第192話 勇者と勇者

ノミの女性魔族と対峙する王国の勇者ベイローレル。


レベル48の彼が戦ってくれるなら、僕の出る幕はないであろう。後ろに控えていた桜澤さんの方に戻り、僕は笑顔で告げた。


「彼が来てくれたからには、もう大丈夫だよ」


「うん。そうだね。王国のことは王国の人に任せるのが一番だよね」


彼女もホッとしている様子だ。周囲では、逃げ出していた人々がベイローレルの姿を確認し、大喜びで騒いでいる。


「勇者様だ!勇者様が駆けつけてくださったぞ!!」


「すごい!こんなに早く!!さすがは勇者様!」


「がんばってぇ!!ベイローレル様ぁ!!!」


声援を一身に浴びて、ベイローレルは魔族に攻撃を開始した。俊足の剣を得意としている彼は、一瞬のうちに魔族と距離を詰める。レベル8の差があることから、すぐに決着はつくと思われた。


しかし、俊敏さを売りとしているのは、ノミ魔族も同じだった。

彼女は彼の素早い剣さばきを見事に避けた。


これには、ベイローレルも感心したように驚く。


「こいつ!幹部クラス以上に速いな!!」


分が悪いと判断したノミ魔族は、ベイローレルと距離を取った後、脚に力を込めた。そして、高々と跳躍した。


ビュンッ!!


という音が聞こえてきそうだった。ノミ魔族は遥か上空に跳び上がり、ここから逃げ去るつもりなのだ。


「しまった!逃げる気か!!」


このまま魔族を逃がせば、次の犠牲者が出るかもしれない。魔族を見上げながら、そう考えるベイローレルは当然、焦った。


ところが、その時だった。


空高く姿を消したように思えた魔族が、次の瞬間、地面に叩きつけられていた。


ドシャッ!!!


「えっ!!!」


背中から勢いよく落ちた魔族と、それを目の当たりにしたベイローレルは、この理解不能な現象に、共に目を丸くして唖然としている。


僕も何が起こったのか全くわからず、隣にいる桜澤さんに目を向けた。驚いた彼女が慌てて首を振る。どうやら彼女の能力ではないらしい。


そして、その間にも、すぐに気を取り直したベイローレルが、ノミ魔族に接近し、一太刀浴びせた。


ズバッ!!


素早く心臓を一突きにしようとするベイローレルと、それにも鋭敏に反応する魔族。体を捻ることにより、魔族は致命傷を免れたが、左腕をもろに斬られてしまった。赤い鮮血が飛び散る。


さらに間髪入れず、ベイローレルは追撃する。ノミ魔族は体勢を整えながら必死に避けるが、全身を次々と斬り刻まれていった。


この光景を見ながら、僕は迷っていた。


魔族といえども不用意に命は奪いたくない。それが今の正直な思いだ。ゆえに隙を見て、意識を失わせる魔法を使おうと考えていた。


しかし、そんな余裕を魔族自身が与えてくれなかった。全身血だるまになりつつもベイローレルの間合いから逃げ切った彼女は、その狂気の眼差しを見物人に向けたのだ。


後ろに振り返り、大きな口を開けて、まっすぐ群衆に突っ込んでいく。

人の血を吸って回復するつもりなのだ。


「まずい!!」


ベイローレルは慌てて追いかけた。だが、互角の敏捷性を持った二人である。純粋なスピード勝負となれば、追いつくことができない。


これを見て、僕が魔法を発動しようとした時だった。


再びノミ魔族が不可思議な動きをした。

急に位置が反転し、ベイローレルの眼前に現れたのだ。


「「!!!」」


ノミ魔族の能力ではない。なぜなら彼女自身が仰天しているからだ。そして、同じく驚愕しているベイローレルは、考える暇も無い、といった様子で、すかさず剣を振り払った。


ズパンッ!!!


勢いよく切断されたノミ魔族の首が、上空に舞い上がった。頭部を失った魔族の胴体は、血しぶきを上げながら、力なく地面に倒れ、少し遅れて頭部が落下した。


これを見た見物人たちは、悲鳴と歓声とが交わるように絶叫した。


「「きゃぁぁぁぁぁぁっっ!!!」」


「「うおぉぉぉぉぉっ!!!」」


周囲の喧騒の中、僕は少し歯がゆい気持ちでいた。しかし、あのままでは間違いなく魔族によって人が殺されていたであろう。今回ばかりは仕方がない。


そもそも衆人環視の中、白昼堂々と人を襲う魔族がいようとは思いも寄らなかった。しかもモンスターを引き連れてもいないのだ。このような事態になれば、人間によって討伐されてしまうのは、当然のことと言えよう。


ふと隣の桜澤さんを見ると、彼女も神妙な面持ちであった。


僕は、これに一つの希望を持った。彼女も魔族に対して人道的な考えを持っている人ならば、魔王が人間である事実を話しても、僕たちに協力してくれるかもしれない、と。


「もしかして、桜澤さん、可哀想だと思った?」


「えっ……ううん。そんなことないよ。人を襲う魔族だもん。殺されちゃっても文句は言えないよね……」


「てことは、人を襲わない魔族なら、助けてあげてもよかった?」


「そ……そうかもね…………てか、そんなことを聞いてくるってことは、白金くんは、そういう考え方なの?」


彼女の反応と問いかけが期待どおりだったので、僕は嬉しくなった。そして、先程、中断されてしまった話に戻し、教えてあげることにした。


「実はね、さっき言いかけたことなんだけど、魔王について」


「うん」


「魔王は本当は――」


と、ここまで言った時だった。またもや邪魔が入り、会話が途切れることになった。


「蓮くん!」


「パパ!」


嫁さんが牡丹を抱っこして、やって来たのだ。しかも、ついさっき大喧嘩したばかりだというのに、笑顔で近づいてくる。


機嫌が直ってくれたのか、と安堵する思いと、あんだけ罵っておいて、いい気なものだ、という呆れた思いが、僕の中で交錯する。その結果、僕は苦笑した。


「百合ちゃん、誤解を解きたいんだけど……」


そう言いかけた時、真っ先に前に出た桜澤さんが、嫁さんに謝罪した。


「あの、さっきは勘違いさせたみたいで、ごめんなさい!百合華さん!私、桜澤撫子って言います!こっちに召喚された勇者で、白金くんとは昔の友達なの!」


「えっ……!ちょっ……ちょっと!」


深々と頭を下げた桜澤さんに嫁さんの方が動揺した。周りの視線を気にしてキョロキョロする。そして、すぐに彼女の肩を持った。


「こ、こちらこそ、ごめんなさい!事情も聞かずに怒っちゃって!私、蓮くんの妻で、百合華です。改めてよろしくね!」


嫁さんからも謝罪され、頭を上げた桜澤さんはホッとした様子で笑顔になった。


「……よかったぁ。私と白金くんが不倫してたと思ったんでしょ?全然、違うのに」


「あ、あははは……ほんと、ごめんなさい。なんかドラマで観たような光景だったから、つい逆上しちゃって……」


「百合華さんって、ちょっと天然なんだね」


「え、そ、そんなことないよぉ」


僕の目の前で、女性勇者2人が笑顔で会話してくれている。一時はどうなることかと思ったが、ようやく安心できた。これで本当の情報交換ができるだろう。


「ところで……さっきからすごく気になってるんだけど、その子、二人のお子さん?……どう考えても、普通の子じゃないわよね?」


やはりと言うべきか、桜澤さんは、僕の胸に飛び込んできて抱っこされている牡丹を不審がった。


この子が魔王とは思わないまでも、魔族的な気配を持っていることは、一目見ればわかってしまうのだろう。彼女ほどのレベルの持ち主であれば、ごまかすことは不可能だ。


「うん。この子のことと魔王の話、ちょっとした驚愕の事実になるけど」


「聞かせて」


僕と桜澤さんは、周囲の喧騒から少し離れ、大通りの脇で話をした。彼女に、牡丹が魔王である事実と召喚された日本人であることを伝えたのだ。また、この子を養女にしたことも。


愕然として、これを彼女が聞いている間、嫁さんのもとにベイローレルが来て、挨拶していた。


「ユリカさん、お陰様で早期解決することができました。ありがとうございます」


「ううん。牡丹を連れて行けば、魔族のことは解決できると思ったけど、そしたら正体がバレちゃうからね。ベイくんってば、方角を伝えただけで一人で走っていって、解決しちゃうんだもん。やっぱり勇者だね」


「あなたからそう言っていただけると、望外の喜びです」


彼はガラにもなく、頬をピンク色に染めて照れた。

そして、残念そうに告げる。


「……ということで、すみません。ユリカさん。これから現場の騎士たちに引き継ぎを行いますので」


「うん。私もデートはおしまいだと思ってたから。……あ、さっきのお店の支払い、ベイくん持ちになっちゃったね。私、出すよ」


「いえ。今日はボク持ちで。それは次回に出していただけますか?」


「え、次?……そうね。蓮くんがヤキモチ焼いちゃうけど、許可が下りたら、また遊ぼっか」


「はいっ!」


少年のように喜ぶ彼の顔は、勇者とは思えないほど純粋な輝きを帯びていた。そして、意気揚々と事件現場に戻って行った。


最後にその場面だけを目撃した僕は、呆れ返りながら、嫁さんに言った。


「おいおい……さすがに可哀想じゃないか?あいつ、本気で君のことを好きみたいだよ?期待を持たせるのはどうかと思うな」


「そうなんだよねぇーー。でも、ああでも言わないと、彼は味方でいてくれないかもしれないよ」


「え、やっぱりそう?」


「頭がいい人って、なかなか抜け目ないからねぇーー」


「怖いなぁ……女ってヤツは……」


僕と嫁さんのやり取りを後ろで見ていた桜澤さんは、おかしそうに笑った。


「すごいね。百合華さんって。王国の勇者くんを手玉に取ってるんだ」


「えぇぇーー、そんな言い方したら、私が悪い女みたいじゃない」


「なかなか素質あると思うわよ」


「ちょっとぉーー」


気さくな性格の桜澤さんは、ウチの嫁さんと打ち解けるのも早かった。いつの間にか二人で冗談を言い合うようになっている。思い返せば、クラスでも男女を問わず、好かれていた気がする。今風に言えば、スクールカーストの頂点にいた存在だ。


そんな桜澤さんは、牡丹を抱っこしていた。子どもからも好かれやすいようで、牡丹は初対面であるにも関わらず、安心して彼女の胸に飛び移っていた。


「あら、牡丹、よかったねぇ。抱っこしてもらえて」


「うん」


ご機嫌の牡丹に笑顔を向けながら、桜澤さんは言った。


「この子が魔王なんてね……聞いた時はちょっとビックリしたけど、なんだか、いろいろ納得したわ。召喚されるのが勇者だけって、話がうますぎる気がしてたし。私もそんなに善人じゃないし」


彼女がしみじみ言う傍ら、僕の足元には、いつの間にかルプスが来ていた。狼の姿で、まるで主人を心配する忠犬のように。


「ルプス、魔族の気配を感知して、心配して来てくれたんだな」


「ガウ!(はい!)」


「ちょうどいいところに来てくれた。あっちにある遺体。人間と魔族、それぞれ1体ずつ。こっそりニオイを覚えて来てくれないか」


「バウアウア!(了解しました!)」


ルプスが去っていくと、これまた桜澤さんが目を丸くしている。


「魔族を仲間にしちゃうとか……すごい。白金くんって、私の想像を軽く飛び越えてくるのね」


「ああ……まぁ、いろいろあってね」


「だから、魔族のことも、あんなふうに聞いてきたんだね」


「うん。善良な魔族もいるんだよ」


「そうだよね。だって、こっちの世界の人たちは、人間であろうと魔族であろうと、私たちからすれば異星人であることに変わりないもんね」


笑顔になって、そう持論を展開する桜澤さんに、今度は嫁さんが目を丸くした。


「すごい!蓮くんと同じこと言ってる!」


「え、そうなの?」


「前にもね、蓮くんと魔族の命について相談したことがあるの。魔族を殺すことは殺人になるんじゃないかって」


「本当!?そんなこと真剣に考えるのって私だけかと思ってた!」


「私たち、似てるね!」


テンションが上がる嫁さんであったが、僕も桜澤さんに感心していた。やはり成績優秀だった理系女子。僕と似たようなことを考えていたのだ。これなら、今後のことも相談しやすいだろう。


4人で『プラチナ商会』の店舗に戻るまでの間、様々なことを語った。特に喫緊の課題と言えることがあり、これについては真剣になった。


「……百合ちゃん、さっきの魔族、どこから現れたと思う?」


「アレね。……なんか急に現れたよ。まるで転移してきたみたいに」


「外から来たんじゃないんだね」


「うん。転移じゃないとしたら、今日、初めて魔族になったのかも」


「やはりそうなるか……」


僕は、王都が深刻な事態に直面している可能性に気づき、しばらく黙り込んでしまった。そして、こう告げた。


「……だとすれば、答えは一つになる。今、この王都に別の魔王がいる。そいつが、人を魔族に変えた」


「だね」


「なのに百合ちゃんは、その気配を全く感じていない」


「そう。そうなんだよ」


「私も何も感じなかったわ」


嫁さんだけでなく、桜澤さんも相槌を打った。彼女たちの申告をもとに、僕は、手を繋いでいる牡丹に目を移しながら、推論した。


「やはり魔王クラスともなれば、この子のように気配を人間の中に紛らすことができるのかもしれない。となると、実際にお目にかかるまでは正体を見破れないことになる。場合によっては、この神出鬼没の魔王が、『幻影の魔王』か『破滅の魔神王』である可能性も否定できない」


「「そうだねぇーー」」


これに2人の勇者がハモって応答した。

そして、最後に僕は桜澤さんに告げるのだった。


「今後もお互い連携を取るようにしよう。『幻影の魔王』についても、もしかしたら近くにいるのかもしれない。何かわかったら連絡するよ」


「うん。だけど……『幻影の魔王』も召喚された人なんだよね?」


「その可能性が非常に高い」


「じゃ、白金くんがやろうとしている、『勇者召喚の儀』の分析を待つのが、一番いい気がしてきたよ」


「そうだね。それも結果が出たら、すぐに教えるよ」


「ありがとう」


店舗の前に到着した。すると、忙しい店内から、ちょうど一団が出てきたところだった。第二王子ヘンビットとその取り巻きの女学生たちだ。こちらに気づいたヘンビットが叫んだ。


「あっ!ナデシコ!どこまで行ってたんだ!置いてくとこだったぞ!」


そうであった。彼が来店したことにより、僕と桜澤さんは出会い、話をするため散歩に出たのだった。


「ごめんなさぁーーい!!」


桜澤さんは走って第二王子のもとに行った。ヘンビットは、僕の顔を見ると、一瞬だけ気まずそうな顔をしたが、意を決して僕に近づいてきた。


「シロガネ当主、ラクティにも言われたんだ。いろいろあったけど、どうか先日の無礼を許していただきたい。今後は、ボクとも懇意にしてもらえないだろうか」


王族らしく毅然と謝罪してきた。

こう言われれば、僕も悪い気はしない。


「いえ。こちらこそ。よろしくお願い致します」


そう答え、お互いに握手をした。彼の手のひらは、手汗でビッショリだった。ちょっとだけ引いたが、僕と仲直りするのに、そこまで緊張していたのかと思うと、少しかわいいヤツだと思った。


「じゃあね。百合華ちゃん」


「うん。またね。撫子ちゃん」


いつの間にか親しい友達のようになっている桜澤さんと嫁さんも挨拶している。そうして、急に来店した第二王子一行は帰って行った。


彼らを見送った後、僕は静かに嫁さんに尋ねた。


「一応、聞くけど、桜澤さんは『勇者』でいいんだよね?」


「うん。悪い気配は全然しなかったよ。魔族的な感じは一切なかった」


「だよね。なら、よかった」


ここで嫁さんは僕に向き直り、ペコリと頭を下げた。


「あのね、蓮くん、さっきはあんなに怒っちゃって、ほんとにごめんなさい。なんか、ついカッとなっちゃって」


「え、うん。僕も勘違いさせちゃって、ごめん。軽はずみなことをしてしまった」


「うん……」


「うん」


こうして二人で見つめ合うと、お互いのことを認め合った気持ちになる。これで仲直りと言えるだろう。ところが、次に嫁さんは急に口を尖らせた。これに僕は唖然とすることになる。


「でもさぁーー、いくら偶然の再会だったからって、私に黙って、元カノとデートってひどくない?作ってあげたお弁当も食べてくれないで」


「いやいや……何言ってんだよ。あの子とは付き合ってないよ」


「ふーーん?蓮くんの動悸がちょっと高まってたの、私、普通にわかっちゃってるんですけどぉ?」


言いながら彼女が顔を近づけてくるので、僕は観念した。


「正直言うと、好きだったよ。高校時代」


「だった?」


「そう。だった」


「片想い?」


「うん。そう」


「……まぁ、そうだよね。あんなかわいい子が蓮くんと付き合うことないよねぇーー」


妙に嬉しそうに嫁さんが笑顔になったので、逆に僕は呆れてツッコんだ。


「何言ってんだ。君は付き合ってくれたじゃないか」


「えっ…………あ、そっか」


「そうだよ」


「あれ?蓮くん、今、間接的に私のこと、かわいいって言ってくれた?」


「……うるさいな。それより店に戻ってくれたなら、仕事手伝ってよ」


「そだね。なんだか機嫌がよくなってきた!りょ!」


そうして店舗に入り、仕事に戻ることにした。店内の様子を見ると、僕がいなくても店長のイベリスがテキパキと指示を与え、上手に来店客をさばいている。やはり彼は仕事のできる男だった。


安心したところで、最後にあることを思い出した。

それを嫁さんに聞いてみた。


「そういえば百合ちゃん、魔族の位置を瞬時に変えて、逃げるのを阻止するなんて、器用なことしたね。あんなこともできるようになったんだ」


「…………へ?なんのこと?」


嫁さんは全く意味不明のようで、キョトンとしている。


「……え、ベイローレルを助けてたじゃないか」


「魔族が牡丹に会っちゃうと大変だと思って、私、距離を置いてたんだよ。だから、騒ぎは全然見てないんだ」


この回答を聞いて、僕は愕然とした。


「なんだって!?僕はてっきり百合ちゃんだと思ってたんだけど、じゃあ、誰がベイローレルの戦いをサポートしてくれたんだ?」




――そして、この頃、ベイローレルは遅れてやって来た騎士団に魔族討伐の件を報告していた。負傷した騎士と兵士には、治癒魔法の宝珠で手当てを受けさせている。


騎士の一人が、狼の姿をしたルプスを発見し、怒鳴っていた。


「こらっ!あっち行け!しっ!しっ!」


2つの遺体のニオイを嗅いだルプスは、仕事を終えたので帰って行った。誰一人、彼が魔族であるとは思ってもいない中、ベイローレルだけは苦笑しながら、彼を見ていた。


(蓮さんの狼だな……やれやれ……魔族が堂々と大通りを歩くなんて、他の人に知られたら大変だぞ)


やがて、ひととおりの引き継ぎが終わったので、彼は帰ることにした。


「では、あとのことはよろしく頼む。騎士団長にはボクから報告しておく」


「はっ!休暇中のところ、誠にありがとうございました!」


騎士たちから見送られ、現場から離れた彼は、この日の出来事を思い返し、満足そうに笑顔になる。


(ユリカさんから”勇者”と言ってもらえた。次はもっといいところを見せるぞ)


そうして上機嫌で帰宅しようと思った時である。

目の前に立った達人クラスの気配に驚き、彼は足を止めた。


「どうも、こんにちは。ようやく会うことができました。勇者ベイローレルさん」


「……まさか、さっきのは、君か?」


「さすがですね。察しがいい」


彼の前に現れた少年。ベイローレルと魔族の戦いを、不思議な能力で陰ながらサポートした者。それは、帝国から来た勇者、柳太郎であった。

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