第200話 集結する八部衆

我が一家の『八部衆』を招集する話をしたところ、王女ラクティフローラが嬉しそうに僕に尋ねた。


「まぁ、魔族のお仲間を全員、こちらにお呼びするのですか?」


「うん。そのためにアレを今日、完成させよう」


「かしこまりました。では、地下へご案内致します」


立ち上がった僕たちにダチュラが不思議そうに聞いてくる。


「アレって何?」


「転移魔法だよ」


「「はぁっ!?」」


ダチュラとローズが同時に声を上げて驚いた。彼女たちには話をしていなかったので、ここで初めて明かすことになる。


「実は、我が家の時計台と、この屋敷の地下を転移魔法で繋ぐ実験をしているんだ」


「ウソでしょ!?」


信じてくれないダチュラとローズを含め、全員を伴って地下へと向かった。王女の屋敷の地下は、主に倉庫の役割とイザという時のための避難所としての意味を持っており、日常生活で訪れる場所ではない。


その廊下の最奥に、極秘の魔法研究室とされている立ち入り禁止の部屋があった。


「こちらは普段より、わたくしとフリージア以外は入れない極秘の部屋としております。実際に魔法研究をしていますので、危険な代物もあり、侍女たちは怖がって近寄りません」


ラクティフローラが説明するとおり、鍵の掛かった扉を開け入室すると、そこは真っ暗な空間に様々な物品や書物が並んだ部屋となっていた。照明宝珠でライトアップすると王女が微笑した。


「お兄様が開発された”照明宝珠”は、地下での作業には欠かせないものですね。一度手にしてしまいますと、今まで無かったことが不思議に思えるほどの必需品ですわ」


部屋の奥には、床に魔方陣が描かれている。王都に来る前から、ラクティフローラと連絡を取り合い、互いの知識を交換し合って作り上げた魔方陣である。それが2つ並んでいた。


「魔方陣が2つあるけど、これはそれぞれ違うのか?」


当然のようにローズが疑問を持つ。僕は順番に説明した。


「まず、転移魔法っていうのは、古代に使われていた術式で、今では使い手のいない、失われた技術なんだ。ところが、僕たちが以前に訪れた地下遺跡には転移魔法が存在した。魔王城と魔王城を繋ぐ役割を担っていたんだ。さらに魔王軍ではピクテスがそれを応用し、巧みに計算して、一方通行の転移魔法を完成させていた」


「そうだったな。あたしたちも戦争の帰りには、アレを使った」


「そこで、その魔方陣を『宝珠システム』に記録しておいた僕は、術式を応用して、好きな場所に転移魔法の魔方陣を設置しようと考えたんだ」


「……君ってヤツは、何か見つけると、なんでも自分のモノにしてしまうんだな」


「しかし、完全な転移魔法を他の地でも実用化するのは困難を極めた。どうやらマナ濃度の高い『環聖峰中立地帯』でなければ、往復機能のある転移魔法は実現できないみたいなんだ」


「へぇーー」


「で、ピクテスがやってたみたいに一方通行の転移魔法なら可能なんじゃないかと思って実験中なんだ」


「そうなのか…………ん?いや、だからなんで魔方陣が2つあるんだ?答えになってないぞ?」


「まだわからないか?」


「なんだ?もったいぶらないでくれよ」


「一方通行が可能なら、その転移魔法をお互いに設置すればいいだけの話だ。行きの魔方陣と帰りの魔方陣をな」


「ああ!なるほど!」


目から鱗と言わんばかりの様子でローズが感嘆の声を上げた。聞いていただけのダチュラも目を丸くしている。


僕は魔方陣の片側に立ち、王女に告げた。


「ということで、ラクティ、準備は既に整っているみたいだね。あとは少し手を加えるだけだ」


「はい。送っていただいた情報を元にベースは出来上がっておりますので」


「これに正確な座標情報を書き込む。それで完成だ」


基盤の整っている魔方陣に、僕は、我が家からこの屋敷までの相対的な位置情報の書き込みを開始した。


「実は、この部分が、転移魔法の使い手がいなくなってしまった最大の原因だと僕は考えている。魔方陣同士の相対的な位置関係を記入する際、距離と方角を平面的に捉えるだけでは、全く正確にならないんだ」


「どういうことでございますか?」


シャクヤが疑問の声を差し挟むので、これに回答するように説明した。


「前にも言っただろ?世界は、平面じゃなくて球体なんだ。それを前提にして位置関係を計算しないと、全く別の空間を指し示すことになるんだよ」


「「まぁ!!!」」


これにはシャクヤだけでなくラクティフローラも愕然として叫んだ。初耳であるローズとダチュラ、そしてフリージアさんは意味もわからず目を点にしている。


「おそらくそういう知識が無いものだから、この世界の人々は自力で転移魔法を作り出すことができなかった。きっと僕のように世界が丸いことに考えが及んだ勇者か魔王が、最初に転移魔法を実現したんだろうね。それを後世の人々や魔族は使い続けていた」


さらに僕が推論を述べると、ラクティフローラが尋ねる。


「では、ピクテスという魔族は、どうして転移魔法を王都に作成できたのでしょうか?」


「あいつは自分の脳内で高度な計算をできる魔法を持っていた。理屈を知っていたのかはともかく、転移魔法の計算の仕組みには気づけただろうね」


「なるほど……」


「ということで、位置情報の書き込みも完了だ。これを起動すれば、誰でも発動して転移することができる」


立ち上がった僕は、『宝珠システム』で話し掛ける。


「ストリクス、話は聞いていたな。そちらの魔方陣も起動させてくれ」


『お待ち申し上げておりました、ご尊父!御意にございます!』


ストリクスとは会議中の時から通話状態にしてあり、既に我が家の時計台に待機させている。彼と僕は、遠く離れた地で、同時に魔方陣を起動させた。魔方陣が淡い光を帯びる。転移魔法の起動が成功したのだ。


「うまくいったな。あとは実際に転移できるかどうかだが……」


起動が成功した以上、転移が失敗することは理論上ありえない。


しかし、実際に空間転移を実行するとなれば、やはり最初の実験には不安が募る。万が一にも術式が暴走した場合、何が起こるかわからないのだ。これを心配していると、ストリクスが嬉々として進言した。


『ご尊父、この魔法を最初に実行する栄誉、僭越ながら、ワタクシめにいただけませんでしょうか?』


「え、お前が?いいのか?」


『よいも何も!人の身で転移魔法を作り上げたお方は、ここ数百年、出現したことがありません。この偉大なる術式の発動、最初の一手は、是非とも、あなた様の第一の使徒たるワタクシにお命じくださいませ!』


いささか興奮気味なストリクスの要求を僕は快諾した。


「わかった。では、頼む」


『仰せのままに!』


彼が転移魔法を発動すると、受け皿となるこちら側の魔方陣もまばゆい光を放つ。その光が収束すると、魔方陣の上には学者風の姿をしたフクロウ男が立っていた。ストリクスである。


「よし、成功だな!」


「ご尊父、ご母堂、そしてボタン様!お久しぶりでございます!」


「うん。久しぶり。ストリクス」


「ストリ!」


実際のところは数日ぶりに過ぎないのだが、感極まった声で叫ぶストリクス。喜んだ牡丹も彼の名を叫んだ。


そして、ストリクスが周囲を見渡すと自然と王女と目が合う。

彼は畏まって跪いた。


「お初にお目にかかります。王女殿下。ワタクシの名は、ストリクス。ボタン様の眷属にして、偉大なるレン様の第一の使徒でございます。先だっては、魔王軍の一人として、ここ王都に魔獣を送り込んでしまいました。赦されざるこの大罪。誠に償いようもございません。どうかお気の済むまで、いかようにも罰してくださいませ」


この潔い謝罪にはラクティフローラも目を丸くした。自然と後ろにいるフリージアさんと目を合わせ、しばし茫然としている。


彼女としては複雑な心境であろう。王都が災禍に見舞われたのは、彼一人のせいではないとしても、恐るべき魔獣たちを次々と送り込んでいた諜報人が、目の前で跪いているストリクスだったのだから。


「フリージア、あなた、どう思う?」


思わず侍女長に意見を求めてしまう王女。尋ねられたフリージアさんも困惑していたが、ここは毅然と返答した。


「わたくしは、いち使用人に過ぎません。王族でも貴族でもありません。この問題にご回答できるのは、姫様を置いて、他にはいらっしゃらないでしょう」


「………………」


ラクティフローラは、彼女の言葉を聞いて覚悟を決めたような表情になった。そして、僕たち夫婦の顔を見る。


「お兄様、お姉様、このストリクスという魔族は、信用してよろしいのですね?」


これに僕と嫁さんは真顔で答えた。


「うん。以前はいろいろあったけど、実は心根はまっすぐなヤツなんだ。今では僕の腹心の部下と言っていい」


「彼がやったことは絶対に赦せることじゃないと思うの。でも、私から見ても、心から後悔してるのよね。今は信じてあげてる」


「そうでございますか……」


胸に手を当てた王女は、僕たちの言葉を噛みしめるように目を閉じた。数秒の沈黙の後、目を見開いた彼女は、ストリクスに告げた。


「ストリクスさん、あなたの行いを赦す気は毛頭ございません。しかし、こちらにいらっしゃる偉大なるユリカ様とレン様に一生涯お仕えする覚悟がおありなら、それをもって贖罪としてください。わたくしどもから、王国として罪を問うことは致しません」


「お、王女殿下……」


ストリクスが感動して顔を上げた。

これに王女はもう一度、厳しい声を向ける。


「よろしいですか。赦したわけではないのですよ。赦せるはずもありません!あなたのせいで、どれだけの人々が殺され、傷を負い、家族を失って泣いたことか……よくよく噛みしめていただきたいですわ!」


「はっ!心得ております!ご寛大な処置、誠に恐れ入ります!!」


平身低頭するストリクス。かつての魔族幹部が頭を床に擦り付ける勢いで謝罪する姿を、ラクティフローラは複雑な表情で見つめる。そして、僕たち夫婦を見て微笑した。


「……わたくしに会ったら、まず謝罪するようにと、お二人が命じられたのですか?」


「うん。ラクティの顔を見たら、いの一番で誠心誠意、詫びを入れろってね」


「死ぬ気で謝りなさい、って言っといたのよ」


「うふふふ。やはりお二人は素敵ですわ」


重い空気だった室内に再び明るい笑い声が響いた。一つのケジメをつけることができたストリクスは、直ちにもう片方の転移魔法で我が家の時計台に戻った。


次に再び転移してきた時には、残りの『八部衆』メンバーを全員伴っていた。フェーリス、カエノフィディア、ガッルスである。


「ガッルス!」


「ボタン様!」


ガッルスの姿を確認した途端、牡丹は彼女に抱きついた。そして、フェーリスはラクティフローラに飛びつく。


「王女!久しぶりニャン!会いたかったニャン♪」


「まぁ、フェーリス、相変わらず元気そうね」


この二人は、猫好き同士で意気投合し、アイビーを通じて普段から会話する仲になっている。あの戦争で知り合って以来、ずっと親友のような付き合いをしていたのだ。


「あ、あの……アタクシはシロガネ家に仕える侍女で、カエノフィディアと申します。王女殿下の侍女長フリージア様でございますね。どうか、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します」


魔眼の持ち主であるカエノフィディアは、侍女の一人としてフリージアさんに挨拶した。稀に見る美貌と、ただならぬ気配を持つ彼女を前にして、元ゴールドプレートハンターのフリージアさんは硬直した。


「あ……あなたのような方が……侍女……ですか?」


「はい。旦那様と奥様には、何から何までお世話になりました。こちらでもお仕事を手伝わせていただけますでしょうか」


「それは……問題ありませんが……『八部衆』とはシロガネ家に仕える由緒正しい幹部の集いではなかったのでしょうか……わたくしにとっては、大切なお客人のはずですが……」


フリージアさんの愕然とした様子を見て、僕も今になって思い当たった。『八部衆』という大層な名前が付いているにも関わらず、彼らは人間社会におけるそれぞれの身分や立ち位置が見事にバラバラなのだ。


特にカエノフィディアは、当家の侍女であることを自ら望み、喜んで仕事をこなしてくれている。これに使用人としての立場を決して忘れないフリージアさんは困惑してしまった。


「すみません。フリージアさん。この子はこういう子なんです。中身はレベル45の強者ですが、一人の侍女として、仕事を振ってあげてください」


仕方がないので僕から頼むと、フリージアさんは恐縮しながら承諾した。


「か、かしこまりました。では、カエノフィディアさん、あとで私のところに来てください。皆に紹介致します」


「はい!大先輩のお仕事、学ばせていただきます!」


互いに長身で美人の侍女が向かい合うと、そういう類の店に来たのではないかと錯覚してしまう。特に我が家の侍女が着用する服は、嫁さんがデザインしたメイド服である。これをフリージアさんは不思議そうに見つめた。


「……それにしましても変わった服装をされていますね。こんなにフリフリして。色合いも鮮やかで。とてもかわいらしいというか……」


「はい。奥様のご趣味なのです。本当は旦那様のご趣味だと言われましたが」


これには僕が面食らって強く反発した。


「待て待て待て。濡れ衣だ!誰が好き好んで自分ちの使用人にメイド服を着させるか!」


「えぇぇーー、蓮くん、気に入ってたじゃん」


「悪くないって言ったんだよ!僕が命じたわけじゃないでしょうが!」


「そうだっけぇーー」


悪びれる様子もなく嫁さんが笑っている。

そして、話を聞いていた王女が目を輝かせた。


「まぁ、当家でもこの服、採用しようかしら」


「いやいや!よく考えようね、ラクティ!王家に仕える侍女なんだからね!今みたいに気品のある方がいいと思うよ!」


「これは新しい流行になるかもしれませんわ」


「ウソでしょ!」


なんやかんやで『八部衆』が集合した結果、賑やかな集いになってしまった。和気あいあいと話は弾んだが、とりあえず人獣タイプのストリクスとガッルスは動物の姿に変身し、全員でサロンに戻った。


今後のことを相談するため、お茶を飲みながら会議を再開した。


カエノフィディアはフリージアさんを手伝って、部屋と厨房を行ったり来たりしている。彼女たち以外の侍女は入室禁止である。


「さて、ストリクスもガッルスも、さっきの会議は通話で聞いていたな。新たな魔王への対応策を講じたい。お前たちの力も借りるぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る