第111話 夜明けの誓い

感情が高ぶり過ぎ、力が暴走した嫁さんを止めるため、僕は嫁さんの力を失わせる決断を下した。


”男女の交わり”を行うと、勇者はその力を失う。

勇者召喚の、このルールに賭け、僕は、嫁さんにキスをした。


もしも、これでダメだった場合、このまま嫁さんを押し倒して、行くところまで行ってもいい。


そこまで覚悟を決めたところで、これまで指一本動かさないようにしていた嫁さんが、ゆっくりと動きはじめた。


やがて、僕の背中に両腕を回し、キスをしながら抱き合うことになった。その手は、いつものように優しい。周囲の岩山の振動も既に止まっている。


これは、勇者の力を失って、人並みに戻った、ということなのだろうか。もしくは、落ちつきを取り戻して、力を制御できるようになったのだろうか。


いずれにしても、危機は去ったらしい。

僕は、心底ホッとした。


そう安心したのも束の間。

嫁さんの力が急に強くなった。


「んんんっ……!!」


驚いた僕は、何が起こったのかを確認するため、唇を離そうとした。ところが、嫁さんの力によって、ガッチリとホールドされた背中と頭は、彼女から離れることを許されなかった。僕が唇を離そうとすると、嫁さんの唇が追いかけてくる。


ガチである。嫁さんはガチのキスをしにきている。

ちょっとだけのつもりだったのが、濃密なものになってしまった。


「んむふぉぁっ!!んんむぁんんふぁっっ……!!(コラコラ!いい加減にしなさい!!)」


「んんむん!んんむん!んむぅんーーーーんんっ!(蓮くん!蓮くん!蓮きゅーーーんっ!!)」


この非常時に、今度は嫁さんが別の意味で暴走を始めた。


一旦、終わらせたいので、彼女の背中を叩くのだが、僕の意向など全く無視して、唇を重ねてくる。


しかも、あろうことか、向こうの方から舌を絡ませてきた。嬉しいことだが、今はそんな時ではない。興奮しそうになる自分を抑え、心を鬼にして、僕は嫁さんを無理やり離そうとする。しかし、全く力が敵わない。


万事休すかと思われたが、ここで思わぬ助け舟が入った。


プルルルルルル♪プルルルルルル♪


宝珠システムの着信音が鳴り響いた。

それを聞いて、現実に引き戻された嫁さんは、やっと僕から唇を離した。


「……んもう……いいところで……」


口を尖らせて着信音に文句を言う嫁さん。

まるで危機感の無いその言い方に若干カチンと来る。

僕は思わず叱りつけた。


「コラッ!調子に乗るんじゃない!!僕が今、どんだけ決意を込めてキスしたか、わかってんのか!」


「だ!だって……ものすごい久しぶりだったし……私、頭の中グチャグチャだったし……そこにあんなドラマみたいなチューされたら、興奮するに決まってるでしょ!」


「さっきまで世界を崩壊させそうだった人間が言うセリフじゃないわ!!」


「……わかってるよぉ。それより、ほら、電話出てあげなよ。ローズさんでしょ?」


「まったく……」


呆れながら通話を開始すると、いきなりローズの叫び声が轟いた。


『レン!!無事か!?』


「あ……あぁ……どうしたんだ?ローズ?」


『どうしたんだ、じゃないだろっ!!!何だったんだ!今のとんでもなく恐ろしい気配は!!遠くからでもビンビン感じたぞ!!あれが魔王なのか!?まるで世界そのものが壊されるんじゃないかと思ったぞ!!』


「え……えーーと……それはだな…………」


ローズの慌てぶりに僕は返答に窮し、嫁さんの顔を見た。嫁さんは申し訳なさそうに視線を逸らす。僕は、ローズにとりあえずの回答をした。


「と……とにかくこっちは大丈夫なんだ。来てくれたら、話すよ。長い話になりそうだから」


『そうか……いや、何事も無かったのなら、いいんだ。あと少しで着くから待っててくれ』


「ああ。気をつけて来てくれ」


通話を終了すると、嫁さんが恥ずかしそうに僕に謝った。


「ごめん……なさい」


「魔王だってさ」


「うぅぅ……」


「で?その魔王のごとき力は、どうなったんだ?どうやら、君のバカぢからは、未だに健在みたいだけど?」


「うん。なんかね、蓮くんにチューされたら、すっごく落ち着いて、また力を制御できるようになったよ!」


頬をピンク色に染め、肌をツヤツヤさせて報告する嫁さん。その表情を見ていると、呆れるような、嬉しいような、複雑な気持ちになる。


「はぁ……そっか…………何はともあれ、一番いい結果になった。今回は運が良かった」


「やっぱり最初から思ってたんだけど、チューしたくらいじゃ、”男女の交わり”には、ならないんだねっ」


「いいか百合ちゃん!僕は今、君の力が暴走するくらいなら、失わせた方がいいと思ったんだ。キスでダメなら、この場で君を脱がせて、最後までやるつもりだった」


僕の決意を聞くと、嫁さんは顔を赤くし、もじもじした。


「えっ……!で、でも、さすがにこんなゴツゴツした岩場で屋外プレイは、私、ヤだなぁ……魔族の城で、旦那に無理やり犯されるって、どんなエロゲーなの」


「そうならなくてよかったと、心から思ってるよ。僕がどんだけ悲壮感を持ってキスしたのか、理解してくれ!」


ここまで言うと、嫁さんは急に真剣な表情になった。


「わかってるって。牡丹ちゃんを置いて、私ばっかりこんなに幸せになるなんて、間違ってるもん」


「いや、そこまで言ってるわけじゃないんだけどさ……」


「さっきのは、間違いなく人生で最高のチューだったよ。でも、あれで最後にする!牡丹ちゃんを助けるまで、もう蓮くんとはチューしない!これ、私の決意!」


「そ……そうか……」


真面目な顔つきで、急にストイックに目覚めた嫁さんに僕は苦笑する。ところが、僕の顔を見た彼女は、甘えた声で言い直した。


「……あ、でも、蓮くんがどうしても、したいって言うなら……」


「コラ。決意したなら、ちゃんと完遂しなさい。僕も同じ想いだから」


「うん。わかった。じゃあ、夫婦の約束ね。牡丹ちゃんを救うまで、チューは封印!」


「ああ。そうしよう」


二人の新しい約束事が増えたところで、遠くから声がした。岩山の下からローズが呼んでいるのだ。


「おーーい!レン!!着いたぞ!!」


僕と嫁さんは一旦、下に降り、ローズを迎えに行った。予想外だったのは、クルマから降りてきたのがローズだけでなく、シャクヤも一緒だったことだ。


「申し訳ございません。心配のあまり、わたくしも、ついて来てしまいました」


「ちょうどよかったよ。ここで何があったのか説明もしたいし、シャクヤに相談したいこともあったんだ」


僕たちは、ローズとシャクヤに魔城の内部を案内しながら、ここで起こった種々の出来事を語った。


魔王が幼女だったこと。

この拠点が既に廃城であること。

怒りのあまり力を暴走させてしまったのは、嫁さんであること。


彼女たちにとっても、それぞれ驚愕の事実であったが、とりわけ、愕然とさせたのは、魔王が異世界から召喚された人物だったということである。これは、シャクヤも全く知らない未知の情報だった。


「ま……魔王が……レン様とお姉様と同じ世界から来ていた……そのような事実……わたくし、今まで聞いたこともございませんでした」


「シャクヤ。この世界には、『勇者召喚の儀』だけでなく、『魔王』を召喚する術式も存在することになる。何か知らないか?」


「いいえ。全く存じません。あまりに予想外のことでしたので、わたくし、ただ今、少々混乱しているくらいでございます」


「僕は、今まで『魔王』という存在がどんなものなのか、深く考えてこなかった。魔族の中から出現して、魔族を束ねる存在とだけ認識していた。でも、事実は違うみたいなんだ。人間が勇者を召喚するように、魔族も魔王を召喚していた、ということになる」


「もしかしたら、わたくしの祖父であれば、何か研究していたかもしれませんが……」


この情報に嫁さんが、ため息をついた。


「”大賢者”さん救出のために『魔王』を生け捕りにするつもりだったから、それだと、話が振り出しに戻っちゃうね……」


「うん。結局のところ、僕たちの今やるべきことは一つしか無い。もう一度、『魔王』と……栗森牡丹と会って、じっくり話をすることだ。そして、連れ帰る」


ここで、これまで無言で話を聞いていたローズが、頭を掻きながら口を開いた。


「……うーーん…………なんだか、あまりにも、ぶっとんだ話が多くて、あたしも混乱してるんだけどさ。レン。君は、その幼い『魔王』をどうしたいと思ってるんだ?話をすると言っても、相手は『魔王』なんだぞ?」


この質問に僕はキッパリと言い切った。


「僕は、いや、僕と百合ちゃんは、『魔王』デルフィニウムを救いたい。『栗森牡丹』を助けたいんだ」


すると、ローズは目を丸くし、絶句した。彼女は、僕と嫁さんの顔を交互に見つめ、しばらく考え込んだ末に、ようやく意見を述べた。


「君たちだからこそ、そんな途方もないことを考えつくんだろう。……正直に言おう。あたしは、反対だ。いくらなんでも、『魔王』を救うなんてこと、人間にできることではない」


そう語るローズの口調は重い。彼女の見解は、この世界に生きる人々の考えを代弁しているようなものだ。彼女はさらに続ける。


「たとえ、『魔王』という存在が、君たちのように異世界から来たのだとしても、これまで幾度となく世界の平和を脅かしてきたのは、他ならぬ『魔王』なんだ。現にその子は、魔族を従えて、人々が襲われることを容認している。『魔王』は、どこまでいっても『魔王』だ」


情に厚いローズが、ここまで言うのである。この世界の他の人に同じことを言えば、さらなる反発が来ることは必至だ。『栗森牡丹』の問題は、僕と嫁さんの二人だけで解決していかなければならない問題なのだ。


僕と嫁さんは、自然と目を合わせた。

お互いに同じことを考えているようで、二人は頷きあった。

嫁さんがローズに決意を語ろうとする。


「ローズさん、私たち……」


「――だが、しかし、」


ところが、ローズの話は、まだ続いていた。


「あたしは、君たち夫婦が異質な存在だということをよく知っている。正直、異世界から召喚されたという話をさっき聞かされて、驚いたような、納得するような、それでいて寂しいような、複雑な心境だった。だが、そんな二人を、あたしは信用している。君たちなら、『魔王』を救う、という”不可能”すら、”可能”としてしまうかもしれない」


「ローズ……」


「レン、ユリカ、君たちの考えに心から賛同することはできないが、あたしに可能なことなら、協力はさせてもらうよ」


「ありがとう。ローズさん!」


僕と嫁さんは、感激の笑みを浮かべた。そして、ローズの言葉に真剣に耳を傾けていたシャクヤも覚悟を決めた顔つきになった。


「わたくしもローズ様と同じでございます。実を申しますと、魔王を救う、ということには抵抗感もございます。しかしながら、お二人がそうする、と決められた以上、わたくしは、レン様とユリカお姉様を信じて、どこまでもお手伝い致します」


「シャクヤ……」


「シャクヤちゃんもありがとね!」


感動した嫁さんは、ローズとシャクヤの手を取り、目を潤ませている。


個人的に世界一かわいいと思っている嫁さんと、美人剣士に美少女賢者。横で見ている僕は、美しすぎるその光景に一人で目を奪われていた。しかし、嫁さんの顔を見ていると、また別の不安もよぎる。


「ちょっと、百合ちゃん、また泣くなよ?」


「もう大丈夫だよ。なんだか、イケそうな気がしてきた」


「あたしたちが応援するくらいで、元気になられても困るぞ、ユリカ。君がさっき暴走した強さは、いったい何なんだ。魔王どころの騒ぎではないだろう」


元気よく答える嫁さんは、ローズから、たしなめられた。ローズが言いたいこともよくわかる。下手をすると、ウチの嫁さんこそが、世界の脅威になりかねないのだ。


「そうだな……実は、今まで怖くて、ずっと敬遠してたんだけど、ここでハッキリさせておかなければいけないな」


「え……?」


僕が決意を持って宝珠システムを起動すると、嫁さんは首を傾げた。これから、いったい何をするつもりなのか、まるで見当もついていない様子だ。


「百合ちゃん、君のステータスをキチンと測定しよう。本当は、宝珠システムが完成した時点で、いつでも可能だったんだけど、僕自身が怖くて、やらなかったんだ」


「あっ、そうか!」


僕から言われて、やっと気づく嫁さん。最初は納得した様子だったが、次第に不満そうな顔になった。


「……え……でも、怖くてやらなかった、ってひどくない?私を何だと思ってんの?」


「いや、だってさ……本当に化け物級の強さだったら、どうしようって考えると、現実と向き合う勇気が持てなかったんだよ。だけど、今日、君のことをちゃんと知っておかなきゃいけないって痛感した」


「わかった。じゃあ、とっととやって」


僕は、改良を加えた【解析サーチ】を実行した。


これは、紙にペンで自動筆記するオリジナルの【解析サーチ】を”桁あふれ”に対応させた魔法である。レベルは2桁まで、パラメーターは3桁まで、という制限には引っかからず、測定した数値を正確に最後まで筆記してくれる魔法だ。


普段、僕が使用している【遠隔解析リモート・サーチ】は、僕だけしか見ることができないので、ローズとシャクヤにも見せるため、あえてこちらの魔法を使ったのだ。果たしてその結果は――


登録名:ユリカ

タイプ:アタッカー

レベル:150

体力:198482

マナ:105375

攻撃:126728

防御:107335

機敏:150975

技術:274198

感性:91245

魔力:1017


「「………………」」


ステータス表を見て、全員が硬直した。

皆が何を考えているのかは手に取るようにわかる。


桁がおかしい。


魔王ですら、パラメーターのどの項目も1000には届かないのである。

それを100倍以上、凌駕しているのだ。

やはり、懸念していたとおり、ウチの嫁さんは化け物だった。


「うっわ。魔力ひっく!」


最初に沈黙を破ったのは、当の本人だった。

しかも魔力の数値だけが極端に低いことへの不満である。


「低くないわぁ!!!」


つい大声でツッコんでしまった。


「えぇぇぇ、だって、これだけ桁がおかしいよ?」


「違うわ!魔力がおかしいんじゃなくて、他がおかしいんだよ!!だいたい何だ、魔力1000って!これだけでも魔王より高いじゃないか!」


「でも、こんなに極端に低いってことは、やっぱり私には魔法の素質は無いんだろうね」


「こんだけ強くて、欲張るんじゃないよ!!」


「でもさ、なんか計算、合わなくない?こんなパラメーターだったら、レベル1000くらい行っちゃうんじゃないの?」


ゲームに慣れている嫁さんは、加算方式で強くなるレベルの考え方で疑問を呈した。確かにそのとおりである。当然の疑問だ。しかし、この世界のレベルは、それとは計算の仕方が異なるのだ。


「そうでもないよ。この世界のレベルは、強さを総合的に比較するための”ランク付け”なんだ。レベルが2倍になったら、パラメーターが2倍になる、ってことじゃなくて、相手とどれくらい強さに開きがあるか、それを見定めるための目安だ。例えば、相手とレベルが10違ったら瞬殺される、と言われるように」


「うーーん……でも、魔王の牡丹ちゃんだって、魔力が1000行かないんでしょ?」


ここで、今まで黙り込んでいたシャクヤが助太刀してくれた。


「以前にも申しましたが、わたくしども、この世界の人間は、レベル49が限界値なのでございます。それを超える存在として、異世界から『勇者』様を呼び出す術式が開発されました。ですから、【解析サーチ】の魔法もレベルが2桁を超えるとは想定されておらず、パラメーターもまた、3桁を超えるとは想定されていませんでした」


これを受けて、僕は計算方法を説明した。


「つまり、パラメーターが3桁を超えて、1000に届くのは、おそらく伝説の大魔王クラスとされるレベル60台になるだろう。レベル10台のパラメーター平均値が100だから、レベル50の違いで、パラメーターに10倍の差が生まれる計算だ。この割合で考えると、レベル50の魔王とレベル150の百合ちゃんとでは、レベル100の違いがあるから、パラメーターに100倍の差が出てもおかしくないんだよ」


「え……ちょっと待って……なんか余計にややこしくなった気が……」


「もう少し細かく言うと、

この世界では、レベルが10上がったら、

パラメーター平均値が約1.6倍になる」


「へぇ……足し算じゃなくて、掛け算なんだ……」


「逆に言えば、レベルを10上げるためには、

全パラメーターが今より約1.6倍、

強くなる必要があるってことなんだ」


「なんだか難しいなぁ……まぁ、でも私が魔王よりも100倍強いってのは、納得できるよ」


「……そうか。なら、よかった」


「だって私、今まで1%も力、使ってこなかったから」


「「………………」」


嫁さんの最後の一言で、再び僕らは固まった。


ステータスの数値から判断すれば当然の帰結だが、本人の口から語られることで、その現実がどれほど理不尽なものであるかをさらに実感したのだ。


もはや、”魔王すらワンパンで倒す”という表現すら生ぬるい。ウチの嫁さんは、究極生命体であり、もはや”神”にも等しい存在である。いや、”破壊神”と言っていい。


「……い、今さらなんだけどさ、百合ちゃん。もしかして君の力って、コントロールが難しいのかな?」


「やっと気づいてくれた?」


「う……うん……」


「私の技術、やたらと高いでしょ。これのお陰だと思うんだよ。自分の力を1%未満しか使わずに、さらに細かく微調整しながら戦ってきたんだから」


「そっか……」


「蓮くんは、飛んできた蚊を死なないようにキャッチできる?私は、ずっとそれをやってきたんだよ?」


「な、なるほど……」


僕は、これまで勘違いをしていたようだ。嫁さんは、この世界に来て手に入れた無敵の強さを能天気に使っているだけだと思っていた。


しかし、その強さをコントロールできているのは、運動神経抜群の嫁さんだからこそなのだ。もし、仮に僕が同じ強さを手に入れていた場合、ちょっと歩くだけで物を壊すような、危険人物になっていたのではないだろうか。


「レベル150になったのが百合ちゃんでよかったと……今、心から思うよ」


「でしょうぉ?」


嫁さんの本当の凄さに僕が感服したところで、それをじっと聞いていたローズが突然、噴き出した。


「プッ!アハハハハハハ!これなら、何も心配する必要は無かったな!」


そして、こう付け足した。


「だが、だとしたら、レン。君には一言、文句がある」


「……え?」


「あたしたちが初めて出会った時のこと、覚えているか?あの時、ユリカは精神的なストレスのために”マナ切れ”を起こしていた。マナ総量10万超えのユリカが、だ。この数値が本当なら、あれは、夫婦喧嘩でユリカを泣かせた、君が全部悪いんじゃないか」


思わぬところで、過去の僕の過ちが蒸し返されることになってしまった。そして、ローズの指摘は的確すぎて、ぐうの音も出ない。


「そ……そのとおりだな……ごめん……本当に……」


「いや、別に謝ってほしいんじゃない。さっき、ユリカが力を暴走させたことも含め、要は、君がユリカをしっかり支えてあげないといけないってことなんだ。この人類史上最強の勇者を助けることができるのは、君しかいないんだからな。よろしく頼むぞ」


「そうだよ。蓮くん。お願いね」


ローズの忠告はとてもありがたい。

しかし、ちゃっかり横から嫁さんが乗っかってきた。


ここは、”負担を掛けてごめんね”くらい無いものだろうか。世界最強のくせに、世話の焼ける嫁さんだ。だが、そういうところが僕にとっては、かわいかったりする。僕も大概だ。


僕は、嫁さんの肩に腕を回して、横に抱き寄せ、決意を述べた。


「もちろんだ。この子は、僕の嫁だからな」


「蓮くん……」


嫁さんがデレた。



その後、ローズは調査依頼をこなすため、魔城の内部をくまなく調べて回った。シャクヤも手伝いで付き添った。


疲労のある僕は、嫁さんと一緒に魔王の部屋で休むことにした。この部屋には、周囲を一望できる素晴らしいバルコニーがあり、ここで二人は語り合った。


「蓮くん、私ね、この世界に来た理由も原因もわからないけど、私たちがここに来た”意味”なら、わかった気がするよ」


「うん。僕も同じだ」


「栗森牡丹ちゃんを助ける。きっとそのために私たちは、ここに来たんだよ」


「百合ちゃん、前に家族会議で決定した僕たちの目的と最優先事項。あれを書き換えようと思うんだ。どうかな?」


「そうだね。大賛成!」


以前に僕たちが決めた事柄は、以下の通りだ。


・二人の目的:地球に帰る

・最優先事項:二人が無事でいること


だが、これを上書きすることに決定した。

それは――


・二人の目的:栗森牡丹を救う。そして、三人で地球に帰る

・最優先事項:栗森牡丹を救う。そして、三人が無事でいること


「あの子のことだけは、命を懸けても成し遂げる。必ず成功させよう」


ちょうどこの時、東の空に夜明けの光明が白く浮かんだ。暁の太陽が、僕たちの覚悟を祝福しているように感じられた。


「蓮くん、大丈夫だよ!私がついてるんだから!」


黎明に光り輝く彼女の神々しい姿は、まさしく『世界最強の嫁』だった。

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