第61話 援軍


列車に乗って貿易都市エバダフを出発してから、早1週間が過ぎていた。


列車内・メルラーナの寝泊まりしている部屋。


ゴロゴロ、ゴロゴロ。


「うーあー!ひーまーだー!」


ゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロゴロ。


「ひーまーだーなー!」


ベッドの上で手足を真っ直ぐ伸ばし、右に左に往復し乍ら転がっていた。


毎日美味しい食事を食べれるのはいいんだけど、大分使いすぎの様な気がするし、景色は綺麗だけどじっとしてるのは性に合わないし、身体が鈍るし。


同じ乗り物の中で数日間を過ごした経験が無かったメルラーナは、暇を持て余していたのだ。


『いつも御乗車いただき、誠に有り難うございます。』


「!?」


車内放送が流れて来た。


『此より当車両はクトリヤ国へ入国致します。』


「をを!?」

遂にボロテア国を抜けるんだ!?


『此処からはリースロート領となります、かの世界四大国家の一角である、リースロート王国の傘下国であるクトリヤ国は…、……、……。』


観光案内の放送は長々と続いている…。


エアルの言っていた通りだ、ボロテア国の次はもうリースロート領になるって…。

確か…、リースロート王国までは後二国有るって言ってたよね?列車に此のまま乗って行けば隣の国までは行けるって乗務員さんに聞いたけど…。

どうしよう…、二週間は掛るって話だったよね。


地図を開いてルートの確認をする。


…飛行艇って書いてあるモアムダンって云う町までは次の街で乗り換えればいいのか…、乗り換える町までは後小一時間程で着くみたいだし、其処からモアムダンまでは明日の夜には到着するらしいし。

むー、これは掛けだなぁ。

………飛行艇って云うのも気に成るし、飛行艇に乗ればどれ位の時間で何処まで行けるんだろ?


うーん、悩むなぁ、………行ってみようかな。


一頻り悩み抜いた後、次の町でモアムダンに向かう為に乗り換える事にしたのだった。




乗り換えた列車は、1両に5つの部屋があった長距離様とは違い、固定された椅子が中央の通路に向かい、横に2脚ずつ左右に合計4脚、設置されており、其れが縦に15列並べられている。

1両に座れる人数だけで60人は入れると云う計算になる、多くの人を運ぶのが目的の列車ならではの作りとなっていた。


夜空に浮かぶ真円を描いている月が大地を照らし、明りが灯されているのではないか?と勘違いしてしまいそうな程の夜だった。

列車がモアムダンの町に着車するまで10分を切った時、列車内に予想外の放送が流れ始める。


『いつも御乗車いただき、誠に有り難うございます。

大変申し訳ありません、当車はモアムダンの町に停車する予定でありましたが、モアムダンの町で緊急事態が発令された為に、町には入らず、此の場で一時停車する次第となりました。』


「へ?」


放送が一区切り終えた所で、車両の速度が徐々に落ちて行き、やがて列車は停車し、再び放送が流れる。


『たった今入ってきた情報です、現在、モアムダンの町中で変種のモンスターが暴れている模様です、お客様の中に冒険者、若しくは戦闘経験が豊富な方がいらっしゃれば、討伐に参加して頂けないでしょうか?報酬は町から支払われるそうです。』


放送を聞いた後、数人の男女が先頭車両へ向かって移動し始めた。



…変種のモンスター?


メルラーナは此まで戦ってきた黒い霧を纏うモンスターの事を思い出している。


そもそもそんな頻繁に現われるモンスターじゃ無いって、ビスパイヤさんも言っていたし………まさか…ねぇ?




同時刻、モアムダン・門内区。


破られた門の周辺では、冒険者と騎士が、霧の魔物に対して共闘していた、其の戦いは激しいものであり、既に多くの死者を出している。


「住人の避難はまだか!?」


冒険者を指揮している男が霧の魔物と戦い乍ら、避難状況の確認を取っている。


「まだです!もう少し!」

「早くしろ!もう此処は持たないぞ!!」


其のやり取りを聞いていた騎士シグは…。


「チッ!あの馬鹿騎士団長が、俺達の警告を聞いてくれてさえいれば!」


息を切らし乍ら、愚痴を零している。

休む間も無く戦い続けていた為か、彼の身体は既に傷だらけだった。


「今更愚痴を言っても仕方ないわ、騎士団長も一緒に戦ってくれたのだし。」

隣に居たマオがシグを宥める。


モンスターが町中に侵入した少し後、騎士団長が5人の騎士を連れて現われたのだ、到着直後に状況を把握し、騎士や兵士に命令を下して、自らもモンスターに立ち向かって行った。

重要拠点の団長に選ばれるだけあってか、彼の実力は本物であった、モンスターを数回切り刻み、再生速度を確認した後、切り刻む速度を上げて対応した、再生された後に形が変わるのを見ると、間合いを取り、形が変わる事で能力に変化が見られるかどうかの判断をする為に援護射撃を撃たせ、自らも魔法を放つ、其の上で冒険者達の動きと住人避難状況まで確認すると云う騎士団長に対して…。


…此の男、性格は悪いが…凄い!戦闘能力もツァイ隊長より上じゃないのか!?


決して好きには成れない相手だが、シグは騎士団長の実力だけは認めざるを得なかった。


騎士団長が現われた事で、状況が多少は良くなったのだが、モンスターが建物を破壊した際、崩れ行く建物の下に居た住人を救いに向かった騎士団長は、背中から其の胸を貫かれ、絶命したのだった。

その直後、騎士達はモンスターに対し、卑怯者、腰抜け等と感情を露わにして激昂していたが、冒険者やシグは、モンスターの行動に卑怯も何も無いだろう…、と心の中で呟いていたと云う。


指揮官を失った事で、騎士団は完全に崩壊していた、副団長の言葉は届かず、錯乱した騎士達は団長の仇と言わんばかりにモンスターに突貫して命を無駄に落としていく。


「ひ…酷い。」

其の光景を、同じ騎士であるマオは絶望の眼差しで見つめていた。


しかし其の騎士達の愚かな行動によって、不幸中の幸いと云う冪か多少の時間を稼ぐ事に成功し、住人の避難を終えたのだった。


「よし!避難は完了したな!?俺達も撤退するぞ!」

冒険者のリーダーが叫ぶと、冒険者達は其の言葉に従い、各自撤退を始めた。

「ほら、アンタ達も…」

リーダーの男はシグとマオにも撤退する様に促す。


「…駄目だ。」

シグが撤退を拒否した。


「シグ?」

突然のシグの言葉を聞いて、マオが不思議そうな、心配そうな表情で見つめてくる。


「俺は騎士だ、この町とこの町に住む人達を護る義務がある、だから、アンタ達は先に撤退してくれ、俺が退くのは其の後だ。」

シグの言葉に、冒険者のリーダーは。


「…そうか、俺は正直、騎士は嫌いだ、何せ君達以外の騎士共は既に此の戦場から姿を消した、が、君みたいな者も居るんだな?」

そう言って、シグを横切り、モンスターの前に立ちはだかった。


「お!?おい!?」


「最後まで足掻くんだろう?此のままでは町は陥落する、ギリギリまで足掻いて、其れでもアレを倒せないのであれば。」

リーダーは最後まで言葉を綴らなかった、其の先の言葉を云っても、時間の無駄だからだ。


「アンタ。」


「総員に告ぐ!まだ戦える気力のある奴は残ってくれないか!?」

リーダーが戦場に居る全ての冒険者に向けて叫んだ。


その言葉に、周りからチラホラと話し声が飛び交う。


「やれやれ、やっぱ撤退しないのかあの人は。」

「へっへっ、何時もの事じゃん。」

「だから付いて行くんでしょ?」


シグの耳に入ってきた言葉は、冒険者のリーダーに対する尊敬の念だった。


今、俺の隣に居る男こそ、俺が目指している理想の冒険者の姿だ。

感動して涙が出そうなのを堪えていると。


先程まで暴れていたモンスターが、ピタリと動きを止めたのだ。


「…な、何だ?」


止まっていた時間は、ほんの一瞬だけだった、モンスターは突然、踵を返して振り返り、自分が破壊した門の方を向いたのだ。


「…?」

其の不可思議な行動を訝しげに見つめるシグ。


「…、門から誰か来る、其れも十数人規模で。」

リーダーがシグに聞こえる様にボソッと呟いた。


「!?」


他の町からの援軍か?いや援軍にしては早すぎる、此処から一番近い町でも列車で丸一日、飛行艇なら2~3時間もあれば来れるだろうけど、飛行艇での援軍なら門からでは無く町の中からの筈。


何より…、門から現われたのは、騎士では無く冒険者だった。

援軍で駆けつけてくれた冒険者達の行動は早かった、直ぐ様リーダーの指揮下に入り、暴れているモンスターを牽制し始める、此の間に残って居た冒険者達の体制を立て直すのだろう。


「残った魔術師は何人居る?」

リーダーが副官と思われる男と作戦を立てる為の戦力の確認をしている。

「…5、いや、6かな。」


「駆けつけてくれた奴等の中にも4人位はいたな?」

「…うん。」

リーダーは顎に手を当てて考え込む。

「…あれだけの再生能力があったとしても、合成魔道術式なら再生させる間も無く倒せるんじゃないか?」


合成魔道術式だって!?低い階級の同じ魔法を掛け合わせる事で、上位の階級魔法に変換させるって云うあれか!?


合成魔道術式は精々一つか二つ上の魔法に出来るだけで、最低でも2人以上の魔術師が必要になる、更に発動までの時間が掛りすぎる事から、実戦では使い処が難しいとして余り使われる事は無い術式である。

抑も魔法の階級とは行使する為の魔力や技術を分けるものであり、威力や使い易さだけで云えば下位の魔法の方が好んで行使される事の方が多い。


故に一つや二つ階級を上げるだけの合成魔道術式を行使しようとしている冒険者達に対して、驚いたシグは思わずマオと顔を合わせている。


マオの表情をから推測して、どうやら彼女も俺と同じ事を考えている様だ。


「…!?合成…成程。」

「時間は俺達が稼ぐ、やれるか?」


「やるしかないでしょっ!?」


そう言って、副官は魔術師達に念話で伝達を始めたのだった。

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