第38話 楽しかった日

「はぁ~~、遊んだ遊んだ。今日は楽しかったわね」



 夕方のショッピングモール、外に出ると姉ちゃんがその場で背伸びをした。

 玲奈はというと手提げバッグを抱えながら満足そうに歩く。



「うん、すごく楽しかったね」


「たまには息抜きもしないとダメよね。勉強ばかりだと息が詰まっちゃう」


「よく言うぜ。姉ちゃんなんか、いつもWindのライブBDを見て息抜きをしてるくせに」


「あれは息抜きじゃなくて訓練をしてるのよ。春樹はそんなこともわからないお馬鹿だったのかしら?」


ひふぁい痛いひふぁいよ痛いよへぇしゃん姉ちゃん



 姉ちゃんは俺の両頬をつねりながら、笑顔で俺の顔を覗き込む。

 そのニコニコと張り付けたような笑みを浮かべ、見た目は完全に女神モード。

 だけど中身は悪魔デーモン。いや、悪魔サターンだ。



「わかったわね、春樹」


ふぁいはい


「よろしい」



 パチンと言う音と共に、俺の頬から姉ちゃんの手が離される。

 両頬がすごく痛い。晴れているんじゃないかとさえ思う。



「姉ちゃんめ!! 俺に勉強を教えている時も、隣でずっとwindのライブBD見てるし途中でコールまでし始めるのに」



 おかげで気が散ってしょうがない。

 そしてコール後俺の答えを見に来るんだけど、できなければ頭ごなしに怒る。

 その光景はもはやただの暴君に他ならない。



「それにしても春樹、あんた相変わらず音痴ね」


「ほっといてくれよ!!」



 2人が俺のことを見てクスクス笑っている所を見ると腹が立つ。

 俺が音痴なことなんて姉ちゃんも玲奈も知ってるくせにカラオケに誘うんだからたちが悪いな。



「でも、その後やったクレーンゲームは凄かった」


「そうか?」



 カラオケの後行ったクレーンゲームで、俺は玲奈が欲しがっていたぬいぐるみを取った。

 なんか大きい猫のぬいぐるみだったが、あれは一体何だったのだろう。

 今は玲奈の胸の中にぎゅっと抱かれている。



「玲奈、そのぬいぐるみの名前なんていうの?」


「これ? これはデブねこだよ」


「「デブねこ!?」」



 いかん、いかん。最初はただの豚にしか見えなかったけど、猫だったのか。

 確かによく見れば耳もあるし鼻も強調されている。

 あれ? もしかするとこれ、豚じゃない?



「ありがとう、春樹。これを春樹だと思って大事にするね」


「ガッデム!!!」



 俺だと思って大事にするってどういうことだ?

 玲奈はもしかして、俺のことを豚だと言ってるのか? もっと痩せろと、そうおっしゃってるのか。



「へぇ~~春樹、いいじゃない。玲奈にそんなに愛されて」


「これは愛されているの!?」



 だって見た目はどう見たって豚だぞ。色はピンクだし。

 はっ!? もしかして玲奈は別のことを考えてるんじゃないか?

 豚というのは隠語、つまり玲奈が言いたいことは‥‥‥。



「玲奈が女王様で、俺が豚か。痛いのは嫌だが、玲奈にやられるなら‥‥‥」


「美鈴さん、春樹は何を言ってるの?」


「どうせまたお馬鹿なことを考えてるのよ。気にしたら負けよ。負け」


「姉ちゃん!! これは馬鹿なことじゃなくて、これからの人生で重要な‥‥‥」


「それをお馬鹿だって言ってるのよ!! あんたは荷物もってるんだから、キリキリと歩きなさい!!」


「理不尽だ」



 姉に頭をはたかれ、両手に荷物を持ちながらさすっていると、玲奈がふっと笑う。

 笑っただけではない。声を出して笑っていたのだ。



「玲奈? どうしたんだ?」


「何でもない。ただ、春樹と美鈴さんのやり取りが面白かっただけ」


「面白かった!?」



 あのやり取りのどこが面白かったって言うんだ。

 おもしろポイントなんて、何一つなかっただろう。



「まぁ、面白ポイントといえば春樹の残念な顔ぐらいね」


「姉ちゃん、俺に喧嘩売ってる?」


「別に売ってないわよ。事実をいったまでよ。事実を」


「姉ちゃんめ‥‥‥」



 いちいち腹立たせる物言いだ。もっと他に言い方があるだろう。



「春樹と美鈴さん」


「玲奈?」



 俺の耳元まで近づく玲奈。そして俺達に満面の笑顔を向けた。



「ありがとう。今日は春樹と美鈴さんのおかげで楽しかった」


「えっ!?」



 今楽しかったって言った? しかも俺のおかげって。

 聞き間違いじゃないよな。



「玲奈、もう1度今の言葉言ってもらってもいい?」


「ダメ。私は1回しか言わないから」


「そこを何とか。できれば春樹の名前を抜かしていってほしい」


「姉ちゃん!?」



 天使のような微笑みを浮かべる玲奈。

 その笑みは普段学校で見せる作られた笑いではなく、心の底から楽しんでいる表情だった。



「春樹、美鈴さん、早く帰りましょう。暗くなっちゃいますよ」


「わかったわ。行きましょう」


「おっ、おう」



 姉ちゃんを先頭にして、俺と玲奈はバス停へと歩き出す。

 その後俺達はバスに乗り、家路へとつくのだった。



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