第154話 凱旋

ここは王都。

魔獣の群れに襲撃され、戦場と化した街並みで救助活動が行われていた。


そんな中、転移魔法の魔法陣が設置され、魔獣の発生源とされていた屋敷の中庭に、王国騎士団の1個中隊が駆けつけた。


情報が錯綜していた彼らは、戦闘が落ち着いてから、しばらく経った後、ようやくこの地を訪れたのだった。


そこには、戦いの疲れで座り込んでいる王女と侍女の他、狼の魔族がいた。しかも、魔獣の群れに囲まれている。


驚いた中隊長は、剣を抜き、部下を連れて王女のもとに走った。


「ラクティフローラ殿下!ご無事ですか!?」


血相を変えて迫ってきた中隊長に対し、ラクティフローラは落ち着いた声で返事をする。


「お静まりください。彼らは敵ではございません」


「え……!」


中隊長は愕然として立ち止まった。見れば、王女は、巨大な狼の腹に体を預けて休んでいたのだ。フサフサした毛皮に囲まれた姿は、気持ち良さそうにも見える。


しかし、人間に味方する魔族がいようとは、彼には考えられなかった。王女は人質に取られたのだと捉えた。


「殿下!お気を確かに!我々、王国騎士団が、命に代えても必ずお助け致します!!」


中隊長が叫ぶと同時に騎士団の中隊は、ルプスと王女の前方を囲うように半円形の陣を組んだ。全員が決死の覚悟で飛び出そうとしている。


仮に王女が本当に人質だった場合、このようなことをすれば、かえってルプスを刺激することになっただろう。そんな当たり前のことすら想像できないほど、この中隊長は無能だった。


そして、それを見たラクティフローラは呆れた顔で叫んだ。


「ですから、おやめなさい、と言っているのです!わたくしの言葉が聞こえないのですか!!」


騎士団はピタリと止まった。

沈黙の時間がしばし訪れる。


「で……ですが……」


物わかりの悪い中隊長は、硬直したまま言葉を詰まらせた。ルプスはルプスで、騎士団が王女に害をなそうとしていると錯覚し、彼らを威嚇するような顔をしている。


「ルプス、違うの。彼らは私を心配して来てくれたのよ。敵じゃないの。ほら、ご挨拶をしてあげて」


ラクティフローラは立ち上がり、ルプスにジェスチャーで指示を出した。すると、ルプスは騎士団に向けて一礼するように頭を下げた。


「なっ…………!!」


信じられない光景を目の当たりにして、騎士団は全員、頭が真っ白になった。


「やっぱり王女は頭がいいニャ。身振り手振りでルプスとコミュニケーションを取るニャんて」


そう言いながら横からひょっこり顔を出した女性は、よく見ると猫耳を生やした魔族だった。これにも騎士団一行は驚愕した。


「そ!その魔族は!!」


「こちらは、フェーリスという魔族です。わたくしに、いち早く魔族の侵攻を知らせてくれた、善良な魔族なのですよ」


「善良な魔族!善良な魔族ですと!?」


善良な魔族、という響きがあまりにも非常識だったため、連呼して問い返してしまう中隊長。彼の不信感は部下にも自然と伝わり、戦闘態勢を解くことはなかった。中隊長は、フェーリスを睨みつけて叫んだ。


「魔族よ!王女殿下を誑かし、人質に取って、何が目的だ!!」


フェーリスは、呆れ返ってラクティフローラに尋ねた。


「こいつ、頭が固すぎニャ。ウチがぶっとばしていいかニャ?」


「ダメよ。フェーリス。そんなことをしたら交渉の余地が無くなってしまうでしょ」


「うーーん……面倒臭いニャ……」


自分が面白いと感じない限り、基本的に細かいことには手を出さない性格のフェーリスは、ふてくされて後ろに下がった。


代わりにラクティフローラが一歩前に出る。

彼女は王族としての気品をもって中隊長に語りかけた。


「あなたでは、お話になりません。騎士団長殿をお呼びください」


「し!しかし……」


「もう一度言います。騎士団長殿をお呼びください」


聞き分けのない中隊長に苛立ちながら命じるラクティフローラ。この時、汗をかいて言葉を濁すだけの中隊長の背後から、別の声がした。


「王女殿下、到着が遅れてしまい、誠に申し訳ありません。ロドデンドロン、只今、参上致しました」


王国騎士団の団長、ロドデンドロンだった。

ようやく話ができると考えたラクティフローラは、ホッとして告げた。


「お勤め、ご苦労様です。騎士団長殿。早速ですが、お話があります。ここにいる魔族は、敵ではありません。王都から無事に脱出させる指令を騎士団に与えてくださいますか」


「な、なんと!」


ロドデンドロンは、王女の要求に愕然とした。王都を襲撃した賊である魔族を前にして、追い払うことはあっても、逃がすという選択肢は存在しない。


だが、王女を守るようにその背後に立っているのは、紛れもなく彼と死闘を演じた狼の魔族だった。現戦力では勝てる見込みはなく、しかも、その相手が王女に手を出さずに見守っている。これを彼は、休戦協定と受け取った。


「王女殿下……その魔族はとてつもなく危険な存在です。それをご承知の上で、逃がせとおっしゃるのですね?」


「ええ。ルプスは、大変に強いですが、とてもいい子です。こちらのフェーリスもそう。私を今まで守ってくれていました」


王女の見解を聞いたロドデンドロンは剣を鞘にしまい、一歩前に進み出た。

そこはルプスの巨体の間合いでもある。

背後で構えている騎士団は、その光景にハラハラした。


「「き、騎士団長殿!」」


彼らの心配をよそに、ロドデンドロンはルプスに毅然と言い放った。


「ルプス……というのだな、貴様は。我が名はロドデンドロン。王国騎士団を束ねる者。王女殿下をお守りしてくれたことには感謝しよう。だが、次に相見える時は、容赦はせぬ。覚悟せよ!」


「ガルルアッ!(望むところだ!)」


命を懸け、全身全霊で対峙した達人同士、通じ合うものがあるのだろうか。二人は互いに相手の実力を認めていたのだ。見守っていた騎士団一行は、全員が小声で驚嘆した。


「「なっ!なんか、意思疎通できているぅぅ!!!」」


騎士団長とルプスが和解できたことを確認したラクティフローラは、ニッコリしてロドデンドロンに語りかけた。


「さて、騎士団長殿、もう一つお話があります。魔獣に侵略され、蹂躙された王都を救ってくださったのが、どなたなのか、あなたはご存じですか?」


「いえ。申し訳ございません。只今、状況把握に努めておりますが、まだ全てを掌握できておりません。我々が不甲斐ないばかりに、王女殿下には魔獣討伐を成し遂げていただき、ご足労をお掛けしました。誠に申し開きようもございません」


ロドデンドロンは、魔獣がいなくなったのは王女の功績によるものと考えていたため、彼女からの質問に的外れな回答をした。これにラクティフローラは残念そうな顔をして真実を告げた。


「わたくしのことなど、どうでもいいのです。王都に侵入した魔獣を掃討し、悪しき魔族の陰謀を暴いてくださったのは……あなた方が……罪人とした……ユリ…………もう!ちょっとフェーリス!さっきから何?今、大事な話をしてるの!」


話の途中で突然、ラクティフローラは後ろのフェーリスに怒り出した。騎士団長と真剣な会話をしているにも関わらず、先程からフェーリスが彼女の肩をチョイチョイと突っついていたのだ。


ところが、フェーリスの口からはさらに大事な報告がなされた。


「レンとユリカから連絡が来てるニャ。さっきから」


「えっ!!」


フェーリスから携帯端末宝珠を渡され、ラクティフローラは慌てて受け取った。すると、映像付きの通話から、よく通る明るい聞こえた。


『ラクティちゃん!お待たせ!!こっちは全部、片付いたよ!』


ウチの嫁さんである。

次いで、僕、白金蓮も声を掛けた。


『すまない!事後処理が大変だったから、遅くなってしまった』


「お姉様!お兄様!!」


喜びの声を上げるラクティフローラ。


映像通話を初めて見るロドデンドロンは呆気に取られている。後ろに控えている騎士団からは、僕たちのことは見えないようだ。


僕と嫁さんは、先にラクティフローラに用件を伝えた。


『ラクティ、話は少し前から聞かせてもらった。百合ちゃんのことを称えてくれるのは嬉しいけど、今回の件は内密に願うよ。黙っててほしい』


「えっ!ど、どうしてでしょうか!?それでは、お姉様の名誉が!」


『いいのよ、ラクティちゃん。私は褒められたくてやったんじゃないんだから』


「で、ですが……」


『君に信じてもらえるだけで、僕たちは十分なんだ。これ以上、騒ぎを大きくしたくない』


「わ……わかりました」


ラクティフローラは渋々、了承した。

彼女への説得を終え、次に僕は騎士団長に語りかける。


『ロドデンドロン騎士団長殿、お久しぶりです』


「レン……シロガネ……」


ロドデンドロンは、久方ぶりとなる”偽りの勇者”の顔を見て、複雑そうな表情で僕の名前を呟いた。おそらく僕の方から、彼に話を持ちかけるとは想像だにしていなかったのだろう。


『どうやら、もう片付いたようですが、実はそちらにいる魔族の件で、ひと悶着あるのではと懸念し、王女殿下と連絡を取ったのです。というのは、こちらでも似たようなことがありまして、先程、彼が仲裁に入り、丸く収めてくれました。そして、彼からあなたに報告があるそうです』


『騎士団長殿、お疲れ様です。ベイローレルです』


僕の隣から、王国の勇者ベイローレルが顔を出した。


実は、僕たちの方でも、ガッルスに目を付けた連合軍に包囲されてしまった。魔族に警戒しながらも殺気立つ彼らと一触即発の空気になった時、すぐに仲裁してくれたのが、ベイローレルだった。僕たちは、勇者ベイローレルの名のもとに、魔族を捕虜として連れ帰る許可をもらったのだ。


そして、彼の顔を見たロドデンドロンは、この時になって初めて驚愕の表情をした。


「なに!?ベイローレル!?どういうことだ!貴殿は今、どこにいるのだ!?」


『魔族の拠点だった城です。今し方、伝令を飛ばしたばかりですが、先にご報告致します。我々、魔王討伐連合軍は、魔王の討伐、および悪しき魔族の殲滅を完遂しました』


「「おおっ!!」」


ベイローレルの報告内容は、よく声が通り、周辺にいた騎士団にまで伝わった。大歓声が上がり、彼らは、いっきに沸き返った。


しかし、凱歌の声が、けたたましい中、一人だけ血相を変えた者がいた。フェーリスである。


「えっ!魔王様が!?」


彼女は、魔王デルフィニウムのことを心配していた。それを僕が助けると言ったにも関わらず、討伐された、という報告を聞いたのだから、顔面蒼白になるのも無理はない。僕は、彼女とルプスにだけわかるよう、そっと声を掛けた。


『フェーリス!ルプス!』


「レン!魔王様が討伐されたって、どういうことニャ………………あっ!!」


通信映像には、僕に抱っこされた牡丹の姿があったのだ。

牡丹は目を覚ましており、ご機嫌な様子で手を振る。


『フェリー!ルプスー!』


「あれぇーー!?どういうことニャ?まお…………」


驚いたフェーリスが、「魔王」と発言しそうだったので、僕はすぐに静かにするようにジェスチャーを送った。さすがに自重すべき場面だと感じ、いろいろ察してくれたフェーリスは口をつぐんだ。


何も知らずに呑気なのは、牡丹だけだ。

彼女は、明るい声で嬉しそうに報告した。


『レン、パパ!ユリカ、ママ!』


「なんニャ?なんなんニャ?何が起こったのニャ?」


「ガルルアッ、ゴウアウグルルルア!(あなた方は、魔王様のご両親だったのですか!?)」


『こういうことなんだ。よろしくな』


「ウチ!レンとユリカと!あと、まお……じゃなくて……えーーと……とにかく会いたいニャ!!今すぐ行きたいニャ!!!」


『そうだな。二人は魔獣を連れて、ベナレス周辺の森に来てくれ。そこで落ち合おう』


「わかったニャ!」


「グルルルアッ!(了解しました!)」


周囲の熱狂に邪魔されたお陰で、僕たちはこっそり密約を交わすことができた。騎士団の騒ぎに紛れ、夜陰に乗じ、夜明け前にフェーリスとルプス、および生き残りの魔獣は王都から姿を消した。


「………………」


ただ一人、ロドデンドロンだけは、それを黙って見送っていた。

喧騒が収まらない中、彼にベイローレルがさらに提案をした。


『騎士団長、レンさんのことですが、実は、こちらではハンターとして重傷者の治療を依頼しました。ものすごい治癒魔法をお持ちなんです。しかも、条件さえそろえば、そちらの重傷者も治せるとのこと。いかがでしょうか。指名手配の件は水に流し、騎士団より正式に治癒魔法の行使を依頼しては』


「重傷者の治療……そんなことが可能なのか?」


ロドデンドロンの疑問には、僕が具体的な説明で回答した。


『生きてさえいれば、治療は可能です。ただし、1人を治療するのに膨大なマナを使います。王女殿下にお渡ししている宝珠にマナを注入していただけますか。重傷者1人を救うのに、だいたい50人分のマナが必要です。それを用意していただけるなら、あとは僕が何とかしましょう』


「承知した。救うことができる命があるのなら、喜んで協力しよう。まずは民間人を頼む」


騎士団長が提案を呑む。

すると、話を聞いていたラクティフローラが元気よく立ち上がった。


「お兄様、では、わたくしはそれを全力でお手伝い致します!」


これには、ロドデンドロンの方が狼狽した。


「なっ、何をおっしゃいますか!王女殿下が御自ら働かれる必要はございません!」


「いいのです!この宝珠はユリカお姉様からお預かりした大切な物!他の者に委ねることはできません!皆様は、治療の必要な方々をこちらに連れてきてください!」


「は、はい!!」


王女の鶴の一声で、方針は定まった。

騎士団長は、浮足立っていた騎士団に指令を与え、一斉に行動を開始した。


マナを保有している者は携帯端末宝珠にマナをチャージする。50人が頑張って注入したところで、ようやくウチの嫁さんがチャージした分の10分の1くらいになる。そんなペースだ。


そのマナをなるべく省エネ志向で使用し、僕は重傷者の治療にあたった。ラクティフローラ自身のサポートは、当然のことながらフリージアさんが担当した。


また、ベイローレルから依頼されたとおり、魔王討伐連合軍の重傷者の治療も行う。こちらはさらに多数の患者がいた。


マナ・アップルを食べておいたために体力が回復していた僕は、徹夜明けにも関わらず、不眠不休で施術を行った。


嫁さんが心配して手伝おうとしてくれたが、むしろ彼女には体力とマナを回復してもらった方がありがたいので、牡丹と一緒に休んでもらった。休憩所には、ベイローレルが自分のテントを提供してくれた。ダチュラもローズを伴って休息を取った。


そして、こういう時はいつも決まってそうなのだが、シャクヤが僕の助手を務めてくれた。


世界樹の葉ユグドラシル・リーフ】は、失われた肉体を取り戻すことはできないため、重傷者の治療と言っても、全員が完全回復できるわけではない。なかには腕や脚を無くした人、目や耳を失った人、その他、様々な後遺症を持つことになった人が大勢いたが、命を救ったことには一様に感謝された。


魔城と王都、2ヶ所での野戦医療は、シャクヤとラクティフローラという従姉妹同士の有能な助手がいてくれたお陰で、スムーズに進んだ。


特に王都サイドでは、王女自らが宝珠を持参して作業にあたる姿から、彼女が治療を行っていると勘違いされたようである。普段、王族に拝謁することなどできない人々は、超絶美少女であるラクティフローラに会い、献身的に治癒魔法を行使してくれる姿を見て、口々に呟いたという。


「あのお方は、聖女様だ」と。


その現象は、僕の方でも同じように起こり、治療行為の功績は、なぜか僕ではなく、”姫賢者”シャクヤの功労として、連合軍の間で囁かれることになった。


全てが終わったのは、決戦の夜の翌日、夕暮れ時だった。


まる二日間、働き詰めだった僕は、同じく疲労困憊のシャクヤとラクティフローラに深謝し、すぐに休んでもらった。僕もテントで休んだ。




そして、さらに翌朝、ようやく僕たちは帰途につくことにした。


「ラクティちゃん、昨日は、ほんっっっとうにお疲れ様ね!蓮くんが、すっごく助かったって言ってたよ!」


『も、もったいないお言葉ですわ!お姉様!』


「その宝珠は、しばらく預けておくから、いつでも連絡ちょうだいね!みんなで、いっぱいお話ししましょ!」


『はい!大事に大事に致します!必ずお返し致しますので!』


「あ、別に宝珠自体は、あげてもいいんだけど、付けてるペンダントの方が重要なのよ。蓮くんからのプレゼントだから」


『まぁ!そのように大切なお品物を置いていってくださったのですね!わたくし!感激で震えてしまいます!』


「あんまり気にしないで!じゃあ、また!元気でね!」


『はい!お元気で!お姉様!!』


元気な嫁さんとラクティフローラが、通話で別れを告げた。



王女が最大の味方となってくれたことと、嫁さんの力を知る者が限定されていることは、僕たちにとって非常に重要な事実だ。


というのは、実は今、僕たち一家は、とても難しい立場に置かれているのだ。


”魔王”としてこの世界に召喚された牡丹を、ウチの娘としたからだ。


この秘密を誰かに知られれば、どれほどの混乱を招くか計り知れない。その危険性を少しでも減らすため、王国に対しても、嫁さんこそが真の”勇者”であることは秘密にしておきたかった。ベイローレルを”勇者”として祭り上げてくれている方が、都合が良いのだ。


幸いにも、連合軍のほとんどは、魔城の上に巨大な姿で出現したヴェスパを魔王だと思い込んでいる。そして、それを討伐したのは”勇者”ベイローレルということになっていた。


唯一、部隊長たちだけが、そうではないことを認識しているが、それでも、嫁さんの動きが速すぎたため、ヴェスパを討伐したのが彼女だとは正確に理解できていない。


ゆえにベイローレルのみが、真実を知るただ一人の騎士となった。彼には、牡丹の秘密を守らせる代わり、嫁さんが受けるべき名誉を全て譲渡した。また、僕から改めて、彼専用の携帯端末宝珠をプレゼントし、今後も連絡を取ることにした。互いに秘密を共有する以上、連絡は密にしておくべきだと考えたのだ。


僕は今回、ベイローレルと騎士団に多大な恩を売った。


これにより、王国からの指名手配は解かれ、対等な交渉が可能となるだろう。


あとは、王女ラクティフローラの助力を得て、僕たちが地球に帰る方法をじっくり研究させてもらえばよい。また、彼女とシャクヤの祖父である”大賢者”の救出についても、具体的に話を進めることが可能となる。


僕たち一家の目的達成に向けて、今度の戦いは、見事な成果を勝ち取ることができたのだ。




帰りは、魔城の地下にあった転移魔法を使うことにした。僕たちが地下遺跡から転移してきた魔法陣だ。連合軍には内緒にしているので、あの隠し部屋がそう簡単に見つかることはない。


転移するのは、僕、嫁さん、牡丹、シャクヤ、ローズ、ダチュラ、ガッルス、それに未だ昏睡状態のカエノフィディアだ。


ストリクスについては、僕たちが懸命に治療をしている最中、意識を取り戻して脱走したらしい。心が完全に折れていたため、人間に脅えるようになっていたそうだ。おそらく放っておいても問題はないであろう。


また、牡丹の侍女として世話係を担当していた魔族もいたはずなのだが、連合軍の情報をまとめると、討伐はされていないようだ。戦闘の混乱に乗じて逃走することができたのだと考えられる。




転移後、僕たちは駐車中のクルマに戻り、それでベナレスに帰った。


ガッルスは大きすぎて乗せることができないので、飛んでいってもらうことにした。フェーリスたちと同じく、付近の森で落ち合う予定だ。


僕のクルマに乗った牡丹は、日本にいた頃を思い出したのか、大はしゃぎで車中を動き回っていた。チャイルドシートなど用意していないが、ここは日本ではないので許してほしい。


だが、ここで僕と嫁さんは重大なことに気づいた。牡丹の頭に生えている2本の角が、異様に目立つのだ。


「ところで、百合ちゃん……この角はどうしようか……」


「だよねぇ……さすがに家のみんなに隠し通すのは難しいよね……」


困惑している僕たちに気づき、牡丹は不思議そうに嫁さんに尋ねた。


「つの?」


「うん。牡丹の頭に生えてる角。ちょっと目立つなぁーーって」


「どれ?」


「どれって、ほら、これだよ」


嫁さんは手鏡を取り出して牡丹に見せた。今まで鏡をしっかり見たことがなかったのか、牡丹は初めて気がついたような反応をした。


「わぁ……」


「みんなに魔王だってバレたら、生活できなくなっちゃうんだよ。わかる?」


「うーーん……ふんっ!」


しばらく考え込んでいた牡丹が、かわいい掛け声を出した。すると、2本の小さな角が、ヒョイっと引っ込んでしまった。


「「えぇぇっ!!!それ、出し入れ自由なの!!」」


夫婦そろって驚嘆する僕たちを見て、牡丹はケタケタ笑っていた。


こうして、僕と嫁さんは、仲間たちと共に商業都市ベナレスに凱旋を果たし、使用人たちが総出で出迎えてくれる自邸へ悠々と帰還したのだ。


新しい家族を連れて。




――第一部 魔王デルフィニウム編 完――

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