第191話 通り魔

僕、白金蓮は、久しぶりに嫁さんと大喧嘩した後、桜澤撫子さんと情報交換をしていた。


嫁さんの態度が頭に来た僕は、当初は桜澤さんに警戒していたはずなのだが、つい今までの旅路を事細かに伝えてしまった。魔王軍を陰ながら打ち破ったのは嫁さんであることも含めて。


ただし、さすがに嫁さんのレベルが150であることと牡丹の存在については秘密だ。


さらに今後も連絡が取りやすいよう、携帯端末宝珠も渡すことにした。


「え……通信ができるって、どういうこと?」


案の定、この質問が彼女の口から飛び出した。必然的に『宝珠システム』についても語ることになる。これについては、おそらく彼女であれば、僕がどれだけ苦心してきたかを理解してくれるであろう。


「すごいっ!!すごすぎるわよ白金くん!!!異世界に来て、コンピューターを作っちゃうなんて!!」


「桜澤さんなら理解してくれると思ったよ」


「理解はするけど、マネはできないよ!私、情報工学には進まなかったから!」


「確か生物工学だったっけ」


「うん。だからIT系は使うばっかりで、作ったことはないの」


そう。彼女が僕の元同級生であるということは、同じ進学校に通う女子であったということだ。しかも総合成績は当時、僕より良かった。才色兼備の理系女子だったのである。


彼女は携帯端末宝珠を非常に興味深そうに見つめていた。


「やばっ……これもう”スマホ”だよね。こっちの世界でデジタルに触れられるなんて思いも寄らなかったわ。白金くんに惚れちゃいそう」


「あはは……」


笑いながら言ってくるので、僕も適当に流した。


一方で彼女からも貴重な情報が得られた。


まず桜澤さんは、南の共和制国家『シュラーヴァスティー』で召喚された。場所は、首都『コーサラ』近郊にある『アカデミー』であり、その敷地内にある『地の精霊神殿』で召喚されたらしい。


今でも『アカデミー』を中心に生活しているらしいが、彼女が異世界から来た勇者であることは、ごく限られた人物しか知らないという。それは当然のことだろう。


彼女の標的は『幻影の魔王』。


その名のとおり、神出鬼没の魔王で、環聖峰中立地帯をくまなく探しても一向に見つからないそうだ。もう何年もその魔王を追いかけて、この世界を旅しているという。


「何年、追いかけてるかって?それは女の子に歳を聞くのと一緒よ」


年数について正確な情報を知りたかったのだが、笑って、はぐらかされてしまった。そう言われると、こちらもこれ以上、聞きづらい。


「もしも『幻影の魔王』の手掛かりを掴んだら、すぐに教えてね」


「それは当然だよ」


ということで、お互いに協力し合うことが決議された。


有意義な情報交換が終わったところで、会計を済ませ、店舗に戻ることにした。昼時の大通りは人も増え、道行く人たちを避けながら歩くと、自然と桜澤さんの腕が僕にくっつく場面が多くなった。


「……ところで、桜澤さんは、今でも桜澤さんでいいのかな?」


最後にずっと気がかりだった疑問をぶつけてみた。つまり、結婚しているのか、ということだ。これに彼女は、微妙な表情で答えた。


「うん……今はね」


「てことは……」


「結婚した後、別れたんだ」


「そうだったかぁーー」


「私ね、一度は、大和撫子やまとなでしこだったんだよ。ウケるでしょ」


「……え?ネタじゃなくて?」


「ほんとのホント。マジの話。大学で知り合った大和って先輩と結婚したんだ。私、”やまとなでしこ”ってガラじゃないのにね」


「そんなこと……ないと思うけど……」


「まぁ、でも結婚しても、いろいろあるよねぇーー。結局、3年で別れちゃったんだ」


「3年かぁ……ウチは今5年だよ」


「いいなぁーー……私も白金くんと結婚してたら、もう少し違う人生になってたのかなぁーー」


「……え?」


「ふふふ。冗談」


「うん」


「でね、独りになってしばらく経ってから、やることないと思ってる時に『ワイルド・ヘヴン』ってゲームを友達に勧められたんだ。それで始めてみたら、まるでそっくりなこの世界にいたの」


「……その時、レベルはどれくらいまで上げてた?」


「うーーん……始めてすぐだったけど、50以上は行ってたよ」


「なるほど。やはりそうなのか……」


彼女の結婚遍歴には驚くものがあったが、それよりもこの話が重要だ。


僕は少し考え込んで情報をまとめた。やはり『ワイルド・ヘヴン』というゲームは、僕たちがこの世界に召喚される上で重要な要素になっているようだ。


ゲームそのものに原因があるとまでは言わないが、少なくとも、この世界の『勇者召喚の儀』は、『ワイルド・ヘヴン』の世界を仲介して僕たちを呼び出している。その時、プレイしていたキャラのレベルによって、こちらでのレベルも決定している可能性が高い。


そもそも魔法とは全く無縁な地球人をこちらの世界に呼び出したところで、特別な能力など持ち合わせようはずもない。そこで、おそらくは、ゲーム内の強さを媒介とすることで、こちらの世界での強さを獲得しているのだ。


つまり、勇者にしても魔王にしても、こちらの世界での強さは、やはり召喚術式によって付与されていることになる。


また、僕が常々考えていた、ある仮説も成り立ちそうに思えた。


そこまで熟考したところで、桜澤さんから強く呼びかけられた。彼女は全く別の心配をしていたのだ。


「ねぇ、白金くん!聞いてる?だからね、経験上、言っておきたいんだけど、ああいう類の喧嘩はすぐに誤解を解いた方がいいわよ。取り返しのつかないことになったら、それこそ後戻りできなくなるかもしれないから」


「え……ああ、百合ちゃんのこと?」


「そう。奥さんのこと!私のせいでおかしなことになったら、申し訳なさすぎるよ!」


真剣な表情で訴えてくる彼女を見ていると、僕も彼女のことを信頼するべきだという思いが込み上げてきた。


「……ありがとう。僕もあのまま放っておくつもりはないよ。それより、桜澤さんに伝えなきゃいけないことが他にもあったんだ。とてつもなく重要な情報を」


「え、どんな?」


僕は、魔王もこの世界に召喚された人間であることを伝えるべきだと判断した。そうでなければ、彼女が追う『幻影の魔王』と対峙した時、地球人同士で殺し合いをすることになるのだ。


牡丹が魔王であることがバレる心配もあるが、これだけは彼女のために教えてあげなければなるまい。


「実はね、この世界の魔王は……」


と、言いかけた時だった。

突如、前方の人混みから悲鳴が轟いた。


「きゃあぁぁぁぁぁぁっっ!!!」


次いで、騒ぎの中心から人々が逃げるように後退り、拡散した。そのため、僕たちはすぐにその原因を目の当たりにすることになった。


なんと血の付いた刃物を持った男がそこに立っており、そばには女性がうずくまっていた。押さえている腹部から血を流しているように見える。


白昼堂々、”通り魔”が現れたのだ。


「えっ!なんだ、あいつは!!」


直ちに『宝珠システム』で解析しているが、犯人はレベルが8しかない。ただの一般人だ。僕は強敵の接近にはレーダー探知で反応できるようにしているが、嫁さんのように人の悪意を識別することはできない。ゆえに対応が遅れてしまった。


その”通り魔”は狂気じみた顔で、うずくまって震えている女性に刃物を向け、金切り声を上げた。


「夕べはよぉぉぉぉ、途中で邪魔が入ったからよぉぉぉぉぉぉ!!欲求不満なんだぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!もう我慢できねぇんだよぉぉぉっっ!!!!」


叫びながら女性の首筋に刃物を振り下ろす。

これを僕は宝珠システムで止めようとした。

だが、それよりも素早く反応し、行動を起こした人物がいた。


「ぐえっ!!」


後ろから利き腕を掴まれた”通り魔”は、そのまま腕を捻られ、勢いで空中を回転して背中から地面に叩きつけられたのだ。


そして、それをやった人物は、目にも止まらぬ速さで現場から消え去り、人混みを巧みに避けて、僕のそばに戻って来た。


「ど……どうかな。私、目立ってないかな?」


「うん……早業すぎて、桜澤さんだとは、みんな気づいてないよ」


「よかった」


やはりレベル58は伊達じゃない。ベイローレルをも凌ぐ超速移動で、誰にも正体を悟られることなく、犯人を気絶させて帰って来たのだ。どうして僕の周りには、こういう強い女性ばかりが集まるのだろう。


「なっ!何が起こったんだ!?女の人がやっつけたみたいだが!」


「一瞬でいなくなっちゃった!」


騒動を遠方から見ていた群衆は口々に疑問の声を発している。誰も桜澤さんの仕業とは気づきもしない。とはいえ、被害者となった女性は助けてあげたい。


「桜澤さん、ちょっと待っててね」


僕は、人混みを掻き分けて被害者のもとに駆け寄った。女性は恐怖のあまりパニックを引き起こしている。すぐに【治癒の甘露ヒーリング・ドロップ】の応用で痛みを軽減する魔法を掛けた。そして、優しく説得した。


「痛かったですね。怖かったですね。もう大丈夫ですよ。僕が治してあげますから、安心してください」


痛みが消え、幾分、落ちつきを取り戻した女性を診てあげた。彼女は腹部を刃物で突き立てられていた。重傷ではあるが、幸いにも致命傷ではなかったため、僕の【世界樹の葉ユグドラシル・リーフ】で、あっという間に治療が完了した。


「え……あれ?え?」


「ね、これで元どおりでしょ?」


唖然とする女性に僕は優しく微笑した。心配で駆けつけていた善意ある人々がこれを見学しており、周囲で歓呼の声が上がった。


「すっげぇ!傷が完全に塞がっちまった!!」


「この人、神様かしら!」


しまった。こんなことで目立ちたくはなかった。


人々の関心が僕に集まりそうなところに、王国の騎士と兵士が騒ぎを聞きつけて、やっと到着した。彼らは気絶している犯人を取り囲んでいる。自然と人々の視線がそちらに向かった。


助かった。あとは彼らに任せることにし、この隙に逃げ出そう。


僕はすぐに立ち上がって、その場を離れた。そして、桜澤さんのもとに戻った。


「すごいね。白金くん。治療もできちゃうんだ」


「うん。まぁね」


感心する彼女に僕は少しだけ得意になって笑った。

そうして再び店舗に向かう。

思いがけず人助けができたことで、なんとなく気分も良くなって歩いた。


ところが、その時だった。


今度は、僕の『宝珠システム』が、正確に危機を捉えた。なんとレベル40の魔族反応が急接近しているのだ。そして、それは上空から舞い降りてくる。


「危ない!そこから離れろ!!」


慌てて振り向き、群衆に向かって叫んだ。

魔族は、通り魔を囲んでいた騎士と兵士の真上に飛び込んだのだ。


だが、人混みのせいで正確な状況が見えない。


僕はレーダー解析で人々の位置を特定し、遠隔発動で、圧縮空気のクッションバリアを彼らの頭上に作り上げた。そこに魔族が落下した。


「ぐあっ!」


「がはっ!!」


魔族の急襲による即死は免れたものの、騎士と兵士は、着地した魔族にパンチで薙ぎ払われ、勢いよく吹っ飛んでいった。


砂煙の中に現れたのは、ノミの要素を持った亜人タイプの女性魔族である。しかも、その目は血走っており、気配など感じずとも、彼女の心が狂気に満ちていることがわかる。


そして、右手には気絶している通り魔の頭を掴んでいた。

殺気立つ魔族が呻くように叫ぶ。


「殺してやるゥゥゥ……殺してやるッ!!!」


そして、この光景を目の当たりにした群衆は、パニックを起こした。


「なっ!なんだ、こいつはぁぁぁっ!!!」


「魔族よ!!あれは魔族よぉっ!!!」


一目散に逃げ出す群衆。それを掻き分けて、僕と桜澤さんは現場に到着した。


まさか街中で真っ昼間に魔族が襲撃してくるとは思いも寄らなかった。しかも、デルフィニウムによる魔王軍は壊滅した後だというのに。こんな展開は、今まで僕も経験したことがない。


そもそも、この魔族はどこから現れたというのか。嫁さんがいるにも関わらず、王都に侵入されたことにすら気づかないとは。そんなことがあるのだろうか。


騎士と兵士は、全員、重傷を負い、戦闘不能である。当然だ。相手はレベル40の魔族なのだ。部隊長や幹部クラスでなければ、歯が立つはずもない。


そして、僕たちが目撃した魔族は、身の毛もよだつ行動に出ていた。


右手に掴んだ通り魔の頭を持ち上げ、頭だけで全体重を支えるように立たせており、その首筋に噛みついていたのだ。いや、よく見ると鋭く尖った細長い管を口の中から出しており、それを突き立てていたのだ。


さらには、そこから血を吸い上げ、飲み干している。その勢いは凄まじく、通り魔は、あっという間に肌の色を土気色に変え、干からびて絶命していた。


その凄惨な光景は、僕の隣にいる勇者をも震えさせた。


「な……何あれ……人の血を吸う魔族?」


「ノミの能力か……怖すぎるだろ……」


僕もまた戦慄する。

しかし、勇敢なる僕の元同級生は、すぐに気を取り直した。


「それにしても、まさか、こんな所で魔族に出くわすなんてね……白金くん、下がっててくれる?ここは私が何とかするよ。本当は目立ちたくないんだけど」


言いながら、桜澤さんは腰から短剣を取り出した。


「私、普段は、ただの学生ってことにしてるから、こういう剣しか携帯してないんだ。今ではこれが愛用の武器なの」


と、紹介してくれるが、目立ちたくないものを無理に戦わせる必要もない。僕は前に進み出た。


「大丈夫だよ。僕もアレくらいの敵なら、対処できるから」


そう言って、微笑んでみせた。僕には、『宝珠システム』がある。レベル40程度の魔族に負けることはないのだ。それに魔族といえども、殺すのは忍びないと僕は考えている。気絶させるだけなら、真空魔法の【静寂監獄サイレント・プリズン】で可能だろう。


そう考え、殺気立った眼で敵意を剥き出しにする魔族に向かい、次の出方を待つ。ところが、ノミ魔族は干からびた通り魔の死体から口を離した後、しばし茫然としたまま通り魔を見つめ続けていた。


「フーー!フーーッ!」


鼻息を荒くしたまま動かない。今まで遭遇してきた魔族とは少し様子が違うと感じた。ここまで理性を失ったように見える魔族には、出会ったことがない。


だが、しばらくしたところで、彼女は急に僕の方を向いた。血走った眼をこちらに向けてくる。どうやら接近したことで、次のターゲットを僕に定めたようだ。


僕は『宝珠システム』で迎撃しようとした。


しかし、それよりも先に疾風のごとく僕の前に現れ、剣を引き抜いた、もう一人の勇者がいた。


ベイローレルだ。


「なんだ。レンさんがいてくれたなら、ボクが急ぐ必要もありませんでしたね」


そう言う彼に僕は微笑した。


「そんなことはない。ベイローレル、あとは君に任せるけど、いいか?」


「当然です。僕は王国の騎士であり、『勇者』なんですから」

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