第119話 修道院の子ども達

僕と嫁さんは、修道院を訪問した翌日、朝早くから、再び同所に立ち寄ることにした。ただし、今度は挨拶するのではなく、気配を消した嫁さんに、こっそり侵入してもらった。


スタンプたち子どもの存在すら否定するサルビアという修道女に対抗するため、こちらも多少の強硬手段はやむを得ないという結論になったのである。


修道院内の一角。

古びた建物の中にスタンプたちは住んでいた。


気配でそれを探知した嫁さんは、そこに不法侵入し、他の大人が誰もいないことを見計らって、気配を戻した。


「スタンプ、元気にしてた?」


「「えっ!ユリカ!?」」


嫁さんの姿に気づいたスタンプたちは、一様に驚き、一斉に集まった。


「ユリカぁ、どうやって入ったの?」


子どもの一人、ダリアが尋ねた。


「私には秘密の技があってね、いつでも入れるんだよ」


「でも、シスターに見つかったら、怒られちゃうよ?」


「うん。その前に帰るね。で、みんなは仕事に来なかったけど、シスターさんに止められてたの?」


嫁さんの質問には、スタンプが代表して答えた。


「おれたちが、ここをこっそり抜け出して仕事してたのがバレたんだ。そしたら、あっちこっちの鍵を完全に閉められちまって、出してもらえなくなっちまった」


「え?こっそり抜け出して?今まで、仕事してることは話してなかったの?」


「うん。本当はおれたち、勝手に外出しちゃいけないんだ」


「そうだったんだ」


「でもさぁ……今までなら、ちょっと見つかっても大目に見てくれてたんだけどなぁ……」


不満そうな顔で呟くスタンプだが、嫁さんは、周囲にさらに多くの子どもがいることを気にかけた。


「お友達、こんなにいっぱいいたんだね」


殺風景な広い部屋に大勢の子ども。この修道院が預かっていた孤児は100名近くいたのだ。その人数を今さらながらに知り、愕然とする嫁さん。


「こんなにたくさんの子たちを養うなんて、普通は無理よね……」


大勢の子ども達は、見慣れぬ女性が自然と入ってきたことに驚きながらも、好奇心旺盛な目でジッと嫁さんを見つめていた。


「あいつらは、まだ小っちゃいから、一緒に外には連れ出さなかったんだ。あと、おれたちと同じくらいでも、外に出るのを怖がって出ないヤツもいる」


「みんな痩せてるね……」


「メシが少ないんだよ。”神のご加護”がちょっとしか無いんだってさ」


「そっか…………」


想像以上のひどい有様を目の当たりにし、言葉にならない嫁さんだったが、今の自分は情報収集が目的であることを思い出し、再びスタンプに尋ねた。


「このことは蓮くんに相談するね。ところで、昨日、『サルビア』さんっていうシスターとお話ししたんだけど、スタンプたちのことを何度聞いても、そんな子はいない、って言われたんだ。どういうことか、わかる?」


「「え?」」


これには、子ども達全員が首を傾げた。不思議そうにお互いに顔を見合っているだけで返答がない。嫁さんは質問を変えた。


「サルビアさんって、どんな人?」


「いい人だよ。おれたちのことを大事にしてくれてる。この子どもの家だって、他のシスターと一緒に毎日掃除してくれてるんだぜ」


「サルビア、だいすきだよ!」


横から叫ぶように言うのは最も年下のメイプルだ。


「そうなんだ……あっ!そのサルビアさんが来たみたい!私は一度帰るね!私がここに来たことは絶対内緒よ!いい?」


「「わかった」」


年配の修道女、サルビアの接近に気づいた嫁さんは、その場を離れ、再び気配を消して修道院から抜け出した。そして、僕のところに合流し、以上の情報を伝えてくれたのだ。


「そんなに子どもがいたとはね……」


僕は、その点に最もため息をついた。


「せっかく本人たちが仕事をする気でいるのに、やらせないのも、ひどいよね」


嫁さんが口を尖らせて言う。

僕は、頭を掻きながら答えた。


「とはいえ、彼らの保護者は、この修道院の人たちだ。他所様の教育方針に口出しはできない。彼らを仕事で使うのは諦めるしかないかもね」


「でも蓮くん、あの子たち、お腹を空かせてたよ。”神のご加護”がちょっとしか無いんだって」


「寄付のことだろうな。……しょうがない。僕たちが親代わりになったつもりで、少し進呈しようか」


「そだね!ウチ、いっぱいお金余ってるんだから、こういうことに使おうよ!」


僕と嫁さんは再度、修道院を堂々と訪問した。連日の訪れに、当初、サルビアは怪しむような目つきをしていたが、僕たちが寄付を申し出ると表情が一変した。僕は、金貨100枚を彼女に渡した。


「こ!これほどの大金を!よろしいのでございましょうか!?」


「こちらが身寄りのない子どもを大勢、養われていることは知っています。何か事情や困り事もあることでしょう。昨日、お伺いした内容は、私たちも忘れることにしますので、どうかお受け取りください。これは、子ども達のための寄付です」


「大変にありがとうございます。当院の院長もきっと喜ばれることでしょう。プラチナ商会様に、神と精霊のご加護があられますことを」


と言って、この世界の祈りの仕草をするサルビア。挨拶を済ませて席を立つと、彼女は感激した様子で僕たちが門を出るまで見送ってくれた。


「なんか、めちゃくちゃ感激してくれたね」


嫁さんも顔が綻んでいる。


「心の底から感謝してくれてるのが、僕にも伝わってきたよ。これでスタンプたちの暮らしが良くなるなら、僕たちがこの世界にいる間は、ずっと気にかけてあげよう」


「うん!」


心も軽くなって帰宅する僕たち夫婦だった。



ところが、翌日になり、再び様子を見に行った嫁さんが、落胆した表情で帰って来た。


「蓮くん……スタンプたち、全然、ご飯食べてないって」


「えっ!!」


僕は反射的に立ち上がった。


あれだけの金額を寄付したのだ。台所事情が変われば、直ちに子どもの待遇は良くなるはずである。サルビアという修道女も、それを心から望んでいるようにも見えた。


いったい何があったというのだろうか。

言い知れぬ怒りを含んで、僕は嫁さんに告げた。


「百合ちゃん……!あの修道院、徹底的に調べよう!!」


僕は、この世界の宗教事情も含めて考える必要があると考え、まずシャクヤに相談した。


「この街は、商業で成功を収めた方々が多数いらっしゃいます。王都ほどではないでしょうが、信仰心の厚い方も大勢いらっしゃいますので、多額の寄付が、それなりにされていると思います。教会への寄付が、修道院にも回ると考えられますので、お子様が100名いらしても、そこまで困窮することはないかと思いますわ」


意外な回答に、僕たちは愕然とした。さらにハンターギルド本部のウォールナットさん、商業組合のゼルコバさんにも相談した。


ウォールナットさんからは、次の情報を得られた。


「確かにウチだって、教会に寄付してるぜ。なんせ、毎月、必ず殉職者が出る、難儀な商売だからな!……うーーん、そういえば、修道院の院長をよく酒場で見かけるんだよなぁ。俺も気にはなってたんだ」


さらにゼルコバさんからは、具体的な問題点が挙げられた。


「最近の修道院は、いい噂を聞きませぬな。寄付は十分、受けているはずですのに、建物の修繕もロクにされていません。訪れる人々が、不審がっています。それに、3年前に新しい院長が就任して以来、不思議と街では、盗みの被害が増えました。治安も悪化してします。世間の人々は、それを魔王のせいにしていますが、私はそれだけとも思えないのです」


これらの情報を組み合わせると、一つの事実が浮かんできた。


「修道院の院長『ロークワット』が寄付金を横領し、私腹を肥やしている。おそらく間違いないだろう」


僕がこの結論を下すと、嫁さんが声を荒げた。


「何それ!ひどい!!」


「そいつが修道院に金を回さないもんだから、子ども達が飢え、飢えた子どもが、街に無断外出して盗みを働いた。盗みが増えれば被害者も貧しくなるし、精神的にも苛立ちが募る。街全体の治安が悪化するのも当然だ」


「ひどすぎるよ!!何て言うんだっけ、そういうの!!悪代官!!」


「もしかして、”悪循環”って言いたいのかな?」


「そう!それ!!」


「だが、言い得て妙だな。街の悪循環を作り上げる悪代官。あそこの院長は、まさにそれだ」


「蓮くん!一緒に乗り込むよ!」


憤慨する嫁さんとともに僕は修道院に向かった。

修道女の長を務めるサルビアに会い、さらに修道院長との面会を求めた。


「申し訳ありません。院長の『ロークワット』は、多忙な身でございますので、直接、面会されるのは、1ヶ月は待っていただかなければなりません」


あまりにひどい回答に唖然とした。こちらは多額の寄付をした人間だ。言い方は悪いが、大口顧客と言ってもいい。それでも、ここまで適当にあしらうのだろうか。だいたい、会うのに1ヶ月待ちとは、どこの大企業の社長だ。


「失礼ですが、院長殿は、どのようにご多忙なのでしょうか」


僕が尋ねると、サルビアは真顔で答えた。


「わたくしも詳しくは存じ上げないのですが、貴族の方々への布教と、今後の修道院のための大事な会談が、いくつも予定されているそうなのでございます」


「つまり、サルビアさんは、院長殿が実際に何をされているのか、知らないと?」


突っ込んだ質問を僕が投げると、サルビアは困惑した様子を見せた。


「え……ええ。そう言われれば、そうなりますね」


「サルビアさん、僕は、あなたが子どもを大事にする素晴らしい人だと思って、あえて正面からお聞きします。一昨日、僕たちが寄付したお金は、どうして子ども達のために使われないのでしょうか?」


「それは、院長に全てお任せしてあります」


「でも、実際に子ども達には使われていませんよね?」


「院長は、”私に全て任せておきなさい”とおっしゃられました」


「その言葉を信じて、今までも、何一つしてもらえなかったんじゃないですか?」


「そ!……それは…………」


サルビアは、言葉を詰まらせた。

図星のようである。


この女性は、心優しい人物なのかもしれないが、目の前の問題に対し、行動を起こす人間ではないようだ。いや、そこまで言うと、少し可哀想かもしれない。少なくとも彼女は、修道院の院長という宗教的権威に対し、おかしいことをおかしいと思い、訴えられる人ではなかったのだ。


「サルビアさん、すみませんが、こちらの院長殿について、いろいろ調べさせていただきました。日中は、貴族のお屋敷でカードゲームに興じ、夜は、街の高級酒場で信者の商人と酒を酌み交わしています。それが、あなたの言う、多忙な日々なのでしょうか?」


「ま!まさか、そのようなことは!!」


僕からの申告を聞いたサルビアは立ち上がって驚き、否定した。

どうやら初耳のようだ。

この女性は、今まで院長の行動を怪しむことすら、なかったように見える。

彼女は、声を震わせ、続けて主張した。


「……当修道院は、神聖な修行の場でございます。その院長たるお方が、そのような遊興快楽にふけるはずがございません」


「しかし、事実なのです」


「も、申し訳ありませんが、本日はお引き取りください。これ以上は、わたくし、冷静なお話ができそうにありません」


「……わかりました。では、明日、証拠をお持ちしましょう。そうしたら、信じていただけますか?」


「そのようなこと、わたくしには、信じられません」


頑なに拒絶するサルビアに、僕は少し苛立ちを覚え、つい興奮気味に言った。


「こっちだって、これ以上、待てないんだ!スタンプたちは、今日も飢えて、苦しんでるんだぞ!あなたは、それをなんとも思わないのか!」


ビクッとしたサルビアは、脅えるように俯いた。


もしかすると、この時、彼女は、僕から指摘されて子ども達の顔を思い浮かべたのかもしれない。やがて、無言のまま拳をギュッと握りしめ、何かを決意しはじめたような顔つきに変わった。


それを見た嫁さんは、素早く彼女の手を取った。


「サルビアさん、夜に外出することはできるの?もしできるなら私たちと一緒に確かめに行かない?」


「え……ご一緒に……ですか?」


「うん。あなただけじゃ、きっと行きづらい場所になるから」


嫁さんから優しく声を掛けられたサルビアは、勇気を振り絞るように言った。


「わかりました。外出許可を取り、ご一緒させていただきます。ただし、門限は夜10時となりますが」


「じゃ、決まりね」


僕たち夫婦は、夜になるのを待ち、サルビアを伴って繁華街に出かけた。


大商会となった僕たちの情報網に、嫁さんの耳を組み合わせれば、修道院長『ロークワット』の行き先を掴むことは容易だった。


場所は、僕たちが希少食材を卸している高級食堂『アプリコット亭』であった。


最高の食材による料理で、今や自他ともに認める三ツ星レストランとなり、”この店に来るために旅行する”と称される程の人気店となっていた。


しかしながら、この店のオーナーは僕に頭が上がらない。当然である。食材を卸すか卸さぬかは、僕の一存で決まってしまうのだから。


「こ!これはシロガネご夫妻様!本日はどのようなご用件で?」


取り次ぎに頼み、オーナーを呼ぶと、彼は慌てて出てきた。

僕は悠然と答える。


「突然の来店ですみません。実は今日、どうしても商談をしたい相手がこちらに伺っていらっしゃるようなんです。予約は入れていませんが、一席いただいてもよろしいでしょうか?」


「シロガネご夫妻様でしたら、いつでも専用席をご用意しております!すぐに準備致しますので、お待ちいただけますでしょうか!」


「あぁ、それでしたら……」


と言って、僕はオーナーを片隅に連れて行き、小声で会話した。


「実は、修道院の院長『ロークワット』殿がお越しになっていると聞いたのです。どちらにいらっしゃいますか?」


「なるほど。そういうことですか。ロークワット様は、当店の常連様でございます。本日もいらしてますよ。あちらの奥の席をいつもご利用されております。本日は、別の商会の方も伴われておりますが」


「そうですか。では、その隣のテーブルが空いていたら、使わせてください」


「ちょうど空いております」


広々とした店内には、家具の配置によって、個室のように隔てられた空間がいくつかあった。VIP席とも言えるテーブルだ。院長は、その一つを利用していた。


そのため、僕たちも隣のテーブルに席を取ってもらった。こうした融通が利くため、院長がこの店に来る日を最大の好機とし、サルビアを呼んだのだ。


個室と言っても、壁で隔てられているわけではないので、立って近づけば、相手の顔を目視することが可能だ。そこには、僕たちにとっては初対面だが、サルビアにとってはよく見知った顔である修道院長『ロークワット』の姿があった。


生まれて初めて高級食堂を訪れたサルビアは、終始、オドオドしていたが、彼の顔を確認した瞬間、雷に打たれたように硬直した。


今すぐ院長に気づかれては話を盗み聞きすることもできないので、僕はサルビアの手を取り、そっと席に座らせた。


「あ、あの、わたくし……」


愕然とするサルビアに僕は優しく言った。


「これで、わかっていただけましたよね?あとは、折を見て、一緒に彼に話を持ち掛けましょう。あなたから直接、糾弾していただくのが、一番効果が大きいと思いますから」


すると、僕の正面に座った嫁さんが妙なテンションになり、小声で叫んできた。


「蓮くん、蓮くん!見てあれ!院長さんと一緒にいる人!!あれ、確か『キャンドル商会』の人だよ!」


「え?」


彼女に指摘され、僕は中腰になって、もう一度チラ見した。


確かにそうである。先日、自宅を訪問したが、会えなかった『キャンドル商会』の代表。僕がゼルコバさんの屋敷でプレゼンテーションした際、厳しい語調で威嚇するように質問してきた商人。『レイプシード』だった。


「やっばぁぁぁっ!!これってアレかな!”悪代官”を追ってきたら、”越後屋”も一緒だったってことかな!!」


「いったい、どこの時代劇だよ……」


バカみたいにテンションが高くなる嫁さんにツッコミを入れつつ、僕は嫌な予感がした。

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