第122話 閃光御前と商賢者
「レンの兄ちゃん、いきなりで悪いな!魔法の宝珠が無くなっちまいそうなんだよ!」
僕がハンターギルド本部に赴くと、ウォールナット本部長は開口一番、用件を話しはじめた。
こちらが予測していたとおり、修道院長のロークワットを失脚させたため、攻撃魔法の宝珠が供給ストップしてしまったというのだ。
「魔王の件があるもんだから、どこもハンター業が忙しいんだ!このままだと、あっという間に品切れになっちまう!今のうちに手を打っとかないと、マズそうなんだ!」
「事情はわかりました。ウチから攻撃魔法を卸すことは可能です。ただ、現状でも元となるブランク宝珠が足りてないので、全体的には品薄になるかと思いますが」
「ああ!それでも構わねぇよ!とにかく頼むわ!」
「了解しました。では、商品となる魔法の宝珠をそれぞれ一つずつ、いただけますか?」
「うん?なんでそんなのが要るんだ?」
不思議そうに聞き返すウォールナットさんの質問に答えたのは、今回、僕に同行してきたシャクヤだった。
「わたくしどもの宝珠の生産方法は、魔法のコピーなのでございます。ですから、オリジナルを一つ、いただかねばなりません」
「そ、そうなのか……相変わらず、なんでもアリだなレンの兄ちゃんは……そもそも一人で全部の精霊魔法を使えるだけでも、おかしな話だからなぁ」
この話題から、僕は一つの疑問を差し挟んだ。
「そういえば、前任のロークワットだけでは、地・水・火・風、全ての精霊魔法を登録することはできないと思うんですが、他の人が手伝っていたってことでしょうか?」
「そうなんだよ!あの院長は、魔法の研究で仲間を作ってて、そいつらと一緒に宝珠を生産してくれてたんだが、その仲間連中ってのも、全員、裏で金の問題や女の問題を起こしてるヤツらだったんだ!それが、いっぺんにいなくなっちまったもんだから、仕事を振ってたこっちは、てんてこ舞いさ!」
「へ、へぇーーー」
事態が予想以上に大きく動いていたことに驚きながら、僕はシャクヤの顔を窺った。すると、彼女はニッコリして言った。
「せっかくでございますから、教会に巣食う悪い虫を全部退治しておきましたわ」
徹底している。
この子は、やるとなったら徹底する子なのだ。
嫁さんと同じで、この子は絶対に怒らせないようにしよう。
「……なるほど。どうやら、原因の一つに僕らも絡んでいるみたいです。喜んで協力させていただきましょう」
「おうよ!頼んだわ!でよ!ついでにと言っちゃなんだが、どうせ真向かいにある店なんだ!プラチナ商会で、そのまま売り出してもらって構わねぇぜ!」
「え……?でも、それでは、ギルドの儲けになりませんけど?」
「ぶっちゃけ、今までも利益の出る金額では売ってなかったんだ!ハンターのためにな!だから、兄ちゃんに全部任せちまった方が、もっといろんな宝珠を出してくれんじゃねぇかと思うんだが、どうだ?」
「そうでしたか。実は、今までギルドに迷惑が掛かると思って、ハンター用の魔法は発売しなかったんです」
「遠慮することはねぇ!それより、便利な宝珠が増えれば増えるほど、ハンターの生存率が上がるし、ハンターが活躍すれば、ギルドも潤うんだ!盛大にバンバンやってくれ!」
「ありがとうございます。では、そのとおり、やらせていただきます」
プラチナ商会は、これにて、正式に”ハンターギルド御用達”の店となった。
今まで生活宝珠しか売ってこなかったが、今後は、ハンター用の攻撃魔法や補助魔法の宝珠も販売していくことになる。特にエンハンス系の魔法が乏しいこの世界では、僕の作った宝珠は、ハンターに新しい戦術を提供することにもなるだろう。
話がまとまったところで、ウォールナットさんはイタズラっぽく笑った。
「……ところで、今日は嫁さんじゃなくて、シャクヤの嬢ちゃんと一緒なんだな」
「あ、ええ。ちょうど二人で話をしていたところでしたので。妻は最近、いろんな家の奥さんから招待を受けていて、よく出かけるんです。今日も『キャンドル商会』のパームさんに呼ばれて、お茶してます」
「ああ、俺も聞いてるぜ!ユリカが来ると必ず話が楽しくなるってんで、この街の社交界で大人気なんだ!しかも、いつだって馬車も使わず、どこからともなく現れるんで、”閃光御前”って呼ばれてるんだろ?」
長い間、病気のために引きこもっていた嫁さんは、この世界に来て健康を取り戻し、ベナレスで名声を得るようになってからは、まるで青春時代を取り戻すかのように、よく出掛けていた。
というのも、そのきっかけとなったのは僕自身である。プラチナ商会が脚光を浴びるようになってからは、至る所から会食やパーティーの誘いが来るようになった。社会人として鍛えられてきた僕は、人と接することに慣れているとはいえ、元来、社交的ではない性格上、そうそう毎日のように人と会うのは、疲れてしまうのだ。
それに研究開発したいことが山のように存在する。
そこで、困った僕に嫁さんが言ってくれたのだ。
「それなら、私が蓮くんの代わりに挨拶してきてあげる」
こうして嫁さんは、「蓮の妻でございます」と言って、僕の名代となり、あらゆる場所に顔を出した。そして、「奥さんが来た」ということから、その家の女性陣が呼ばれ、無遠慮な嫁さんに触発されてキャッキャウフフの盛り上がりとなる。
また、料理に裁縫、ファッションセンスに音楽センス、さらにはダンスなどの運動センスという、女子力の塊である嫁さんは、現代知識を活かし、どこに行っても必ず新しい何かを生み出してしまった。
特に「お土産」と称して持参する手作りの菓子は、この世界にはまだ存在しないものであり、見た目も味も格別なため、男女を問わず絶賛された。結果的に、毎回、大反響を呼んで帰って来るのだ。
そのうち、この世界の男性優位社会において、元気な女性の象徴のようになり、嫁さんの方がメインで呼ばれるようになった。特に貴婦人からの人気が凄まじい。
光のように現れ、光のように周囲を照らし、光のように去っていく。このことから、”閃光御前”という二つ名が付けられたのだ。
今では、僕の顔は知らないが、嫁さんの顔なら知っている、という人がこの街に大勢いるのである。
さて、ハンターギルド本部を辞去して、シャクヤと一緒に帰宅した僕に、当の嫁さんが笑顔で言った。
「蓮くん、今夜はレイプシードさんの時間が空いてるんだって。是非、蓮くんと話がしたいって」
多忙を極める『キャンドル商会』の代表、レイプシードさんとは再会を約したものの、なかなか時間が合わなかった。今夜、ようやくその約束を果たせるようだ。
僕は、嫁さんと一緒に彼の自邸を訪問した。レイプシードさんと、その妻パームさんは、使用人を使わずに夫婦そろって直接出迎えてくれた。
「今宵は、わざわざ足をお運びいただき、大変恐縮です。レン先生、本日は手ほどきのほど、どうぞよろしくお願い致します」
強面のレイプシードさんが、外見に似合わず、丁重すぎる挨拶をしてきた。
「い、いやいやいや!先生とか、やめてくださいよ!レイプシードさん!」
「いえ、本来ならば商売敵である私が教えを乞うのです。それを引き受けてくださるレン先生に、”先生”を付けるのは当然でしょう」
「いや……えーーっと……」
レイプシードさんの年齢は40過ぎである。実年齢の僕よりも年上だ。そんな人から先生呼ばわりされるのは、かなり気が引けた。
僕は、助けを求めるように嫁さんの顔を見た。
しかし、嫁さんはニコニコ笑ったままだった。
「いいんじゃない?蓮くん、学校の先生の免許も持ってたでしょ」
「まぁ……そういえば、そうだけど……」
確かに僕は、学生時代に教職課程を取っていた。その道に就職することはなかったが、仮に僕が教員になっていた場合、今頃は年上の保護者から”先生”と呼ばれていたのかもしれない。とはいえ、それは子どもに対する”先生”であって、大人に対する”先生”ではない。
なんだかモヤモヤするが、僕が悩んでいるうちに嫁さんの方が謝罪した。
「レイプシードさん、私もごめんなさい。最初はてっきり”越後屋”さんだと思ってたの」
「えち……?何のことでしょうか?」
キョトンとするレイプシードさんに慌てて僕は弁明した。
「あ、ああ、いやこちらの話です。ともかく、今後の話をしましょう」
結局、先生扱いされることはウヤムヤになったまま、実際問題の話に入ることにした。
屋敷の中に通され、広い部屋で晩餐会となった。
部屋は、とても明るかった。照明宝珠を使用しているのだ。
「実は、当家も御商会の宝珠を使っております。この便利さを知ってしまいましたら、あなた方と争う気持ちなど起きようはずがありません。素晴らしい宝珠です」
気さくに笑いながら、レイプシードさんは語った。以前に訪問した時は昼間だったため、照明宝珠の存在に僕たちも気づかなかったのだ。
「そうだったんですね。顧客リストで名前を見た記憶が無かったので、僕も知りませんでした。すみません」
「いえ!名前が無いのは当たり前です。実は従業員の手前、堂々と宝珠を注文する勇気が持てず、親戚に頼んで購入してもらったのです。それをプレゼントされた形にしました。お恥ずかしい限りです」
「あはははは。経営者も大変ですね」
「いや、まったく!」
こうして互いに打ち解けることができ、食事をいただきながら、具体的な商売の相談を受けた。
ロウソクとランプに使う灯油の売れ行きが芳しくなく、今も東奔西走を続けているが、好転する気配は全く無い。それというのも、貴族や有力商人が、照明宝珠を使うようになったからである。大口顧客を失った『キャンドル商会』は、売り上げが半分以下となり、火の車だった。
「既に八方手を尽くしましたが、このザマです。このままでは、従業員の大半を解雇せざるを得ません。いったいどうしたら、よろしいでしょうか……」
苦悩を語るレイプシードさんに胸が痛む。
その原因を作ったのが、他ならぬ僕なのだから。
そして、この件については、以前から僕自身も思索を重ねていた。
要は、これまで夜の必需品だったロウソクや灯油に、生活上の必要性が無くなってしまったのだ。
この場合、向かうべき道筋は、大きく分けて2通りある。
一つは、今までの商売は古きものとして捨て、新しい事業を始めること。しかし、需要がゼロになったわけでもないのに、この道を選択することはありえないだろう。
もう一つは、古くなったものに新しい価値を見出し、新しい利用目的を持って販売することだ。そして、これについては、ロウソクが生活必需品でない現代社会に生きる僕たち夫婦が、既に事例を知っているはずである。
僕は、ここまで考えた内容を、順を追ってレイプシードさんに説明した。
「なるほど……実にそのとおりだと思います。しかし、具体的にロウソクの新しい価値と言われましても、私には、全く見当もつきません。レン先生には、何かお考えはあるのでしょうか?」
彼にそう聞かれ、僕は少し困惑した。
というのは、僕の中でロウソクの他の使い道というと、お葬式や法事くらいしか、思い当らなかったのだ。だが、それは日本の文化であって、こちらでは法事にロウソクが使われるかどうかは不明であるし、なんだか、気を悪くされそうな気もする。
または番外編として思い浮かんだのが、SM女王様だったのだが、これは僕の妄想に留めておかねばなるまい。
「そうですね……うーーん……」
結局、今日までの間に何も思い浮かばなかった僕は、腕を組んで考え込んだ。あとは、お互いアイデアを閃くまで、次回に持ち越しするしかないのかもしれない。
ところが、ここまで黙って聞いていた嫁さんが、急に話に参加した。
「だったらさ、あれなんか、どう?」
「え?」
僕は、心配して嫁さんを見た。
まさか、僕と同じ発想だったりしないだろうな。最近、すごく息の合う瞬間がある。こんな時にまで一緒だったら、とんでもない発言をしてしまうぞ。頼むからSMだけは絶対にやめてくれよ。
と、胸騒ぎがする僕だったが、それは杞憂に終わった。
「ほら、あれ、アロマテラピー!」
僕にはあまり馴染みのない言葉だったので、理解するのに一瞬、時間を要した。そして、それが何だったのかを思い出したところで、歓喜の声を上げた。
「あぁ!!なるほど!!!」
「アロマ……なんでしょうか?それは?」
単語の意味もわからないレイプシードさんに、僕はテンション高く説明した。
「植物から抽出した香りの成分で精神的にリラックス効果を得るというものです。僕たちのいた国では、油やロウソクに香りの成分を入れて、火を灯すと、いい香りが出るんです。僕はやったことがないんですが、女性にはとても人気でした」
「な、なるほど……」
イマイチ理解のおぼつかないレイプシードさんだったが、横にいるパームさんは表情を明るくした。
「そ、それは!大変、興味深いお話ですわね!」
「でしょうぉ?」
話に食いついたパームさんに、嫁さんが誇らしげに受け答えた。
僕は、レイプシードさんにさらに説明した。
「実物を見なければ、評価は難しいかもしれませんね。でも、これは必ずウケますよ。なんせ、僕たちの国で前例があるんですから。何かとストレスのある社交界に生きるご婦人からは、絶大な支持を得られるはずです。つまり、生活必需品だったロウソクを貴族の嗜好品に変えるのです!必ず売れるようになります!」
熱心に語る僕に圧倒され、レイプシードさんもこの案を呑んだ。そして、香水を製造している商会に話を持ちかけ、試してみることになった。
翌日、レイプシードさんとパームさんの二人を連れ、僕たち夫婦は、その商会に挨拶した。
そこで香り成分のいくつかを分けてもらい、早速、『キャンドル商会』の工場で職人に頼み、香り付きのロウソクを作ってもらった。出来立てのロウソクに火を灯すと、薄っすらと香りが立った。
「なるほど……これが、そうですか……」
レイプシードさんもパームさんも微妙な表情になった。
「香り成分が足りなかったんですね。いきなり成功するはずはありません。何事も実験しかないですから、いろいろ試してみましょう」
僕はそう言って、香り成分の割合に差をつけながら、数パターンのロウソクを作ってもらった。また、アロマキャンドルは、通常のロウソクよりも太めのものが多かったことを思い出し、形も工夫してみた。
その結果、なんともいえない安らぐ香りを放つロウソクが完成した。
「なるほど!!これが、アロマテラピーですか!!!これなら絶対、貴族が喜びますな!!」
納得したレイプシードさんも興奮した声で叫ぶように言った。そして、今後は香水とロウソクの互いの職人に連携してもらい、研究を続けさせることになった。
話がまとまると、レイプシードさんは嘆息した。
「どれほど失敗を重ねようとも、完成するまで決して諦めない……これが、レン先生の商売の極意なのですね。大変、勉強になりました」
「あ、あぁ、いえ……それほどでも……」
こちらとしては、既に成功事例があることを知っているのだ。諦めないのは当然である。言わば、商品開発におけるチートなのだが、過分な評価をもらうことになってしまった。
「蓮くん、蓮くん、これは私が出したアイデアなんだからね!」
横からは嫁さんが得意気にアピールしてくる。まさしく今回は彼女のアイデア賞だ。僕などは卑猥な妄想をしただけだった。微笑した僕は、嫁さんの頭を撫でてあげた。
「はいはい。全部、百合ちゃんのお陰だね」
「えへへへ……蓮くんが褒めてくれたぁ」
ちょうどこの時、僕の宝珠システムに着信が来た。
使いを頼んでいたエルムからである。
『旦那!ガヤ村のバーリー支部長と話をつけやした!今から、支部長に替わりやす!』
通話の相手がバーリーさんに替わった。
『お、お、おお?あんちゃんなのか?』
不思議そうに通話を始めるバーリーさんが面白いが、こちらにも急ぎの用件があるので、僕はそれを優先させた。
「バーリーさん、お久しぶりです。突然のお話しですみませんが、ウチのエルムから聞いた件、大丈夫でしょうか?」
『おお!あんちゃん!ブランク宝珠の生産に人を寄越してくれる件な!こっちとしても大歓迎だぜ!これで村がさらに大きくなっちまうな!ガハハハハッ!!』
世に流通しているブランク宝珠は、ほとんどがガヤ村の原産である。原材料となる『魔結晶』と呼ばれる鉱石が聖峰『グリドラクータ』周辺で豊富に採掘できるのだ。
ところが、それに当たれる人材が不足していた。ガヤ村の人口は、およそ500人。しかも平和な村であるため、子どもの割合も多い。小さな集落の働き手だけでは、生産量を増やしてもらうのに限界があった。
そこで、ブランク宝珠生産のための人材を移住させる計画を考えたのだ。
では、その人材は、どこから募るのか。
それには、僕たちの水道宝珠が流通したことにより、職を失ったという元奴隷の人々を考えていた。
というより、この街で失敗し、路頭に迷っている人々は数知れない。”社会保障”という概念の無いこの世界では、勝ち負けの激しい商業都市において、そうした人々が完全に置き去りにされていた。
つまり、彼らの中から、まだ真面目に働く意思を持っている人を探せば、人材はいくらでも転がっているのだ。
職を求める人を移住させるため、土地と資材をガヤ村に準備してもらい、宝珠生産に受け入れてもらう。そのための資金は、全てプラチナ商会が提供する代わり、宝珠の流通は当商会を最優先にさせる。
ガヤ村が発展を望む限り、”Win-Win”の関係を築くことができるのだ。
ただ、これはいわゆる独占状態を作ることになり、まともな資本主義社会では独禁法に抵触する恐れがある。しかし、そもそも身分社会が平然と存在するこの世界では、独占状態など当たり前の現象なのだ。プラチナ商会に利益が集中することになっても誰一人、文句は言わないのである。
「では、こちらもすぐに準備に取り掛かります。その通信宝珠は、バーリーさんに預けますね。これから、連絡を密にしていきましょう」
話がすぐにまとまると、再びエルムが通話に入ってきた。
『ところで、旦那!ロウソクの方は、どうなりやしたか?』
「ああ、成功したよ」
僕が、こちらでの経過を簡単に伝えると、エルムがさらにアイデアを出した。
『でしたら、中立地帯にも、いい香りの花がたくさんありやすよ。食材にならないんで、今までずっと無視してきたんですが、帰りに採ってきやしょうか?』
「なるほど。それはいい。中立地帯は、虫ですら綺麗な品種がいた。花も貴重なものがありそうだな」
『では、採って帰りやす!お待ちを!』
通話を終えると、隣で口をポッカリ開けて聞いていたレイプシードさんが、愕然として声を震わせた。
「な……なんですか……この商売のスピードは……」
「あはははは。僕には、これが普通なんですけどね」
さらに翌日、エルムたちが採取してきた花を使用し、アロマキャンドルを作成すると、得も言われぬ芳香を放つようになった。嫁さんとパームさんが大喜びしている。これは、最高級の逸品だ。
結局のところ、『キャンドル商会』への無償コンサルタントは、僕たちとの業務提携も成立させる結果となった。
『キャンドル商会』は、通常の花による廉価なアロマキャンドルとアロマオイル、さらに中立地帯の素材を活かした最高級品の両面で商品を展開する方針に決まった。
宣伝方法は単純である。
”閃光御前”こと、ウチの嫁さんが、お呼ばれした先で披露するだけだ。
新鮮な嗜好品でありながら、誰にも馴染み深いロウソクや灯油ということもあり、受け入れられるのは早かった。
口コミは、あっという間に広がり、『キャンドル商会』には注文が殺到した。アロマテラピーは、ベナレスの社交界における新しい流行になったのである。
そして、宝珠生産のために雇用を拡大する方策も進んだ。
裏通りに詳しいポロウニアやスタンプたちを通じて、職の無い人々に声を掛けてもらったところ、希望者が殺到した。
人数が多いため、面接はエルムたち男衆に一任した。彼ら自身の生い立ちのせいか、素行の悪い人間に対して鼻が利くのだ。
ところで、7人の男衆のうち、これまで大将のエルム、会計係のオリーブ、狩りの名手ウィロウの名を挙げてきたが、ここで残りのメンバーも紹介させていただこう。
チース、イベリス、バーチ、グレイプである。
初めて会った時は盗賊だった彼らだが、今ではプラチナ商会の一員として、誇りを持って立派に仕事をする好漢となっていた。
ただし、羽振りが良くなったためか、最近では若干、調子に乗っている面も見られた。
そこで事業を拡大するに伴い、彼らにも役割を分担させ、責任を与えることにした。新たな従業員を雇い、その面倒を見てもらうことにしたのだ。
ウィロウ、チース、イベリスには、今までどおり素材採取と運搬を任せ、責任者として従業員に指示を与えさせる。
バーチとグレイプは、のどかなガヤ村を好む性格をしていたので、移住者の面倒を見てもらい、一緒に宝珠生産に携わってもらうことにした。やがてこの二人は、ガヤ村で良き人を見つけ、家族を作って居を構えることになっていく。
オリーブは、計算能力が高いため、引き続き会計課長として重宝され、エルムは、僕の名代としてガヤ村との交渉を担当する営業課長のような存在となった。
そうして、僕の造った木造自動車による移住者の移動が開始される頃、最後の事件が起こった。
プラチナ商会の店舗から、僕が魔法コピー用に置いておいた宝珠システムが盗まれてしまったのである。
といっても、今の僕にとっては、もはや小さな出来事だ。犯人の目星も付いている。監視カメラを確認すると、案の定、元修道院長ロークワットだった。僕や嫁さんがいない時を見計らい、営業中の店舗に客を装って入店し、カメリアとポロウニアが接客している隙を突いて盗んだのだ。
「蓮くん、どうしよ?あれが盗まれたら、仕事ができないんじゃない?それに蓮くんの技術が奪われたら、大変なことになるんじゃ?」
心配する嫁さんだったが、僕は余裕の表情で答えた。
「何も心配する必要はないよ。こんなこともあろうかと、全てのシステムは常にバックアップを取っている。それに、僕のシステムは英語と日本語で記述されているし、中身はデジタルだから、この世界にそれを解析できる存在は皆無だ。仮に文章を解読できても、パスワードを入力しなければ起動できない。あれを使える人間がいたら、お目にかかりたいくらいさ」
「そっか。それもそうだねぇーー」
「どうせ今頃、わけのわからない宝珠を盗んでしまったことに気づいて、途方に暮れてるはずさ。盗みを働くなんて、聖職者も落ちぶれたもんだ。あんなヤツにもう未来は無いだろう」
僕が想像していたとおり、その頃、宝珠を盗んだロークワットはラージャグリハ王国へ逃亡する最中であり、宝珠の中身が意味不明なものだったことに愕然としているところだった。
彼は、生まれて初めて盗みを行ってしまった罪悪感も重なり、一人で街道を走って来たのだ。
「な……なんなのだ、これは……あの男が使っている宝珠を持ち帰れば、神殿のヤツらも私を認めざるを得ないと考え、決死の覚悟でやったというのに、意味のわからないラクガキのようなものが羅列されているだけではないか。罪を犯してしまった以上、もうベナレスに戻ることもできん……私は、どうすれば……」
茫然とするロークワットだったが、暗い夜道を歩く彼に、僕の想像しなかった不幸がさらに降りかかった。
「ホウホウホウ。あなた、珍しい宝珠を持っていますね?」
声のする方角を見てロークワットは恐怖で固まった。
フクロウの魔族、ストリクスが上空に浮かんでいたのだ。
「ひっ……」
「ちょっとした散歩のつもりだったのですが、良い物に出会えました。あなたが持っているその宝珠。不思議な波動を感じます。ただの精霊魔法ではありませんね」
「ぎ、ぎぃやぁーーー!!!」
悲鳴を上げて逃げ出すロークワットに対し、無数の羽根を飛ばす魔法で惨殺するストリクス。
「がっ……はっ!!!」
無言でロークワットを殺したストリクスは、死体から宝珠を回収すると、満足そうに帰って行った。
彼が不幸にも非業の死を遂げたことは、まだ僕たちの知るところではなかったが、店舗で盗難にあったということは一つの課題も浮かび上がらせた。
「とはいっても、僕の宝珠システムを狙う不届き者が今後も現れるかもしれない。販売店舗と工房は、分けた方がいいかもね」
僕がそう語っているところに、修道院から連絡が来た。あのサルビアさんが、是非とも僕たちに見せたいものがあるというのだ。
その使いを果たしてくれたのは、無事にウチでの仕事を再開できるようになったスタンプたちである。彼らは修道院でしっかりとした食事をさせてもらえるようになったが、仕事も続けていきたいと自ら申し出てくれたのだ。
カメリアに店番を任せ、僕は嫁さんとシャクヤ、それにポロウニアを連れて、修道院に向かった。
「シロガネ先生、その節は、大変にお世話になりました。何度、お礼を申し上げても足りる気が致しません」
サルビアさんは、僕たちを丁重に出迎えてくれた。
「いやいや、サルビアさんまで、僕を”先生”扱いしないでくださいよ」
「わたくしに本当の道を示してくださり、子ども達に仕事まで与えてくださる、あなた様は、わたくしの”先生”でございます。本日は、その先生に、どうしても見ていただきたい家があるのです」
「え……家ですか?」
意外な話で驚いた。
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