第217話 身代わり王女の帝国紀行②

帝国南部の農村で邂逅したシャクヤと柳太郎一行。


先に声を聞いたため、いち早く気づいたシャクヤと違い、柳太郎たちはまだ何も気づいていない。ましてシャクヤは馬車に乗っているのだ。


オスマンサスは呑気に提案した。


「ところで、この辺は俺の故郷なんだ。もうちょっと行ったら実家もあるから、ゆっくりしていくか?」


「ま、まぁ……オスマンサス様のぉ、ご実家ですか?」


彼の申し入れに、なぜか照れるホーリー。気を良くしたオスマンサスは笑いながら冗談を飛ばす。


「ホーリー殿は美人だから、俺の家族もビックリするだろうな。いっそのこと、女房だって嘘を実家でもついてみるか」


「ご、ごごご、ご実家でそれはぁ、いくらなんでもぉ、て、照れてしまいますわぁ」


「そうか?俺は割と本気なんだが」


「えっ……!!!」


オスマンサスが真顔で言った言葉にホーリーは上ずった声を出し、一瞬、固まった。そして、顔を赤くしながら俯き、ボソボソと独り言のように呟いた。


「わ、わたくしはぁ……神殿と勇者様に仕えるお役目がぁ、ありますので……で、ですが、オスマンサス様がぁ、どうしてもとおっしゃるならば……」


ところが、か細い声であったため、それをオスマンサスは聞き逃した。既に反対側にいる柳太郎に声を掛けている。


「リュウタも来るよな?」


「えぇーー、別にいいですよ。先を急ぎましょう」


「お前、つれねぇな……」


帝都への帰還を急ぎたい柳太郎は彼の誘いを無下に断った。


そうして歩いていると、彼らはシャクヤたちの馬車に接近することになる。彼女たちが停車しているのは、壁も柵もなく、どこからどこまでが敷地なのか、よくわからない広い庭を持つ田舎の民家だ。


ちょうどこの時、その前を通り過ぎようとする場面だった。モジモジしていたホーリーであったが、気配感知が鋭いため、ハッとして急に立ち止まった。周囲をキョロキョロしはじめた彼女を不審に思い、柳太郎が尋ねる。


「どうしました?ホーリーさん?」


「いえ、何かぁ、凄まじい気配をぉ、感じましてぇ」


「え、気配?んんーー…………ん?」


彼女の指摘を受けて、柳太郎がさらに集中して警戒する。すると、彼はいきなりシャクヤの乗っている馬車に目を向けた。それを追って、オスマンサスとホーリーも同じ方向を向く。


(い、いけません!!!)


自分の存在に気づかれたと感じたシャクヤは、慌てて窓から離れて顔を隠した。そして、御者の方に小声で叫んだ。


「トリトマ様、すぐに馬車を出してくださいませ!」


「お、おう」


焦った様子で命じられたトリトマは、戸惑いながらも馬車を発進させた。さらにシャクヤは窓を覗こうとしているフクロウをそっと抱き寄せた。


「ストリクス様、今、顔を出してはいけません!」


既に彼らとの距離は数百メートル離れているが、必死に気配を抑えるよう心がけた。しかし、二人ともそこまで気配を隠すことには長けていない。


それに柳太郎たちは、最初の一瞥で馬車の中から漂うレベル40越えの気配を敏感に察知していた。


「今の馬車、ものすごい気配の持ち主を乗せていたな。この辺にそんな人物はいなかったと思うが」


「それだけではぁ、ありませんわぁ。そのうちの一人はぁ……」


「ええ!魔族です!しかも相当な手練れの!」


「なに!?」


驚いたオスマンサスが柳太郎とホーリーに尋ねる。


「どういうことだ?俺は力強い気配を2人分、感じたが」


「1人は人間です。でも、もう1体は魔族でした!おそらく魔王軍であれば、幹部クラスになるような!」


「わたくしもぉ、そのように感じましたわぁ」


「なんだと!この村で魔族に暴れられたら、たまったもんじゃねぇぞ!!二人ともすまねぇが、あの馬車を追いかけさせてくれ!」


「もちろんですわぁ」


「後を付けましょう!」


彼らは遠目に馬車を確認しながら追跡した。3人とも高レベルの猛者であるため、意外と速度のない馬車を走って追いかけることは造作もなかった。


やがて馬車は、地方領主の館のある小高い丘を登って行った。それを見届けた柳太郎は、驚きながらも勇敢に宣言する。


「あんな所に魔族が乗った馬車が入って行くなんて……何かあったらマズいですよね。僕が乗り込みましょう」


「ま、待て!リュウタ!」


それをオスマンサスが慌てて止める。

柳太郎は不思議そうに振り返った。


「なんですか?オスマンさん?」


「アレはここら一帯の領主様の屋敷だ。下手なことをして問題になると俺が困る。実家があるからな」


「って、言われましても……」


「俺が様子を見てくる。狩りで鍛えたこの目は、遠くからでも人の顔くらいは判別できるんだ」


そう言って、オスマンサスは単独で丘の上に登り、屋敷の敷地ギリギリのところまで近づいた。遠目から覗くと、ちょうど馬車からキシスが降り、シャクヤの手を取って降ろしているところである。シャクヤの肩にはストリクスも乗っていた。


(ここからだと俺の気配感知じゃ、どいつが魔族か、わからねぇな!だが、あの女の子!プラチナ商会で働いていた美人の子じゃねぇか!!!なんで、あの子がいるんだ!?)


シャクヤの存在に気づいたオスマンサスは、愕然として丘を下った。一方で彼の存在にはシャクヤとストリクスも感づいていた。


(マズいですわね……今、見られましたわ)


あえてその方角に視線を向けないようにしながら、シャクヤとストリクスは互いに目配せして頷きあった。


戻ったオスマンサスの報告を聞き、柳太郎は首を傾げた。


「え?どういうことですか?あの蓮という人の仲間がここにいたと?ぼくたちよりも早くここに辿り着いて?」


「まぁ、俺らは途中で道草食ったから、先回りされているのは納得いくんだが、何のためにここにいるのかが謎すぎるな。それに、あの子が魔族ってのも、なんだかな……」


「蓮という人は魔王を娘にしている異常な人です。仲間に魔族がいてもおかしくありません」


柳太郎が断定しようとするのをホーリーが拒む。


「従業員の女性がぁ、魔族であったとはぁ、とても信じられませんがぁ……」


「だが、他にいたのは御者の男くらいなんだよなぁ……」


オスマンサスは他に容疑者が見つからず、消去法でシャクヤ以外に魔族がいないと考えている。魔族が動物の姿に変身できることを知らない彼らは、フクロウを怪しむことがなかった。


結局のところ、頭を抱え込んだ3人は、この日、夜まで見張りをすることにした。



屋敷の自室に戻ったシャクヤは、窓から外を見ながらストリクスと相談した。


「どう致しましょうか……あの方々、帰る気がなさそうでございますわ」


「おそらくこちらの出方を窺っているのでしょう。何もしなければ、攻めてくることもないと思います」


「そうでございますね。執事のグリュッルス様に出会わせてしまったら、なおのこと大事になってしまいますし、わたくしどもは、じっとしておりましょう」


話がまとまったところで、ドアがノックされた。

執事のグリュッルスが様子を見に来たのだ。


「村の様子は、いかがでしたか、王女殿下」


「とても素晴らしい所だと拝察しましたわ。皆様、楽しそうに仕事をされておられまして」


「ありがとうございます。皆も喜ぶことでしょう」


「……ところでグリュッルス様、そろそろ、わたくしを呼んだ理由をお聞かせいただいても、よろしいでしょうか?」


「申し訳ございませんが、まだその時期ではありません。只今、万難を排して準備を整えている次第です。近くなれば、お話しさせていただきます」


シャクヤが今回の旅の本題に入ろうとしても、執事は深々と一礼するだけだった。これに嘆息したシャクヤであったが、そのまま引き下がることはせずに再度、問い直した。


「では、一つだけお聞かせください。わたくしが、『バラモン』の一族の血を継いでいるから、呼ばれたのでございますね?」


「……さようでございます」


淡白に一言だけ回答し、グリュッルスは部屋を辞去した。それを見届けながら、シャクヤは無言で納得した。


(やはり、この方々の目的は『魔王召喚の儀』でございますね)



ところで、廊下を歩く執事のもとには、外出先から戻ってきた誘拐犯のリーダー、コルチカムが駆け寄り、報告した。


「グリュッルス殿、丘の下で妙な3人組がウロついています。一人は大剣のハンターです」


「そんなわかりやすい諜報員はいないだろう。ただの通りすがりのハンターであろうな。放っておけば、じきにいなくなる。万が一、ここを訪れた場合は、お前が私の代わりに執事を務めるのだ」


「了解しました」


コルチカムだけは、グリュッルスが魔族であることを知っているようであった。



さて、そうしているうちに日が暮れる寸前になっていた。


柳太郎たち3人は屋敷から離れて、ずっと様子を見守っていたわけだが、全く事件は起こらなかったため、ホッとしつつも、ため息をついた。


「結局……なんにも起きませんね……」


「……だな」


「これって、つまり、領主の家に魔族が住んでいるってことじゃないですか?おかしくないですか?」


「だよな……どうにも解せねぇ……不可解、不可解」


「ということはぁ……あの話はぁ、やはり本当だったぁ、ということでしょうか……」


「何がですか?」


ホーリーが何やら情報を知っているようなので、柳太郎は詳細を尋ねた。


「魔王とぉ、結託してぇ、帝国に反旗を翻す人々がぁ、いるそうなのでございます。場合によってはぁ、ここの領主の方がぁ、その人物なのかもぉ、しれませんわ」


「ああ……『魔王教団』の噂だな。ロクでもない連中だが、そこまではしないだろうと高を括ってたんだが……その話にも信憑性が出て来たか」


「ちょっと!それが本当なら、とんでもないことじゃないですか!だったら、まずは帝都に戻って、このことを報告しましょう!どうせ勇者の皆さんの力を借りるつもりでしたし!」


二人の話に驚愕した柳太郎は、声を荒げて方針を決定した。それに同意したオスマンサスとホーリーも立ち上がる。


「おめぇさんたち、何してるだ?」


ところが、歩き出そうとした3人へ、たまたま通りかかった農民の一人が声を掛けた。荷車を牛に引かせ、それに乗っている農民だ。


「あ、いや、ちょっと旅の途中で息切れしちまって、休んでたんだよ。ウハハハ」


とりあえず、やり過ごすためにオスマンサスは相手の顔も見ずに適当な言い訳をした。すると、彼を見た農民は、マジマジと顔を近づけてきた。


「んんーー?お、おめぇ、もしかしてオスマンサスか?」


これに当人も反応した。


「え、あ、向かいのじっちゃんか!久しぶりだな!」


「んだなぁ!おめぇ、立派んなったなぁ!!!あのチビッ子が!こったらべっぴんな嫁さ連れて!!」


「え……あ、ああいや……えーーと、まぁ、そうなんだ。俺の女房だ。こっちは息子のリュウタローだ」


「なぬ!?こんな大きな子どもまで!!!ほへーーっ!」


面倒事を避けるため、オスマンサスはこれまでの旅路で繰り返してきたとおり、親子であるという嘘をついた。これにホーリーは頬を赤くし、柳太郎は不満そうな顔をする。


オスマンサスは、せっかくの好機であると判断し、今一番聞きたい質問をぶつけてみた。


「なぁ、じっちゃん、ここの領主様って最近、どんな感じだ?」


「ああん?そりゃあ、すんばらしいお方だべ。俺らにも優しくてな。今は床に臥せられちまって、お姿は見せらんねぇけどよ」


「そ、そうか」


「今の皇帝陛下と比べれば雲泥の違いよ!!!……おっと、あんま大きな声じゃ言えねぇけどな」


「お、おう……」


「それより、おめぇ、実家に帰るつもりなんだべ?俺の牛車に乗っけてやるから、一緒に帰るべぇ!」


「あ、えーーと、ウハハハ……そうだな。んじゃ、そうさせてもらうわ」


話の成り行き上、この晩の彼らは、オスマンサスの実家に家族という体裁のまま向かうことになった。


荷車に揺られながらオスマンサスは、ホーリーと柳太郎にジェスチャーで謝罪した。ホーリーは照れており、柳太郎は苦笑いしていた。


そして、遠ざかる領主の屋敷は、この夜も明かりが乏しく、薄暗いままだった。

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