第63話 西の王国へ

ついに僕たち夫婦をこの世界に『召喚』した人物が判明した。

それは、西の王国『ラージャグリハ』の第一王女『ラクティフローラ』だという。


「え……王女が召喚を……?」


意外だった。この世界では女性が表舞台に出ることは無さそうだと考えていたので、僕たちを『召喚』した人物がいたとしても、それは男性だと思っていたのだ。しかも一国の王女が、高等技術の魔法を使えるということになる。


「では、お昼過ぎにお迎えに上がります。こちらで待ち合わせましょう」


コリウス部隊長とは、一旦別れることになった。


「へぇーー。王女様だって」


嫁さんが声を弾ませている。


「蓮くん、テンション上がったでしょ?」


「え?」


「蓮くんて、お姫様属性、好きだもんね」


「え……そう……?」


「隠しても無駄だよ。蓮くんの推しキャラって、だいたいお姫様だから」


「うーーん……言われてみれば、そうかも……」


「私も王様や王女様に会うの、すっごく楽しみっ」


なぜか僕の推しキャラタイプが嫁さんから言い当てられることになったが、ともかくも話しながら、すぐ隣にある宿に戻った。


シャクヤに事の経緯を説明し、出発の準備をしなければならない。

そう考えていると、シャクヤの方が宿の前で、僕たちを待っていた。


「あれ、シャクヤちゃん、どうしたの?」


「ユリカお姉様、先程お会いされていたのは、王国騎士団の部隊長、コリウス様でございますね?」


「え、うん。見てたの?」


「お二人がギルド本部に入った後、すぐにコリウス様が入っていくのをお見かけしましたので、気になって、ずっと外から見ていたのでございます」


「あのコリウスさんと知り合いなの?」


「ええ。よく存じ上げております」


そこまでシャクヤが言うと、なんとなく僕も察した。


「シャクヤ、もしかして、コリウスさんとは顔を合わせたくないのか?」


「え、ええ」


嫁さんも心配する。


「あの人と何かあったの?」


「いえ、コリウス様とは個人的に何かあったということではございません。ただ、今は王国の方々に、わたくしがお二人と一緒にいるところを見られたくないのでございます」


「そうか。実は僕たち、王国に招かれて、国王に謁見しに行くことなったんだ」


僕は経緯を大まかに説明した。


「そうなのでございますか。やはり騎士団の方々もお仕事が早いのでございますね」


「でも、シャクヤは一緒に行くのは厳しそうだね。ごめん。勝手に決めてしまって」


「いえ、いつかは、こうなることと考えておりましたので。ですが、思ってた以上に早かったので、少々、驚いたところでございます。わたくしは、こちらで留守番をすることに致します」


「本当は、王立図書館も一緒に案内してもらおうと思ってたんだ」


僕がそう言うとシャクヤはとても喜んでくれた。


「そうでございますか。それは、また次の機会にご案内させていただきます。きっとレン様なら、一日中いても飽きないところでございますよ」


「それは楽しみだ。ところで、シャクヤ、僕は一つ気になることがあるんだ。僕たちが王女に召喚されたのなら、どうして最初に聖峰『グリドラクータ』にいたのか。そして、それを騎士団が捜索していたということは、僕たちの所在を知らなかったということだ。この世界に呼び出しておきながら、どこに出現したのか、わからない。そんなことがあるんだろうか?」


「それは、おそらく、何らかの想定外の事態が発生したのだと思います。きっと王女殿下にお会いになれば、わかることだと思いますわ」


「想定外の事態か……」


僕はチラリと嫁さんを見た。


「ん?なに?」


「いや……確かにいろいろ想定外かもな……と思って」


「なによーー」


疑問はいろいろあるが、実際に会って話してみなければ何も始まらない。

僕はシャクヤに向き直って、その手を取り、宝珠を一つ乗せた。


「では、シャクヤ、留守番になってしまうお詫びに、これを渡しておくよ」


「これは……また何か、お作りになったのでございますか?」


「うん。実験中のものだけど、一つの宝珠に地、火、水、風の攻撃魔法を全て入れてあるんだ」


「えっ!!ええぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!」


普段、物静かなシャクヤが珍しく大声を出した。


「さらに、【二重陣ダブル】、【三重陣トリプル】を切り替えることができる。きっとシャクヤなら、宝珠の中身を見れば、使い方がわかると思うんだ」


「ど、ど、ど…………」


感情が高ぶったシャクヤは質問の言葉を発しきれず、一度ゴクリと唾を飲み込んで言い直した。


「……どうやって、そんなことが!?」


「詳しいことは、また今度説明してあげる。これは、まだ僕の研究の第一段階なんだけどね」


「ですが、このような貴重なもの、いただくわけには参りません。これ一つで国宝級の価値がございます」


「え、そんなに?でも、これはシャクヤのお陰で作れたんだ。君の知識がなかったら、これは完成しなかった」


「そ、そのようなことは……」


先程から宝珠を受け取る、受け取らない、のやり取りをしているため、僕とシャクヤは宝珠を包んで手を握り合ったままだ。僕はさらに声を優しくして説得した。


「シャクヤが宝珠を好まないのは知ってるけど、君の護身用として使ってほしい。せっかく上位魔法が得意なのに、下位魔法が使えないのでは、いざという時に戦えない。僕はそれが心配だ。道具っていうのは、自分の弱点を補うために使うべきなんだよ」


すると、シャクヤは僕の手をギュッと握りしめ、感極まった声になった。


「レ、レン様……わたくし……わたくし…………」


「おっほんっ!!!」


と、ここで嫁さんが横から、わかりやすく遮った。


「……じゃ、シャクヤちゃん、そういうことだから、お留守番、お願いね」


「は……はい……」


シャクヤは宝珠を受け取って、僕から手を離した。


「それには、百合ちゃんのマナをフルチャージしてあるから、魔法を何万発だって撃つことができるんだ。安心して使ってほしい。じゃ、行ってくるね」


「はい。お気をつけて……」


僕が出発の挨拶をすると、シャクヤは寂しそうに答えた。

だが、僕と嫁さんが少し歩き出したところで、再び彼女は呼び止めた。


「あっ!それと、どうか王国では油断なさいませんように!」


「……え?」


「特にその……我が国の王女『ラクティフローラ』は、知性のある女性ですが、少々難しいところがございまして、どうか、くれぐれも油断なさいませんようにお願い致します」


「そうなんだ。ありがとう。気をつけるよ」


「……はい!」


最後にシャクヤは笑顔で返事をしてくれた。

僕はこの時、気づいていなかった。普段、誰に対しても”様”を付けるシャクヤが、王女の名前にだけは付けなかったことに。



さて、シャクヤと別れると、嫁さんが口を尖らさせて僕に言ってきた。


「蓮くん、私がさっき止めなかったら、危なかったよ」


「……え?」


「シャクヤちゃん、あれ……告りそうだった」


「マジで?」


「気をつけてよね。そうやって、すーーぐ女の子に優しくしちゃうんだから」


「そんなつもりじゃなかったんだけど……」


突然の嫁さんからの忠告に僕は戸惑ったが、嫁さんは少しずつ怒りはじめた。


「だいたい、蓮くんはローズさん達と別れる時だって、女の子みんなに宝珠をプレゼントしてたでしょ。何あれ?優しいのはわかるけど、何かアピールしてないよね?」


「してないよ。あれは、純粋な感謝の気持ちだよ」


「ほんとに~~?私、これから王女様に会うことにも不安になっちゃうよ?」


「大丈夫だって。そもそもあの時だって、百合ちゃんに再会できた感謝を込めて渡したんだ。たまたま相手が女性だっただけで、助けてくれたのが男でも同じことをしたよ」


「……そっか」


「そうだよ」


嫁さんの機嫌が直ったところで、簡単な昼食を済ませ、僕たちは宿を引き払ってギルド本部に向かった。しばらくすると、立派な2台の馬車とともに馬に乗った騎士が5名やって来た。

そのうちの一人はコリウス部隊長だ。


「お待たせ致しました。それでは、馬車にお乗りください。この街で雇える最も良い馬車を手配しました」


「ありがとうございます」


僕は馬車を見た。確かに豪勢な馬車だ。

ところで、なぜ馬車が2台あるのだろうか。

他に連れて行く客人がいるのだろうか。


疑問に思いつつも僕と嫁さんは先頭の馬車に乗り込もうとした。ところが、そこでコリウス部隊長に呼び止められる。


「あ、お待ちください。奥方のユリカ様は、こちらになります」


「え?」


嫁さんが疑問の声を投げ掛けると、コリウス部隊長は後ろの馬車を手で示した。


「先頭の馬車は、勇者様専用の馬車となりまして、お連れの方はこちらとなっております」


「え……そうなんだ」


そう言われた嫁さんは素直に向かおうとする。しかし、それを僕は遮った。


「待ってください。コリウスさん。今までハッキリ言わなくて、申し訳ないのですが、実は勇者は僕ではありません。妻の百合華こそ、本当の勇者なんです」


「えっ……!」


コリウス部隊長は一瞬、驚いた様子になって黙り込んだ。

そして、しばし考えた後に笑顔になり、僕にだけ聞こえるように言った。


「またまた、ご謙遜を。あなたが異世界から召喚されたことは、確認済みです。あ、もちろん『異世界』という言葉は、我々だけの秘密でして、部下にも知らせてはおりません。国家の重大機密事項ですので。ですから、あなたが勇者様でないはずはありません」


「いえ、ですから、妻も一緒に異世界から来たんです。そして、僕よりも彼女の方が遥かに強い。勇者は彼女です」


「えっ!!」


コリウス部隊長は、さらに驚いた。僕と嫁さんを交互に見ながら続ける。


「……実は私も驚いていたのです。こちらにいらしてから、こうも短期間の間に奥方を見つけられるというのは、いささか早すぎるのではないか、と。つまり、レン様とユリカ様は、異世界で既にご夫婦になられていた、ということでしょうか?こちらに召喚されたレン様が、ユリカ様を娶られたということではないのですね?」


「ええ。そのとおりです」


「なんということでしょう。しかしながら、女性の勇者というのは、前例がありません。同じく異世界から来られたのでしたら、やはりレン様が勇者なのでしょう。どうか先頭の馬車にお乗りください」


僕は2台の馬車を見比べた。ともに豪華な装飾が施されているが、よく見れば先頭の馬車の方がより豪勢に見える。前と後ろで差別があるのだ。


「いえ、ここは譲れません。僕と妻は平等です。彼女よりも僕の方が上であるかのような扱いは、ご遠慮願いたい」


「し、しかし……」


「では、僕は妻と一緒に後ろの馬車に乗ります。百合ちゃん、行こう」


「ちょ!ちょっとお待ちください!それは困ります!……了解しました。お二人で前の馬車にお乗りください」


「ありがとうございます」


なんとかコリウス部隊長は折れてくれ、二人で先頭の馬車に乗り込んだ。

内装も豪華で、シートもフカフカだった。


「うっわ。なにこれ。こんなシート座ったことないよ」


嫁さんも驚き、喜んでいる。


「では、出発します。王都『マガダ』までは馬車で5日間の旅路となります。到着まではゆっくりと、おくつろぎください。また、何か御用がありましたら、何なりと私をお呼びください」


コリウス部隊長がそう言うと、馬車は動きはじめた。


僕と嫁さんが乗った馬車をコリウス部隊長が率いる計5名の騎士団で護衛する、なんとも目立つ一団が形成された。窓から顔を出さない限り、馬車に乗っている人物はわからないとはいえ、街を出るまでの間、僕たちは注目の的になってしまった。


「こ……こんなVIP待遇をされたのは初めてだ。なんか変な感じだな……」


僕が感嘆していると、嫁さんが横にピッタリくっついてきた。なんだかニコニコしている。


「ふふふ、蓮くんってば、そんなに私と一緒の馬車に乗りたかったんだぁーー」


「え……あぁ……そういうわけじゃないけど、百合ちゃんだけランクが下の馬車だなんて、ありえないから」


「照れなくていいよぉーー。寂しがり屋さんだなぁーー」


自分が人一倍、寂しがり屋のくせに何を言っているんだ、この子は。

と、考えていると、嫁さんは急に真面目になった。


「でもね、蓮くん、あんまり私のこと、『勇者』って言わなくていいよ」


「……え?」


「前にも言ったけど、私は人に何か言われたって気にしてないから。だって、私の力は偶然手に入れたものだから、それを自慢したり、人に褒めてもらいたいって思ったりしないもん」


「百合ちゃん……」


「だから、私のことであまりムキにならないで。この世界に来てから気になってたんだけど、普段は慎重な蓮くんなのに、なんか私のことが絡むと冷静じゃなくなる時があるよね?」


「そうかな……?」


「そうだよ。この馬車のことだって、無理にカドを立てなくてよかったと思うよ?もちろん、私は嬉しかったけど」


「……そうか。わかった。確かに百合ちゃんのことを下に見られると、ちょっと悔しくなってしまう自分がいたかもしれない。気をつけるね」


「うんっ」


「でも、僕には大した力が無い。百合ちゃんが『勇者』であることは間違いない事実だよ」


「蓮くんがそう言ってくれるだけで私は満足だよ。私にとって、世界に一人だけの勇者は、蓮くんなんだからね」


嫁さんのこの言葉は、僕にとって、何物にも代えがたい称賛だった。

僕は少し照れて横を向き、独り言のように呟いた。


「……今のは、ヤバいな」


「何が?」


「いいや。なんでも」


「……?」


馬車は商業都市『ベナレス』を出た。

いよいよ僕たちは、西の王国へと向かう。そして、ずっと探していた『召喚者』にも会える。これで僕たち夫婦の目的である”地球へ帰る”ことに大きく近づくことができるだろう。さらには、国賓として招かれるVIP待遇だ。


とても順風満帆だ。


果たして、僕たちが乗ったこの馬車は、旅のゴールへと導く道案内の馬車なのだろうか。

あるいは、勇者としての栄光へと誘う歓迎の馬車なのだろうか。

いずれにしても前に進むことに何の迷いも無かった。


だが、もしも――

――そう。もしも未来の僕が、現在の僕に忠告を与えられるとしたら、きっとこう言ったであろう。


それは、悪魔が迎えに来た馬車なのだ、と。

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