第10話 パワーアップ

「ネッド」


声をかけられて振り返る。


「レーネか?どうしたんだ?」


「どうしたじゃないわよ。明日は朝早いんだから、早く寝ないと」


「うん、わかってる」


遠くを眺める。

そこには故郷、ブルームーン王国の首都レイクリアが小さく見えた。


「母さん……」


レイクリアの地下には、数百人の人間が捕らわれていた。

その中には、母さんやレーネの両親もいる。


――グヴェルの全世界へと向けられた宣戦布告。


それはこの大陸全てに対する、破壊の宣告だった。

その際、捉えられたブルームーンの人々が映し出され、1月後に人質を皆殺しにすると奴は宣言している。


明日がちょうど期限の最終日。

母さん達を救うためにも、なんとしても奴を倒さなければならない。


だが……出来るのだろうか?


奴の力は強大だ。

都市を丸々吹き飛ばし、数え切れない程の魔獣を奴は使役している。


そんな化け物相手に……


「大丈夫、きっと上手くいくわ」


レーネの手が俺の手に触れる。

暖かい。

握り返すと、不思議と不安が和らいでいく。


「ネッド。生き残りましょう、絶対に」


彼女と一緒なら、どんな事でも乗り越えられる。

不思議とそう思えてしまう。


「ああ……」


レーネが瞳を閉じる。

俺は彼女を引き寄せ――


「っ!?」


その時、人の気配を感じて振り返る。

邪魔者テオードが来たのかと思い身構えたが、全然知らない人だった。

20代後半の女性だ。


「あら、お邪魔しちゃったみたいね」


「せせせ、先生!?」


レーネの知り合いらしい。

慌てて彼女は俺から離れた。


先生と呼んでるって事は、魔術学院時代の恩師だろうか?


「久しぶりね、レーネ。元気そうで何よりだわ」


「良かった!無事だったんですね!心配していたんです!」


王都から近い魔術学院は、魔獣によって真っ先に潰さされたと聞いている。

どうやら彼女はその生き残りの様だ。


「他の皆は無事なんですか!?」


「逃げるときにバラバラになってしまって、他の皆の事は……でもたぶん……」


「そう……ですか」


レーネの表情が曇る。

此処までその事を一度も口にしてはいなかったが、きっと心配していたのだろう。

自分の事ばかり考えて、そんな彼女の気持ちに気づいてやれなかった自分が情けない。


「ごめんなさいね。私がふがいないばっかりに」


「そんな、パーラ先生のせいじゃありません。謝らないでください」


「ありがとう、レーネ」


パーラさんがおもむろに、ウェストポーチを開けて何かを取り出す。

それは赤い色をしたポーションだった。


「それは!完成したんですか!?」


「残念ながら、まだ試作品の域は出ないわ。それでも24時間程度なら効果は持続するはず。此処へは、これを貴方に渡す為に急いでやって来たの」


「ありがとうございます!」


「レーネ?それは?」


俺は気になったので聞いてみる。

決戦前に急いで持ってきたという事は、戦いを有利に運ぶ物に違いない。


「これは飲んだ者に、戦士としての特性を付与する薬よ」


「戦士の特性を付与!?それって?」


俺はレーネを見る。

すると彼女は力強く頷いた。


「その小手に込められた力を解明して、先生が作ってくれた物よ」


遺跡で見つけた小手には二つの能力が秘められており、一つは命の代償ライフクラッシュ

そしてもう一つは、市民シビリアンという特性が付与される効果だ。

レーネはこれを改良する際、その力の解析を行っている。

この薬は、そのデータを元に作られたているのだろう。


「これを飲めば、ネッドはパワーアップできるはず!」


空白ブランクであった俺にとって、特性を得てレベルの恩恵が受けられると言うのはかなり大きい物だった。

だが市民シビリアンの特性は、お世辞にも戦闘向きだったとは言い難く、その伸びしろは極々小さな物だった。


それを戦士に変える事が出来るのなら、大幅なパワーアップが期待できる。


「ありがとうございます!」


「お礼なんて別にいいわ。少しでも勝つ確率を上げる為に、どうしても渡しておきたかっただけだから。もっとも……あれだけの魔獣の軍勢を率いる化け物相手じゃ、焼け石に水かも知れないけどね」


「いえ、俺は勝ちます!必ず!」


俺ははっきりと宣言する。

さっきは弱気だったけど、レーネが俺に勇気を与えてくれた。

もう負ける事は考えない。

絶対に勝って、生き延びて見せる。


「ふふ、頼もしいわ。それが現実になる事を、願っているわね」


「わざわざ持ってきてくれたポーション。無駄にはしません」


「安心してください、パーラ先生。勝算はちゃんとありますから」


レーネが自信満々に宣言する。

彼女がここまではっきりと口にしたという事は、本当に勝算があるのだろう。


「あの化け物だって魔力は無限じゃないはず。これだけの馬鹿げた数の魔獣を召喚して使役しているのなら、其方に魔力の大半を注ぎ込んでいるに違いありません。魔法が真面に使えないのなら、私達にも勝機は必ずあります」


俺は魔法の事はよく分からない。

だが確かに、このブルームーン王国に配備された魔獣だけでもすごい数だ。

ここに至るまでも、数え切れない程の魔獣を斬って来た。

しかもブラストやレイゲンにも、とんでもない数の魔獣がいると聞く。


流石にそれだけの魔獣を使役するには、相当な魔力が必要となる事は俺にも分かる事だ。


「成程、流石はレーネ。こんな事態なのに、冷静に状況を分析しているのね」


「ええ、むざむざ死にに行くつもりはありませんから」


「私は後方支援の部隊に混ぜて貰う事になるからあなた達とは一緒に戦えないけれど、明日はお互い頑張りましょう。人類の未来のために」


「はい」


「じゃ、これ以上若い二人の邪魔しちゃ悪いから。おばさんは退散するわね」そういってパーラさんは野営地へと帰って行く。

そういう事言われると、逆に意識して気まずいんだが……


「ネッドは何があっても、私が守るよ」


レーネが俺に寄り添う。


「そうか。だったら、レーネは俺が守る。約束するよ」


俺は彼女を優しく抱きしめた。


「うん、信じてる」


そしてレーネに口付けする。

これは誓いのキスだ。

愛する彼女を守り抜き、共に生き抜く覚悟の……



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「さて、ネッドに褒美ポーションも渡した事だし、帰るとするか」


変身を解く。

パーラー・クルムから、本来の化け物の姿に。


魔術学院にいた奴らは真っ先に皆殺しにしている。

その中にはパーラー・クルムも含まれていた。


当然ポーションは俺が作った物だ。

いくら俺の渡した小手からデータを取ったとはいえ、人間如きが短期間であのポーションを完成させる事など不可能。

だから不自然なく渡す為に、俺は魔術学院の人間を皆殺しにしたのだ。


「ネッドには強くなってもらわないと。あまり弱すぎると、負けるのにも一苦労だからな」


最終的に負けたふりをする訳だが、ネッドとの力の差がありすぎると不自然になってしまう。

だからあいつには強くなってもらう必要があった。


「しかし、魔力の枯渇か」


いい着眼点だ。

確かにあれだけの魔獣を使役するとなると、いくら俺でも魔力が足りなくなる。

だが――


「ま、命砕きライフクラッシュで賄っているから、まったく問題ないんだがな」


魔獣達維持の魔力は、全て命砕きライフクラッシュによって賄われている。

ラミアルに与えた力物と同じ力だ。

当然俺にも使える。


普通の生物がこれほど大量の魔力を変換したら、きっと瞬く間に命を落とす事になるだろう。

だが転生者の寿命は無限に等しい。

この状態を千年続けても、俺の寿命が尽きる事は無いだろう。


「しかし、悪くないな」


魔力枯渇による弱体化。

それを装えば、スムーズに事態を回せるはずだ。

レーネには感謝しないといけない。


俺は空間に明けた穴で玉座へと戻った。

そして玉座に腰掛けた俺は思索する。


「明日でエンディング……か」


このゲームは中々楽しめた。

十分満足できたと言える。


だがまだ終わりではない。


明日以降も、裏から状況を操り。

ネッドをこの国……いや、この世界の王にするため動かなければならない。

そこも含めて、まだしばらくは楽しめるだろう。


誰もいない玉座の間で俺は一人妄想に浸り、にやにやとするのであった。

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