第28話 十五の嘘 12



 広が織斗と合流したのは本棟のちょうど真ん中あたり。

 緋真の人間は全員本棟から出ていったらしく、人の気配はなかった。

 念のためと日本刀を握りしめていた広は術を解き、カードをケースに戻した。


「何してんだ、織斗。相手の拠点地、つまり住居を直接襲うことは禁止だってルール知らない……のか。そっか、お前何も知らなかったな」

「いや、知ってるけど?」

「知ってるって……知ってる?」

「あと殺しはNGとか、当主ってのは二族間の戦いにおける責任者であって、実際に一族を管理支配しているのは前当主、緋真でいうと広の父さんだとか、本で読んだ」

「本?」

「こんな分厚い記録書、五冊も爺ちゃんから渡されてさ。咲のこと迎えに行くのは、これ全部読み終わってからだって。姫未交えて確認テストってのもやらされた、かなりキツかった」


 織斗は目頭を押さえながら、はぁーっと息を吐き出す。

 そして顔を上げ、広を見つめた。


「さっきやっと合格した。で、咲は?」

「咲なら……いや、まだ案内できない」

「なんで? ああ、そっか、夜に来たから怒ってんのか」

「それもあるが、ここ、緋真の屋敷だぞ?」

「地図もらったから、攻めて来いってことかと思って」

「馬鹿が! そうか、織斗おまえ、馬鹿だったな……」

「声でかいって広。一応は考えたんだ、明日にすべきかって。だけど悩んだ結果、すぐに迎えに行くことにした。俺と咲はこれ以上、離れるべきじゃない」


 織斗は両手の拳を握り、人差し指を立ててそれを交差させる。


「双子ってのはこの世に生まれる前、息をする方法より先に相手の存在を知ってた。母親の顔を見るより先に、互いの顔を知っていた。俺は生まれる前からずっと咲を知っていた。だけどこの十五年間、俺は咲を知らなかった。知らないという、嘘の十五年を過ごした。だから迎えにきた」

「だからって……場所と状況考えろって……」

「考えた。その結果、すぐに行かなきゃいけない事に気づいた。広さ、咲のこと壁に押し付けたんだよな?」

「…………いや、あれは……」

「そんな男と咲が、一つ屋根の下で一緒に、過ごしてる?」

「ちょっと待て。だから、離れにはあやめもいるから」

「……それなのに咲を連れ込んだのか?」

「話聞けよ! あやめに関しては従妹だし、出会ったころ向こうは小学生で変な感情持ったこと一度もない。それいうならそっちも同室やめろよ」

「あぁ、あれやめた。部屋片付かなくて」

「……一生そのままでいいぞ。で、この時間に来たってことは、覚悟出来てるんだろうな?」

「咲と会う覚悟は出来てる」


 トランプを数枚持ち飛び上がる織斗と、水の帯を纏った日本刀を両手で構える広。

 織斗の放った炎の攻撃を、広は刃一振りで消し去る。


「「解印」」


 織斗と広、二人の声が重なり、それぞれのトランプから様々な攻撃が飛び出した。

 チカチカと、色々な光が辺りに飛び散る。


「あ、部屋は別々だけど一緒に寝たりはしてる」


 壁を伝って飛び回る織斗が、広の頭上で言った。


「は?」


 日本刀を振って炎の渦を放つ広だが、織斗に避けられ炎は壁に当たって消えた。


「咲が俺の部屋遊びに来て、そのまま寝てることはよくある。ゲームは俺の部屋にしかないから」

「……お前今日、怪我して帰れ」


 広は新しいトランプを五枚取り出し、刀に押し付けて術を追加する。日本刀が水色に変わり、一振りすると水滴が辺りに飛び散った。

 ジリッと、水滴が落ちた部分の床が焦げたように黒く色を変える。


「本気出すからな。せいぜい当たらないように、気をつけろ」


 広が放つ水の刃。織斗は無言で水滴一つ一つの動きを読み取り、身体をしならせて避けた。


「あ、俺成長したかも」

「どうした、急に」

「広の攻撃、前より避けれる」

「……手加減してやってるからだろ」

「さっき本気出すって言ってなかった?」

「……まぁ、以前より少しは、マシになったかもな」

「意地張るなよ、強くなってんだよ、俺」


 カチッとケースから新たなトランプを取り出す。

 次の手を考えてケースに指を入れたとき、広の背後から人影が現れた。


「ま、まって! なんで戦ってるの?」


 現れたのは咲だった。

 もう一振りしようと日本刀を掲げていた広の服の裾を掴む。


「はなし……話するって言ってたでしょ?」


 咲は織斗と広を交互に見ながら言う。

 織斗はその場に立ち竦んで咲を見つめ、広はため息をついて刀の術を解いた。


「なんでだっけ?」

「広がいかがわしい場所に咲を連れて行くから」

「おま……だから違うって言ってるだろ! 咲、このバカに何とか言ってくれ!」

「え? ……え?」


 トンっと、広が咲の背中を押す。

 咲はよろめいて一歩、織斗のそばに歩み寄った。


「あの、織斗くん、私」

「うん、ごめん」

「……ごめん?」

「迎えにきた、帰ろう」

「え、ちょ……待って!」


 無理やり腕を掴む織斗だが、咲はそれを振り払った。


「なに……織斗くん、なにしてるの?」

「だから迎えに来た、咲のこと。帰ってから話そう」

「まって待って! なにこれ、なんで織斗くんが」

「咲の兄ちゃんだから」

「そうだけど……だって知らなかったでしょ、私の存在自体。織斗くんは私の過去も、何も知らなくて……」

「わかってる、俺は無知だ。だから連れ戻しにきた。咲と、俺の妹とちゃんと話がしたくて」


 少し屈んで咲に目線を合わせる織斗。


「咲は俺のこと、知ってたんだよな?」

「……知ってた、神木の親戚の家で散々聞いた。私がいると兄が不幸になるって」

「そこ、それがおかしいよな。なんで咲がいることで、俺が不幸になるんだよ」

「だって私は、神木に厄災をもたらす双子の妹で」

「昔の話だろ? 咲が何かしたわけじゃない。俺は妹が側にいるからって、そのせいで不幸になったりしない。もし将来、不幸な出来事があってもそれは咲のせいじゃない。俺の人生の、過去の積み重ねでその未来を引き起こしてしまっただけで、咲のせいじゃない。俺の幸も不幸も、全部自分の責任だ。俺が俺自身で選んだ道だから」

「……でも、私は」

「俺、ずっと妹が欲しくてさ、まさかこんな可愛いやつが妹ですって現れるなんて思ってなかった。不幸どころかむしろ幸せだぞ?」

「幸せ、なの?」

「幸せだよ、咲が来てからすげー楽しい……こういう話をちゃんと、するべきだったんだな」


 苦笑いを浮かべる織斗。

 咲と目を合わせ、「ごめんな」と微笑んだ。


「過去の話とか嫌かなって思ったけど、俺が聞かなかったせいで咲を不安にさせてたんだな」

「不安、というか」

「帰って話そう。全部教えて欲しい俺と離れてた十五年、どう過ごしてたか。たくさん話して、離れてた時間を埋めよう。俺と咲は双子の兄妹なんだから、いろんな思い出を共有すべきだと思うんだ。だから咲、帰って来い」


 差し出される手のひら。

 その手を掴むとグイッと引っ張られ、織斗の胸に咲は頭を埋めた。


「お前、マジで俺の妹だな」

「え?」

「一つだけ覚えてることがあるんだ。昔、こうやって誰かを抱きしめたことがある。泣かないでって、大丈夫だからって、誰かを守ろうとした記憶がある」

「それって……」

「いま俺、あの時と同じ感覚になってる。咲だったんだな」

「……私も、覚えてることがある」


 咲はゆっくりと、織斗の背中に手を伸ばす。


「騒がしくてとても怖い時のことだった。誰かが私の身体を抱きしめてくれた。大丈夫だよって言うように、強く。物心ついて虐げられて、痛かったり辛かったりしたとき、そのことを思い出してた。あれは兄なんだって思いながら。織斗くんが私を守ってくれたんだって私はずっと、ずっと知ってた」


 咲の腕が織斗の背中に触れる。

 涙を流しながら、咲は織斗の身体を抱き返す。


「ごめんなさい……勝手に家出して、ごめんなさい」

「いいよ、そのおかげで俺も冷静になれた。つーわけで広、おまえにも礼言っとく。ありがとう」


 織斗に指差され、壁にもたれて立っていた広は言葉もなく微笑んだ。


「よし、じゃあ帰るか」


 頷いた咲が顔を上げると、織斗の肩越しに人影が見えた。

 広の背後、柱の向こうに立っているあやめ。


「あ、忘れてた」


 あやめの気配に気付いた広が横目を向ける。と同時、あやめが広の脇を抜け織斗と咲の元へ走った。

 かんざしを手に、「解印」の言葉を発する。

 放たれた水柱はくねくねと唸り、織斗は頭から水を浴びた。抱き合っていた咲は水に濡れておらず、咄嗟に織斗の腕から離れる。


「神木の当主、こんなところで何を?」


 かんざしを掲げたあやめが織斗を睨みつける。

 バスタオルを身体に巻いているだけような姿だった。


「遅れてすみません、当主様。騒動の話は風呂場で聞いていたのですが、髪を乾かすのに時間がかかりました」

「……いや、髪乾かす必要ないよな? それより服着ろよ」

「下着はつけています」


 広の言葉も聞かず、あやめは再び壁を蹴って織斗に攻撃を仕掛けようとする。

 その時はらりと、バスタオルが解けて床に落ちた。

 まだ成長途中の華奢な身体、乾いたばかりの艶やかな黒髪があやめの肌の白さを際立たせた。


「「…………!」」


 僅かな沈黙のあと、廊下に大音量の喧騒が響いた。

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