第173話 宰相の暗躍

ラージャグリハ王国の王都マガダ。

その中央に位置する王宮にて、一人の男がイライラしていた。


王国の宰相ゴードである。


彼は、かつて白金夫妻を大会議室で迎えた際、初めこそ腰が低かったものの、レベルの測定結果が低かった時点から態度を急変させ、白金蓮を”偽りの勇者”と決めつけた人物だった。


王家の遠縁に当たり、代々、国の重役を任される最上流の貴族であり、国王からの信頼も厚い彼にとって、『勇者』以外の冒険者に頭を垂れたこと自体が不名誉極まりないものだった。激しく自尊心を傷つけられた彼は、国家の命運に賭けて、”偽りの勇者”を断罪するよう命じた。


ところが、騎士団はその後、魔王討伐を優先するため、”勇者”ベイローレルの名のもとに”偽りの勇者”の捜索を打ち切り、さらには、魔王討伐の際、白金蓮に治癒魔法の行使を依頼したことから、過去の罪も不問に付すという決定を下した。


ゴード宰相はこれに歯噛みし、問題視していた。


”国家不敬罪”で指名手配までした人物を赦免するなど前代未聞のことであり、彼自身にとっても怒りの捌け口を失うことであったからだ。


しかも、その白金蓮は、妻子を伴って堂々と『魔王討伐記念祝賀会』に出席する予定だという。


彼は、ある人物を頼り、会いに行った。


騎士団が当てにならない以上、文官である彼だけでは、白金蓮を捕縛することは不可能に近い。ゆえに、より強い後ろ盾を必要としていたのだ。


「クインス殿下、お久しぶりでございます。ご無事のご帰国にお慶び申し上げます。『アカデミー』での生活はいかがでしたか?」


彼が丁重に挨拶した青年は、ラージャグリハ王国の第一王子『クインス・アジャータシャトル』である。容姿端麗で自信に満ちた顔つき。ベイローレルほどではないにしても、才色兼備の貴公子である。


「やぁ、ゴード閣下、お久しぶり。『アカデミー』は、とてもいい所だよ。南の共和国『シュラーヴァスティー』は住み心地がいいし、いろんな地域の人々が集まるから退屈しない」


「それはそれは、よろしゅうございますな」


「で、私に頼み事って、何かな?国王陛下の次に偉い宰相閣下が、わざわざ私に相談するとは、余程のことだと思うけど?」


気さくに問いかける第一王子。彼は、どんな時でも余裕を持って生きることを自身のアイデンティティとしている。そんな彼にゴードは真剣な顔つきで答えた。


「はい。国家の尊厳に関わる重大事なのです」


そこからゴードは、クインスに白金蓮のことを説明した。彼が王都に招かれたことから指名手配されるに至った経緯をである。最初は興味なさそうな様子の王子だったが、魔王軍との戦争後、騎士団が彼を赦したところから次第に関心を持つようになった。


「なかなか面白い男じゃないか。罪人として我が国から追われた者を騎士団が認めたというんだ。どんな男なのか、是非とも見てみたいな」


「何をおっしゃいますか!あの者は我が国を騙し、国王陛下を侮辱したのでございますぞ。それがいつの間にか、うやむやにされ、あまつさえ国王陛下が直々にお招きになる、『魔王討伐記念祝賀会』に出席するというのです!いち国家として、これほど不名誉極まりないことがありましょうか!そもそも宰相であるこの私は、あの者の赦免など認めた覚えはありません。国家不敬罪の人間は、必ず捕えなければならないのです!」


熱弁をふるうゴードに対して、クインスはとても面倒臭そうな表情でボヤく。


「うーーん……しかしねぇ……たかだか一人の罪人のために一国の王子である私を駆り出すってのかい?なんだか大仰じゃないか?」


「しかしですね!」


「あぁーー、申し訳ない。これから他にも来客があるんだ。みんな、私に会いたがっててね」


「そんな!王子殿下!まだ話は終わっておりません!」


「ゴード閣下、あなたには内政の権限が国王陛下から委譲されている。他にもやることがあるんじゃないのかな?」


「その国王陛下が侮辱されたので、私は憤っているのです!」


「だけど、武官である騎士団幹部が赦免した相手なんだ。これ以上、どうしようもないよ。もうこれは済んだ話なんだ。じゃ、またね」


一国の宰相であるにも関わらず、ゴードとの会談をクインスは途中で打ち切った。素っ気なくあしらわれてしまった宰相は、落胆して部屋を辞去しようとする。その背中にもう一度、第一王子の声が届いた。


「あぁ!だったら『ヘンビット』にでも頼んでみたら、どうだい?あいつのことだ。一言二言、褒めてやれば、何でも喜んで手伝ってくれるさ」


せせら笑いながら、クインスはそう告げた。

丁重に部屋を辞したゴードは、自身の執務室に戻った。


実は、この国には今2人の王子がいるのだが、彼らを取り巻く勢力が二分していた。第一王子『クインス』は剣の使い手で、騎士団という武官との親交が深く、第二王子『ヘンビット』は大臣たち文官と親しかった。


そして、その2人とも、3年前から南の共和制国家に建設された『アカデミー』に留学していた。現代社会で言うところの総合大学である。中世に近いこの世界では、大学のような機関は、世界にわずかしかなかった。


2人の王子は、魔王が討伐されたという慶事を聞き、祝福するために休暇を取って帰国したのである。


「宰相閣下、クインス殿下はいかがでしたか?」


ゴードが自室に戻ると、待機していた小太りの商人が待ち切れずに質問した。


「ハゼ殿、クインス王子の助力は得られなかった。この上は、やはり当初の考えどおり、ヘンビット殿下に頼む他ない」


「そうでしたか……」


残念そうに返事をするのは、『ハゼ』と呼ばれた商人。『ワックス商会』という大商会を束ねる、国内でも有数の商人である。


互いに気落ちする宰相と商人であったが、そこにゴードの執事が来客を知らせた。


「閣下、ヘンビット殿下がお越しになられました」


「おお!早速か!すぐにお通ししろ」


ゴードは表情を明るくし、来客を出迎えるため、扉に向かった。まもなく執事が、高貴な衣装に身を包んだ青年を連れてきた。


第二王子ヘンビットである。兄のクインスと顔立ちは似ているが、どことなく浮ついた雰囲気を持つ青年であり、事実、真面目な性格で才色兼備の第一王子と違い、彼はとてもいい加減な性格をしていた。


「これはこれは、ヘンビット殿下。わざわざ足をお運びいただき、恐縮の至りでございます。よくぞ、お越しくださいました」


「いやいやぁ、いいんだよ。ゴードさん。久しぶりに王都に帰って来たから、宮殿の中を見て回りたかったんだ。それにしても、やっぱりこっちは砂だらけで埃っぽいねぇ」


「そうでございますか。シュラーヴァスティーは快適ですか?」


「段違いだね。緑が豊かで風が気持ちいいし、昼夜の気温の差がここほどじゃない。何より水が豊富だ。そして、女の子がかわいい」


「なんと。女性までもが違いますか」


「違うというか……明るいんだよ。こっちの女性は男に対して控えめな子がほとんどだけど、向こうでは積極的に声を掛けてくる。このボクに、だよ」


「それは……こちらでは王子殿下にお声を掛けるのは、何かと気兼ねするものがあるでしょうし……」


「わかってるよ。『アカデミー』という特別な環境にいることも理由だと思うし。でもね、とにかくあそこは楽しいよ。勉強はつまらないけど、多くの友人ができたんだ。王国にいた頃では考えられなかった」


余談であるが、基本的に中世時代に一般大衆が通うような学校は存在しない。あるのは大学のように研究者と学生が集う高等教育機関のみであろう。『アカデミー』は、かつて召喚された、伝説の勇者の発案により、身分や出身を問わず、才能と向学心のある若者が集える場所として建築された、世界有数の教育機関であった。


「それは何よりでございますね。では、こちらにお座りください。本日はどうしてもご相談に乗っていただきたい事柄がございまして……」


と、第二王子に着席を促し、ゴードが本題に入ろうとした時である。ヘンビットは後ろに向かって突然、呼びかけた。


「てことで、みんな!入っておいで!ここが我が国で国王陛下の次に偉い人物、宰相が仕事をしている執務室だよ!」


「「わぁっ!!」」


なんと部屋に入ってきたのは、6名の女性だった。


この第二王子は、帰国する際に女友達に声を掛け、取り巻きとして連れ帰って来たのだ。彼女たちに宮殿を案内する傍ら、宰相からの要請に応じて話を聞きに来たのである。


「すっごーーい!ひっろーーい!」


「この置物、素敵ぃ!」


「立派なお役職なのねぇ!」


女性たちは、無遠慮に宰相の執務室を見学しはじめた。


男尊女卑の考え方が根深いゴードは、政務を執り行う神聖な職場に女性を連れ込むということには、強い抵抗感を持っている。そこに王子が直々に複数の女性を同伴してきたのだから、彼は愕然とし、呆気に取られた。


「お、王子殿下、失礼ながら、これでは内密なお話ができませんが……」


「なんだ、そんなに大事な話だったの?」


「え、ええ。国家の尊厳に関わる重大事なのです」


「しょうがないなぁ。わかったよ。みんな、ここでしばらく重要な話をするから、ボクの部屋に戻っててくれないか。国の一大事らしいんだ」


王子が女性たちに命じると、彼女らは呑気に反応した。


「「えぇーー、すごいね、王子!」」


「そうだろう!すごいだろう!だから、いい子で待っててくれよ」


「「はーーい。がんばってねぇーー」」


女性たちは笑顔で部屋を出て行った。

ホッとするゴード。


ところが、ふと背後の気配に気づくと、そこにはまだ女性が一人だけ残っていた。その女性は、彼の部屋の本棚を熱心に見つめている。さすがに業を煮やした宰相は、自ら彼女に告げた。


「これ、王子殿下のお言葉が聞こえなかったのか。そなたも戻りなさい」


「あっ!ごめんなさーーい」


それは、髪を覆うヴェールの中から煌めく茶髪を覗かせる、美しい女性だった。ゴードは、なんとなく彼女の風貌が気になったが、女性はすぐに部屋を辞した。


「あの子、いいだろ。この辺じゃ、あまり見かけない顔立ちで、ボクの一番のお気に入りなんだ。なかなか振り向いてくれないけど、今回の帰省には、どういうわけか付いて来てくれてね」


「はぁ……」


「で、話というのは何なんだい?ボクに人払いをさせたからには、つまらない用件じゃないよね?」


「もちろんでございます」


ゴードは、再び白金蓮のことを説明した。第二王子も、兄と同じように退屈そうに聞いていたが、この相談を第一王子が断ったと聞いたあたりから、急に話に食いつくようになった。


「へぇーー、兄上はこの話を適当にあしらったのか。父上を侮辱した罪人を野放しにするなんて、嫡男のすることじゃないね」


そう言いながらも、顔はニヤニヤしている。

彼の反応が良いので、ゴードは嬉しくなって、さらに報告した。


「しかも、あのレン・シロガネという男の危険性は、それだけではないのです!」


「……というと?」


「それについては、こちらのハゼ殿から、説明していただきましょう」


話を振られたハゼは、うやうやしく頭を下げた。頭頂部が薄くなっているのが丸見えになり、それを見たヘンビットはクスッと笑った。


「ヘンビット殿下、お初にお目にかかります。『ワックス商会』のハゼと申します」


「ぷっ……ああ……ワックス商会ね。なんだっけ、ロウソクとかを売ってるんだっけ?」


「はい!そのとおりでございます!」


「で、”偽りの勇者”とやらの話で、どうして商人が出てくるんだい?」


「それでは僭越ながら、王子殿下にご説明させていただきます。わたくしどもが恐れているレン・シロガネという男。彼は、『プラチナ商会』という商会を立ち上げ、我が国の経済を乗っ取ろうとしているのです」


この話には、第二王子も関心を持たざるを得なかった。横柄だった彼の聞く態度に変化が表れた。


「なんだなんだ?ずいぶん物騒な話になったね?」


「今、我が国では、『プラチナ商会』という新参者が勢力を拡大しておりますため、わたくしどものロウソクと油の商売が、その市場を食い荒らされているのです。このままでは、我が国の商人たちは皆、路頭に迷うことになりかねません」


「へぇーー」


「我が国に『プラチナ商会』の名が出回ってから、まだ1ヶ月と少々です。しかし、その短期間のうちに、国中の商会が、顧客を次々と奪われていきました。早く手を打たねば、我が国の経済は破綻します」


「なんだか、すごい勢いの商会だなぁーー。いったいどんな商売をしているんだ?」


この疑問には、ゴードが横から答えた。


「魔法の宝珠を勝手に開発し、売り捌いているのです。これは、我が王国の精霊神殿に対する冒涜です」


「なるほどねぇ。”偽りの勇者”は、父上を侮辱したのみならず、精霊神殿にのみ許された魔法研究の権利を侵害し、国中の商会を敵に回している。放っておいたら、我が国はその勢力に呑み込まれるかもしれないのか」


「そうです!そのとおりなのです!」


ヘンビットの考察にゴードは大きく頷いた。

そして、第二王子は結論付けた。


「確かに王国にとって、かなりの危険分子であることは間違いない。これは放置できないなぁ。そんな男がノコノコと王都にやって来るというのなら、直ちに捕縛の準備を整えなければならないだろう」


「はい!」


「でも、騎士団は動かないんだろ?」


「彼らは腑抜けにも、あの者の大罪を不問に付すと言っております」


「それは困ったなぁ。”偽りの勇者”は曲がりなりにもハンターなんだろ。ボクもそれなりに剣は使えるが、現役ハンター相手に正面からやり合う自信なんて無いよ。ゴードさんみたいな文官だけでは、心許ないな」


「ええ。それについては、ご安心ください。今、もう一人の協力者から吉報を待っているところなのです」


ちょうどそこにもう一人の来客が告げられた。

王国の軍事大臣『シャガ』である。


「ああ、シャガさんか。久しぶりだね」


「王子殿下、既にお越しでしたか。お帰りなさいませ」


「うん。で、話があるんだろ?」


「はい。王子殿下、宰相閣下、我々はついに最強のカードを手に入れることができましたぞ」


声を弾ませて報告する軍事大臣シャガを見て、宰相ゴードは嬉しそうに尋ねた。


「ほほう。シャガ殿、どのような御仁を味方につけたのだ?」


「ゴールドプレートハンターです」


「ゴールド!それは素晴らしい!ハンターの中でもトップクラスの実力者ということだな!何という名だ?」


「閣下はご存知でしょうか。最強のゴールドプレートハンターの中でも随一の腕力を持つと言われる、”斧旋風”という男でございます。レベルは47であると」


「よく知らぬが、レベル47とは恐るべきステータスだ。騎士団長すらも凌駕するではないか。よくぞ、そのような人物を探し当てたものだな。さすがは我が国の軍事大臣だ」


「ありがとうございます。ちょうど祝賀会に出席するため、多くのハンターが王都に来ておりますが、彼もその一人。報酬は弾むと伝えましたところ、二つ返事で快諾してくれました」


この報告を聞き、ヘンビット王子も自らの案を出した。


「うん。では、ボクからも近衛の騎士に声を掛けておこう。騎士団幹部は兄上と仲がいいけど、一般の騎士の中には、ボクの命であれば喜んで引き受けてくれる者たちが、たくさんいるからね」


「それは、ありがたきご配慮。感謝に堪えません」


ヘンビットはニヤリと笑い、宰相、軍事大臣、そしてワックス商会の代表を前にして、自信満々な顔で宣言した。


「これは兄上が放り出した案件だ。いい機会じゃないか。ボクが、”やる時は、やる男”なんだってことを見せつけてやろうじゃないか。いつもいつもボクのことを見下しやがって。ボクだって『アカデミー』で勉強してきたんだ。もう昔のボクじゃないってことを教えてやる!」


実のところ、第一王子と第二王子は仲が悪かった。これは男兄弟のあるあるかもしれない。同じ母親から生まれ、なにかと比べられてきたヘンビットは、幼い頃から何でもできる兄のクインスに対して劣等感を持っていた。


彼が宰相に協力しようと考えたのは、白金蓮の罪状とは無関係に、兄を見返してやりたいという個人的な恨みが動機だったのだ。


彼の言葉により、全てがうまく行くと確信した面々は、一様に大きく頷いた。

宰相ゴードは、具体的な戦略をそれぞれに告げる。


「王子殿下のお墨付きをいただいたからには、我々の勝利は間違いない。では、ハゼ殿は、祝賀会に列席する来賓の貴族と商人に口添えを頼む。『プラチナ商会』の悪しき噂話を喧伝しておくのだ」


「はい。既に部下に命じて動いております」


「シャガ殿は、例のゴールドプレートハンターと密に連携し、レン・シロガネを確実に捕縛するのだ」


「了解です」


「これで、全ての準備は整った。祝賀会にノコノコやって来た”偽りの勇者”は、その場で取り押さえられ、牢獄に連行されるのだ!」


白金蓮を捕縛するための包囲網が、着々と築かれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る