第201話 魔王対策会議

『幻影の魔王』と思わしき存在に対抗するための会議が、『八部衆』を結集して再開された。カエノフィディアだけはフリージアさんと共に侍女として給仕にあたりながら、会話に参加している。


そう思った矢先、議題に入る前にフェーリスが発言した。


「その前にレン、この宝珠、しっかり確認できたニャン。全く問題なく使えるニャンよ」


彼女は一つの宝珠を取り出して報告してくれた。それは、僕が新たな計画のために開発していたものであり、彼女に運用試験を頼んでおいたのだ。


「よかった。これで護衛ハンターを付けることなく、『環聖峰中立地帯』を一般人が通行できるようになるな」


「えっ!!」


僕の発言にラクティフローラが驚愕の声を発した。

次いでそのまま彼女は質問する。


「ど、どういうことでしょうか。マナが濃く、危険なモンスターが群生している地域で、護衛も無しに一般人が通行できるとは……」


「これは、魔王のマナを注入した宝珠なんだ」


「「はぁっ!?」」


今度は立って聞いていたフリージアさんも加わり、二人そろって絶叫した。彼女たちが唖然としているので、僕は説明を続ける。


「実は、牡丹がちょっと威嚇するような気配を放つと、モンスターは恐れて近づかなくなるんだ。そこで、その気分のまま、この子にマナを注入してもらった。この宝珠からは、魔王の恐ろしいマナが放出されるので、脅威に感じるモンスターは皆、逃げていくんだよ」


これに王女は感心して手を叩いた。


「ボ、ボタンちゃんがいてくれるだけで、そのような裏技が使えてしまえるのですね!すご過ぎますわ!」


「うん。ところが、イザ使ってみると、気配が強すぎて、魔族のみんながソワソワするんだ。近くにいるだけで鳥肌が立つらしい。気配に敏感なローズからも嫌悪感を覚えると言われた。そこで、放出されるマナを抑えるように改良して、効果の程を試してもらったんだ」


僕が実験の経緯を話すと、フェーリスが追加報告してくれた。


「これくらいなら、ウチたちは全く怖くニャいし、モンスターは100メートルくらいの距離で逃げてくニャン」


「100メートルか。ちょうどいいな。何パターンか渡しておいたけど、これが一番、良かったんだな?」


「そうニャン。弱い魔族でも安心して使えるニャン」


「よし。では、これを素材採取チームと流通チームに渡し、使わせよう。もうフェーリスが護衛につく必要は無くなるぞ」


「ウチ、こっちにいていいニャン?」


「ああ。エルムたちには僕から連絡しておく」


「了解ニャン!」


これで『八部衆』メンバーのハンターは、全員が魔王関連の案件に力を注ぐことができる。どうしても護衛が必要になった場合は、その都度、ギルドで雇えばよいだろう。その辺の判断は現場に任せることにしている。


さらに余談として、僕は今後の構想も語っておいた。


「ゆくゆくは、これを量産し、ハンターギルドと相談して、街道の脇に設置する工事も考えている。そうすれば、誰もが安心して『環聖峰中立地帯』を通行できるようになるんだ」


これを聞くと王女は震えるように立ち上がった。


「そ、そ、そ……それはもはや、国家が行うべき一大事業ですわ。……いえ、それどころか、人類が太古の昔より熱望していた夢のプロジェクトでございます」


「そうかもね。まぁ、人員も相当必要になるから、王国にも手助けは頼むかもしれない。まだずっと先の話だよ」


「は、はい……」


あまりにも僕が平然としゃべるので、拍子抜けするように王女は座った。これをおかしそうにクスクスと笑うのはシャクヤである。


「うふふ。ラクティフローラなら、それくらい驚くと思っておりました」


「うるさいわね。ピアニーのくせにっ」


口を尖らせるラクティフローラは置いておき、僕はガッルスにも業務状況を尋ねた。僕が創設した魔族の村落の件である。


「ガッルス、『蓮華の里』はどうなってるかな?」


「はい。だいぶ落ち着きました。あれから3名の魔族が合流されまして、今は9名の魔族が住んでいます。レンさんとユリカさんのお人柄を、レポリナさんが新しい人たちに力説していましたので、皆さん、安心して住まわれていますよ。カエノフィディア様のお陰で、必要物資も整いましたので、しばらくの間は大丈夫だと思います」


「ご苦労だったな。ありがとう」


「いえいえ、とんでもない!」


「では、我が家の状況が問題ないことを確認できたところで、本題の『幻影の魔王』対策を相談したい。実は僕は今、何も考えが浮かばないんだ。姿をくらませる魔王にどう対応すべきか、みんなの意見を聞かせてもらえないか?」


本来の議題に入ったところで、相談を持ち掛けると、まず最初にストリクスが遠慮がちに発言した。


「お言葉でございますが、ご尊父に答えを出せないものをワタクシどもの知恵でどうにかできるとは、正直、思えませぬが……」


「そんなことはない。特にお前たち魔族の情報で、何か新しいことが見えるかもしれないだろ?」


「お、おぉ……なんとご寛容な……」


すると、彼の顔を見ていたウチの嫁さんが不思議そうに尋ねる。


「ねぇ、ストリクス、あなたは牡丹の他に魔王がいた場合、そっちに付きたいとは思わないの?」


これにストリクスは血相を変え、珍しくも声を荒げた。


「なっ!何をおっしゃいますか!それは主君を変えるということ!忠誠とは真逆の行動ではありませんか!そもそも大恩あるご尊父とご母堂を裏切るはずはございません!それをお疑いとは心外でございます!!」


「あははは。ごめん。怒るとは思わなかったわ。ありがとね」


「い、いえ……とんだご無礼を致しました」


叫び終わった後、ハッとして申し訳なさそうに謝罪した彼に僕は微笑し、改めて質問した。


「ストリクス、牡丹以外の魔王の存在を魔族は全く知らなかったんだよな?」


「はい。そのとおりでございます。知っておれば、純粋な魔族は皆、魔王様のもとに馳せ参じます」


「ということは、『幻影の魔王』についても情報は全く無いんだな?」


「はい。申し訳ございませぬが、初耳でございます」


「みんなもそうか?」


他の魔族メンバーに問いかけるが、やはり全員がコクリと頷いた。魔王に関する直接の情報は得られなかったため、僕は質問を変えた。


「では、魔族から見た『魔王教団』は、どんな印象だ?何か知っているか?」


「フェーリス殿も言われておりましたが、やはりワタクシども魔族から見ますと、かの教団は、いささか滑稽な者たちであると言わざるを得ません。とても魔王様のご降臨に一役買っているとは思えませぬ」


「幹部についてはどうだ?」


「今は人間社会から隠れて信仰しておるようですので、ワタクシも見たことはございません。そもそも人の社会というものにあまり詳しくありませんので……」


「そうだったな……フェーリスはどうだ?【猫猫通信キャッツ・アイズ】で見たことはないか?」


「ウチもアイツらの幹部なんて知らないニャン。そもそも普通のヤツと幹部の区別もわからないニャン」


「それもそうか……」


納得しながらも新情報が全く出てこないので、僕はいささか落胆した。とはいえ、魔族ですら『幻影の魔王』の名を聞いたこともなく、『魔王教団』の詳細を掴んでいないのだ。この事実を知れたことで、どこから出発するべきかが見えてくる。


「……『魔王教団』は全てが謎に包まれている。ということは、一から調査しないといけない。これはフェーリスにしかできない仕事だな」


「ニャン?」


僕の言葉に反応したフェーリスに再度告げた。


「『魔王教団』の実態調査は、フェーリスの担当だ。人々の生活をくまなく監視し、黒い十字架を所持する人を洗い出せ。さらにそこから幹部への手がかりを探すんだ」


「了解ニャン!大変そうだけど面白そうニャン♪」


彼女は尻尾を振って楽しそうに返事をした。

そして、僕はストリクスにも命じる。


「王都に潜伏中の魔王については、ストリクス、今夜から毎晩、フクロウの姿でこの街を上空から監視してくれ」


「御意にございます」


「何かあっても絶対に戦闘は避けるんだ。と言っても魔王相手じゃ、お前は戦う気にもならないだろう。すぐに僕と百合ちゃんに知らせてくれ」


「仰せのままに」


教団と魔王に関しての対応が決まったところで、ダチュラが口を開いた。


「レン、少し整理させて。この街に魔王がいるっていうのが一番ヤバいことはわかるんだけど、他にも勇者が来てくれたのに戦うことになっちゃったのよね。いったい誰が味方で、誰が敵になるのかな?」


混乱している彼女の気持ちはよくわかる。僕は簡潔に答えた。


「帝国の勇者と戦うことになったのは、牡丹を守るためなんだ。あの柳太郎という少年は、魔王を倒すことに何のためらいもなかった」


これにローズが何かを悟ったように呟いた。


「覚悟はしていたことだが、今になって身に染みて理解したよ。レンたち一家の仲間になった以上、こういう事態も起こりうるということだな。……つまり、あたしたちは、牡丹を魔王として討伐しようとする勇者と戦いながら、人に害をなす魔王がいれば、そいつもやっつける」


「まさしく、そのとおりだよ」


僕が相槌を打つと、ローズは深く考え込むように腕を組んで黙った。しばしの静寂の後、次に発言したのはシャクヤだ。


「シュラーヴァスティーの勇者、ナデシコ様は、お味方と考えてよろしいのでございますね?」


「うん。彼女は味方だ。だけど、何か秘密を隠している節がある。まるっきり信用していいわけではなさそうなんだ」


「そうでございますか……」


シャクヤは複雑な心境といった様子だ。

ここでフェーリスが質問を挟んだ。


「そういえば、生まれたばかりの魔族がレベル40だったってのは、本当ニャン?」


これには嫁さんが答えた。


「うん。蓮くんの解析だと40だったって。私も遠くからだけど、それくらいの気配を感じたよ」


「それはちょっとすごいニャン……生まれ変わって魔族になったばかりで、そのレベル……普通は、目覚めた直後はもっと弱いニャン」


彼女の見解には僕が驚いた。


「え、そうなのか?」


「魔獣と違って、魔族は自分を鍛えて強くなるニャン。いきなり40はすごすぎニャン。きっとその魔族にマナを与えた魔王様は、普通じゃないニャン。ものすごく強い魔王様ニャン」


「普通じゃない…………」


僕は少しの間、黙考し、考えをまとめた。


「……今日の魔王を仮に『幻影の魔王』としてきたけど、それが『破滅の魔神王』である可能性も考えられる。だとすれば、僕たちと桜澤さんの討伐対象が同じことになるな」


「まぁ、どっちにしても、探せないんじゃ、お手上げだけどねぇーー」


嫁さんが、ほとほと困り果てた、という様子でため息をつく。

そこにローズが意見を出した。


「レン、ユリカ、明日からあたしも街の見回りをしてみよう。ちょうど退屈していたところなんだ」


これを聞いた僕と嫁さんは互いに顔を見合わせ、共に反対した。


「ありがたいけど、ちょっと心配だな……魔王がらみだし……」


「もしも襲われたら、さすがのローズさんでも殺されちゃうかも……」


「だったら、そのナデシコという勇者と一緒ならどうだ?彼女も『幻影の魔王』を追っているんだろ?悪い話じゃないと思うが」


ローズのこの提案には僕も納得した。確かにそれなら理に適っている。


「なるほど。いいアイデアだ。ちょっと連絡してみるよ」


僕は、その場で桜澤撫子さんと連絡を取ることにした。彼女は第二王子ヘンビットの計らいで宮殿内に宿泊しているはずである。ところが、彼女に渡した携帯端末宝珠の位置を確認すると、どうも外出しているようだ。


「え、夜中に一人で散歩か?……まぁ、勇者だから問題ないだろうけど」


少しだけ心配しつつも通信を送る。一応、『八部衆』メンバーは見えないアングルにし、僕と嫁さんだけが映るようにテレビ通話を要求した。着信を受け取ると、すぐに彼女は応答してくれた。


『もしもし、白金くん?……あっ、すごい!本当にテレビ通話までできるんだ!』


「夜分にごめんね。『幻影の魔王』のことで相談したいんだ。……ところで、今、外にいるみたいだけど?」


『あ、あはははは。バレたか。ちょっと一服するために街に出てきたんだ』


「え、一服?」


『そうそう。元カレの影響で、高校時代からこっそり吸ってたんだよ。知らなかったっけ?』


「……ごめん。知らなかったな」


『あ、そっか。真面目な白金くんに知られたら、嫌われてたね』


「いやいや……えと……それよりね……」


予想外の告白により、非喫煙者である僕は、高校時代の淡い思い出を軽くぶち壊されてしまった。正直なことを言えば、タバコを吸わない僕としては、喫煙者の女性と付き合いたいとは思えない。特に元カレの影響で、などと言われたら、なおのこと嫌になってしまうものだ。


ただ、今はそんな話をしている時ではないので、すぐにこちらの用件を伝えた。彼女は二つ返事で快諾してくれた。


『ローズさんとダチュラさんね。いいわよ!私も一人で出歩いてると怪しまれそうだし、あまり大っぴらに戦うことができないから、すっごくありがたいわ!』


「じゃあ、あとで連絡先を教えるから、連携を取ってもらえるかな」


『了解!いろいろありがとう!白金くん!』


用件を済ませ、僕たちは通話を終えた。声の調子から彼女の人柄がわかったらしく、僕の仲間たちも安心した表情をしていた。


「てことで、あとはよろしく頼むよ、ローズ」


「ああ。任せておけ」




――ところで、僕との通話を終了させた桜澤撫子さんは、その後、どのような反応を示していたか。


今の僕が知る由もないが、僕の元同級生は、一癖も二癖もある女性であった。


「さすがね……コレを持ってるだけで居場所がバレちゃうんだ……」


携帯端末宝珠を見つめながら、苦笑する桜澤さん。

そして、周囲には誰もいないはずだが、誰かに語り掛けるように言った。


「……ということで、私たちが会うのは今夜で最後にしましょ。こんなモノ作っちゃう白金くん、ヤバすぎ。これ以上、ここで行動するのは難しいわ。次からは別の連絡方法を考えましょ」


なんと彼女がいる路地裏の向こう側に漆黒のローブに身を包んだ男が立っていたのだ。その首には黒い十字架が掛けられている。


二人は距離が離れているため、ぱっと見では会話しているように認識できない。彼女の声を聞き取ると、漆黒のローブは静かにその場を去った。


そして、一人きりになると桜澤さんは星空を見上げ、タバコを詰めたキセルを吸いながら、独り言を呟いた。


「はぁーーあ、こんな世界じゃ、タバコも高いし、大しておいしくもないし、女がタバコ吸ってるだけで非国民みたいな目で見られるし……」


言いながらも、この日に起こった出来事を、とりわけ僕たちと帝国の勇者たちが対立した空き家での出来事を思い返し、彼女は悲しそうな表情で独り言を続ける。


「とりあえず予定は変更ね……。まさか、あんなことがあるなんて……想定外のことが起こりすぎ。しばらくは様子見かな……」


そうして、今度は自分の所有しているスマホを見つめる。ウチの嫁さんが拾って届けてあげた物である。


「……ちょっとリスキーだったけど、ちゃんと拾ってもらえて良かったわ。これで私が本物だってことは信じてもらえたよね。どうでもいいことで疑われたら、たまらないもん」


さらに彼女は眉根を寄せた。


「それにしても、百合華ちゃんのあの強さ……何アレ。何がレベル70よ。そんなんじゃないでしょアレは……実際は80?まさか90?……100ってことはないだろうけど」


次に彼女は深々とため息をつく。


「はぁぁぁぁぁ…………それにしても私って、つくづく男運ないなぁ……せっかく出会えた知り合い男子が妻子持ちだったなんて……一瞬、期待しちゃった私、ほんとにバカ」


そして、しばらく沈黙した後、重苦しい声でポツリと呟くのだった。


「百合華ちゃん……邪魔ね」

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