第62話 王国の騎士

王国騎士団の部隊長、と名乗ったおじさん、『コリウス』さんは、僕たちに丁重な挨拶をしてくれた。


だが、腑に落ちない。

そもそも行ったこともない王国『ラージャグリハ』の騎士団が――しかも部隊長と言えば、かなり上の役職と思える人物が、なぜ僕たち夫婦の名前を知っているのか。そして、何を目的として訪ねて来たのか。


僕は、彼の挨拶に答える前に、嫁さんの顔を見た。ハンターギルド本部の建物に入る前、視線を感じたという嫁さんに確認を取りたかったのだ。


すると、それを察した嫁さんは首を小さく横に振った。どうやら、視線の相手は、このおじさんではないようだ。


僕は、再び『コリウス』さんに向き直った。


「あ、すみません。急なことだったので、動揺してしまいました。確かに僕の名前は、蓮ですが、どうして王国騎士団の方が僕たちを訪ねて来られたのですか?」


「それは……」


コリウスさんは、カンファーさんに視線を向けた。

どうやら、聞かれたくない話があるようだ。

しかし、カンファーさんは、僕たちに接してくれたような物腰の柔らかい雰囲気とは異なり、毅然とした態度で言った。


「機密のお話があるのでしょうか。それでしたら、場所を変えられたらよろしいのでは?」


私が退出しましょう、とは言わなかった。どうもカンファーさんは、騎士を好んでいない様子だ。もしかすると、この部屋に騎士が入ってきたこと自体、気に障っているのかもしれない。


そこで、チェスナットが軽い調子でコリウスさんに告げた。


「ああ、カンファーさんなら大丈夫ですよ。コリウス殿。本部長の右腕として長年、力を尽くしてきてくれたギルドの立役者です。秘密を漏らすようなことはありませんから」


「そうですか。それでは、こちらでお話しさせていただきますが、よろしいかな?」


「ええ。どうぞどうぞ」


なんだか、コリウスさんに対するチェスナットの態度が、妙に腰が低くて気持ち悪い。先程の話も合わさって、官僚に癒着する企業経営者という具合に見えてしまう。


チェスナットがソファへ招こうとすると、コリウスさんは笑った。


「いや、鎧を着ていますので、さすがに遠慮しておきましょう。ソファに傷をつけては申し訳ない」


意外とそんなところに気を配るのか、とちょっとホッコリした。


「さて、立ったままで恐縮ですが、レン様、ユリカ様。単刀直入に申し上げます。我々とともに『ラージャグリハ』王国の王都『マガダ』までお越しいただき、国王陛下に謁見していただきたいのです」


「「えっ!!」」


僕と嫁さんは声を揃えて驚愕した。

思わず、お互いに顔を見合わせる。僕は不安な表情をしているはずなのだが、それに比して嫁さんの方はテンションが上がっている様子だ。彼女のことは放っておき、僕はコリウスさんに質問した。


「僕たちが……王様に……ですか?」


「はい」


「なぜでしょうか?僕たちはただの旅人です。たった今、ハンターになったばかりの普通の夫婦です。国王に謁見するような身分ではありませんが……」


「我々の推測が正しければ、レン様にはその資格があると踏んでおります」


「……どういうことでしょう?」


僕が警戒しながら会話をしていると、コリウスさんは一枚の紙切れを取り出した。


「これから私の読み上げる言葉に心当たりはありませんか?”オタク”、”ネトゲ”、”アールピージー”」


「「……えっ!!!」」


再び僕と嫁さんの声が重なって部屋に響いた。今度の驚きはさらに意表を突かれたものだった。


「やはりご存知でしたか。これは我々には全く意味不明の言葉なのですが、ある特定の人物を探り出すのに効果的な”暗号”として、我が王国で極秘に伝わっているものなのです」


「つ、つまり、それは……」


「はい。『勇者』です」


急転直下、『勇者』を探す人物が僕たちの目の前に現れた。しかも、向こうの方から迎えに来てくれたのだ。


さらにコリウスさんが読み上げた言葉は、過去に僕たちと同じく、日本から異世界召喚されてきた人物がいたことを証明するものだ。


前回の勇者が存在したのは50年以上前になるので、時間の経過がおかしいことになるが、それは、この世界と僕たちの世界とでは時間の流れが異なる、と仮定すれば、つじつまは合う。


「ゆ……勇者……ですか……」


と、横で愕然としているのは、老紳士のカンファーさんだ。


「いやはや……確かにレン殿は、初めてお会いした時から、何かお若いのに落ち着き払っておられ、貫禄があると思っていたのです。あなた様が勇者なのでしたら、これほど光栄なことはありません」


いや、それは僕の中身が35歳だからなんです。勇者とは関係ありません。

とは言えない。


チェスナットがカンファーさんに説明した。


「カンファーさん、このことは、くれぐれも内密にお願いするよ。昨日のことだが、突如、来訪されたコリウス殿から、レン殿のことを尋ねられ、近々ギルドに訪問されることがあるに違いないと言われていたのだ」


なるほど。ギルド側の事情は、それでなんとなくわかった。僕を引き合わせることで、騎士団に恩を売りたかったのだろう。だとすれば、あとは王国騎士団がどうやって僕たちに辿り着いたのか、だ。


「蓮くん、なんか、急にすごい話になったね……」


すぐそばにいる嫁さんの声は妙に嬉しそうだ。確かに国王に会えるとなれば、RPGの王道展開だ。テンションも上がるであろう。だが、やはり聞くべきことは聞いておかなければならない。


「コリウスさん、僕たちのことはどうやって、お調べになったんでしょうか?」


「はい。我々は、国王陛下より密命を帯びて『勇者』様を探す任に当たっておりました。私を含む、王国騎士団の部隊長3名が、信頼できる者だけを集め、手分けして各地を捜索していたのです。その道中、このベナレスに立ち寄ったところ、モンスター討伐隊が半壊した、という情報を聞きつけました。さらに聞けば、その事件には魔族が絡んでいたとのこと。しかしながら、魔族が関わった事件の場合、英雄クラスの者がいない限りは、全滅寸前に追い込まれるのが普通なのです。ところが、討伐隊には、そこまでのハンターは参加していないようでした。そこで『勇者』様の存在を推測し、我々はガヤ村に向かいました」


話を聞いていて僕は驚いた。

たったそれだけの情報で、ガヤ村が怪しいと睨み、僕たちを探し当てたというのか。だとしたら、このコリウスという部隊長は、相当な切れ者だ。あるいは、彼を補佐する人物に、それだけの有能な者がいるのかもしれない。


「では、ガヤ村で僕たちのことを聞いたのですか?」


「ええ。不思議な夫婦が、事件当時、村に滞在していたことは、多くの者から聞くことができました。さらにその後は、ベナレスに向かったと」


「それで、僕たち夫婦がここまで来て、ハンター登録すると考えたんですか?」


「ギルド本部だけではありません。失礼ながら、商業組合や市役所、また武具屋など、めぼしいところには、全て網を張らせていただきました」


ここまで聞いて僕も納得するものがあった。


「なるほど。それで、この本部の前にも見張り役を置いといたんですね?」


「申し訳ありません。やはり気づかれてしまいましたか。さすがでございます」


気づいたのは僕ではない。隣にいる本物の勇者だ。だが、話がややこしくなりそうなので、今は黙っておくことにした。僕はさらに突っ込んだ質問をした。


「コリウスさんのことは、だいたいわかりました。ですが、そちらに招かれることで、僕たちにメリットはありますか?」


「具体的なことは、陛下がお決めになられることですので、私からは申し上げられません。しかし、国賓としてお招きする以上、決して悪いようにはなりません。そこは、我が騎士道に懸けて、お誓い致します」


「そうですか……」


ここまで話を聞けた上で僕は嫁さんの顔を見た。


「どうする?百合ちゃん?」


「王様に呼ばれるなんて、すごいよね。私は行ってみたい。でも、判断は蓮くんに任せるよ」


「うん……」


僕はしばし考えた後、コリウスさんに最後の質問をした。


「コリウスさん、一つ確認させてください。僕たちを『召喚』した人物も、王国にいるのですか?」


「そ!それは……!」


僕の質問で急にコリウスさんが慌てた。

すぐに僕のそばに近づき、小声で耳打ちされた。


「失礼します。レン様、それは王国の極秘事項なのです。あとで説明致しますので、どうかこの場ではご容赦を」


そう言うからには、『召喚者』もいると考えてよさそうだ。


「……わかりました」


僕が返答すると、コリウスさんは僕から離れ、通常の声に戻った。


「では、我々からの招聘をお受けいただけますか?」


「ええ。喜んで」


「ありがとうございます。それでは、お二人をご案内するため、馬車を手配致します。正午過ぎにこの本部の前に来ていただけますか」


「え、馬車を用意してくれるんですか?」


「はい。国賓としてお招きしますので、道中は我々騎士団が護衛させていただきます。途中の宿泊も我々が手配しますので、どうか王都まで、安心しておくつろぎください」


これもゲームの影響だろうか。僕はてっきり招待状をもらって、自分の足で王国まで行くのだと思っていた。ところが、何もかも騎士団持ちで旅行させてくれるというのだ。これは願ってもない僥倖だ。


「ありがとうございます。実は、もう一人、仲間がおりますので、全部で3人になりますが、大丈夫ですか?」


「はい。全く問題ありません」


「では、よろしくお願いします」


コリウスさんとの話が決まったところで、副本部長カンファーさんが慌てて言った。


「あっ!申し忘れておりました。お二人とも”名のあるハンター”として登録されましたので、1階のカウンターにて、ハンタープレートをお受け取りください」


「『ハンタープレート』……ですか?」


「はい。ハンターの身分を証明する名札です。お二人は、”名のあるハンター”ですので、シルバープレートになります。代金は銀貨20枚です」


なるほど。身分証明の名前入りプレートか。

ハンター登録が無料だったので、プレートに代金を支払うという仕組みのようだ。


「わかりました。受け取っておきます」


僕と嫁さんは、チェスナットとカンファーさんに挨拶を済ませ、騎士団のコリウス部隊長とともに部屋を辞した。



さて、僕には聞こえないことだが、部屋に残ったチェスナットとカンファーさんは次のような話をしたようだ。


「どうだ、カンファーさん。これで彼らは、”名のあるハンター”として、ギルドに登録した上で、王国から『勇者』と認められるんだ。我々ギルドの株も上がるというものだろう」


「そういうお知恵だけは、素晴らしいものがありますな。あなたは……」


カンファーさんは呆れた声で苦笑いしていた。



僕と嫁さんは1階のハンター用カウンターに向かった。

ハンタープレートをもらうためだ。


「はい。レン様とユリカ様ですね。すでに書類は来ております。ただ今、プレートにお名前を刻んでおりますので、少々お待ちください」


僕たちは、そのまま待つことにした。

すると、隣で嫁さんが耳打ちしてきた。


「ね、蓮くん、さっきからあちこちでね、こんな声が聞こえてくるんだ」


どうやらギルド本部全体で、職員たちが口々に囁きあっているらしい。その気になれば、嫁さんは建物内で囁かれる噂話まで、見事に拾うことができるようだ。


「なぁ、さっきの鎧の人は、王国の騎士だろ?なんで騎士がギルド本部に入ってきたんだ?」


「どうも本部長代理に用があったみたいだぜ」


「騎士を本部に入れるなんて、本部長がいたら、絶対許さないのにな」


「あのせがれにも困ったもんだ。あんなのが次期本部長だなんて、先が思いやられるぜ」



「――て、感じ」


「ありがとう。やっぱりギルドと騎士団は、仲が悪いみたいだね。面倒なことにならなければいいけど……」


そこで、受付担当がプレートを持ってきた。


「お待たせしました。こちらがお二人のハンタープレートです」


銀色に輝く小さな長方形プレートが2枚、渡された。

この世界の文字で、僕と嫁さん、それぞれの名前が刻まれている。


プレートは、自動車免許証の半分くらいの大きさで、穴が一つ開いており、そこに鎖が通されている。首に掛けることができそうだ。また、長方形の角が丸くなっている。怪我をしにくい親切設計だ。


ハンターは、レベルに応じてランク付けされるが、ランクに応じてプレートの種類も変わるという。以下にレベルとハンタープレートの関係をまとめてみた。


レベル0~9 :新米ハンター  …プレートなし

レベル10~19:一人前ハンター …スチールプレート

レベル20~29:ベテランハンター…ブロンズプレート

レベル30~39:名のあるハンター…シルバープレート

レベル40~49:国家の英雄クラス…ゴールドプレート

レベル50~59:世界の英雄クラス…いわゆる勇者であり、ハンター登録の実績なし

レベル60~69:伝説の勇者   …上記と同じ理由でランク付けなし


と、いうのが、基本的なランク付けになる。


ただし、僕たちがいきなりシルバープレートになったように例外もあるらしい。活躍に応じてランク付けがされるため、単純に「レベル=ハンターランク」とは、ならないようだ。


「蓮くん、このプレート、魔法が掛かってるよ」


「え、そんなことまでわかるの?」


「うん」


「ほんとに何でもアリだな……」


それを聞いた受付担当が説明してくれた。


「よくお気づきになりましたね。ハンタープレートには、魔法加工がされておりまして、破壊、腐食、熱による溶解などを防御するようになっているのです」


「なるほど。偽造防止ということですね?」


「はい。また、その結果としてハンターが殉職されてもプレートだけは無事というケースが多くあります。そのため、有事の際は、遺体の身元を特定する手がかりにもなっております」


「命懸けの仕事らしい話ですね……」


思い返してみれば、ガヤ村で、ハンターが埋葬されていた墓を見たが、そこにも多くのプレートが掛けられていた。その時は、ただの風習だと思ったのだが、命を落としたハンターにとって、ハンタープレートは自分が生きてきた証と言えるのかもしれない。


僕はプレートを受け取ると、嫁さんの分を彼女に渡した。


「わぁ、これで私たち、ハンターになったんだね」


「そうだね」


二人でプレートを眺めていると、先程、掲示板の場所を譲ってあげた3人のハンターが近寄ってきた。


「おっ!なんだ、あんたら!シルバープレートだったのか!」


彼らの一人が大声で叫ぶと、周囲のハンターが一斉に集まってきた。


「えっ!誰だ!?」


「知らねえ!見たことねえ顔だ!」


「しかも、女連れだ!」


「おい!あんた達、今日、ハンター登録したのか?」


急に囲まれてしまい、タジタジになった僕だが、一人が質問してきたので答えた。


「あ……ああ、今、登録したばかりなんだ」


「二人ともシルバープレートなのか!」


「女のシルバープレート?え、君があの”女剣侠”なのか?」


聞かれたので、嫁さんも答える。


「ううん。違うよ。私は百合華」


「ああ、僕たちは夫婦なんだ」


「「夫婦でシルバープレート!?」」


僕がさらに答えると、全員が一斉に驚きの声を発した。しばらくの間、全員が絶句した後、昨日お金を盗まれたという、例の悪態をついてきたハンターが、僕たちに言った。


「はははははっ。夫婦そろってシルバープレートなんて、初めて聞いたわ!おう!さっきは怒鳴って悪かったな!嫁さんなら、しょうがねえや!兄ちゃん、レンっていうのか。嫁さんのこと、しっかり守ってやれよ!」


「あ、ああ……ありがとう」


他のハンターも口々に称賛してくれた。


「かぁーーっ!シルバープレートじゃ、仕方ねえや!」


「シルバープレート夫婦か!いいな、それ!俺は応援してるぜ!」


「しっかりやれよ!」


「案外、嫁さんの方が強かったりしてな!がははははっ!」


全員、僕たちを応援してくれるようだ。

皆、言いたいことを言って、自然と散り散りになっていった。


「なんか……すごいね。シルバープレートって……」


嫁さんが感嘆する。


「女性ハンターは嫌われていたのに、ここまで評価が変わるのか……それにしても、”名のあるハンター”、目立ちすぎだな……」


他人から称賛を受けることは嬉しいのだが、悪目立ちはしたくない。今さらながらに、”名のあるハンター”になったことは正しい選択だったのか、と考え直してしまった。



さて、プレートの件が済んだので、ハンター本部を出た。

そこで、先に出ていたコリウス部隊長が、僕たちを待っていた。


「すみません。コリウスさん、お待たせしました。ちょっと騒ぎになってしまいまして」


「いえいえ、やはり我々が探していた人物は、人気者でいらっしゃるようで、私も誇らしく見ておりました」


そう言いつつ、コリウス部隊長は再び僕に接近し、囁くように告げてくれた。


「レン様、先程のお話ですが、『勇者召喚の儀』。あれは我が王国の秘伝の魔法技術として伝えられております。あなたを『召喚』したのは、間違いなく我が王国なのです」


ようやく、最も聞きたかった話が聞けた。


「そうでしたか。その『召喚』をした人物に会わせていただけますか?それが、僕たちの条件です」


「もちろんです。実は、王女殿下も『勇者』様にお会いされるのを心待ちにしておられます」


「王女?」


「はい。『勇者召喚の儀』を行ったのは、我が国の第一王女『ラクティフローラ』様なのです」

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