第244話 剣と紋章を掲げる無法者

時は10月16日。


シャクヤの朝はいつも早い。


カラコルム卿の屋敷にいる彼女は、日が昇ると同時に起床し、朝食前にフクロウ姿のストリクスを伴って庭を散歩する。白金蓮が行方不明であることはまだ知っていない。


彼女が早起きのため、護衛のハンターであるトリトマも合わせて起床し、すぐ後ろを歩いた。


シャクヤは、丘の上にある屋敷の庭から、収穫途中の麦畑を一望する。


「あと数日で刈り取りが終わりますわね」


「お姫さんが手伝ったお陰じゃないッスかね。豊作すぎて人手が足りなくて、村の連中、嬉しい悲鳴を上げてたくらいでしたから」


「わたくしごとき、そこまでお役には立っておりませんわ。ですが、またお手伝いさせていただけるなら、ご一緒したいと思います」


「そん時ゃ、おれもまた一肌脱ぎますぜ」


気さくに腕をまくる仕草をするトリトマ。彼はシャクヤの護衛であることがすっかり板についていた。初めは誘拐犯の一員として、彼女を拉致し、あまつさえ馬車の中で襲おうとしたような男である。それが今や、完全に彼女に心酔し、敬服していた。


彼はシャクヤと共に景色を見下ろしながら、しみじみと言った。


「それにしても、お姫さんは不思議なお方ですね。おれは未だかつて、こんな王族も貴族も見たことがねぇ」


「いえ、そんな……わたくしがお慕いするお方と比べれば、足元にも及びませんわ」


「……前々から思ってたんですが、お姫さんがそこまで慕う男ってのは、いったいどんな男なんです?ハッキリ言って、羨ましいったらありゃしねぇ!とんでもない幸せもんッスよ、そいつは!」


「うふふ。きっとトリトマ様も好きなると思いますわ。あの方は、どんな身分のお方でも、大切にしてくださいますから」


「どんな身分でも?」


「ええ。あの方に導かれて、盗賊だった方々が、今では一流の商人になっていらっしゃるのです。それも何人もです」


「はぁ!?なんすかソレ!神様ですかい!?」


「わたくしにとっては、神に等しきお方でございます」


「なるほどなぁ……そりゃあ、敵わねぇや……おれもそのお方に会ってみたくなりましたよ」


「よろしければ、今のわたくしの使命が終わりましたら、ご紹介致しますわ」


「ほんとですかい!よっしゃーー!」


「あ……ですが…………」


「なんですかい?」


ここまで互いに打ち解け合い、白金蓮のことにまで話が及び、さらに信頼もされているとなれば、シャクヤとしては、自分が王女であると偽っていることに気が咎めた。


しかし、まだ使命を果たしていないことから、打ち明ける時期ではないと考え、申し訳なさそうに、これだけを告げた。


「いえ、その……実はわたくし……トリトマ様にも皆様にも、一つだけ大きな嘘をついているのでございます。それも大変、ご無礼な嘘を……」


「え、そうなんすか?」


「その……今は申し上げられないのですが、いずれは必ずお伝え致します。その時は、どうか不躾なこのわたくしを罵ってくださいませ」


「いやいや!なんのなんの!おれは、お姫さんの嘘なら何でも受け入れますぜ!」


そう言って豪快に笑うシルバープレートハンターに、シャクヤは心から感謝し、好感を抱いて微笑した。


この時、村の中を早馬で駆けてくる音が聞こえた。それはまっすぐこちらに向かっており、あっという間にシャクヤたちのいる屋敷の庭に辿り着いた。そこから漆黒のローブを着た青年が降りる。


「た、大変です!!!『聖浄騎士団』がこちらに向かっております!!!」


彼は、山吹月見の指令で、勇者と『聖浄騎士団』の進行を伝えるために急いできた一人である。途中までは仲間と共にソリ馬車で、そして、南部に来て雪が無くなってからは、一人で馬に乗り換え、夜通し走ってきたのだ。


それでもなお、『聖浄騎士団』の動きが速いため、ギリギリの報告になってしまった。


「なに!?」


驚いたトリトマは、直ちに彼を屋敷の中に連れて行った。シャクヤもそれに同行する。魔族の執事グリュッルスと使用人コルチカムを呼び、共に当主であるパーシモン・カラコルムの部屋に向かった。


伝令の青年の言葉に誰もが息を呑んだ。特に次の情報には、コルチカムとグリュッルスが悲鳴を上げるように仰天した。


「しかも、ブーゲンビリア様のお話では、勇者5人が同行しているようなのです!!!」


「勇者が!?」


「5人だと!?」


愕然とする彼らに青年は、その脅威が差し迫っていることを告げる。


「既にそこまで来ていて、野営して休息を取っています。日が昇りきる頃には、ここに着くはずです!!!」


「バ……バカな……これまで我らは国内での表立った行動を避けてきた。なのに全ての戦力をここに注ぎ込んでくるとは……彼らを甘く見ていた……」


グリュッルスは、ショックを隠し切れずに壁に寄りかかりながら、嘆きの言葉を吐露した。しかし、すぐに気持ちを切り替え、次の方針を打ち出した。


「トリトマ、そなたの出番だ」


「あいよ!」


名指しされたハンターは威勢よく返事をする。

彼にグリュッルスは告げた。


「我らが当主パーシモン様と王女殿下を護衛し、この場を急ぎ離れるのだ」


「離れるって……どこへ?」


「どこへでもよい!ともかく戦火を逃れ、お二人の命を守れる場所を探すのだ!!!」


「そ、そりゃあ、やることはやるけどよ!もう少し具体的な――」


「お待ちくださいませ」


指示を出すグリュッルスとしても、緊急のこと過ぎて詳細までは考えていない。兎にも角にも、最重要人物2人の命を守らなければならない。その使命感しかなかった。これに不服そうに反論するトリトマをシャクヤが止めた。


「王女殿下……」


この緊迫した事態にあっても毅然としているシャクヤにグリュッルスが目を丸くする。彼にシャクヤは悠然と尋ねた。


「この村が襲われてしまうのでございますね?」


「ええ。ですから、お逃げいただく手筈を――」


「わたくしは残ります」


「「え!?」」


彼女の決意に全員が驚く。

その顔を見ながら、シャクヤは微笑を浮かべて自身の想いを語った。


「この村で、わたくしは多くのモノを頂戴致しました。皆様を置いて、逃げる気には到底なれません。共に戦います」


「そんな!あなた様は我らの希望なのです!それにもともとは我々が無理矢理お連れした被害者ではありませんか!」


「いえ、わたくしは既に、この村の一員でございます」


そう述べるシャクヤには、心の内でもう一つの思いもあった。


(それに、もしかするとこの件は、わたくしがリュウタロー様に見つかってしまったことが一因である可能性もございます。だとすれば、これはわたくしの責任でもありますわ)


ここまで考えれば、彼女の覚悟を覆すことは誰にもできない。そして、当主であるカラコルム卿も同様に意思を示した。


「グリュッルスよ、私もここに残る」


「パーシモン様!」


「彼らの狙いは私だ。『聖浄騎士団』が私をターゲットにした以上、既にいくつかの目論見は発覚していることだろう。こうなったからには、どこに逃げようと再起の道は無い」


「ですが……」


「私の首を差し出すことで、この村が救われるのなら、それが一番だ。これ以上、犠牲を出すことは私の本意ではない。わかるだろう?」


「そ……それは承服致しかねます。当主の首を敵に差し出すなど……」


領主自らが領民のために命を投げ出す覚悟であることを聞き、グリュッルスは動揺しながらそれを拒む。カラコルム卿は彼の顔を見ながら優しく微笑した。


「そなたはディモルフォセカ殿から預かった大事な人材だ。よくぞ今日まで私に仕えてくれた。魔族に対して、このような感情を持つ日が来ようとは、若かりし頃の私には想像もつかない体験であったぞ」


その言葉の威厳ある響きには、使用人の誰一人、逆らえない不動の決意が感じられた。誰もが、全面降伏する以外に道は無いと考えた時である。シャクヤが皆を勇気づけるように告げた。


「まだ希望はございます」


「「……え?」」


「わたくしが最も信頼し、崇拝するお二方に助力を願えば、すぐにでも駆けつけてくださいます。そうすれば、何があろうと心配は要りません」


確信をもって語る彼女の言葉に一同は唖然とした。勇者5人という未曽有の危機を前にして、心配の必要が無いとはどういうことなのか、と。


彼らの不信は気にも留めず、シャクヤは携帯端末宝珠を取り出し、白金蓮に連絡を入れた。しかし、残念ながらこの時の蓮は、彼女の期待に応えられる状態ではない。おかしいと思いながらも、次に白金百合華に連絡した。ところが、それすらも応答が無かった。


(レン様にも、ユリカお姉様にも繋がらない……。いったいどうされたのでしょうか?)


不審に思いながら、シャクヤはラクティフローラに連絡した。


『ピアニー!どうしたの?』


「実は……」


すぐに電話に出てくれたイトコに対し、シャクヤは逼迫した現状を伝えた。王女はそれを予期していたように平然と言った。


『そうなのね!待ってて!今、ベイローレルの運転で、そっちに向かってるから!もう少しで到着できるの!凶作の魔王ゼフィランサスと一緒に!』


「「え!?」」


この場に集っている面々は一様に驚いた。


突如、目の前で始まった通話もさることながら、王女をピアニーと呼ぶ人物の声が聞こえ、さらには最強の助っ人として、『凶作の魔王』の合流も伝えられたのである。


「あの、ところで、レン様とユリカお姉様に連絡がつかないのです。どうされたのでしょうか?」


『それがね……』


白金夫妻のことを憂慮したシャクヤの質問に、ラクティフローラは簡潔に概要を答えた。


「そ、そんな……レン様が……レン様が!」


これまで毅然としていたシャクヤが顔面蒼白になった。最愛の男性が誘拐されたという点では、シャクヤの狼狽ぶりも白金百合華に負けないくらいのものがある。それをラクティフローラが冷静に諭した。


『慌てないで、ピアニー。ルプスの能力で、ご無事なことはわかってるの。お姉様とボタンちゃんが、そこに向かって全力で捜索していらっしゃるから、私たちは、あの御一家の帰りを待つだけよ』


「わ……わかりました」


あらゆる面において白金百合華を絶対的に信頼しているシャクヤは、その一言で安心することができた。


次いで、通話の向こうから桃園萌香の元気な声が響いた。


『パーシモンおじちゃん!わたし!ゼフィランサスだよ!もうすぐそっちに着くから、ちょっとだけ待っててね!』


「ゼフィランサス殿……」


電話という代物を全く知らないカラコルム卿は、目を丸くして驚嘆し、感嘆した。そして、桃園萌香は、カッコつけた言い方に戻して、全員に告げた。


『ウ、ウン!……ということで、皆の者よ!我が到着まで耐え忍ぶのである!』


「「は、はい!!!」」


魔王が助太刀に来てくれるという朗報に、『魔王教団』やその関係者である一同は大いに沸き立った。グリュッルスはカラコルム卿に新しい方針を申し出た。


「で、では!我らは時間稼ぎを致します!!」


そうして作戦を立案し、『聖浄騎士団』を出迎える準備を開始した。



ところで、通話を終えた後、桃園萌香はクルマの中で一人ボヤいていた。


「ああ、もう!ナデちゃんってば、なんてバカなことしてくれたの!こんな大変な時に!」




――さて、一方で、カラコルム卿の領地に入り、村の近辺にまで来ていた『聖浄騎士団』は、深夜から日の出まで、野営をして仮眠を取っていた。


魔王や魔族を相手にする場合、夜襲はかえって不利になると考えられるため、しっかりと休息を取り、英気を養ってから、夜明けと共に攻め込む手筈となったのだ。


日が昇りきり、再び進軍した彼らは、まもなく村の入口に到着した。


ところが、やはりこういう時に不機嫌になる男が一人いる。

引きこもり勇者、黒岩椿だ。


「おい、椿、なにスネてんだよ……」


「………………」


赤城松矢が声を掛けるのだが、彼はふてくされて馬車の中のソファに寝転んだままだ。さらに柳太郎も彼に助力を願う。


「あの、椿さん、現地に到着したんですから、お願いします。ここからが本番なんですよ」


「……おれはもう……やった」


黒岩椿としては、もともと無理強いされて外に連れ出されたわけであり、さらに前夜には『飢餓の魔王』との戦闘があったため、既に十分、頑張ったという認識なのだ。その上、ベッドで休むこともできず、野営したものだから、不機嫌の度合いは最高潮を迎えていた。これは、狙ったつもりはなくとも、山吹月見の功労と言えるだろう。


「もう、いいんじゃないノ?椿ちゃんいなくたって何とかなるっショ」


灰谷幹斗は苦笑しながらウンザリしている。

それを柳太郎は否定した。


「もしも『幻影の魔王』がいたら、マズいじゃないですか。百合華さんだって、いるかもしれないんですよ。その時は椿さんと松矢さんのコンビに活躍してもらわないと」


「ぶっちゃけオレちゃん一人いれば、何とかなるかもヨ?」


余裕の灰谷幹斗はニヤニヤするだけだ。そんな彼らは、遠方から大きな気配が近づいてくるのを感じた。自分たちが来た方角である。馬車の外で目を凝らすと、なんとそれは、黄河南天であった。


「はぁ……はぁ…………お、追いついたわ……水を、水をくれ……」


「あれ!南天さん!走ってきたの!?」


ゼイゼイ言っている彼を見て、赤城松矢が唖然とした声で驚いた。柳太郎は黄河南天に水筒を渡しながら状況を尋ねる。


「『飢餓の魔王』は倒せなかったんですね?」


受け取った水筒をグビグビと飲み干してから、黄河南天は謝罪した。


「すまん!ホンマすまん!あんだけカッコつけたこと言うといて、逃げられてもうた!あの魔王、崖から飛び降りよってな!追っても登れんくなったら、かなわんなぁ思てるうちに気配が消えてもうたんや」


落胆しながら語る彼を責める者は誰もいない。

柳太郎は淡々と今後のことを相談した。


「どうしますか?これからぼくたちはカラコルム卿の屋敷を家宅捜索するんですけど」


「いや、今は堪忍や。なんぼ勇者でも、この距離を夜通し走るんは息切れするわ。ちょっと休ましてくれへんか」


「なら、南天さんは馬車の中で休んで待機しててください。松矢さんはどうします?」


聞かれた赤城松矢は苦々しい顔で、引きこもり勇者を指差しながら言った。


「椿を見てるよ。コイツを引っ張り出してきたのオレだから」


「じゃ、幹斗さん、一緒に行きましょう」


「アイヨーー!」


ということで、村の入口近辺に馬車を残したまま、柳太郎は『聖浄騎士団』と灰谷幹斗だけを伴って、カラコルム卿の屋敷に向かうこととなった。


本人が知る由もないことだが、最初に訪れる勇者が5人から2人に減ったのは、結果的に全て『飢餓の魔王』である山吹月見の奮闘によるものである。



突如として来訪した騎士団に村民たちは著しく動揺した。早朝から畑仕事をしていた働き者は、仰天して麦畑に身をひそめた。


「ハイハイ!皆さーーん、偉い偉い勇者様が来ましたヨ!」


馬上で機嫌よく挨拶を振りまくのは灰谷幹斗だ。彼は騎士団長スターチスの馬に、柳太郎は副団長の馬に同乗させてもらい、騎馬によるゆっくりとした行進でカラコルム卿の屋敷を目指した。


ここは大自然と畑が広がる中に家々が点在する、のどかな村だ。小川に沿った狭い村道を闊歩する武骨な彼らの場違い感は異様なほどである。


荘厳な鎧に身を包み、帝室の紋章が刺繍されたマントを翻し、名のある工匠が鍛えた剣を携える彼らは、身なりこそ清廉潔白の謹厳なる神聖騎士団だ。しかし、その内なる野蛮と残忍さは、盗賊すら比較にならない。


やがて小高い丘の上に建つカラコルム卿の屋敷が見えてきた。この一帯を一望できる標高と古風な建築様式は、村の象徴とも言える高貴さを漂わせている。


すると、その手前で、彼らの行く手を塞ぐように立っている男に遭遇した。紳士然とした男が会釈しているのだ。また、道から外れた草原には馬車が待機している。


「『聖浄騎士団』の皆様でございますね。遠路はるばる、ご苦労様でございます。わたくしは、カラコルム卿に仕える使用人が一人、コルチカムと申します。本日は、いかがなされましたか?」


執事であるグリュッルスは魔族であるため、それを見抜かれることを懸念して、コルチカムが代表して応対することにしたのだ。狙いは、屋敷まで向かう時間を遅らせることだ。


厳かに一礼した彼に対し、騎士団長スターチスは馬上から傲岸不遜な態度で命令した。


「貴様などに用は無い。カラコルム卿のもとに案内せよ」


それにコルチカムが顔をピクリとさせる。すると、フォローするように柳太郎が馬から降り、礼儀正しく要求した。


「すみません。この村に魔王と魔王教団がいるという情報を得て、ぼくたちはやって来たんです。ここの一番偉い人、カラコルム卿に会わせてください。お話を伺います」


話の通じそうな相手が子どもであることに驚きつつ、コルチカムは柳太郎に丁重に告げた。


「当家の主は、療養中の身であり、先程、起床されたばかりでございます。皆様をお出迎えする仕度が整うまで時間を要しますので、よろしければ、それまでお茶でもいかがでしょうか。僭越ながら、そちらに茶菓子を用意しております」


彼が指差した先では、林に囲まれた草原に使用人や侍女が集まっており、まるでピクニックのようにティーセットと菓子を並べていた。待機している馬車は、それらの荷物を運ぶためのものだった。


ただし、その周辺の林には、村の青年団が集い、武器を持って監視している。何かあれば戦う姿勢なのだ。


それをも見抜いた上で、強者の気配を感じないため、柳太郎は警戒しつつも、その意見を呑むことにした。


「わかりました。では、30分だけ待ちましょう。もしも、それで姿を見せないなら、嘘だと判断し、強制的に捜査させてもらいます」


真面目な顔つきで、そう答える柳太郎であるが、内心では、強行軍で疲れた体を休ませるのもアリだと考えている。お茶とお菓子くらい、もらってもよいだろうと密かに喜んでいた。


また、柳太郎は、カラコルム卿を一方的に攻撃しようとは考えておらず、しっかりと魔王の気配を確認した上でなければ、戦う正当性が無いと思っている。


しかし、そんな律儀な小学生とは正反対の考えで、彼以外の面々はここに来ているのだ。


草原に入った柳太郎と灰谷幹斗と『聖浄騎士団』。


先頭を歩いて来た柳太郎には、侍女が真っ先にお茶を出した。シャクヤに専属で仕えていたキシスである。


「まぁ、おかわいい勇者様。どうぞこちらに。長旅の疲れを癒してくださいませ」


小さな勇者の姿に驚き、自然と微笑んでしまうキシス。


彼女の笑顔に少し安心感を抱いた柳太郎は、出されたお茶に毒が無いことを確認しつつ、一口飲んだ。財政難のカラコルム家が奮発した最高級のお茶である。それなりにおいしかった。


ほっと一息ついた。


柳太郎がそう感じた直後である。


「ぐあっ!!!」


なんと背後にいる騎士の一人が使用人を斬った。

驚いた柳太郎が振り向いて叫ぶ。


「えっ……!どうしました?」


「この者が斬りかかってきましたため、反撃したのです」


「なんですって!?」


予想外すぎて、まだ状況を呑み込めない柳太郎はオロオロした。


すると、周辺の林の中で待機し、動向を見守っていた村の青年団の一人が、我慢しきれずに顔を出した。


「うっ!嘘だ!!!彼は何もしてないのに、あいつ――」


ズバッ!!!


「えっ!?」


その青年もまた、発言し終わる前に砂の刃で斬られてしまった。柳太郎は突然の殺人行為に仰天した。その犯人は灰谷幹斗だ。


「あぁーー、そいつも今、攻撃しようとしたから殺したヨ。油断大敵。気をつけてよネ」


「あれ?え?そうでした?」


「何ヨ、柳太郎ちゃん、オレちゃんが見間違えたとでも言いたいワケ?」


「い、いえ……」


仲間である灰谷幹斗から強く言われれば、小学生の柳太郎は疑うことを遠慮してしまう。普段は頭の回転が速い彼だが、思わず黙り込んでしまった。


そこに騎士団長スターチスが馬に乗り、剣を頭上に掲げて宣言した。


「勇者ミキト殿!リュウタロー殿!この村の者たちは我らに敵意を向け、刃を振り下ろしました!彼らが『魔王教団』の信徒であり、”レジスタンス”であることは明らかです!我らが聖なる審判で浄化してやりましょう!」


もはや時間稼ぎにもならなかった。冷酷無比の『聖浄騎士団』には、正当な”証拠”など一切不要であった。ついに戦闘は始まってしまった。

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