りにし、赤城松矢と二人だけで出撃することにした。


ちょうどそこに柳太郎が引き返してきた。


「ん?柳太郎、どうしたんだ?」


赤城松矢が不思議そうに尋ねると、柳太郎は息を切らして説明した。


「剣を取りに来ました!『凶作の魔王』に壊されてしまったんです!今、幹斗さんが一人で戦っています!」


「ホンマか!なら急ぐで!」


予備の剣を背負った柳太郎を連れ、黄河南天と赤城松矢はカラコルム卿の屋敷を目指し、高速で走った。




一方、そのゴールとなる小高い丘で対峙した『砂塵の勇者』と『凶作の魔王』。両者は睨み合うが、その感情は真逆であった。


ヘラヘラと余裕の笑みを浮かべている灰谷幹斗に対し、桃園萌香は村に火をつけられたことで憤怒に燃えていた。彼女は魔王であるにも関わらず、正義のヒーローのようなポーズで彼を罵倒した。


「やはり貴様らは最低のクズ野郎だな!」


「あぁ?魔王のクセに何、吠えちゃってんノ。妙な眼帯まで付けちゃって、生意気なんだヨ!」


何かと難癖をつけられれば、すぐに苛立つ灰谷幹斗である。いとも容易く挑発に乗った彼は、砂の塊を矢のようにして彼女に発射した。


しかし、桃園萌香の動きは速かった。


次々と襲い来る砂の矢をあっさり躱し、灰谷幹斗に近づいた。


「おっ!速いじゃないノ!」


かすかに驚嘆する『砂塵の勇者』であるが、彼は怯みもせずに目の前に砂の壁を作り、後ろに下がる。


ところが、この時、彼の足元が崩れた。


ズザザザザ……


「えっ!?」


灰谷幹斗は驚いた。


なんと、彼が立っている地面が柔らかい砂になり、底なし沼のように足を呑み込んでいるのだ。


実は、いつの間にか桃園萌香は裸足になっていた。靴と靴下を砂に変えることも可能であるが、もったいないので脱いでいたのだ。そして、素足で地面に触れれば、いつでも自在に大地を砂に変えることができるのである。


自分から彼に向かっての地面を、細長い直方体の形で、砂にしたことで、相手の足を地面に吸い込んでしまうのだ。


足を取られ、バランスを崩した灰谷幹斗の横から、桃園萌香が回り込んできた。砂の壁を無視して。


「なに!?」


予想外の連携とスピードに灰谷幹斗は仰天した。


桃園萌香は、直接対象に触れることによって固有魔法を発動する能力者。ゆえに、その小さな体躯を俊敏に移動させ、接近して戦うアタッカータイプの魔王である。単純なスピード勝負では、灰谷幹斗を凌駕するのだ。


そして、次に砂の壁が出来上がるよりも前に、彼女の渾身のパンチが灰谷幹斗を襲った。足を動かせない彼では、避けることは不可能である。


(もらったわ!!!)


と、桃園萌香は笑みを浮かべた。


しかし、すんでのところで、その拳を避けられてしまった。


灰谷幹斗の足を呑み込んだ砂が、逆に彼を押し上げ、空高く跳躍させたのだ。距離を置いて着地した彼は、笑顔で言った。


「危ない危ない。でも、オレちゃん相手に砂を増やすってのは悪手だよネ。触られたらアウトなのかもしれないけど、オレちゃん、そんなヘマやらかさないヨ」


「ちっ!今少しで勇者を粉微塵にできたものを……」


桃園萌香は悔しそうに悪態をつくが、内心では、ほくそ笑む部分もある。


(まぁ、ほんとは生きてる人を砂にすることはできないんだけどね。さっきのショタ勇者くんも、めちゃくちゃビビってたし、そう思ってくれてるなら、好都合かな)


だが、灰谷幹斗はやはり余裕だ。

槍を肩に担いだまま歩き、ある物を拾い上げた。


「とは言っても……ただスピードに自信があるだけの魔王なら、やっぱりオレちゃんの敵じゃないネ。悪いこと言わないから、今日は帰ってくれないかナ?」


「帰るのは貴様らの方だ。愛しき我が子らの村を焼いておきながら、何を言っておる。帰らぬのであれば、貴様らは一人も残らず、我が手によって跡形もない塵と化すであろう」


「なら、この剣の柄、砂に変えてみたらどうヨ?」


「フッ、愚かな。望みどおりにしてくれる」


灰谷幹斗が拾ったのは、柳太郎に置き去りにされた剣の柄であった。刀身を全て砂にされたため、彼はそのまま放置して行ったのだ。


それを勢いよく投げた。


凄まじい速度であるが、桃園萌香は何の苦も無くそれを右手で掴み取る。


しかし、この行動は間違いだ。

今度は彼女が彼の挑発に乗ってしまったのだ。


バシッ!

 シュウゥゥ……


と掴んだ瞬間、剣の柄が粉々に砕け、砂に変わる。

その途端、粉塵が一斉に固まって形を変え、硬く鋭いウニのようになってしまった。


……シュバッ!


「なっ……!」


憐れ、桃園萌香は自分が砕いた砂によって、攻撃されてしまったのだ。右手が何本もの針で貫かれたことになり、血が噴き出た。


たまらず砂の塊を投げ捨てるが、さらにそれも即座に変形し、矢のようになって襲い来る。直ちに回避し、桃園萌香は後方に下がった。


「あっ!……ぐぅっ……い、痛ぁ…………!」


右手を負傷した彼女は、痛みを必死に堪えるのだが、そのせいで若干、素に戻っている。苦悶の表情を浮かべる桃園萌香を見て、灰谷幹斗は高らかに嘲笑した。


「ハッハッハハハハハ!おたく、ほんとにバカだナ!砂に変えたら、オレちゃんが操れるに決まってんじゃないノ!おたくの能力は、オレちゃんの武器を増やしてるだけなんだヨ!まさにオレちゃん、『凶作の魔王』の天敵!ここまで相性がいいと可哀想になってきちゃうよネ!」


ならば接近戦。


と、桃園萌香は再び考えながら、キッと彼を睨みつけた。


灰谷幹斗を相手にする場合、距離を取るより、接近して猛攻を仕掛ける方が有利である。間髪入れず、次の行動を開始した。


彼が発射してくる砂の攻撃をヒラリヒラリと躱し、スピードを活かして彼の間合いに飛び込んで行く。


もう砂を作ることはヤメにした。


速さのみで翻弄し、背後に回り込んで渾身の一撃を与える。彼女のスピードとパワーなら、それも可能である。


次々と飛来する砂を回避し、ついに彼女はそれを実現した。


「なんだコイツ!ほんとに速いナ!!!」


「これが魔王だ!!!」


右手は負傷しているが、そこに最大限の力を込める。灰谷幹斗のスピードでは、回避も防御も不可能な速度だ。これを防ぐ術はもう残されていない。


彼女の全身全霊の一撃が炸裂した。




――はずだった。

ところが、次の瞬間、悲鳴を上げたのは、なんと桃園萌香であった。


「あっ!!!うあぁっ!!!」


彼女は悲痛な声を上げながら左手で右手を押さえている。

灰谷幹斗は攻撃される一部始終、ずっと余裕の顔をしていた。


「ネェ、小さな魔王ちゃん、砂が恐ろしいのは、それが砂だってことなんだヨ。わかるかナ?オレちゃん、今の今まで、どんな敵を相手にしても手加減してきたノ。わかるかナ?」


「…………っ!!」


悔しそうに歯噛みする桃園萌香は、自分の右手を襲う感触から、その答えをイヤでも思い知らされている。彼女の右手の中では、傷口から入り込んだ砂が暴れているのだ。


極小の砂粒が、血管を叩き、細胞を抉る。

その激痛は尋常のものではない。

まるで手が内側から焼かれているようだった。


「砂の攻撃を食らった時点で、オレちゃん、傷口に付着した砂をいつでも操作することができるのヨ。魔王ちゃんは、触れた相手を一撃で倒せるのかもしれないけど、オレちゃんは、砂で一発、傷を与えれば、その時点で相手を制圧できちゃうんだよネ。コレってすごくない?」


灰谷幹斗は楽しそうに勝ち誇る。


しかもその間にも、苦痛に顔を歪める桃園萌香の周囲を砂が囲み、固めてしまう。まるで砂で出来た簀巻きだ。彼女は顔以外の全身を砂で覆われて、拘束されてしまったのだ。


慌てた桃園萌香は、【撃滅粉砕暗黒破壊デストロイ・クラッシュ・ダーク・ブレイク】を全力で発動するのだが、砂の塊はビクともしなかった。


「そんな!破壊できない!……砂だから、これ以上、砂にできないってこと!?」


青ざめた彼女に彼は告げる。


「体内に砂を入れるとサ、いくらでもエグいことできるんだけど、オレちゃん、魔王ちゃんに死なれちゃ困るのよネ。だから、このまま生け捕りにさせてもらうワ。いい子にしててくれれば、もう痛いことしないから安心してヨ」


「は!?何言ってんのよ、こいつ!」


「いやぁーー!でも、これは本当にラッキーだナ!討伐対象の魔王を拘束できちゃったヨ!これでオレちゃん、いつまでもこの世界で遊んでいられるってわけダ!」


灰谷幹斗は、心から嬉しそうに両手を上げた。


そう。魔王を討伐した勇者は元の世界に帰ることになる。この世界を遊び場だと考えている彼は、それを避けるため、討伐対象である『凶作の魔王』を拘束し、永久に閉じ込めることを思いついたのだ。


「てことで、他の勇者に討伐されても困るからサ、今はあっちでおとなしく、オネンネしててよネ!」


彼は砂を操作し、桃園萌香を遥か遠方に吹き飛ばしてしまった。


「コラ!待て!卑怯者!変態!クソ野郎!わたしと戦えーー!!」


思いつく限りの罵声を叫びながら、彼女は飛んで行った。方角はカラコルム卿の屋敷の向こう側であり、そこにある断崖の下に落ちていった。


「オレちゃんの操作の範囲外に出ちゃうけど、硬度は変わらないから、自分で脱出するのは不可能だヨ」


灰谷幹斗は、それを見届けながら満足そうに笑った。彼の最も懸念していた問題が解決できたのだ。これほど喜ばしいことはないであろう。


「さて……と、これで、ようやくお姫ちゃんと遊べるネ。結局、オレちゃんを傷つけられたのは、あの子だけなのヨ。だから、たーーっぷりお礼をしてあげないとナ」


そうして、シャクヤが倒れている林の手前に向かうため、さも嬉しそうに丘を降りようとする。



ところが、ここでまた新たな気配の接近を感じた。


ウンザリした気持ちで彼が見下ろすと、桃園萌香が走ってきたのと同じ方角から、奇妙な鉄製の乗り物が迫って来た。


「はぁぁっ!?クルマ!?なんで異世界にクルマがあんのヨ!?」


それは、ベイローレルが運転している鉄製自動車2号機である。これには、さすがの灰谷幹斗も度肝を抜かれた。


自動車に乗って、『魔王教団』の拠点の町からこの村まで来たベイローレルたちであったが、『聖浄騎士団』とは別ルートを通ったため、勇者たちと鉢合わせることはなかった。しかし、山道を通って来た結果、村に入る直前で大きな断崖に差し掛かり、迂回を余儀なくされた。


そこで、跳躍力とスピードに自信のある桃園萌香とルプスが降車し、断崖を飛び越えて、先に村に入って行ったのだ。桃園萌香はまっすぐ『砂塵の勇者』の気配に向かい、ルプスは村人を助けるために騎士団を倒しながら進んだ。


時を置いて、ようやく迂回路を通って到着したベイローレルが、ラクティフローラが捉えたシャクヤの気配へ向けて一直線に走ってきたのである。


そして、『砂塵の勇者』の気配にも気づいたベイローレルは、そのまま丘を登って突進してきた。カラコルム卿の保護とシャクヤの救出を両立させるため、灰谷幹斗に突撃することにしたのだ。


「はっ!?登って来た!?」


これまた灰谷幹斗は仰天した。


急な斜面を自動車が平気で登ってくるのだ。現代社会のオフロードカーでも無理な芸当である。


それが、まるでジャンプするように斜面から飛び出し、彼に向かって体当たりしてきた。


「よくわかんないけど、邪魔するなら壊すヨ!!」


灰谷幹斗は自動車に砂の刃を飛ばした。

鉄をも斬り裂く彼の攻撃を食らえば、自動車ですら、ひとたまりもない。


ところが、砂の刃は自動車の直前で勝手に解除され、ただの砂になってしまった。


「えっ!?なんでダ?砂が言うこと聞かない!!」


初めて目にする現象に慌てふためく灰谷幹斗。


自動車がそのまま突っ込んでくるので、彼は高々と跳躍し、それを回避した。空中で相手の次の動きを警戒する。


しかし、意外にも今度は自動車の方が、ガギギギッという奇怪な音を立て、エンストしたように駆動をやめてしまった。


勢いは止まらず、丘の坂道をヨロヨロと蛇行し、反対側の下まで滑り降りていった。そして、小川に片輪を突っ込んで停車する。その様子を灰谷幹斗は唖然として見守った。


すると、自動車の中から一組の男女が降り立った。

なぜか女性の方はプンプン怒っている。


「バカベイローレル!!クルマの中で『絶魔斬』使ったら壊れるからダメって、お兄様から言われてたでしょうが!魔法で動く自動車なんだから!!」


「仕方がないだろう!攻撃されたんだから!」


いきなり喧嘩しながら登場したのは、言わずと知れた王国の”聖騎士”と”聖王女”だ。何から何まで場違いな空気を醸し出す二人に、灰谷幹斗は苛立ちながら叫んだ。


「次から次へと、いちいちいちいち……今度は誰ヨ!!!」


彼の敵意を感じ取り、王国の勇者は真面目な顔つきに戻って王女に指示を出す。


「ラクティ、キミはピアニーを頼む」


「ええ、わかってるわ」


そうして彼は、剣を抜きながら『砂塵の勇者』に近づいて行った。


「ボクは王国の勇者ベイローレル。幼馴染を助けに来た」

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