第150話 最後に笑う者

魔王すらワンパンで倒す、世界最強のウチの嫁さんは、魔王たる牡丹に一撃も加えることなく、その心を救ってみせた。


――白金牡丹しろがねぼたん――


僕たちの新しい家族となった我が娘。


嫁さんに抱きかかえられて安心している牡丹の顔からは、不幸の影は完全に消え失せていた。彼女は今、心から幸せと思える日常を取り戻しつつあるのだ。


ホールに集った連合軍の面々に対し、深々とお辞儀をした嫁さんを見た牡丹は、自然とそのマネをした。


「ごめんなさい」


抱っこされたままだが、牡丹は子どもらしい声で謝罪した。


この世界において、もしかすると初の出来事かもしれない。魔王が、人間に頭を垂れて戦いが終結したのだ。


一部始終を見ていたベイローレル、ホーソーン、”幻影邪剣”カツラは、信じられない様子で絶句している。4人の部隊長と5人の親衛隊は、何の事だか全く理解できず、ホールに降りてきてホーソーンに尋ねていた。


「いったい何があったんだ……魔王はどうなった?」


聞かれたホーソーンは、茫然と立ち尽くして、嫁さんと牡丹を見つめている。そして、うわ言のように答えた。


「私にも……わからんのです……ただ……騎士とは、女と子どもを守る者……なのに私は……私は何もできなかった……」


また、彼らが重傷のベイローレルを心配し、近寄って起き上がらせようとしているので、そこには僕が叫んだ。


「待ってください!ベイローレルは複雑骨折している!ヘタに動かすと良くない!僕が診るまでそのままで!」


僕の顔を見た部隊長たちは、怪しむような顔つきをしたが、ベイローレルがすぐに言葉を繋いだ。


「レンさんの言うとおりにしてください。あの人に治してもらうのが、一番なんです」


彼らは黙って従った。


ガッルスを治療中の僕のもとに嫁さんが来た。腕に抱えられた牡丹は、恥ずかしそうに僕の顔をジッと見ている。僕は立ち上がった。


「やぁ、牡丹。僕がパパだよ」


「レン……パパ?」


「そう。パパだ」


「……!」


牡丹は、急に嫁さんの胸に顔を埋めた。

どうやら照れているらしい。


「どうしたの、牡丹?蓮くんにパパって言ってあげて。ね?」


ニコニコしながら嫁さんが促してくれる。

しばらく僕の顔を横目にチラチラ見ていた牡丹は、やっと意を決したように呟いた。


「……パパ」


ヤバい。

なんだこれは。

こんな幸せな瞬間があるのか。

今までの死闘の疲れが吹き飛ぶようだ。


しかも、僕たちは知らなかったのだが、牡丹にとっては、これが生まれて初めて人を「パパ」と呼んだ瞬間だったのだ。


「それより蓮くん、牡丹があちこち傷だらけだよ。ひどすぎるよ。治してあげて」


「あっ、そうなんだよ!ごめん!これは、ほとんど僕とベイローレルがやったんだ!牡丹!ごめんな!ごめんな!痛かったろ?」


必死に謝る僕に対し、牡丹は首を横に振った。

全く痛がっている素振りを見せない。


牡丹は、全身に何ヶ所もの傷を負っていたが、元来の強靭さに加え、子どもの肉体に戻った時点で、体が縮むと同時に傷口も小さくなっていた。お陰で細かい傷が多数あるだけだったので、僕は通常の治癒魔法をかけてあげた。全身の傷がみるみる治った。


「すごいな……回復力も尋常じゃない。さすがは魔王だ」


「良かったね!牡丹!」


「うん!」


僕は次に嫁さんの心配をした。


「百合ちゃんは平気なの?」


「大丈夫だよ。こんなの傷に入らないから。てか、もう自然に治ってるし」


「え…………」


「ただね、ここだけの話、実はもうフラフラなんだ」


「もしかして、マナを使い過ぎたのか?」


「うん。マナで空中を蹴る技を使って、ここまでマッハで飛んで来たんだけど、マナを飛ばすのって燃費が悪いみたい。全速力で飛ばしたら、すごく消耗しちゃった」


「1200キロを超える距離を飛んで来たんだ。疲れるのも当然だね。マナ・アップルを持って来てたけど、シャクヤに全部預けちゃったんだ。あの子と合流して、食べれば元気になるよ」


嫁さんと僕が話をしている間、牡丹はガッルスを心配そうに見つめていた。


「ガッルス……」


「牡丹にとって、ガッルスは大切な魔族なんだね?」


「うん。ともだち」


「そうか、友達か。でも安心してくれ。もうすぐ心臓も修復が完了する。その後に心拍と自発呼吸を促せば、きっと息を吹き返すよ」


「すごいね!蓮くん!」


賛嘆する嫁さんに僕は解説を続けた。


「魔族の異常な体力のお陰だ。よくこれで生きていたと思うよ。幸いにも斬られ方が鮮やかだったから、細胞の欠損も少なかった。あとは、あんな高さから落ちてきたのに肉体が無事だったことが大きい。瓦礫に潰されていなかったのも奇跡的だ。もしかすると牡丹、君は暴走しながらも、ガッルスの体だけは、これ以上傷つかないように配慮し続けていたんじゃないのか?」


説明しながら、牡丹に尋ねてみたが、当の本人はよくわかっていない様子だった。


「うーーん?」


「覚えていないか」


「うふふふ、牡丹は暴走しても優しいんだよねーー」


急に親バカになった嫁さんと僕は二人で笑った。

すると、突然、牡丹を抱いたままの嫁さんが、僕に寄りかかってきた。


「おっと……疲れた?座って休もうか」


「うん……ねぇ、蓮くん……なんか牡丹の様子が変」


「え?」


よく見ると、牡丹が具合悪そうに目を瞑っている。

先程、怪我を診た時は、異常は見られなかったのだが、もう一度解析した。


「なんだ?マナが急激に減少している!」


「え……」


ここに来て、やっと僕は牡丹が身に着けている3つのリングに注目した。


首と両手の手首に着けられたリングは、伸縮性があるため、体が小さくなっても牡丹から外れていなかった。これらは、牡丹が成人状態から元に戻る直前に光りはじめたのだが、そのことを今さらになって疑問に思ったのだ。


「このリング、いったい何なんだ?」


宝珠システムで解析すると、このリングにマナが集中していることがわかった。牡丹の持つ、魔王としての膨大なマナが、リングに吸収されているのだ。


「百合ちゃん!このリングを破壊して!3つとも全部!」


「う!うん!」


嫁さんがリングを手で握ると、簡単に壊れた。

だが、気づくのが遅かったようだ。

牡丹は、グッタリして息を荒くしている。


「ヤバい……強制的にマナを吸収されたために、限度を超えて枯渇している。まるで生命力を奪われたような状態だ」


「ど、どうなるの?牡丹は大丈夫?」


「すぐにマナを補給させる必要がある。マナ・アップルを食べさせよう」


「じゃ、私、シャクヤちゃんのところに急いで……」


言ってる途中で、嫁さんは急に膝をガクンと落とした。

僕は、慌ててそれを支えた。


「どうした?百合ちゃん!」


「あれ……なんか私まで、持ってかれちゃったみたい……最後に残ってたパワーをごっそりと……」


「え……」


直ちに嫁さんの症状を解析した。確かにマナが枯渇している。牡丹をずっと抱きかかえていたため、嫁さんは3つのリングと見事に接触していた。その嫁さんからもリングはマナを吸収してしまったのだ。


ウチの嫁さんともあろう者が、これに気づかないとは、それだけ疲弊していたということか。また、牡丹を救えた喜びで、彼女でもつい気が緩んでしまったのかもしれない。


だが、これは僕の油断が招いたことだ。娘ができたことで有頂天になり、この戦いにおける全ての元凶をマークすることを忘れていたのだから。


僕はピクテスがいたはずの場所をレーダーで確認した。ヤツは既に移動して、いなくなっている。


破壊されたリングからは、マナが感じられない。

吸収したマナはどこかに転送されたのだ。


一時的にだが、大魔王クラスに成長した牡丹のマナと、残り僅かだったとはいえ、世界最強の嫁さんのマナ。その膨大なマナの反応とピクテスの反応が同じ位置を示した。


ホールの上層、4階の廊下にピクテスは立っていた。


「クフフフフフフ……これで……我が計画は成就する」


「ピクテス!!!」


僕が叫ぶと同時に、ホールにいる連合軍代表も彼の存在に気づいた。

ピクテスは笑みを浮かべながら、勝ち誇った様子で自分の計画を語りはじめた。


「あらゆるものを高速で計算できるワタシが、瓦礫ごとき躱せぬはずはあるまい。全ては計算どおりだ。気配が消える寸前まで、あえて怪我を負い、頃合いを見計らって治癒魔法で回復する。大人に成長されたデルフィニウム様は、予想外だったが、その暴走をお前たち人間が止めてくれたお陰で、隙を突いてマナを吸収できた。大魔王様にも匹敵する莫大なマナをだ」


どうやら僕が想像していたとおりのことをやろうとしているようだ。ヤツの口上に僕は怒りの声をぶつけた。


「やはり、お前の計画は!自分が魔王になることか!!」


「そのとおり!多数の魔獣を生成してきたのも全てはこのためだった!魔王様の膨大なマナを取り出し、他の生物に与える。それは、ワタシが魔王様のマナを安全に吸収するための実験だったのだ!」


「無理だ!いち魔族が、魔王のマナを扱いきれるはずがない!中毒を起こして死ぬぞ!!」


「人間の浅知恵では、そうなるだろう。だが、ワタシは今日のため、魔王様のマナを毎日毎日、少量ずつ吸収することで肉体を慣れさせ、強化してきたのだ。既に器としては整っている。あとは、このマナを受け入れるだけだ!」


ピクテスは、宝珠を発動した。

まばゆい光が溢れ出し、ピクテスを包み込むように見えた。


「クフフフフフフフフ……ついに……ついにこの時がぁぁぁっっっ!!!」


オランウータンのような顔を醜く歪ませ、狂ったように歓喜するピクテス。膨大な量のマナを象徴するかのように光は大きく膨らみ、僕たちの目を眩ました。


次第に輝きが衰え収束する。光が収まりきり、全てが完了したかに見えた。


しかし――


「…………はて?何も起こっていないようだが……どうしたのだ?」


ヤツが疑問に感じるように、こちらからも何かが変わったようには見えない。この場にいる全員が、不思議に思ったその時、僕はピクテスの背後に巨大なマナの反応を確認した。



ズボッッッ!!!



「……グフッ………………な……なん……だと…………?」


なんと、ピクテスの胸部が巨大な針で貫かれた。

針は正確にピクテスの心臓を刺している。


僕はデジャブを感じた。

これは、あの時と全く同じではないか。


「そんな……まさか…………貴様は死んだはず……!し……しかも……貴様程度の攻撃で、この、このワタシが…………」


崩れ落ちるピクテスの後ろから姿を見せたのは、人間の姿にスズメバチの要素を持った魔族だった。


「ヴェスパ……貴様ぁっ……!!!」


愕然とするピクテスから『ヴェスパ』と呼ばれた魔族。それはピクテスの助手として、秘密の研究を支えてきた部下だ。本来であれば、レベルは30程度の非戦闘員のはずである。


そのヴェスパが、下卑た笑い声で語り出した。


「イッヒヒヒヒヒヒヒ…………そうそう、それ!そういう驚いたマヌケな顔!この瞬間が一番楽しいんだよなぁ!!オレが死んだと思ってました?ピクテス様!まぁ、そうですよ。あの”オレ”は確かに死にました。あんたに頭を吹っ飛ばされてね。でも、ずっとオレが秘密にしていた本当の能力をあんたは最後まで見抜けなかった」


ヴェスパの背後からは、さらに同じ姿の魔族が3人登場した。


「蜂の群れには、働き蜂っているでしょ。アレと同じです。自分の分身を作り出して働かせる。それがオレの本当の能力なんですよ。あんたがオレだと思ってたのは、全部、分身体のオレなんです。今、オレは初めて、本体で会いに来たんですよ」


「な……なんだとぉ…………」


「んで、あんたがやってた実験も、オレはずっとマナをチョロまかして、おこぼれをもらってたんです。でも、本体のオレを見ていないから、少しずつ強くなっていたのも気づかなかったでしょ?」


「ま……まさか……」


「そう。あんたに渡した宝珠は、発動すると、オレが持ってる宝珠にマナが移動するように細工しておいたんです。そして、オレはそれを取り込みました。すっごいですよぉーー!魔王様だけじゃなく、勇者のマナまで奪えたんですから!あんた、いい仕事してくれましたね!体中から力が漲ってきますわ!!」


セリフの途中から叫びはじめたヴェスパは、肉体が急激に変貌した。初見ではスリムな男だったが、骨格も筋肉も巨大化し、体長3メートルほどの大男に変身してしまった。


僕の宝珠システムのレーダーでは、既にレベルが55になっている。しかも、まだ彼は成長を続けるようだ。


「イッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!!!!すげぇ!すげぇ!!こいつぁ、すげぇ!!力が溢れてきて止まらねぇ!!!これまでは3体が、一度に出せる分身の限度だったが、今のオレなら、どんだけ出せるんだ!?」


喜びに打ち震えながら、分身する能力を発現するヴェスパ。後ろに控えていた3体の分身を一度消し、新たな分身を生成した。


なんと、20体の分身体が出現した。

スズメバチの能力があるため、1体1体が飛んでいる。


「すっげぇなぁ!こんなに出てきた!!この強さで、この分身の数!やっぱオレだ!オレこそが、新たな魔王にふさわしい最強の魔族だったのさ!!なぁ!そう思うだろ!!そこの人間よ!!!」


調子に乗ってこちらに相槌を求めてくるヴェスパ。

僕は、確信を込めて叫んだ。


「コウモリの魔族、シソーラスを殺したのはお前だな!!」


地下遺跡で”コウモリ野郎”シソーラスを殺した暗殺者。

それが、このスズメバチ男ヴェスパだったのだ。


僕は今まで勘違いをしていた。シソーラスを殺した犯人は、転移魔法を使ったために嫁さんから気配を感知されなかったのだ、と。


しかし、魔法陣との距離が意外とあることを嫁さんが不思議に思っていた。確かにそうだ。攻撃前ならともかく、攻撃後に気配を感づかれてもなお、嫁さんの感知から逃れたのは、ありえないことだ。


このヴェスパという魔族は、転移魔法で分身を地下遺跡に送り込み、シソーラスを暗殺した後、分身を消したのだ。万が一にも自分のことを気取られないように配慮したのだろう。なんと用意周到な男だろうか。


そして、僕の発言で、ヴェスパはこちらの顔を思い出したようだ。


「あぁっ!!お前、あの時、勇者と一緒にいた男か!!どうでもいいから忘れてたぜ!!」


「別にシソーラスに同情するつもりはないが、ここで会ったのも何かの因縁だな!!」


「そうかいそうかい!オレにはどうでもいいけどな!あの時点では、まだ勇者に死なれちゃ困るからよ!何もしなかっただけさ!だが、もう用済みだ!!」


ヴェスパは、全ての分身体を後ろ向きにし、臀部に付いている針をこちらに向けた。あの高速射出される巨大な針を、全て僕たち家族に向けて発射するつもりなのだ。


「勇者っつう、わかりやすい敵がいてくれたお陰で、ピクテスの計画は順調に進んだ。魔王様も魔王軍も、自分たちがピクテスに利用されてることなんて、気づく気配も見せなかったぜ。そして、ピクテス本人もオレに騙されていることを見抜けなかった。この猿は、自分の計算に絶対的な自信を持ってるせいで、未知の情報に対する脅威を考えなくなるバカなのさ。こいつの努力も、あんたらの力も、オレがありがたーーく、全部いただいた!!オレのために遠路はるばるご苦労だったな!!」


狡猾な男の言い分に僕は虫唾が走った。

こんなヤツに僕は妻子を奪われようとしているのか。


「てぇーーことで!あとは、絞りカスになった勇者もデルフィニウム様も!ここでまとめて死んどいてもらうぜ!!!蜂の巣になりな!!蜂だけによぉ!!!」


誰も求めていない、うまい言い回しと同時に一斉射撃される巨大な針。


レベルアップしたヴェスパの針は、音速とも言えるような超速度で僕たち一家に飛来した。


僕は、既に圧縮空気の壁と氷の壁を準備している。しかし、空気の壁は尖った物に弱く、全て破裂してしまった。これは予想どおりなので、慌てず予測済みの軌道に氷の壁を配置する。


ところが、威力が跳ね上がった針は、分厚い氷の壁を次々に破壊してしまった。


「なに!?」


一撃一撃が、とてつもなく強い。何発かの勢いは衰えさせ、軌道を逸らすことに成功したが、それでも10発の針が正確に僕たちへ向かってきた。


僕は、頭が真っ白になった。


「蓮くん!」


最後の力を振り絞った嫁さんが僕の前に立ち上がり、牡丹と僕を庇うように覆い被さった。


だが、マナも体力も尽き果てた嫁さんに今、どれほどの防御力があるのだろうか。血の気が引く思いで、僕はただ一言叫んだ。


「百合ちゃん!」


嫁さんを上にして、一家3人が地に伏せる。

その瞬間――



ズドッ!!

 ズドズドズドズドッ!!!ズドッン!!!!



明らかに人体が貫かれた音がした。



次いで、血しぶきが僕の顔に掛かる。

僕は震える声で言った。



「ウ……ウソだろ…………」



嫁さんの向こう側に人影が一つ、仁王立ちになっていた。


王国騎士団第六部隊の部隊長、ホーソーンだった。


「………………」


全身を10本の針で貫かれながら、ホーソーンは無言で立っている。頑丈な鎧を着ているため、全ての針は貫通しきらず、体で受け止めてくれていた。


そして、そのうちの1本は、彼の額を貫いていた。


「ホーソーン!ホーソーン!!!」


叫んだが、返事はない。

あるはずもない。

彼は脳をやられてしまったのだ。

これでは僕でも治療することができない。


「そっ……そんな…………」


嫁さんが愕然とした表情で目から涙を溢れさせている。僕もまた、自分でも気づかぬうちに涙を流していた。


かつて僕と嫁さんを激しく憎み、決闘までした男が、僕たち一家を守ってくれたのだ。いったいどのような心境だったのか。それさえ聞くこともできず、彼はこの世を去った。



攻撃が僕たちに届かなかったヴェスパは、残念そうに呟くが、全く余裕の様子だ。


「なぁーーんか、邪魔されちまったなぁ!針は一発ずつしか撃てねぇから、また分身を作り直さないとかぁ……あぁぁぁーーめんどいな。そうだ。ピクテス様よぉ、あんたには、最後の仕事をやってもらうぜ」


かつて自分をコキ使っていた上司、ピクテスの頭を持ち上げるヴェスパ。


「あんたの能力。確か死んだ時に発現できる切り札があっただろ。本当は魔王様の力を手に入れて、常時発動できるようになる予定だったんだろうけど、今、オレのために使ってもらうぜ。死んで発動しやがれ!」


見下したような笑顔で言いながら、ヴェスパはピクテスの頭に横から針を刺し、貫いた。いかに体力のある魔族といえども、直接、脳を破壊されれば、即死は免れない。


さらにヴェスパはピクテスの首を引きちぎり、頭部だけを持って、残りの胴体を蹴り落とした。


ピクテスの胴体がホールに落ちる。

すると、それとほぼ同時に、ホール全体で次々と何かが蠢きはじめた。


「「えっ!!!」」


ホールに集っていた全員の顔が凍りついた。


なんと、完全に死んでいたはずの魔獣が起き上がったのだ。


「その方はよぉ!自分が死んだ時、周囲で死んでいるモンスターと魔族を道連れにしてゾンビになることができるんだ!頭が無くても、原型さえ留めていれば、みんな動く屍になるらしいぜ!!」


高らかに言い放つヴェスパの言うとおり、立ち上がった中には、首なし死体となっている魔族もいた。


トラ男ティグリス、カブトムシ男トリュポクシル、カメレオン男イグニア。また、カエノフィディアが連れていた蛇もいる。そして、能力発動者であるピクテスもまた、胴体のみで立ち上がった。


「じゃあな!あとは戦い合った者同士、ゆっくりやってくれ!!オレはこれから、この力を使って好き放題に生きてやるぜ!!!」


そう言っている間にもヴェスパは、どんどん体が大きくなり、体長は5メートル程にまで肥大化していた。レベルは59になっている。


おそらく部屋の中にいるのを狭く感じはじめたのだろう。彼は、僕たちに機嫌よく別れを告げ、天井に開いた穴から出て行った。


”勇者”ベイローレルが重傷で起き上がれず、頼みの綱の嫁さんもマナ切れを起こして僕に寄りかかっている。牡丹は、マナが枯れきって命の危険にある。


そんな絶体絶命の状況の中、僕は今まで連合軍に倒されてきた全勢力を相手にしなければならなくなった。

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