第12話 兄妹とその親友 ③



「だから言っただろ、織斗。一人だけど、気をつけろって」


 目線を交わしながら、広がいう。

 状況を飲み込めず黙り込む織斗に向けて、広が四枚のトランプを投げつけた。

 面の少女が織斗を庇うように前面に出るが、術はその足元に届く前に発動した。

 四枚のトランプからそれぞれ炎、水、蔓、小石が飛び出し、すぐに消えて無くなる。


「この模様、見覚えあるよな?」


 広が掲げるのは、青色で象形文字のような模様が描かれたトランプ。


「俺らの、緋真の術印だ」

「……トランプ使えるのって……」

「あぁ、トランプを扱えるのはその一族の当主だけだな」

「広が、敵一族……その当主?」

「ナンバーズ以外の術師は当主の血がないと術が使えないという話は聞いたか?」

「それは、聞いた、けど……」

「今までお前が封印してきたやつらは俺が血を与えた、うちの家臣だ」


 言葉を失う、とはこういう時に使うのだろう。

 織斗は無意識に、笑みを浮かべてしまった。苦笑いの類ではない、「あははっ」と声が出てしまいそうな、緩んだ表情。


「あ、ははっ……」


 実際に声が出た。

 しかし、右手に違和感を覚えて振り返る。

 獣の面の少女が、ぎゅっと織斗の右手を握っていた。


「なんで笑ってるの?」

「え? いや、だって……おまえ、声綺麗だな」

「…………」


 少女は呆れたように顔を背け、手を離す。

 その瞬間、広が織斗の首を掴み壁に押し付けた。


「っ……」


 慌てて糸を取り出す面の少女だが、織斗が捕まっていることで手は出せない。

 広は少女に向かって微笑む。


「少し話をさせてくれ。封印はしないから」


 ノーとは言えなかった。面の少女は手に糸を絡めたまま、織斗を見守る。

 広はもう一度微笑み、織斗に目線を戻す。


「さて、話をしようか、神木当主」

「俺、時々、広が冗談言ってるのか本気なのか、わかんないことがある」

「性格悪いからな、俺は」

「……あの時言った俺の言葉は、冗談だって……あ、ははっ……」


 笑ってみせるが、広の表情は変わらない。

 普段と違う、厳しい目つき。

 織斗の前では絶対に見せようとしなかった、緋真当主の顔。


「そっか、広……緋真の当主なのか」

「理解できたか?」

「名家の跡継ぎだったもんな、そっちの名家かよ……すげーな、マジで、どんだけ不平等なんだよ、神様」

「神木だって同等だっただろ? 解散して術力も封印していたらしいが……どうかしている」

「あー、うん……そうだな、俺、何も知らなかった。敵を封印しとけって言われて、ただなんとなく……あ、敵一族の話は聞いたぞ。千二百年前からずっと争ってきてて、その因縁から神木を恨んでる、一族が滅ぶまで戦いは終わらないだろうって」

「わかってるじゃないか、それで充分だ。長年の戦いで、緋真は神木を恨んでいる。封印すればその人間の人生は消える。兄弟や子を奪われた、癒えない傷を負わされた恨み。どちらかの血が絶えるまで終わらない」

「マジかぁ、俺、広の家族と戦ってたのかぁ」


 その言葉に、広の手がピクッと動いた。


「……家臣だ」

「血が繋がってんだろ? だったら家族じゃねーか」

「…………」

「わけわかんなかったけど、そういうことかぁ、広がやってたのか、全部」

「……俺が、緋真の当主だからな」

「トランプ使えるもんな、当主だけだもんな。それで広はさ、神木を恨んでんの?」

「は?」

「広はさ、神木を……俺を恨んでんの?」

「……俺は、緋真の当主だから」

「いや、なんで?」

「なんで?」

「俺、何かしたっけ? そりゃ、勉強できなくて広に世話になってたけど、文句言いながらも助けてくれたし。さっきだって普通に、またなって言って別れたよな、学校で」

「……演技だった、と言えば納得するか?」

「演技?」

「友人として側にいたのも、同じ高校に受からせてやったのも、神木当主を監視するためだった。封印が解かれたとき、すぐに気づいて攻撃できるように」

「……マジで? それで俺とずっと一緒にいたの?」

「そうだな。お前が友人だと思っていたのなら、うまく騙せたな」

「……広って昔から混乱すると前が見えなくなる、変なことしたり言ったりするよな」

「変なこと? ……は?」

「演技? 意味わかんね、マジで。敵というか、俺に費やす時間あるなら、自分ちのことしっかりやれよ」

「自分ちって……」

「俺は、広が羨ましかった。仲悪いとかいいながら、呼び出されてよく実家に帰ってる。父親も、姉弟もこの世にいて話しができる。神木一族とか言われても、俺は爺ちゃんと結奈しか知らねーての……なんだ俺、広の家と戦ってたのか。緋真かぁ、でかい敵だな」


 その時、面の少女が広を押しのけて織斗の手を掴んだ。

 じっと顔を突き合わせていると、仮面を通して目があった気がした。


「そっか、お前、神木の印使ってたな。家族なんだな、俺の」


 織斗が笑うと、少女の手の力が強くなった。

 握り返してくる小さな手。

 体温が低くて、心地よかった。


「……封印しない、って約束してたな」


 ため息混じりに広が言った。

 見つめあっていた織斗と面の少女ははっとそちらに目を向ける。


「だから、今は封印しない」


 広はトランプをポケットに収め、何も持っていないことをアピールするように手をヒラヒラさせた。


「まあ、神木の情報はだいたいすぐに掴めるから」


 面の少女を見ながら広がいい、そのあと踵を翻した。


「帰るぞ、あやめ」


 広が声をかけると、あやめは一礼して広の後を追った。


「え、ちょ……っと待て、広」


 織斗の声に、広は足を止めて振り返る。


「何も解決してないよな? 神木と緋真が敵だってことはわかったけど」

「それだけわかっていれば問題ない」

「えーと、じゃあ戦いやめよう。俺、広と戦うとかできないし」

「……話聞いてたか? 戦いたくないとか、そんなレベルで終えれることじゃない。神木はどうか知らないが、緋真はお前たちを恨んでいる。だからあんな姿になってまで、お前に攻撃をしかけに行ったんだ。友人だから神木の当主を許します、もう戦いません。なんて、俺は言えない」

「でも、今まで友達としてやってきただろ?」

「だから、それは演技だって言っただろ」

「演技でそんな」

「ずっと悩んでた。お前が封印を解く前に言ってしまおうか、この関係がいつまで続くか。正直、こうなって安堵してる。緋真と神木は俺たちが出会う、生まれる前から敵だったんだ。夢うつつが、現実に戻っただけだ」


 わざとらしく息を吐いた後、広は再び背を向けて歩き出した。

 後を追うあやめだが、今度は織斗たちに向かって小さく頭を下げた。

 そしてすぐに、小走りで広を追いかける。


 広とあやめの姿が見えなくなったところで、織斗は仰向けに地面に寝転ぶ。


「あー、もう! 意味わかんね、わけわかんねぇ!」


 不思議そうに織斗を見下ろす、面の少女。

 織斗は少女を一瞥したあと、目を閉じて深呼吸した。


「緋真が敵なのはわかった。いや、あんまわかってはないけど。今まで普通だったのにいきなり敵って……つか、おまえ誰?」


 織斗にいわれ、少女は慌てて面を外した。

 片膝をつき、織斗に頭を下げる。


「す、すみません。手助けしなくてはと、必死で」

「いや、それはいい。そのおかげで助かったし」


 そんなことよりも、と織斗は思った。

 面の下の少女の顔が、一瞬しか見えなかったが綺麗すぎて。


「申し遅れました、神木かみきさきと申します。神木かみき悠斗ゆうとを父に、莉央りおを母に持つ、あなたの妹です」


 少女が顔をあげる。肩先まである細い髪で囲われた小さな輪郭に白い肌、潤んだような瞳、桃色に染まる頬と桜色の唇。


「おまえ、顔も綺麗だな」


 それに加えて華奢な身体つき。胸元だけはしっかりとした膨らみがあるが、それ以外は無駄な脂肪が全く見当たらない。

 小さくて可愛らしい。織斗が今まで出会った人間の中で、最も可憐な少女だった。


「あ、いや、人外も含めたら姫未の方が綺麗つかタイプだけど……え、妹?」

「はい、正確には双子の妹なんですけど。あ、六月九日で十七になります」

「あ、俺も。双子なんだから誕生日同じで当たり前か……はぁぁ? 妹? 双子?」

「はい」


 当然のように返事をする咲。

 織斗はわけがわからず、頭を抱えて蹲る。


「何してんの、大丈夫?」


 他人事のような呑気な声に振り向くと、二人のすぐ側に姫未がいた。

 ふわふわと、空中に浮いて首を傾げている。


「大丈夫なわけねーだろ! 起承転結の承がいっぺんにきた感じだよ!」

「なにそれ、意味わかんない」

「つーか姫未、おまえ広のこと知ってたよな? 二年前がどうこう言ってたよな?」

「向こうの従者とはお友達だからね。緋真の当主が術力を手に入れたのは二年前、織斗がトランプを受け取ったのと同じ時期。その時に従者と話をして、織斗が敵一族の神木だって認識したんだって」

「……詳細まで熟知してましたよーってか……」

「なに? 日本語おかしくない? 頭悪い子が頭良さそいな言葉使っても、滑稽に見えるだけだからね?」

「毒舌……それより、おまえ、何で黙ってたんだよ?」

「そう約束したから」

「約束? だれと?」

「それは秘密」

「なんでだよ!」

「あの……」


 怒り狂う織斗を止めたのは、かたわらにいた咲だった。


「状況が、理解できないんですけど」


 遠慮がちに尋ねる咲。

 姫未を見ると、「私は知らないわよ、あんたたちが生まれる前から封印されてたもの」と答えた。


「いや悪い、それ俺のセリフなんだけど……えっと、俺の妹?」

「はい、双子の。あ、咲って名乗ってるけど名前は……もしかして、私のこと知りませんか?」


 咲は怪訝そうに首をかしげる。

 それに真似て、織斗も首を傾けた。


「だって俺、一人っ子として育ってきたし、爺ちゃんも何も言ってなかったし」

「ホントに織斗の妹なの? 証拠は?」


 無遠慮に姫未が尋ねる。


「え、証拠……しょうこ」


 咲は慌てて身体中を探るが、それとなるものは持ち合わせていなかった。

 というか、身につけているのは衣服だけで手荷物一つ見当たらない。


「爺ちゃんに聞いたらわかる!」


 織斗は咲の手首を掴み、自宅に向かって歩き出した。

 引っ張られる形で織斗についていく咲と、二人の後を追う姫未。


「家に連れてくの? 軽率じゃない?」

「術が使える時点でとりあえず、親族には変わりねーだろ」

「あー、たしかに」


 不満は残るようだが一応の納得はした姫未。

 咲は困ったように俯き、織斗に足取りを合わせた。

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