第199話 魔王の信奉者

僕は昨夜の通り魔事件現場で、ルプスに確認させた。


「どうだ?この大量の血痕。ニオイは女性魔族で間違いないか?」


「ガウアウ、アオアウア、グルルルルガオルルア(はい。魔族になる前だとニオイが違いますが、追跡した内容は、彼女と全く同一人物です)」


「なるほど。これで僕の推理は、ほぼ確定だな。他に、ここに来た人物のニオイはわかるか?」


「グガルルオ、ゴウアウア(たくさんいます。騎士や野次馬が混じっています)」


「今日、知り合った人物の中で、ここに来たのは?」


「アウウオオオ、ガウガウグルル、バウアウアオン(魔族の彼女と通り魔の男、それと先程の帝国の3人。それ以外は、ここにいる皆さんだけです)」


「そうか……ニオイで魔王を特定するのは無理そうだな……」


次いで、僕は嫁さんにも確認を取った。


「百合ちゃん、もしも誰かが魔法で変身していたら見破れる?」


「うーーん、見たことないから何とも言えないけど、その人自身に魔法が掛けられていれば、絶対に見抜けるはずだよ」


「だよね。ということは、今日、百合ちゃんが出会った人物は、全員、本人で間違いないね」


「そだね……って、もしかして蓮くん、撫子ちゃんのことを疑ってる?」


「一応、容疑者には入れておいたんだけど、違ったみたいだ」


「私、蓮くんのそういうとこは理解できないわぁ……」


何事にも疑ってかかる僕の性格は、時々、嫁さんから煙たがられることがあるのだが、今回はあからさまに苦笑されてしまった。


とはいえ、深刻な事態であることは間違いないのだ。僕はすぐに王国の勇者に尋ねた。


「ベイローレル、いずれにしても、これで新たな魔王の存在が確定した。騎士団としては、どう対応するんだ?」


「とりあえず騎士団長には報告しますが、今は事を荒立てる時期ではないと判断します。王都のど真ん中で魔王が出現し、魔族を誕生させたなど、住民に知られたら大混乱になるでしょう」


「そうだな……だが、何かが起こってからでは遅いぞ」


「それもわかっています。見回りを最大限に強化し、一刻も早く、魔王の正体を突き止めなければなりません」


「わかった。僕たちも、できうる限りのことは協力するよ」


「ありがとうございます」


「正体がわかったら、私がやっつけてあげるからね!」


僕たちの会話に入った嫁さんが、元気よく宣言した。

それに笑顔を向けながら、ベイローレルは最後の情報を提供してくれる。


「ええ。厳しい時は、ユリカさんの力をお借りしましょう。ところで、ボクが見た魔王は、男か女かさえわかりませんでしたが、その出で立ちには、一つの特徴がありました」


「なんだ?」


「黒い十字架です。アレは魔王を信奉する者たちが所持するモノ。『魔王教団』の信徒である証です」


「「魔王教団?」」


僕と嫁さんは同時に声を上げた。

そして、僕はあることを思い出した。


「そういえば、つい最近、ラクティが口にしたことがあった。確か、『魔王召喚の儀』を実行している人間がいるとすれば、それは『魔王教団』かもしれないと」


「はい。詳しくはボクより彼女から聞いた方がよろしいでしょう」


「わかった。……それにしても魔王の信奉者の格好をした魔王って……なんか微妙だな」


「確かにそうですね」


こうして、最終的には笑いながら僕たちは別れた。


僕は念のため、この事件現場で女性の血液を採取し、冷凍してビンに保管した。さらに日中に起きた大通りの事件現場にも再度足を運び、魔族化した女性の血液を採取した。


これが役に立つかは不明だが、少なくとも人間が魔族に変貌する仕組みを少しは解明できるかもしれない。


ひととおりの調査が終了し、僕たちは『プラチナ商会』の店舗に戻った。既に日が暮れかけており、閉店するところだった。


「すまなかったな。イベリス。よく一人でキリモリしてくれた」


「はい。午後は騒ぎのせいでお客が減ったので、なんとか、やりきることができました!旦那も、すぐそこで起きた魔族事件で奔走されていたそうで、お疲れ様でした!」


業務報告を聞いてみると、大通りで魔族が出現するという前代未聞の事態に店舗周辺は大騒ぎになり、この日の午後は客足が遠のいたらしい。


とはいえ、シルバープレートハンターが経営する店であることから、むしろここにいる方が安全だと考える人も少なくなかった。結局、店舗前の行列が無くなっただけで、盛況であることは変わらず、多忙な一日となった。


店長のイベリスは額に汗を滲ませている。開店2日目にして、僕抜きでも店を運営できたことは、彼の自信にも繋がるだろう。本当に優秀な部下がいてくれて、僕は幸運である。


「お兄様っ……!」


「レン様!」


ラクティフローラとシャクヤは、様々な気配を感じ取っており、僕たちのことを心配してくれていた。既に連絡はしておいたのだが、無事な姿を見せると安堵した表情を見せた。


「今日は本当にありがとう。僕がいない間、仕事が滞りなく進んだのは、ラクティがいてくれたからだよ。王子のことも含めて、すごく助かった」


王女にこう言うと、嬉しそうに照れていた。




閉店後の業務を急いで終わらせ、僕たちは王女の屋敷に戻った。


フリージアさんをはじめ、ローズとダチュラもなんとなく気配を感知し、異変があったことには気づいていた。


彼女らと相談するため、この日の夕食は侍女たちを入室させず、侍女長のフリージアさんだけに給仕してもらう秘密会議とした。


「お兄様、本日の出来事を詳細にお教えくださいませ」


「うん。長くなるから、食べながらゆっくり聞いてくれ」


王女に促され、この日の様々な事件を全て語った。


南の共和制国家『シュラーヴァスティー』の勇者に出会ったこと。彼女は、僕の昔の知り合いであったこと。通り魔事件と女性魔族の件。北の帝国『イマーラヤ』の少年勇者との戦い。そして、この街に魔王が潜伏し、人を魔族に変えたこと。


これらを全て語り終えると、皆、シーンと静まり返ってしまった。

最初に沈黙を破ったのはローズだ。


「……とんでもない情報量だな。一度にいろいろなことが起こりすぎだ」


「私、なんだか混乱してきちゃった……」


次いで、ダチュラもため息をつくので、僕は現状の最大の問題を提示した。


「まず喫緊の課題は、この王都に魔王が潜んでいるということだ。そのせいで死傷者が出る事態にもなった。正体を見極めない限りは、人々の安全が確保されない」


「この私がいるってのに、全く発見できないなんて、ちょっと悔しいよっ!」


嫁さんが歯がゆそうに呟く。

僕は笑顔でフォローした。


「仕方がないよ。前に牡丹を追いかけた時もそうだったけど、勇者や魔王クラスになると気配を隠すのがうまい。そもそも本当に人間なんだ。一般人と全く変わらない気配で日常を過ごすのは造作もないんだろう」


「うん……そだね」


納得はしたようだが、彼女の表情は暗い。


僕も同じ思いだ。この神出鬼没の魔王については、今のところ明確な対応方法が見つからない。ゆえに僕は、もう一つ根本的な部分についてラクティフローラに質問をぶつけた。


「てことで、牡丹以外の魔王が実在したことにより、『魔王召喚の儀』を実行する者の存在が、改めて浮き彫りになった。ラクティ、それについて、わかっていることを教えてくれないか?」


「『魔王教団』ってヤツが怪しいんだよね?」


嫁さんも一緒に尋ねる。

これにラクティフローラは神妙な面持ちで回答してくれた。


「実は、あまり話題に取り上げたくない存在でしたので、これまで詳しくはお話ししませんでした。『魔王教団』とは、その名のとおり魔王を信奉する人々の集団です。古来より異端とされてきた邪教でございます。その名を口に出すのも憚られる存在として、昔から恐れられてきました」


「なるほど。魔王を信奉しているなら、魔王を召喚する動機は十分にあるね」


「はい。我が王国では、数百年前に大弾圧が行われ、国中の信徒が一掃されております。しかしながら、陰で信仰を貫く人々を完全には根絶やしにすることはできず、今でもひっそりと信仰を続ける信徒がいると聞いております」


「弾圧って……」


これに苦い顔をして呟いたのは、嫁さんである。彼女がこちらをチラリと見たので、僕は王女に自分たちの価値観を伝えておいた。


「ラクティ、一応、僕と百合ちゃんの立場では、どんな人々であれ、信仰を理由に人を迫害するのは、良くないことだと思っているんだ。実際に犯罪を犯す集団でない限りはね」


「はい。実は、我が祖父もそうでした。『魔王教団』に嫌悪感を抱きつつも、弾圧は良くないと言っておりました」


「そうか……」


「ですが、もしも『魔王召喚』を実行しているのが彼らだとすれば、これは長年にわたる世界への反逆でございます。人類を脅かす許しがたき所業です」


「確かにそうだね。魔王さえ召喚されなければ、勇者が召喚されることもなかったんだから、僕たち一家にとっても全ての元凶だ」


「ベイローレルの見たことが本当でしたら――魔王が『魔王教団』の信徒の格好をしていたなら、関係している可能性が濃厚となります」


「そのとおりだ。そして、魔王が『魔王教団』を隠れ蓑にしていることになる。……中身が人間なら、全く不思議ではない」


ここまで話が進むと、ほとんど容疑は確定的になってきた。『魔王教団』という怪しい集団が、この世界に魔王を召喚する、悪の根源ということになる。


このことを全員が理解し、しばしの沈黙が続いたところで、ローズが感想を漏らした。


「なるほどな。あたしも『魔王教団』は知っているが、なるべく関わりたくないと思っていた。ヤツらは世界中に点々としている。あたしの故郷にも、おそらくいたはずだ」


そして、シャクヤが思いついたように手を叩きながら意見を述べた。


「と致しますと、『魔王教団』を調査すれば、本日の『幻影の魔王』に近づけるかもしれませんね。真っ暗な闇に一つの光明が見えた気が致しますわ」


これに全員が微笑して頷いた。


ただし、僕の隣にいる嫁さんだけは、少し難しい表情をしている。僕は彼女に尋ねた。


「百合ちゃん、何か引っ掛かる?」


「え?……ううん。特にそんなことないんだけど……なんかね……」


口には出さなかったが、実は僕も同じような気持ちだった。

少し答えが簡単すぎる気がする。


今、この場で『魔王教団』が犯人であると完全に決めつけるのは、柔軟な思考の妨げになるかもしれない。少なくとも僕だけは、他の可能性に留意しつづけるべきであろう。


ともあれ、現状の最有力候補である『魔王教団』をマークしない理由にはならない。僕は王女が抱いている愛猫のアイビーに話し掛けた。


「フェーリス、『魔王教団』について何か知っているか?」


猫の通信で会議内容を聞いていたフェーリスが、アイビーを通じて返答する。


「知ってるニャンよ。あの滑稽なヤツらのことニャンね」


「滑稽?」


「人間のくせに魔王様に救いを求めてるヤツらニャン。意味がわからないニャン。だったら魔族になるとか、魔族の手下にでもなればいいのに、自分たちは何もしないで、変な十字架に向かって祈ってばかりニャン。アホすぎニャン」


「なかなか辛辣だな……」


「正直言って、あんなヤツらが魔王様を召喚してたら、ウチ、いろいろとショックニャン」


「「………………」」


フェーリスが歯に衣着せぬ言葉で言いたい放題なのを聞き、全員が押し黙ってしまった。確かに言われてみれば滑稽である。彼女の気持ちもよくわかる。だが、僕はこれに一つの見解を示した。


「フェーリスが言っているのは、おそらく一般の信徒なんじゃないか?実際に魔王を召喚する者がいるなら、それは教団幹部とか、もっと上の存在になると思う。『勇者召喚の儀』だって高度で複雑な術式なんだ。『魔王召喚の儀』も同じはず。普通の信徒は関係ないだろう」


僕のこの言葉に、ラクティフローラとシャクヤが共に反応した。何やら思いついたように二人は同時に立ち上がった。茫然としつつ、彼女たちは互いに顔を見合わせる。


「ま……まさか…………」


「ラクティフローラ、あなたも気づきましたか?」


「ええ。そうよね。魔王を召喚するなんて、普通の人にできることじゃない。つまり、私たち一族の中から、そういう人たちが出たってことじゃないかしら」


「お爺様の一族、『バラモン』の一族からでございますね」


「遥か2000年前、『勇者召喚の儀』を世界で初めて成功させた一族。でも、実際は少し違っていたのかもしれない。どうして今まで気づかなかったのかしら。勇者様は魔王を倒すために召喚された。つまり、本当は、一族の中から最初に『魔王召喚の儀』を成功させた人物がいて、それに対抗するために『勇者召喚の儀』は行われたんだわ」


二人の会話は、何やら、この世界の歴史の根本的な部分に触れるようで、歴史好きな僕にとっても非常に興味深い。そして、意見を挟んでみた。


「ということは、『魔王召喚の儀』を成功させた者の末裔が、今も『魔王教団』を束ねているかもしれないと?」


「はい。そうなります。いえ、そうとしか考えられません」


キッパリと言い切るラクティフローラ。

シャクヤは、下を向いて嘆きの言葉を漏らす。


「なんということでございましょう……よもや、魔王を召喚する者と、わたくしどものルーツが同一でしたとは……」


愕然とする事実に突き当たり、彼女は落胆している。きっと自分の血筋に誇りを持っていたに違いない。とはいえ、慰めの言葉も思いつかないので、僕は容赦なく次の質問をした。


「今、二人が言っていた君たちのルーツ、『バラモン』の一族ってのは、どういう人たちなんだ?」


着席したラクティフローラがこれに回答してくれる。


「以前にも申しましたが、『勇者召喚の儀』は特別な血筋の人間にしか行使できません。わたくしたちの祖父、ヤグルマギ・クシャトリヤが、その一族の末裔でした。わたくしたちは、その一族の名を『バラモン』と呼んでいるのです」


そして、気を持ち直したシャクヤも座りながら語ってくれた。


「祖父から聞いたところでは、もともとは聖峰『グリドラクータ』に住んでいたそうでございますが、世代が進むにつれ、次第に下山する人々が出始めたとのこと。祖父の家系もその一つでございました」


「ん?聖峰『グリドラクータ』はドラゴンが住んでいるから、人間は簡単には立ち入れないはずだけど、君たちの祖先は、ドラゴンと共存してたってことか?」


「はい。そのようでございます」


大変興味深い話を聞けたのだが、いつの間にか話題が変わり、空間的にも時間軸的にもスケールの大きな話になってしまった。


僕の横では、頭から煙が出そうな勢いで、嫁さんが俯いている。


「ヤバい……本当に情報量、多すぎ……」


これは可哀想なことをしてしまった。牡丹に至っては、最初から話を聞く気もないので、食事が終わってからはルプスとジャレて部屋中を走り回っている。


「ごめんごめん。勇者召喚と魔王召喚の解明は、僕の役目だ。この話はここまでにしよう。それより『幻影の魔王』と『魔王教団』。これらの調査で、具体策を検討したい」


再び元の話題に戻し、全員が僕に注目した。

そして、彼女たちに僕は告げた。


「王都に現れた複数の勇者と謎の魔王。そして、『魔王教団』。今回の旅は情報収集が目的だったけど、予想外のスピードで状況が変化してきた。こちらも本気の体制でいく。『八部衆』を招集しよう」

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