第40話 テスト本番

 ドタバタしていたゴールデンウイークが明けてしばらくたった。

 ゴールデンウイークが終わりをつげると、あの天国のようなショッピングモールでの買い物が嘘のような姉ちゃんの地獄の勉強会が開始された。

 それは学校に行っている間を抜かして昼夜晩続けて行われ、ボロボロのまま気づけばテスト当日の朝を迎えていた。



「眠い‥‥‥」

 


 家の玄関の前で大きなあくびをしながら靴を履く。

 昨日の夜は姉ちゃんの粋な計らいで早めに布団に入れたけど、試験前のプレッシャーで全然眠れなかった。



「体がフラフラするけど、そんなこと言ってられないよな」



 だって今日は中間テスト初日なんだから。

 何が何でも20位以内を取らないと玲奈が他の男に取られてしまう。姉ちゃんという悪魔サターンの魔の手によって。



「絶対に20位以内を取ってやる!!」


「その意気よ。春樹」


「ねっ、姉ちゃん!? いつの間に俺の後ろにいたの!?」


「さっきからずっと後ろにいたわよ。あんたが気づかなかっただけでしょ」



 俺の後ろで大きなため息をつく姉ちゃん。

 さっきの独り言を聞かれていたかと思うと急に恥ずかしくなる。



「それは姉ちゃんが忍びのように背後を‥‥‥ふぁ~~」


「朝からあくびなんかして。ずいぶん眠そうね」


「あぁ、昨日はあんまり眠れなくて」



 正直玲奈が他の男に取られたことを考えると寝付けず、結局ほぼ一睡もできなかった。

 今日のテストで全てが決まると思うと中々眠れなくて、結局一晩中テスト範囲を勉強していたのだった。



「あんた馬鹿なの? テスト前日は十分な睡眠をとりなさいって言ったでしょ!!」


「しょうがないだろ!! 眠れなかったんだから!!」



 元々は姉ちゃんが玲奈に男を紹介するって言わなきゃこんなことになってなかったんだぞ。

 今まであったどんな出来事よりも、今回のテストが1番プレッシャーがかかっていた。



「そういえば春樹、あんた逆境にはめっぽう強かったわよね?」


「どちらかといえばそうだな」


「中学3年生の関東大会。確かあと1歩で全国大会進出って所で、あんたが決勝ゴール決めたのよね?」


「まぁ、一応そういう事にはなってるよ」


「確か敵やボールと一緒に自分の体ごとゴールの中に押し込んでたわよね?」


「よく知ってるな。俺がゴールした場面まで知ってるなんて。もしかして姉ちゃんは俺のストーカー?」


「そんなわけないでしょ!! あんたのストーカーになるぐらいなら、家に出たゴキブリの生態系を観察していた方がまだましよ!!」


「俺の存在価値って、ゴキブリ以下なの!?」


「そんなことはどうでもいいわよ。あの試合は玲奈と一緒に観戦していたから知ってるだけよ。あんたも知ってるでしょ?」


「そうだったな」



 確か全国大会をかけた試合だからってことで応援に来てくれていたんだっけ。

 姉ちゃんや玲奈の他にも大勢の学校関係者が応援に来てくれた気がする。



「コーナーキックからの泥まみれの中でのゴール。敵数人と一緒にゴールに転がり込んだわよね?」


「忘れてくれよ。あの恥ずかしいゴール」



 あの格好良くもない不格好なゴール。

 正直見る人が見れば、格好悪く見えるだろう。

 


「正直な話、無我夢中でゴールした時の事を覚えていないんだ」


「そうでしょうね。顔を上げた春樹も驚いているように見えたわよ」


「敵選手ともみくちゃになっていたからな」



 後半アディショナルタイムのラストワンプレイだったってこともある。

 味方も何人か残して全員中に入っていたし、敵も殆どの選手がゴール前に集まっていた。

 だから最後は敵味方入り乱れて言葉通りの泥仕合となったのだ。



「試合後の春樹のユニフォームは裾を引っ張られて破けてるし、散々だったわね」


「勝ったんだから別にいいだろ」


「そうね。追い詰められれば追い詰められるほどあんたが強いのは知ってるわ」


「何を言ってるんだ? 姉ちゃんは?」



 姉ちゃんはしばらく顎に手を当てて考えた後、スマホを取り出す。

 そしてポチポチと触っていると、画面を俺に見せてきた。



「あんたにだったら、これを見せてもいいわね」


「?」


「この写真。どう思う?」


「写真?」



 姉ちゃんが見せてくれたスマホの写真には男性が写っている。

 男性は超がつく程のイケメンであり、身長も高く腰高で顔が小さい。まるでどこかの読者モデルのようだ。



「超イケメンの写真じゃん!! あれ? でも、この顔どこかで‥‥‥」


「うちの学校にいる3年生の安西君よ」


「あの安西先輩か!」



 そういえば男子バレー部の期待のホープって言われてる学校でも屈指のイケメンだな。

 清楚系からギャル系まで様々な女子を虜にするウルトライケメンマイスターだと風の噂で聞いたことがある。



「もしあなたが20位以内に入れなかったら、この人を玲奈に紹介するわ」


「嘘!? なんで超絶イケメンの安西先輩を玲奈に紹介するの!?」


「何そんなに驚いているのよ。玲奈があんなに可愛いんだから、超絶イケメンを紹介するなんて当たり前じゃない」


「そんな人を紹介されたら、俺は太刀打ちできないじゃないか」


「元からどんな人をあてがってもあんたに太刀打ちできるわけないでしょ」


「ぐっ!!」



 言い訳のしようがない。姉ちゃんの言う通りだ。

 今の俺は運動しか取り柄のない所謂ダメ人間。そんな奴がどんなに背伸びした所で、玲奈が振り向くわけがない。



「玲奈が‥‥‥安西先輩と‥‥‥」


「そうよ。それが嫌なら今日からのテスト、死ぬ気でやりなさい。もし失敗したら、BSSになるわよ」


「BSS」



 BSS。正式名称、僕の方が先に好きだったのに。それは魔法の言葉である。

 もし俺がテストで失敗したら、玲奈があの超絶イケメンの毒牙にかかってしまう。

 俺の方が先に好きだったのに玲奈が取られてしまう。



「あの超絶イケメンの毒牙に玲奈が‥‥‥」



 安西先輩の悪い噂は聞かない。学業優秀で運動もできて人望も厚い。

 学校の大多数から見れば、玲奈の彼氏にぴったりかもしれない。



「でも‥‥‥絶対に嫌だ」



 大多数が玲奈とお似合いだと思っていても、俺はそのカップルが成立するのに反対だ。

 だって俺は玲奈の事が好きだから。玲奈が他の男と恋仲になるなんて考えたくない。



「どう? 少しはやる気出てきたんじゃない?」


「死んでも20位以内に入る!!」



 これぐらい楽勝に超えないと玲奈の彼氏として立候補することができない。

 何が何でも中間テストで20位以内にはいる。それが今の俺の目標だ。



「よし、これでOK。後は玲奈の様子を見て、発破をかければ‥‥‥」


「姉ちゃん、今何か言った?」


「別になんでもないわよ。早く行きましょう」



 そう言って逃げるように家を出る姉ちゃん。

 その様子はどう見たって怪しい。まるで弟の俺に何か隠し事をしているみたいだ。



「変な姉ちゃんだな」



 怪しいとはわかってるけど、今は自分の事に集中しよう。

 テストで20位以内に入らないと、玲奈が他の男に取られてしまう。



「姉ちゃん!! 待ってよ!!」



 逃げるように外に出る姉ちゃんを追うように、俺も玄関を出て外へと飛び出すのだった。


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