第57話 魔王デルフィニウム

山岳地帯の魔城にて、魔王を囲む会議は続いていた。


「さて、”勇者”についての相談ですが……」


魔王の側近、老猿『ピクテス』が議題の件を進めようとすると、幼女の魔王『デルフィニウム』が口を出した。


「ね、ピクテス」


「はい。なんでございましょう?」


「ゆうしゃ、いると、こまる?」


「ええ。勇者が現れると、みんな殺されてしまうかもしれないのです」


「わたしが、ゆうしゃ、たおせば、いい?」


「な、なんと!しかし、魔王様に何かあれば一大事でございます!ここはワタクシと『八部衆』で合議し、しかるべき対策を講じようと存じますが」


「みんな、しんぱい。だから、わたし、やる」


「ま、魔王様……!」


先程、こっぴどい叱責を受けたばかりの『八部衆』は萎縮していたが、魔王の言葉を聞いて、一同感激した。特に最古参メンバーである蛇女『カエノフィディア』の忠誠心は尋常ではなかった。


(あ……あぁっ!魔王様、かわいすぎる!畏れ多くて、口が裂けても言えないけど、強くてかわいいアタシの魔王様!一生涯、ついて行きますわ!)


心を動かされた老猿『ピクテス』も勢い込んで魔王を賛嘆した。


「ワタクシ、感動いたしました!その寛大なるお心!さすがは我が魔王!歴代最強と謳われる『デルフィニウム』様でございます!いかなる勇者が出現したとしても、必ずや勝利されることでありましょう!ワタクシどもは身命を賭してお仕え致す所存にございます!」


賛美するうちにどんどん顔が強張り、狂気に満ちたようになる、年老いた猿の魔族。気がつけば、その顔は魔王の目の前まで近づいていた。


「……ピクテス」


「はい!なんでございましょう!」


「かおがこわい」


「こ、これは申し訳ありません!このとおり、後ろに下がります!」


そそくさと後ろに下がる老猿『ピクテス』。


「でも、『ピクテス』様、勇者がどこにいるのか、わからないんじゃ、魔王様にだって、どうしようもないんじゃないですか?」


と、蛇女が具体的な質問する。


「ふむ。そこなのだ。ゆえに『八部衆』の皆には、勇者についての情報を探ってもらいたい。現在のところ、人間の大国である『ラージャグリハ』、および『シュラーヴァスティー』には、勇者の出現は確認されていない。おそらくは、『シソーラス』の件から考えても、この『環聖峰中立地帯』周辺にいるものと思われるのだ」


「勇者が見つかるまで、人間への攻撃は、お預けですかい?」


気持ちを落ち着けた狼男『カニス』が、下手に出た態度に戻って、尋ねた。


「そういうことになるな。せっかく進めてきた準備を勇者に潰されては元も子もあるまい。ここは慎重を期して行こうと思う」


「なんでい。つまんねえな……」


狼男のボヤキにトラ男が賛同した。


「こいつは気に食わないヤツだが、オレも同じ意見だぜ!『ピクテス』様よ!いるのか、どうかも、よくわからねえ勇者のために、オレ達が足を止める必要はねえと思うな!」


「そもそも、こういう考え方もできますぞ。勇者など実は存在しない、と」


彼らに呼応するように、フクロウ男が意見を表明した。老猿は、それを詳しく聞こうとする。


「『ストリクス』、どういうことかな?」


「『ピクテス』殿がおっしゃられた、『シソーラス』殿のモンスター。それは本当に人間に殺されたのでしょうか?ワタクシ、少々経験があるのですが、モンスターを無理に強くしようとしても、こちらの言うことを聞かなくなって、制御できなくなることがあるのです。モンスター同士を合成するなどという、途方も無いことをやって、果たして、まともなモンスターが誕生するのでしょうか?」


「つまり、そなたは、モンスターは人間に殺されたのではなく、自分たちで共食いをした。あるいは、肉体の変化に耐え切れず、自滅した。そう言いたいのかな?」


「そのとおりです。さらには、『シソーラス』殿ご自身も、彼らに殺された可能性を否定できません」


トラ男が感心したように頷いた。


「おいおい、『ストリクス』!賢そうな面してイヤなヤツかと思っていたが、お前、いいこと言うんだな!」


「ありがとうございます。あなたは、もう少しオブラートに包むということを学んだ方がよろしいかと思いますが」


「グハハハハハハッ!よくわからんことを言うな!」


考え込んでいた老猿が一人納得したように言った。


「なるほど。『ストリクス』の言うことも、もっともな意見である。ワタシは、少々、慎重になりすぎていたのかもしれん。約50年ぶりに降臨された魔王様。そこに集った我々、魔王軍。この千載一遇の好機を逃したくない一心で、無用の警戒をしてしまったか……では、皆の衆、ここで合議といこうではないか。人間世界への侵攻をいち早く始めるか、勇者の討伐を優先すべきか。多数決としよう」


老猿の言葉に、『八部衆』は姿勢を正した。


「勇者の討伐を優先すべき、と思う者」


蛇女とカブトムシ男が手を上げた。


「では、人間への攻撃を開始すべき、と思う者」


カメレオン男、フクロウ男、トラ男、狼男が手を上げた。大狼は、狼男から何かを言われてから、大慌てで遅れて手を上げた。


「ふむ。2対5……『フェーリス』は、どちらにも手を上げなかったが?」


と、老猿が不審がるので、蛇女も猫女に聞いた。


「アンタ、ずっと黙ってるけど、何か無いの?」


「ウチ?ウチはみんなで決めてくれれば、それでいいニャ」


「あっそーー」


「では、人間世界への侵攻を開始する、ということで決定したいと思う。よろしいな?」


老猿の確認に一同、頷いた。


「魔王様。以上のように、人間への攻撃が決定しました。よろしいでしょうか」


「なんでもいい。ゆうしゃ、きても、わたし、たおす」


静かに悠然と語る魔王の言葉に、老猿は再び狂喜した。


「さすがは魔王様でございます!答えは最初から出ておりました!魔王様がご健在であれば、勇者など、恐れるに足りなかったのです!ワタクシが愚かでございました!平に!平にご容赦を!!」


「ピクテス……」


「はい!なんでございましょう!」


「かおがこわい」


「は!申し訳ありません!このとおり!このとおり、後ろに下がります!!」


魔王に顔を近づけ過ぎたため、再び後ろに下がる老猿。


「で、『ピクテス』様よ。いつ、どこに攻撃するんだ?今日はもともと、その話じゃなかったのかよ?」


トラ男の質問に、老猿は姿勢を改め、再び語りはじめた。


「ふむ。そのとおりである。我々の大きな目標は、一国を落とし、我らの国を建国することにある。その第一のターゲットは、西の王国『ラージャグリハ』だ。だが、大国を相手にするとなれば、我々もそれ相応の準備が必要となる」


「同感ですな。人間の恐ろしさ。それはあの数でございます。殺しても殺しても湧いてくる、あの途方もない生息数。真正面から戦いを挑めば、こちらは休息を取ることもできませぬ」


フクロウ男が相槌を打った。


「うむ。したがって、最初の足掛かりとして、我々は商業都市『ベナレス』へ侵攻する」


「その理由は?」


蛇女が質問した。


「地理的に見て、最大の急所と言えるからだ。『環聖峰中立地帯』と大国との間に位置し、現在も交易が盛んに行われている。そこを奪うこと、そのものが人間世界への打撃に繋がり、さらには、我々にとっても『環聖峰中立地帯』のモンスターを大国に差し向ける最高の拠点となる。これほどの場所はないであろう」


「結構ですな。素晴らしいお考えでござる」


カブトムシ男が賛嘆する。


「そして、今、この都市は、人間のハンターの本部が置かれている。ここを潰すことで、各国への大きな牽制ともなるのだ」


「な……なるほど」


カメレオン男も小さく感嘆した。


「だが、そうなると、その都市を落とすのも一苦労するんじゃないのか?何か策はあるのか?」


そこにトラ男が口を挟んだ。全員、血気盛んなタイプだと思っていた彼が、意外にも慎重意見を言ったので、驚いた顔をした。蛇女が感心した口調で言う。


「アンタ……ただの脳みそ筋肉じゃなかったのね」


「いちいち喧嘩売るんじゃねえ!オレは戦いのプロだ!相手の強さはしっかり見極める!」


「ごめんごめん。ちょっと感心したのよ」


「『ティグリス』の意見、もっともだ。だが、それについても考えがある」


老猿の確信ある話しぶりに一同は再び押し黙った。


「人間の戦いには、夜襲というものがあるらしい。敵が夜、寝静まった頃に攻め入るというものだ。我々魔族にとって、夜に戦うなど、当たり前のことなのだが、人間にとっては、これが不意打ちになるというのだ」


「ホウ……」


フクロウ男が頷いた。


「加えて、かの『シソーラス』をはじめ、各々方が各地で活動をしてくれたことにより、今の『ベナレス』は、ハンターが各地に派遣された状態となっている」


「敵が手薄な時を狙うってか!いいじゃねえか!」


トラ男は納得して喜んだ。


「さらには、今日は人間の暦で言うところの15日。今宵は満月だ。諸君の中には、満月の夜こそ、本領を発揮する者がいたはずだな?」


老猿に問われ、一同は、狼男と大狼に視線を向けた。


「オ、オレ達ですかい?ええ。まさしくそのとおりでさ!満月の夜のオレ達は無敵ですぜ!そこまで考えた上での今日の集合だったんですかい?」


「そうだ」


「かぁーーっ!オレはつくづくここに来て良かった!あんた達と協力すりゃあ、うまい飯にめいっぱいありつけそうだ!」


この話にトラ男も狂喜した。


「ってことは何だ!?『ピクテス』様よ、今夜、早速、攻め込もうって話なのか!?」


「そのとおりだ」


「うおおぉぉぉっっっ!!そういうことなら、大賛成だ!!!燃えてきたな!!!!」


さらに蛇女、カメレオン男、フクロウ男、カブトムシ男、大狼がそれぞれのテンションで賛同する。


「なんだか、急な話ね……でも悪くないわ」


「い……いいじゃないか」


「善は急げ。ここまでの好機を逃す手はありますまい」


「拙者も武者震いしてきましたぞ」


「ガウガウガウアッ!!!」


「…………」


一人、猫女だけは何も言わないが、ニコニコ顔で尻尾を振っていた。


「では、合議を行う。今宵、人間の商業都市『ベナレス』への侵攻に賛成の者」


老猿の声に、全員が一斉に手を上げた。


「アンタ、今回は手を上げるのね」


蛇女が呆れて言うと、猫女は満足そうに答えた。


「こんな面白そうなこと、手を上げない方がおかしいニャ。それに満月で力が強くなるのは、ウチも一緒ニャ!」


意気揚々と幼女に向かい、姿勢を正す老猿。


「以上となりました。魔王様、いかがでしょうか?」


「……ピクテス」


「はい。なんでございましょう」


「おなか、すいた」


「「…………」」


一同、魔王の意外な言葉に一瞬、言葉を失った。


「は!しかし、い、今の合議については、いかがでござ……」


「おなか、すいたっ!」


「…………」


なおも食い下がろうとする老猿だったが、こうなった魔王は何を言っても聞かないことをよく知っている。


癇癪を起こした魔王から、再び凄まじい気迫が押し寄せ、全員の体が重くなるのを感じた。まもなく、あの超重力現象が起きようとしている。


「は!で、では、すぐに用意させます!ベナレス攻撃の件は、一旦保留ということで、また本日の夕刻、再度、集まって最終決定をしたいと思いますが、いかがでしょうか?」


「うん」


老猿は、魔王を連れて会議室の扉まで行き、侍女を呼んだ。


「すぐに食事をご用意しろ」


「はい。かしこまりました。魔王様、どうぞこちらへ」


侍女に伴われて魔王が退出した後、老猿は『八部衆』に告げた。


「……というわけで、各々方、ベナレス侵攻はほぼ決定と言ってよい状況ではあるが、会議は一時休憩とし、本日の日没前に再度、決議したいと思う。よろしいか」


「ま、しょうがないわな!」


トラ男の発言に全員、賛意を示しつつも、蛇女は愚痴をこぼす。


「……勇者のことで時間を掛け過ぎたのよ」


「誰かさんが、いちいち突っ掛かって来なけりゃ、もっと話が進んだろうにな!」


「何が言いたいのかしら?」


「いい加減にしろ!お前たち!」


老猿の叱責に蛇女とトラ男は睨み合いつつ、再び黙った。


「「……フンッ!」」



一方、会議室を出た魔王『デルフィニウム』は、魔族の侍女に連れられて、自室に戻った。彼女専用の食卓にすぐに朝食が運ばれる。


「本日は朝から大変でございましたね。朝食は、ヤモリの蒸し焼きにカエルのスープでございます」


幼女魔王の前にグロテスクな料理が並んだ。

それをしばらく眺めた後、魔王は侍女に言った。

侍女はウサギの亜人タイプ魔族だ。


「これ、きらい、まえにいった」


「あ……も、申し訳ありません。ですが、これは最高級のものでして……味付けも料理長に言って変えさせました」


そう言われて、魔王は試しに一口食べてみた。

そして、いかにもマズそうな顔で舌を出した。


「……ぉえっ」


「お……お口に合いませんでしたか?」


「これ、つくったヤツ、よんで」


「は、はい!」


すぐに料理長が呼ばれた。猪の人獣タイプ魔族だ。

彼は大きな体を震わせている。


「お、お呼びでしょうか……」


「なまえは?」


「『スース』と申します」


「スース、おまえ、クビ」


魔王はかわいらしい声でハッキリと言った。

その言葉が発せられた瞬間に護衛の魔族二人が料理長の腕を掴んだ。


「そ、そんな!お待ちください!魔王様!魔王様ぁっ!!」


真っ青な顔で喚きながら、腕を掴まれて引き連れていかれる料理長。


彼はその後、別室で斬首の刑に処された。



早朝から会議などという面倒臭いものに付き合わされ、さらに満足な食事をできなかった魔王は、相当にご機嫌斜めだった。


そんな幼女は口を尖らせてテラスに出た。そこは岩山の中腹である。


「『ガッルス』ぅぅ!『ガッルス』ぅぅぅっ!!」


「はい!お呼びでしょうか、魔王様!」


魔王から『ガッルス』と呼ばれ、上空から現れたのは、ニワトリの人獣タイプ魔族であった。ニワトリから超進化したとはいえ、空を自由に飛ぶことができる魔族だった。


「のせて」


『ガッルス』の背中に魔王は乗った。

ニワトリがベースのわりには、その大きめの体に小さな幼女一人乗せて飛ぶのは造作も無いことだった。


「侍女さん、いつもどおり内密にお願いしますね。『ピクテス』様に見つかったら、ワタシが殺されちゃいますので」


「ええ。お気をつけて」


ニワトリ女の願いにウサギ女がいつもどおりの返答をした。『ガッルス』は大きな白い羽を広げて、空に飛び上がった。


臣下たちには内緒の空中散歩。魔王の密かな気晴らし行為であり、唯一と言ってもいい娯楽であった。


「さて、魔王様。今日はどちらまで?」


「あっち」


魔王は山の向こう側を指差した。それは、商業都市『ベナレス』の方角だった。

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