第145話 勇者と魔王①

魔王のいる謁見の間へと向かったベイローレルは、ダチュラから渡された携帯端末宝珠を起動し、初めて触れた機械であるにも関わらず、なんとなくアイコンをタップして通話を開始した。非常に呑み込みの早い若者である。


彼の連絡した先は、魔城の外で待機しているハンターの隊長、アッシュである。ダチュラの宝珠を預かっていたアッシュは、急に入った着信音に驚きながら、それを受けた。


『アッシュさんですか?ボクです!ベイローレルです!』


「うお!ベイローレルか!本当に話ができるんだな!」


『手短に状況を報告します!地下の転移魔法は破壊しました!これよりボクたちは、上の階にいる魔王討伐を開始します!』


「おお!了解した!」


『魔王軍の幹部は、ほぼ壊滅です!残る強敵は、魔王本人と、最大の元凶と思われている側近だけです!ゆえに、ここからは、援軍が到着しても急いで突入させる必要はありません!遅れている部隊が来たら、次の指示を出すまで待機させてください!』


「そうか。だが、少し遅かった!ちょうどさっき、第六部隊が到着して現状を伝え、城に突撃していったところなんだ!」


『ホーソーン部隊長の部隊が?わかりました!では、最終決戦にお付き合いいただきましょう!』


ベイローレルは、ここで通話を終了した。

通信の切れた宝珠を見つめながら、アッシュは独り呟いた。


「……戦場の状況をリアルタイムで連絡できる。こんなものが流通したら、戦争の概念が変わってしまうぞ……」


と、彼が感嘆を漏らした背後から、急に大きな声が聞こえた。


「ブハハハハハッ!!!これから魔王討伐か!どうやら、おいしいとこには間に合ったようだな!!」


豪快に唾を飛ばしながら、テントに入ってきたのは、大きな斧を2丁持った巨漢。レベル47のパワー型ゴールドプレートハンター、”斧旋風”のバードックである。タイミングよく到着した彼は、今の会話を聞いていたのだ。


「バードック!来たのか!」


「土砂崩れで第二部隊が立ち往生しちまったからよ!しばらくあいつらを手伝ってたんだが、これじゃ埒が明かねぇってんで、オレだけ先に来たのさ!!まさか既に戦闘が始まってるとは思わなかったが、まだ一番いいところが、残ってるみてぇじゃねぇか!!」


「いや、今はここで待機だ。次の指示を待て」


「そうはいかねぇよ!!あの勇者に先を越されちまう前にオレが魔王を仕留めるんだ!!!じゃ、ちょっくら行ってくるぜ!!」


「あっ!おいコラ!!バードック!!!」


ハンター実行部隊の隊長であるアッシュの言葉も聞かず、”斧旋風”は駆け抜けて行った。指示を無視されたアッシュは、独りで悪態をついた。


「……くそっ!でかい図体で風のようなヤツだ!捉えどころがない!」




一方、地上3階となる魔城の5階にまで登ってきたベイローレルは、親衛隊5名と大きな扉の前に来ていた。白金蓮が表示した3Dマップで構造を把握している彼は、この先が謁見の間であることを知っている。


扉の前で気を落ち着けていると、すぐ近くの階段から幾人かの駆け上がってくる足音が聞こえた。


「ベイローレル殿!我々も行くぞ!」


なんと、やって来たのは、地上1階にある東西南北の階段で魔獣の進撃を食い止めているはずの、第一、第三、第四、第五の各部隊長だった。ベイローレルは目を丸くした。


「皆さん、精鋭を寄越すように言ったはずですが、部隊はどうしたんですか?」


指揮官である勇者から疑いの目を向けられた部隊長たち。彼らを代表して、第五部隊の部隊長ライラックが答えた。


「部隊で最も精鋭と言えば、我々、部隊長だろう。魔獣の数も減ってきたため、あとは大隊長たちに任せてきた」


「それを個々に判断した結果、全員、同じ行動に出たということですか……少しは後輩を信じてくださいよ」


これに第四部隊の部隊長クレマチスが言った。


「貴殿は強い。”勇者”であることも疑わん。だが、やはり魔王との決戦となれば、心配になるのだ。及ばずとも力になろう」


「わかりました。よろしくお願いします」


ベイローレルとしても、決戦場にまで足を運んだ部隊長たちを戻す気にはなれない。彼らの勇気をありがたく思いつつ、さらに、いつの間にか自分の隣に立っている”幻影邪剣”カツラに声を掛けた。


「では、カツラさん、あなたの機転の利く戦い方を頼りにしています。後方支援をお願いします」


「この”幻影邪剣”、委細承知しました」


ベイローレルが合図をすると、第一部隊の部隊長ソートゥース、第三部隊の隊長コリウスが大きな扉を開けた。


天井が高く、縦に長い大広間に、古びた赤い絨毯。その先に見える玉座の前に、一人の幼女と大きなニワトリ魔族、そして、その二人に向き合うようにこちらに背中を向けている年老いた猿の魔族がいた。


栗森牡丹とガッルス、そしてピクテスである。


ピクテスは、ゆっくりと振り向いて彼らを見た。




さて、ここまでの間に、魔王と側近が何を話していたのか、それを振り返らねばなるまい。少し時を遡らせていただこう。


蛇の魔族カエノフィディアに扉を守るよう指示を出し、栗森牡丹は謁見の間に隠れた。


その後、”マムシ鉄鎖”トリヤと戦闘を開始したカエノフィディアは、魔王に被害が及ばぬように場所を離れた。


ガラ空きになった扉に次にやって来たのは、魔王の側近、老猿ピクテスだった。


ただし、彼としては、魔王の行きそうな場所として、最初に最上階にある魔王の自室を考えて、探しに行った。そこにいなかったため、牡丹が遊び場所にしていた部屋をいくつか回り、ようやく謁見の間に辿り着いたのだ。


牡丹が好んでここを訪れることは少なかったため、後回しにしていたのである。何事も計算して動くタイプのピクテスの思考が裏目に出たのだ。


魔王を発見したピクテスは、穏やかな表情を作って語りかけた。


「魔王デルフィニウム様、ここにおられましたか。さぁ、ワタクシと共に参りましょう。まもなく人間どもが、あなたを狙ってやって来ますよ」


だが、以前にガッルスを殺そうとしたピクテスである。さらには、今では牡丹にとって、最も嫌う相手となってしまった彼が部屋に入ってきたことにより、彼女は最大の警戒心を持ってしまった。


「や!ピクテス!こないで!」


牡丹からすれば、ピクテスは、もはやガッルスを殺そうとする敵なのだ。一歩ずつ近づいてくるピクテスに、彼女は軽く超重力をかけた。


「グッ…………」


ほんの少し体が重くなったピクテスは、慌てて言った。


「ま、魔王様!ご安心ください!ワタクシは何も致しません!魔王様をお守りするために参ったのでございます!」


「いい!わたし、ガッルス、まもる!」


牡丹が宣言したことで、ピクテスは彼女の求めるものを悟った。そして、表現を変えることにした。


「そうです!ワタクシもガッルスを守るために参ったのでございます!どうか、一緒に逃げましょう!」


「え…………」


幼少である牡丹は、このように言われると一瞬、信じてしまいそうになった。しかし、ピクテスの顔をジッと見ていると、どうにも信用できない。彼女は子どもなりの本能で、嘘つきの大人を判別した。


「や!こないで!」


拒絶した牡丹は、ピクテスが近づくたびに重力を強めた。次第に歩くのが困難になってきたピクテスは、苦虫を噛み潰したような顔で思考錯誤した。


(なんということだ!魔王様ともあろうお方が、いち魔族を守るために、行動を起こされただと!?本末転倒も甚だしい!!しかも、最も人間に見つかりやすい謁見の間で待機しているなど!これでは、勇者に倒してくれと言わんばかりではないか!)


そして、こう考えた。


(こうなったら、今、アレを行うしかない!予定とはかなりズレてしまったが、致し方あるまい。魔王様には、ここで消えていただき、その後でガッルスは始末する!)


半分、睨みつけるように牡丹を見たピクテスは、懐から一つの宝珠を取り出した。そして、それを発動しようとする。


この時だった。謁見の間の大きな扉がギシギシと音を立てて開き、”勇者”ベイローレル率いる一行が入ってきたのは。




不思議そうにそれを見る栗森牡丹とガッルス。そして、内心驚きながら、ゆっくりと振り返ったピクテス。彼の心には、二つの感情がぶつかり合い、最終的にはニヤリと笑った。


(”勇者もどき”がここまで来ただと?まさか、ティグリスもトリュポクシルも敗北したのか?あれらは、タダでは死なん者たちだったはずだが……それに率いているのは部隊長か。王国騎士団め、ここに最大戦力を投入してくるとは。……なるほど。驚くことではあるが、むしろチャンスではないか)


不気味な笑顔を見せたピクテスは、牡丹に振り返り、大声で告げた。


「魔王様!!あやつらは、ガッルスを殺しに来た者たちですぞ!!」


「えっ……!」


そう言われた牡丹は、素直に騎士団を敵と見なしてしまった。さらには、彼らが部屋の中を走り出したのを見て、ビックリして個別に超重力をかけた。


「「ぐっおぁぁぁぁっ!!!」」


突如、鎧ごと体が重くなった部隊長と親衛隊は全員、押し潰されるように地面に突っ伏した。謁見の間の入り口付近から、それ以上、中に入ることすら許されなかったのだ。


そんな中、ただ一人、超重力の影響を受けずに素早く玉座まで接近してきた者がいる。


ベイローレルである。


『絶魔斬』で、あらゆる魔法を打ち消す彼には、牡丹の重力魔法も効かないのだ。


彼の狙いはピクテスだった。白金蓮から情報を聞いていた彼は、半信半疑ながらも、ピクテスを全ての元凶と捉え、第一の標的とした。


これを見た騎士団の部隊長たちは、一斉に同じことを考えた。


(あの悪どい顔をした猿が、魔王なんだな!)


無理もない。幼女とニワトリ、そして老獪な顔をした猿の魔族がいれば、誰もがピクテスを魔王と勘違いするだろう。


そんなことは露知らず、ベイローレルは俊敏な速度でピクテスに斬りかかった。


超重力から解放してもらったピクテスは、それをヒラリヒラリと躱した。あまりにも鮮やかな回避行動に、ベイローレルの方が驚愕した。


(なんだ!?この動きは!?)


白金蓮からの解析報告によれば、両者のレベルはともに48。ステータス的には互角のはずだが、体感的にはそれを遥かに超えた動きに思えたのだ。


「ふむ。所詮は”勇者もどき”と侮っていたが、魔王様の能力すら無効化できるとは、やはり危険な存在であるな。しかし、魔法が効かないだけで、このワタシに勝つことは不可能だ。ワタシの【高速演算ファースト・オペレーション】は、貴様の肉体の動きから、攻撃の軌道を計算することができる。満月の夜に力を増した我が能力の前には、如何なる剣も意味を為さないと思え」


ピクテスもまた、演算能力を駆使して戦うことのできる、接近戦を得意とするタイプだったのだ。だが、彼はベイローレルの攻撃を次々と避けるだけで、反撃はしてこなかった。


代わりに彼は回避運動をする傍ら、少しずつガッルスの方に位置を変えた。そして、サッと跳躍してガッルスの背後に隠れてしまった。


それをベイローレルが追いかける。

必然的に、ガッルスに突撃したように牡丹の目に映った。


「ダメ!」


慌てた牡丹が重力でベイローレルを操ろうとするが、全く効かない。初めての事態に戸惑う牡丹だが、ガッルスを守るため、次の行動に移った。


「なにっ!?」


ベイローレルが驚きの声を上げた。

牡丹がもの凄いスピードで迫って来たのだ。

今、彼女は、初めて接近戦を挑んだ。


ガッ!!!


牡丹の蹴りを剣でガードしたベイローレルだが、衝撃で後ろに下がることになった。まがりなりにも魔王であり、レベル53の牡丹は、格闘においても十分すぎるほどの強敵だったのだ。


「………………!!!」


愕然とした表情で、牡丹を見つめるベイローレル。

普段の微笑は完全に消え失せていた。


(今のは素人くさい、ただの子どもの蹴りだ……なのに、この威力……これが…………魔王……!)


一方、謎の強敵であり、謎のイケメンお兄さんであるベイローレルを前にして、牡丹は鼻息を荒くし、今までにない、やる気を見せていた。


「ふんっ!ふんっ!!」


そして、その後ろでは、不敵に笑ったピクテスが、ガッルスに囁いた。


「ガッルスよ、どうやら、お前には、まだ利用価値があるようだ。命拾いしたな」


「ひっ……!」


脅えるガッルスにそれだけ言い、ピクテスは玉座の後ろに移動した。

なんと、その床をズラすと、隠し階段が現れた。


「遥か昔からそうなのだ。なぜか、歴代の魔王様は全て、城を建てると、必ず玉座の後ろに秘密の通路を作られる。それが当たり前であるかのように……」


そう言って、ピクテスは隠し階段に入り、しかも内側から床を閉めてしまった。栗森牡丹は、それを背にしているので、全く見ていない。対するベイローレルは、牡丹に阻まれて、それを阻止することができなかった。


(魔王を置き去りにして、臣下が逃げるだって!?そんなバカな!なるほど!レンさんが言ってたことは真実だ!あの猿が全ての元凶だ!!)


確信を得たベイローレルは、目の前の牡丹に対し、戦う必要性が低いことを知った。

そして、対話を試みようと考えた。だが、ここで一つ問題があった。


(……どうする?子どもって、どんなふうに話せばいいんだっけ?)


プレイボーイで女性の扱いには長けている彼だったが、子どもを相手にするのは、ほとんど初めてだったのだ。仕方なく、彼は無計画に話を始めた。


「あ、あのぅぅ…………お嬢ちゃん?ボクたち、何もしないから、もう喧嘩はやめにしないかい?」


牡丹は唖然とした。残念なことに、一生懸命、相手の機嫌を取るように笑顔で接したつもりが、かえって怪しい顔つきになってしまったのだ。


数秒固まった牡丹は、次にキッとした顔つきになり、攻撃を開始した。


「ガッルス!まもる!」


直接的な重力がベイローレルに効かないことを認識した牡丹は、周辺に転がっているあらゆる物体を浮遊させ、水平方向に重力を働かせてベイローレルに発射したのだ。


「えっ!」


まるで自分に吸い込まれるかのように加速する椅子や装飾具を、ベイローレルは慌てて回避した。


しかも、同じ攻撃が次々と飛来する。

それでも彼は軽やかな足取りで見事に躱していった。


だが、避けるうちに床にぶつかって壊れた家具が散乱するようになった。足場が少なくなり、退路を塞がれたところに、どこから持ってきたのか、巨大なテーブルが飛んで来た。


「うぉああぁぁぁぁっっっ!!!」


思わず絶叫するベイローレルだったが、次の瞬間、全力の剣技でテーブルを真っ二つに斬り裂いた。二分されたテーブルが彼の背後の床に勢いよく転がっていった。


「じょ……冗談じゃないぞ……石造りだったからよかったものの、今のが金属だったら、さすがのボクでもどうなっていたか……」


冷や汗をかくベイローレルは、牡丹を見つめながら、さらに独り言を呟いた。


「レンさん……すみません……やはり相手は魔王。手加減なんか、できる相手じゃない!」




――そして、隠し階段から逃げたピクテスは、階下の通路を通り、ある場所に出ていた。それは、謁見の間の真下に位置する、ホールの天井付近だった。


僕、白金蓮のいる真上だ。


2階ホールの吹き抜けとなっている4階廊下に降り立ち、ピクテスは不敵に笑った。


「クククク……”勇者もどき”どもは魔王様に始末していただけばいい。あとは頃合いを見計らって戻ることにしよう」


一人だけ安全地帯に逃れて安堵した彼は、下のホールに目を移し、生き残った仲間を確認する。しかし、魔獣も魔族も全て、事切れていた。代わりに数名の生きた人間が何かを熱心に行っていることに気づいた。


「あれは?生き残った人間が治療をしているのか?……はて?あの中にはカエノフィディアがいるようだが?そうか。あやつも本体を殺されてしまったのだな。やれやれ……この分では、地下のストリクスも怪しそうだ。城内の八部衆は全滅か……」


そのまま人間たちの観察を続けていたピクテスは、その治療に当たる中心人物の顔を見て驚愕した。彼は息を潜めて隠れているつもりだったが、慌てて立ち上がった。


「あれは!勇者のツガイのオスではないか!フェーリスが連れてきた、レンという名のハンターだ!なぜ、あやつがここにいる!?今日は夕暮れまでベナレスにいたはずだ!どうやってここまで来た!?ということは!本物の勇者もここに来ているのか!?」


夫である僕がいることで、嫁さんの存在を危ぶむピクテス。彼は、嫁さんこそが勇者であると認識しているので、その危険性に愕然とした。


「まさか……ワタシの計算がことごとく外れたのは、勇者とあやつのせいか?だとすれば合点がいく。マズいぞ。古来より、勇者とは、魔王様の天敵となる存在!本物の勇者と魔王様を戦わせるわけにはいかない!」


一瞬だけそう考えたピクテスだったが、再度しっかり演算した結果、彼は思い直した。


「いや……違う!そうではない!デルフィニウム様が勇者に敗れることになっても問題ではない。むしろ今、最大の脅威となるのは、あのレンというオスではないか!あやつは魔王様に懐かれている!場合によっては、魔王様が人間の側に回ってしまうかもしれないのだ!」


僕がピクテスこそ全ての元凶であると考えるように、彼もまた、僕を最優先に排除すべき存在と捉えた。そして、ニヤリと笑いながら、先端にドクロの付いた杖を下方にいる僕に向けた。


「幸いにも、あやつはこちらに気づいていない。ここから暗殺させてもらおうではないか」


そう。この時、僕は暗殺者に狙いを定められ、生命の危機にあった。


宝珠システムは、全ての演算領域を3人の人物の治療に回しているため、周辺の危機管理に使用していなかった。普段の僕であれば、常に防衛意識を持ってレーダー反応に気を配っているはずだが、重傷者3名の治療を続けるために、その余裕が無かったのだ。


だが、ここで真っ先に立ち上がった者がいた。

シャクヤである。


「レン様、そのまま動かずにお聞きください。今、上の天井付近から、とてつもなく恐ろしい気配が出現しました。おそらく魔族の幹部でございます。こちらにも気づいた模様です。いかが致しましょうか?」


治療に集中していた僕は、それを聞いてドキッとした。シャクヤがいてくれなければ、敵の奇襲に最後まで気づけなかったはずなのだ。だが、すぐに冷静になり、こう答えた。


「未知の能力を持った敵に対して、後手に回るのは絶対に不利だ。敵が強いのなら、安心して思いっきり先制攻撃してやれ」


「かしこまりました!」


シャクヤは、魔導書を広げ、得意とする水の上位魔法【激流刃フラッド・ブレード】を遠隔発動した。淡く光る魔法陣が、杖を構えるピクテスの真横に出現した。


「なっ!!!」


自分の存在が気づかれていると思っていなかったピクテスは、驚きの声を上げて、回避行動に出た。幸いにも理解可能な魔法陣だったため、高速演算した彼は発動されるであろう魔法の軌道を読み、体を捻った。


シュッバァァァン!!!


鋭利な水の刃が、ピクテスを掠め、通り過ぎた。

しかし、それは彼が立っていた床を破壊した。


「ちっ!仕方あるまい!」


足場を失ったピクテスが、下のホールまで落下する。もちろん、これも計算済みであり、そうでなくとも、この程度で怪我をするような魔族ではないため、ドスンという大きな音とともに彼は無事に着地した。


その姿を肉眼で確認した僕は愕然とした。


「ピクテスじゃないか!ベイローレルのヤツ!何やってんだ!」


3人の命。とりわけローズの命を無事に救いきるには、まだ宝珠システムを治療に専念させなければならない。戦いに割けるだけのシステム領域が無いのだ。それなのに、八部衆を束ねていた魔王軍の最高幹部と対峙することになるとは。


予想外の事態に絶望感を抱く僕。

だが、その前にシャクヤが毅然と立った。


「レン様のことは、わたくしが命に代えてもお守り致します」


不思議なほど穏やかだが、熱い炎を感じる声だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る