第68話 飛行艇


翌、昼頃


休ませて貰っていた建物の中に大広間が有り、其処で簡単な食事が提供されていた。

テーブルの上には様々な食べ物と飲み物が置かれているが、椅子は無く各々は立って食事を取っている。


「処でメルラーナさん。」


「ふぇ!?」

カルラが急に矛先を変え、メルラーナは吃驚して変な声を上げてしまった。


「あの霧を纏ったモンスター、アレは何だい?私には遺跡で出くわしたあのゴブリンと同じ様に見えたんだが…。」

カルラの質問にメルラーナは肩をビクン、と震わせる。


「そ、それは…。」

メルラーナが話していいものかどうか渋っていると。


「メルラーナさん、霧の魔物モンスターの事を知っているのか?」

シグが問い詰めて来た。


「霧の魔物モンスター?…あ。」

そう云えば、ビスパイヤさんがそんな名前で呼んでたっけ?と云う事はシグさん達もビスパイヤさんと同じ様に、リースロート王国から欠片のモンスターの事を調べていたのかな?


「えっと、詳しくは知りません、欠片のモンスター、シグさんが霧の魔物モンスターと呼んでるモンスターの事はテッド…、テイルラッドと云う人に少し聞いただけで…。」


「ブッ!?ゴホッ!ゴホッ!」


メルラーナの話がまだ終わっていない処に、カルラが飲んでいた飲み物を吹き出し咳き込んだ。


「テ、テ、…テイルラッドだって!?テイルラッドって、あ、あ、あのテイルラッドか!?」

あのテイルラッドって云われても、一人しか知らないんだけど…。


「えっと、テイルラッド=クリムゾンって云う人です。」


「「「ブッ!?」」」


フルネームを聞いた途端に今度は全員が吹き出した。


…皆さん、汚いなー。


「メルラーナさんには毎度驚かされている様な気がするよ、まさかあのテイルラッド=クリムゾンと知り合いになっていたとは、父親と知人に五大英霊が二人………。」


ガタガタ、そ、想像しただけで寒気がしてきた。


「凄い人は凄い人を寄せ付ける何かが有るんですね。」

シグは瞳を輝かせ乍らそんな事を言っている。


「それで、何故欠片のモンスターと呼んでいるんだい?テイルラッド=クリムゾンは…。」


カルラの質問に、何でいちいちフルネームで呼ぶんだろ?等と考え乍ら。


「え…っと、あのモンスター達は欠片を食べる事であの状態になるらしいんです、其の欠片がどう云った物なのかはよく知りませんけど、其れで欠片のモンスターって呼ぶ様になったとか…。」


カルラは顎に手を当てて。


「ふむ、食べる…か、欠片とやらを摂取、体内に取り込む事であれ程の脅威的な肉体に変化する…と云う事か、…成程、其の事実を知らない者達には、身体から黒い霧の出ているモンスターとしか認知されておらず、霧の魔物モンスターと呼んでいたのか。

知っている者達からすれば霧は欠片を摂取した事で生まれる現象の一つであって、霧其者が原因では無いから、霧の魔物モンスターでは無く欠片のモンスターと呼んでいる訳か。」


おお!?カルラさん、何か凄い、たったアレだけの情報で理解出来たの!?


其の時、大広間の扉が開き、一人の冒険者が入って来ると、辺りを見渡し、メルラーナ達が居る場所に近付いて来た。


「リーダー、遅くなりました。」

と、冒険者のリーダーに軽く一言告げる。

「おお、首尾はどうだった?」

「はい、問題無く…。」

冒険者の返事にリーダーが、ウンウン、と頷いている。


「?」

何だろ?


首を傾げて不思議そうに其の光景を眺めていると、冒険者が話し出した。

「シグ殿かマオ殿、どちらか飛行艇の操縦は出来ますか?」


「え?あ、はい、一応私は出来ます。」

マオが挙手して答える。


クトリヤ国の騎士は重要拠点と成る街に飛行艇を配備している、クトリヤ国の様に水辺の多い国では飛行船より飛行艇の方が扱い安く、騎士の訓練の中に飛行艇の操縦も含まれている程なのだ。


「其れは良かった、駐屯所から昨夜の騎士を脅し…じゃない、頼んで飛行艇を貸して貰ったから、クトリヤ国内での移動に使うといいよ。」


…今、脅したって言おうとしなかった?言ったよね?脅したって、だ、大丈夫なのだろうか?…ん?飛行艇?


「え!?飛行艇に乗れるんですか!?」

飛行艇と云う言葉が、脅す、と云う単語を掻き消してしまった様だ。


「民間人が使える飛行艇は出払っているからな、昨夜カルラ殿に頼まれて騎士団の使っている飛行艇を拝借しに行かせておいたのだよ、冒険者の所有している飛行艇は冒険者が居ないと乗せる事が出来ないし、今此の町から冒険者を輩出させる訳にはいかないからね。」


「おー!!」

飛行艇に乗れると解って瞳を輝かせる少女を見てマオは思った。


メルラーナさん、飛行艇とか興味あるんだ?私は乗り物とか全く興味無かったな、同じ女の子なのに…、変わった娘だな…、ハッ!?駄目駄目、興味を持つ対象なんて人それぞれなんだから。


「さて、じゃあ善は急げだ、出発するとしよう。」

カルラがそう言って踵を返すと。


「え?何処へ?」

マオがカルラの背中に向かって声を掛ける、するとカルラは振り返り。


「勿論マオさん、君の実家に行くんだ、移動している間に今後の話を纏める…のは厳しいから、少しでも時間の節約をしないとね。」


…ああ、カルラさん、行動力が有りすぎます。


「実家は何処にあるの?」

「あ、いや、その、バルデンウィッシュ…です。」

「バルデン…ああ、クトリヤ国最西端の…。」


モアムダンの町がクトリヤ国の重要拠点の一つにされている理由は、町が国の中央付近に有る事と、町の周りに巨大な湖が有り、飛行艇を保管させるにはもってこいの土地な為である、変わってクトリヤ国最西端、バルデンウィッシュは都市でも町でも村でも無く、要塞である、西の国は南の国のボロテア国との交流が盛んで、強力な武器等をボロテアから買い集めている、まるで何時でも戦争を起こしてやる、と言っているかの様に…、そんな国と隣り合わせになっている要塞は別名『西壁さいへきのバルデンウィッシュ』と呼ばれる鉄壁の要塞である。


「え?バルデンウィッシュ?あの要塞に君の実家があるの?」

シグは不思議そうにマオに尋ねる。

「よ、要塞とは別にちゃんと街もあるわよ。」

マオは拗ねる様にシグから顔を背けた。




メルラーナ、カルラ、シグ、マオの四人を見送る為、冒険者から代表でリーダーとギルドマスター、昨夜の激戦を潜り抜けた数名の冒険者達が飛行艇の発着湖へと来ていた。


「おおおおお!?こ、此が飛行…艇?…何か…思ってたより小さい?」

メルラーナは忌憚きたんの無い率直な感想を述べる、眼の前には湖の上に浮かぶ、見た目は鳥が翼を水平に目一杯広げた様な姿をした、二枚の翼を有する鉄の塊だった、其の大きさは最大で千人を乗せる事が出来る飛行船の十分の一にも満たない大きさで、飛行船とは全く違った姿をしている。


「まあ、確かに小さいよな、コイツは騎士団専用の飛行艇で一度に運べる人数も精々20人が限界の小型飛行艇なんだ。」

シグが簡潔に説明をしてくれた。


「ほへ~。」

口を開けてポカンとしているメルラーナだったが。


「時間が惜しい、早く乗り込もう。」

カルラに急かされて搭乗する事となった。


搭乗口は狭く、筒の中にいる様な感じをさせられる、鉄が剥き出しになっている壁や床、向かい合う様に7~8人位が座れる長椅子が両脇に一つずつ設置されている、飛行船では有り得ない乗客から丸見えの操縦席は、無数のレバーやボタン、数字の表示された機材で詰め込まれており、見ているだけで眼がチカチカする。


「何か…思ってたのと全然違う?」

メルラーナの率直な意見にカルラが。

「そりゃあそうでしょ、此の飛行艇は軍用機なんだから。」

瞳を輝かせ乍ら口を開く。


「軍用機?」


飛行船であろうと飛行艇であろうと、旅客機と軍用機では外見も中身も全く別物である事を、長々とカルラから説明された。


ああ、カルラさん、此に乗りたかったのか…な?


カルラの説明がまだまだ終わりそうにならない様子であったが、エンジンに火が付き、急に内部に思わず耳を塞ぎたくなる様な騒音が響き、メルラーナは吃驚した。


「こ、こんなに五月蠅いモノなんですか!?」


メルラーナは隣に居たシグに尋ねる。


「…え!?何か言ったかい!?」

メルラーナの声はエンジン音に掻き消され、シグの耳には届かなかった様だ。

そんな事をしている間に、飛行艇はゆっくりと湖の上を走り出し、水面に白い波を生み出した、発着場では冒険者達が手を振ってメルラーナ達の出発を見送っている。


『皆さん!今から加速します!席に着いてベルトを締めて下さい!』

マオの声が機内に響き渡る、列車や飛行船の機内放送と同じ機能を使って一方的に此方に話している様だ。

メルラーナは言われるままに椅子に座ると、シグがメルラーナの前に立って椅子に取り付けられているベルトを引っ張り、固定した、次にシグはカルラの方を見たが、カルラは既に準備が完了してる様子で、機内を見渡して騒音で聞こえなかったが何やらブツブツと呟いていた。

機体の速度は段々と上がって行き、機体が大きく揺れ始める、波によって飛び跳ねる事数回水面から徐々に離れて行き、浮かび始めた飛行艇は遂に飛び立ったのだった。


飛び立ってから暫くして、揺れていた機体は安定し始める、頃合いを見計らっていたのか、シグはベルトを外してマオ側に寄り、何か話し掛けていた。

隣で座っていたカルラは機内を見渡してブツブツと呟いている。

其の様子を見たメルラーナはもう動いても大丈夫なのかと思い、地図を広げてバルデンウィッシュの場所を確認する。


「えっと…バル何とかって…何処だろ?」


西壁って云ってたから西?


地図上でモアムダン指差して、其処から西に指をスライドさせて行く。


「んん?」


んんん?バル何とかってトコが見当たらないぞ?


地図を目一杯広げてみると、地図は西の隣国との国境線の辺りで途切れていた。

隅から隅まで見渡すと、不自然な事に気が付く。


あれ?…此処、国境線が途切れてる?


山の上に描かれている国境線の一部が、地図に乗っていない部分を突き抜けて途切れており、少し離れた処から再び戻ってきていた。


…えっと、…此はつまり、此の先にバル何とかって街が有るって事でいいのかな?て云うか深く考えずに見てたけど此の地図、改めて良く見たら北側も途中で途切れてる。


地図にはボロテア国を中心に北のクトリヤ国と隣国が描かれており、リースロート王国は地図の上の方に手書きで『此の先からリースロート王国』としか書かれていなかった。

其の他にも四つ位のルートが書かれており、地図の途切れる前の街や村には、其の先の進み方と辿り着く街の名前、何処に行けば近いとか、逆にこの町に向かうと遠回りになる等、事細かく記されている。

そうして地図と睨めっこし初めてから数十分が経過した頃。


『メルラーナさん、カルラさん、そろそろバルデンウィッシュに到着します、席に着いてシートベルトを締めて下さい』


と、機内でマオの声が流れると、シグが戻ってきて座席に座り、シートベルトを締めた。


「え?もう着いたの?」


出発してから一時間も経っていないのに、空の乗り物ってこんなに早いものなのだろうか?メルラーナ自身、何度か父親に連れられて飛行船に乗った事はあったが、何処へ行ったかの記憶も疑わしいものだったので何処までにどれ位の時間で移動したか等、正直覚えていなかった。

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