第176話 魔王討伐記念祝賀会②

シャクヤが僕の前に立った。僕の周りを囲んでいる騎士たちも彼女が本気を出したスピードには対応できなかったようだ。


「あれぇ!?シャクヤちゃん!?どうしよ!さらにややこしくなっちゃった!蓮くん一人なら、なんとかなったのに!」


彼女と離れた位置にいて制止できなかった嫁さんも動揺している。

そして、それは僕も同じだった。


「シャ、シャクヤ!何も君が出て来なくても!」


「いいえ!わたくしが敬愛するレン様に対し、このように理不尽な行為は、断じて認められません!命に代えてもお守り致します!」


ここまで言ってくれることには、とてつもなく感謝したいが、両親に出会いたくないことを理由に目立つことは避けようとしていた彼女が、わざわざ顔を出して王族に物申してしまった。これでは、彼女の未来はどうなってしまうのか。僕としては、あまりにも申し訳ない。


一方、嫁さんのもとでは、我が娘、牡丹が周囲の騒ぎを気にしはじめていた。


「ママぁ、パパ、どうしたの?」


ここで、牡丹が僕のピンチを理解した場合、いったいどんな行動に出てしまうか見当もつかない。より事態を悪化させるのは目に見えているし、場合によっては魔王であることがバレてしまう可能性もある。


嫁さんは娘を心配させないよう、努めて平静を装った。


「大丈夫よ。牡丹。パパはちょっと大事なお話をしているだけ。ほら、こっちのコレもおいしいよ」


「うん!」


笑顔で料理の皿を牡丹の前に持ってくる。

食欲旺盛な娘は、再びそれらを夢中で食べはじめた。


ホッとした嫁さんは、そばにいるベイローレルに小声で尋ねる。


「ベイくん、なんとかならない?あれじゃ、シャクヤちゃんがヤバいんじゃないの?」


これに対し、ベイローレルは若干、強張った顔つきで、しかし、落ち着いた声で嫁さんに語った。


「ユリカさん、王族相手では、ボクでもどうしようもありません。ですが、あちらをご覧ください。今、騎士団長殿が第一王子のクインス殿下に進言しているようです。王族の暴走は、同じく王族に止めていただきましょう」


「あ、なるほど!」


彼の言うとおり、百合華が大ホールの正面を見ると、騎士団長ロドデンドロンが第一王子クインスのもとで相談しているところだった。


「クインス殿下、どうかヘンビット殿下のお振る舞いを制止していただけませんでしょうか。あれでは、王家の品位にも関わると思われます」


しかし、弟の挙動を面白そうに見物しているクインスは、冷ややかに笑いながら騎士団長に返答した。


「いや、騎士団長殿、アレはアレで面白いじゃないか。少し様子を見よう」


「王子殿下!お願い致します!あなた以外に頼れるお方がいらっしゃらないのです!」


再度、懇願するロドデンドロンだったが、クインスはニヤニヤしながら大ホール中央を眺めているだけであった。


そして、その現場では、不安に苛まれる僕をよそにシャクヤが毅然と第二王子を睨みつけている。そんな彼女にヘンビットはゆっくりと近づいた。


「なんだ!一瞬、ラクティかと思ったらピアニーちゃんじゃないか!大きくなったなぁ!ますますウチの妹とそっくりだ!綺麗になったねぇ!」


少し拍子抜けなことに第二王子ヘンビットは、親しそうにシャクヤに声を掛けた。彼女は上流貴族出身で、ラクティフローラとイトコなだけに、王子とも顔見知りだったのだ。


「わたくしを子ども扱いしないでくださいませ!もう立派な成人でございます!」


シャクヤは全く打ち解ける様子もなく、ヘンビットに強気の態度を取る。後ろで聞いている僕の方がハラハラしてしまうが、第二王子はそれを笑いながら受け流した。


「ごめんごめん。そんな怖い顔しないでよ。ねぇ、ピアニーちゃん、君はこの男とどういう関係なんだい?」


「あなた様に説明する義理はございません!」


「そんなこと言わないでよ。こうして久しぶりに再会できたんだし」


そう言いながら、ヘンビットはシャクヤに顔を近づけた。


「ピアニーちゃん、昔、君の家に相談しに行ったこと、覚えてるかい?ボクの婚約者になる話。君さえ承諾してくれれば、第二夫人として婚約したい。久しぶりに君の顔を見て、ますますその気持ちが強くなったよ。どうだい?」


と、小声でシャクヤに持ちかけるヘンビット。すぐそばにいる僕にはそれが聞こえてしまい、少々驚いた。この王子は、自分の妹と瓜二つのシャクヤと結婚したいと望んでいるのだ。正直、僕にもリアルで妹がいるのだが、そんな気持ちは理解できない。とんでもない変わり者だと思う。


「………………」


シャクヤは無言でヘンビットを睨みつけている。

彼は陽気な顔でさらに続けた。


「ボクの正妻は、しばらくほったらかしにしてたもんだから、ボクが留学してる間にスネちゃってね。どうも浮気してそうな素振りもあるし、いっそのこと離縁して、君を第一夫人にするのもアリかと思ってるよ。どうかな。悪い話じゃないだろ?」


「そのお話は、3年前にもお断り致しました!今も同じでございます!」


大声でキッパリと言い切るシャクヤ。周囲には正確に伝わっていないが、彼女は公衆の面前で王族をフってしまったのだ。これは、かなりマズいのではないだろうか。


「そ……そうか……残念だよ。まったく……ラクティも君も……本当に気が強いなぁ……まぁ、そこがいいんだけど……」


若干、フラフラとヨロめきながら、ヘンビットは呟く。だが、次の瞬間には気を持ち直し、今度は自信満々に歪んだ笑顔を見せた。


「だったらさぁ、そこの”偽りの勇者”の命は助けてあげる。その代わり、ボクと婚約しないか?」


「「なっ!!」」


ゲスな提案に僕とシャクヤが同時に声を上げた。

僕は激しく憤る。

この第二王子、顔はイケメンだが、心は全くイケメンではない。


「ボクだって、クシャトリヤ家に圧力を掛けたなんて思われたくない。君が自ら望んで婚約に承諾してくれるのが一番なんだ。どうだい?君さえ”うん”と言ってくれれば、国家不敬罪の大罪人の命が助かるんだ。悪くない話だろ?」


「そ、それは……」


「君が”うん”と言わないなら、残念ながら、彼の命は無い。別にボクが殺したいわけじゃないんだよ?彼が大罪を犯したのが悪いんだ。ボクだって心苦しいんだよ」


ヘラヘラ笑いながらそう言うヘンビットの顔は、なかなかに陳腐な悪人面だ。


それに対し、青ざめた顔で著しく動揺しているシャクヤは、体を震わせ、必死に覚悟を決めようとしているような顔つきで悩んでいる。僕は心配だった。この子の場合、本当に僕のためなら、その身をも捧げてしまうかもしれない。


「レ……レン様が助かるならば……わたくしは……!わたくしは!!」


シャクヤが意を決して言葉を発した。

だが、僕は彼女の肩にそっと手を置き、それを制止した。


「シャクヤ、もういいよ。あとは僕がなんとかするから」


「で、ですが、レン様!このままでは!」


「だめだよ、シャクヤ。僕のために君が何かを犠牲にする必要はない。そんなことは僕が許さない」


引き下がろうとしないシャクヤに、僕は少し厳しめな口調で想いを語った。彼女は目を潤ませて僕の目をじっと見た。そして、俯いた。


それを見届けた後、僕は第二王子ヘンビットの前に自ら進み出た。この時、僕は、自分の感情とは裏腹に微笑していたような気がする。


「お初にお目にかかります。ヘンビット殿下」


「なんだい?」


「僕の処遇を決めると言いましたね。なら、お好きにどうぞ」


「……ふん!君がピアニーちゃんの何なのかは知らないが、これでもう終わりだ」


傲岸不遜な態度で僕を見下すヘンビットは、不敵に笑いながら言った。そして、大袈裟に振り向くと、大ホールに集った人々に向かって大声で宣言した。


「ご列席の皆様!お待たせしました!只今、”偽りの勇者”の処遇が決まりました!この者は、我が王国を蹂躙したにも関わらず、何の反省の色もありません!彼こそが、我が王国に巣食う悪の根源!”破滅の魔王”の予言とは、彼の出現を指していたのでありましょう!彼は、これより中央広場に連行し、斬首の刑に処したいと思います!!」


会場全体が、いっきにザワついた。


喜ぶ者。拍手を送る者。悔しそうに歯噛みする者。大きくはない声で王子を非難する者。そして、どうでもいいと食事をする者。祝宴に集った人々が、様々な反応を見せた。


まったく、なんということだろうか。

この世界に来て以来、これまで様々な悪口を浴びせられてきたが、人から”魔王”とまで言われて罵られたことはない。”魔王”とは、この世界では諸悪の根源とされている存在だ。嫁さんの冗談ならまだしも、人を”魔王”呼ばわりして、いきなり斬首の刑にするとは、あまりにも度が過ぎている。


僕の隣にいるシャクヤは青ざめた顔で絶句し、遠く離れた嫁さんも動揺していた。


「ど、ど、ど……どうしよ!!ベイくん!もう一人の王子様は何もしてくれないみたい!なんとかしてあげて!」


世界最強の彼女が顔面蒼白なのを見ては、ローズとシャクヤ、そしてベイローレルですらも絶望を感じてしまう。


「す……すみません。王族を怒らせたら、ボクたちは何もできません……」


弱気な姿勢のベイローレルに、今度はローズが憤り、あろうことか彼の胸ぐらを掴んだ。


「おい、ベイ坊!これをどうにかしてこその”勇者”じゃないのか!」


「いえ……ですから、ボクは”勇者”である前に、この国の貴族社会の一員なんです。表立って王族と事を構えることはできませんよ」


「お前!見損なったぞ!」


彼らがそうこうしている間にも、第二王子ヘンビットは、僕の背後に立つゴールドプレートハンターに命じた。


「では、”斧旋風”殿!”偽りの勇者”を中央広場に連行しろ!」


「おうよ!!」


バードックに先導され、僕は大ホール入口に引き返すことになった。そこから真っ直ぐ処刑台に向かうことになるだろう。


「レン様!!レン様!!!」


騎士に行く手を遮られたシャクヤが、涙目で僕の名を必死に叫ぶ。


敵意と不安による様々な視線が、一心に降り注がれる中、僕は無表情で歩いた。そして、大ホールの入口から出ようとした時だった。


「お待ちください!これは、いったい何の騒ぎでしょうか!!」


凛とした女性の声が、会場全体に響き渡った。

誰もが一斉にその方向に目を向ける。


大ホール正面の脇から姿を見せたのは、ひときわ豪華な衣装に身を包んだラクティフローラだった。


「えっ!さっきの子と瓜二つ!!」


「姉妹か!?」


「誰だ!あの超絶美人は!」


「王女様だよ!ラクティフローラ殿下だ!」


「あれが!噂の”聖王女”か!!!」


「我らが王国の、もう一人の英雄よ!!」


シャクヤとそっくりの顔立ちであることから、列席者から様々な反応をされる第一王女。しかし、その正体がわかれば、皆、尊敬と羨望の眼差しで彼女に注目し、姿勢を正した。


それは、男尊女卑の考え方が甚だしい、この国の社会において、極めて異例な空気であったが、彼女の功績を考えれば、全く不思議ではない。


王都を襲撃した魔獣を次々と撃退し、魔族を退け、最後は重傷者の治療を献身的に行った”聖王女”。今や彼女は、国民からも王侯貴族からも慕われ、女性の身でありながら、勇者に匹敵するもう一人の英雄として称賛される立場にあったのだ。


そのラクティフローラが、綺麗な声を大きく響かせ、宣告した。


「皆様!国王陛下がご来場されます!厳粛に!」


王子を含めた全員が姿勢を改め、直立し、会場の正面に向かって会釈した。


そこにまもなくこの国の王、『ソルガム・アジャータシャトル』が入場するのだ。


上流貴族を除き、ほとんどの出席者が国王とは初の対面となる。さすがの粗暴なハンターたちでも、この瞬間は厳粛な雰囲気に呑まれ、酔いも醒めた心地となった。


(ずいぶん到着が遅くなったが、お体が弱いというのは本当だったのか……噂によれば、一人で歩行するのも困難だと聞いているぞ)


ハンターの代表であるアッシュさんは、緊張した面持ちでそう考えていた。皆、それぞれに情報を得ているので、誰もが同じ思いを持ったことだろう。


ところが、会場正面に姿を現した国王は、その印象を覆した。


颯爽と元気な足取りで、国王ソルガム・アジャータシャトルは登場したのだ。その姿に最も驚いたのは、普段、国王に接する機会の多い王国の重鎮たちと2人の王子である。


「えっ!国王陛下!大丈夫なのですか!」


愕然としながらも真っ先に近づいたのは、第一王子クインスである。

顔色まで良くなっている国王は、太く、威厳のある声で息子に尋ねた。


「これは、何の騒ぎだね」


「陛下、只今、ヘンビットが”偽りの勇者”レンを捕え、さらにこの場で斬首の刑にすると決定を下したところです」


「レンとは、レン・シロガネだな?」


「はい」


「『プラチナ商会』の代表の」


「そのとおりです」


「その者の罪は、全て不問とする!」


「「えっ……」」


国王の言葉は、静まりかえった会場全体に大きく響いた。それに息を呑む人々。

さらに一呼吸置いて、ラクティフローラが高々に宣言した。


「皆様!お聞きになられましたでしょうか!只今、国王陛下より、『プラチナ商会』代表たるレン・シロガネ様の全ての罪は、戦勝記念の恩赦を受けることになりました!”偽りの勇者”という汚名も返上されます!」


会釈していた人々は顔を上げ、一斉に目を丸くする。

そして、第一王女の言葉にはまだ続きがあった。


「さらには、我が王家は、今後、『プラチナ商会』と直接取引を致します!王室御用達の商会に対し、不遜な物言いをすることがどういうことか、皆様、よくよくご注意くださいませ!」


この瞬間、全ては逆転した。

僕に対する不用意な批判は、この国の王に対する侮辱ともなるのだ。


「な、な、な……なんだと!どういうことだ!」


天地がひっくり返ったかのように動揺するヘンビット。彼の震える背中を見ながら、僕はニヤリと笑った。そして、さらに僕の背後からは、バードックがホッとした表情でブレスレットを取り出す。


「ほらよ。レン。これでよかったんだよな?」


「ああ、なかなかいい演技だったよ。”斧旋風”」


このやり取りが耳に入ったヘンビットは、驚愕して振り向いた。


「何してるんだ!”斧旋風”!お前はボクたちが雇ったんだろうが!」


「……てぇことでよぉ!王子様!”偽りの勇者”はもういなくなった!いなくなっちまったもんは、捕まえようがねぇわな!オレとあんたらとの契約は、これで白紙だ!ブハハハハハハッ!!」


豪快に笑うバードックの口からは、無遠慮に唾が飛び、第二王子の顔に浴びせられた。愕然とする第二王子ヘンビットは、それを拭うこともせず、半ば放心状態で独り言をボヤき続けるだけだった。


「バカな……バカな……どうしてこうなった……」


そう。全ては計画どおり。


これからも僕の身に不幸が降り注ぐとすれば、きっとそれは百合華という女性と結婚し、運を使い果たした僕の人生の必然なのだろう。だがしかし、それならば知恵を絞って対策し、乗り越えていくまでの話だ。


この世界に来てから、僕は本当に強くなった。僕を陥れようとする者たちが怪しく蠢く王都。この地を僕が、何の対策も講じずに訪れることなど皆無なのである。逆転は最初から約束されていた。


準備は完全に整っていたのだ。

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