第43話 交渉
「もう来ていたのか?随分早いな」
時計を確認すると、まだ約束の時間まで30分もある。
こんなに早くやって来るとか、こいつ実は暇なのだろうか?
「殿下をお待たせする事無い様、早めに参りました。お邪魔なようでしたら、出直して参ります」
「構わんよ。別に他に用事がある訳ではないからな」
「ありがとうございます」
奴は俺に
俺はそれに片手を上げて答えた。
「今日お前を呼び出したのは他でもない。例の件の進捗状況と、私の即位に反対しそうな諸侯の情報を用意して貰いたいのだ」
「諸侯の情報ですか?」
俺の言葉に、ラグレは一瞬訝し気に眉を顰めた。
だが直ぐに、何時もの
まあ唐突に敵対者の情報を寄越せと言われたのだ、いきなり何を言ってるんだこいつはと思っても仕方ないだろう。
「何、お前にばかり苦労を掛けるのは悪いからな。それで、少し手伝ってやろうと思っただけだ」
「手伝い……ですか?」
「ああ、そうだ。お前に変わって、考えを改めるよう俺が説得する」
「え!?いやその、殿下それは……」
困ったように言葉を濁しはするが、今度は顔に出ていない。
中々のポーカーフェイスだ。
さて、それがいつまで続くか楽しみだ。
「実は急ぐ理由が出来てな。さっさと王位を継ごうと考えている。その為、私手ずから敵対的姿勢をとる諸侯の説得に当たる事にしたのだ」
本来なら、王家簒奪はだいぶん先を想定していた。
だがラミアルの成長が目覚ましく、折角なので展開を巻いて行く事にしたのだ。
対抗馬のネッドも順調に育っているしな。
「急ぐと申されても、陛下は御健勝で在らせられますし」
「じきに魔族との戦争が始まる。父上はその先触れによって命を落とす予定だ」
「んな!?で……殿下……御冗談を……」
お、また表情が一瞬崩れたな。
まあこんなとんでも話を、自分達の担いだ御輿にいきなりされたのだ。
余程の
「冗談じゃない。事実だ」
冗談を言う為に、一々ラグレを呼び出す程俺も暇ではない。
まあこいつには俺の力を殆ど見せていないから、疑うのも仕方が無い事ではあるが。
「説得の方も、成功するまで続けるから安心しろ」
「成功するまで……ですか?」
「失敗すれば次の当主と交渉すればいいだけの事。事故死などよくある事だ。違うか?」
「……」
ラグレが黙って、じっとこちらを見つめる。
その瞳はまるで此方の真意を探るかの様に、俺の瞳を捉えて離さない。
「本当に、魔族との間に戦争は起こるのですか?」
「無論だ」
「仮にそれが本当だとしても、敵対的貴族の不審な死が続けば、此方に疑惑の目を向けられる事になってしまいます」
まあ説得するに当たり、少なくとも4-5人、多ければ数十人の首が挿げ替えられるのだ。
それも全てリンドウ家に敵対するものが。
疑われるのは間違いないだろう。
「問題ない。衆人環視の中、突然爆死するんだ。証拠など残らんよ。疑われるのが気になるなら、始末するタイミングを教えておいてやる」
いつどこでどう死ぬか分かっていれば、身の潔白を立てるのは容易なはず。
その程度も出来ない無能なら、もうこいつも不要だ。
適当に切り捨てるだけの事。
「お前は情報を持ってくればいいだけだ。手を出せとは言っていない。それすらも出来ないというなら、お前達とはこれまでだ」
ぶっちゃけ、リンドウ家を無視して進める事も出来た。
情報を手に入れるのもそれほど難しい事ではない。
それでもわざわざ俺の予定をラグレに伝えたのは、此方の都合でリンドウ家の予定をかき乱す事に成るので、せめてものお詫びとしての側面が強い。
仮にも、これまで俺のために働いてくれていたのだからそれぐらいの便宜は図るさ。
「……分かりました。殿下のお言葉を信じて、事を進めていきたいと存じます。ですが、説得を手伝う訳には……」
まあリンドウ家としては当然だな。
事が事だ。
上手く行く算段も立っていないのに、迂闊に手を出せば火傷では済まないだろう。
初めから情報以上の物は期待していない。
だが――
「ああ、説得は俺が個人で勝手にやる事だ。手伝いはいらんよ」
例え俺が失敗したとしても、謀殺に関わらなければリンドウ家はどうとにでもなる。
だからあくまでも情報提供しかしたくない。
その気持ちは分かる。
分かる、が。
――ここは俺に忠誠を示す、いい機会だったとういうのに……馬鹿な奴だ。
俺は心の中で苦笑いする。
自分達の損得だけではなく、それを超えた忠誠を少しでも見せてくれれば、全てが終わった後、世界の中心にリンドウ家を据えるよう働きかけてやったというのに。
逃した魚の大きさを後々知る事に成るだろう。
ラグレは。
本当に勿体ない事をしたものだ。
「では、直ちに手配してまいります」
そう言うと、ラグレは頭を下げてそそくさとこの場を後にした。
見ると下僕達が不安そうな顔で此方を見ている。
まあ危険な話を垂れ流しで聞かされたのだ。
不安になるのも無理はないだろう。
ひょっとしたら、不安から裏切る者も出て来るかもしれないな。
まあその時は始末すればいいだけだ。
俺は細かい事は気にせず椅子に腰かけ、静かに目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます