第48話 でかっ!?


幾度も繰り返して地面が揺れる中、メルラーナ達は少しずつでも移動をし、距離を伸ばしていた。

揺れる大地に草原の草木は荒れ、心地良かった風は強風に姿を変えていた。


そんな中を、前進し続けるメルラーナ達の前方に、複数人の人影が、蜃気楼の様に現われる。


「…?人?」

蜃気楼の様な影は、段々大きくなり、はっきりとした影に変わっていった。

「アンバーさん、人がいますよ?」

メルラーナは影を指差し、アンバーに伝える。

「ん?人?」

アンバーはメルラーナの指を差している先を見ると、其処には既に人と同じ程の大きさの影が迫って来ていた。

「うお!?あれは巨人ではないか!何故此処まで接近されても気付かなかったんだ!?」


巨人!?あれが!?


巨人は既に、その姿を影では無く、はっきりと見える程近づいていた。

地震の混乱に紛れていたとはいえ、此の距離まで近付かれても索敵班が気付かなかったのは明らかに異常な事態であった…様に思われるのだが、実際には、メルラーナが最初に巨人の影を見た時の、メルラーナ達と巨人の間の距離は数十キロ離れていた。

以前、ハンターギルド8次席、アレルタの特徴を簡潔に説明したが、『最低500メートル圏内の索敵。』とは、人通りの多い街中で特定の人物の気配を感じ取ると云う要求をされる技術であり、今現状で置かれている広い草原の様な、更に言えば生物の少なくなっている状態の場所では、其の範囲は数倍に跳ね上がる、ベノバ程の能力があれば十数キロ先までの気配なら探り取れるだろう…、しかし、今メルラーナ達に向かって来ている巨人達を、メルラーナが視認した時はベノバないしアレルタの索敵範囲を大きく上回る距離であった為、索敵班が感知する事が出来なかったのである。


「物凄い勢いで迫ってくるよ!?」


『総員!此方からは絶対に手を出すなよ!』

念話で指示が出された時。


《小さな人!?こんな所で何をしているっ!!》

巨人が此方の存在に気が付き、広域で取っていた筈の陣形であっても、全部隊に聞こえる様な大きな声で叫んできた。

当然、此方の声等聞こえる筈が無いので、どう返事をするかどうかを決めかねている。


《早く逃げろ!巻き込まれるぞ!!》


…ん?警告された?…んん?巻き込まれるって?何に??


ドドォーンッ!


巨人達の後方で爆発音が聞こえてくる。


此の巨人の言動と行動に、流石の熟練冒険者達もザワつき出す。

「一体何が起こっているんだ!?」

「爆発したのか?」

「何故巨人が逃げて来る!?」


各々が思っている事を言葉に出している間に、巨人達を見上げなければ顔が見えない位にまで近付いていた。


………でかっ!?


想像をしていた以上に大きい、10メートルはあるんじゃないだろうか?

そんな巨体な身体の持ち主達が数体、一斉に走って来ている所為か、地面の揺れが激しくなっている。

警告?してくれた巨人は各部隊の間をすり抜けて走り去って行った。

「えええええ!?何が危ないのか教えてくれないの!?」

思わず叫ぶメルラーナ。

すると、聞こえている筈は無いのだが、先程とは別の巨人がまるでメルラーナの発した言葉に応える様に。


《ローゼス王の意識が失われてしまった!もうを抑えられる術は無くなったのだ!小さな人達よ!!此処に居ては殺されるだけだ!逃げた方が良い!!》


ローゼス王!?オーガ達が言っていた巨神の事!?意識が失ったって?って…まさか!?


「つまりはアレか?ビスパイヤ殿の言っていた欠片とやらを摂取する事で起きると云う意識の喪失が起こってしまった…と。」


オーガから得た情報とビスパイヤから得た情報を元に、巨神ローゼスは欠片を摂取したに違いない。

と結論付けたガノフォーレは、頭を抱え考え込む、流石に巨神を相手に戦った経験は無い、其れはこの場に居る全員も同じ事だ、只でさえ一切と言っていい程に情報が無い存在を相手に、先日初めて得た霧の魔物とやらの訳の解らないものが加わっているとすれば、ハッキリと言ってしまえば、此の場は撤退した方が間違いなく最善策と成るだろう、恐らくは誰にも咎められる事も無い筈だ、例え咎められたとしても、多少の罰が与えられる位だろう、何せ未知のモンスター、其れも神の名の付く存在に対して、何の情報も無い状況で前進するのは只の愚者であるし、其れで大勢の犠牲者を出した場合の方が、今この場で撤退する事よりも重い責任を問われる事は間違いないだろう。

しかし、冒険者としての矜恃プライドが、撤退する事を拒んでいる。

たった1人の少女を只、親元へ帰すだけなのだ、其の程度の任務が出来ずに何が冒険者か、そんな心の葛藤が今、ガノフォーレの中で行われていた。


『巨人の警告は気になる所ではあるが、我々はリゼを親元へ帰さなければならない役目がある、危険は承知だが先を進もう。』

ガノフォーレの判断が下され、各隊は前進する事となった…丁度其の時。


ヒュオオ!


ベノバの耳は、風を切る様な、そんな音を聞き取っていた。


「何の音ダ?」

音のする方を確認すると、何かが空を飛んでいる。

空を飛ぶモンスターは大勢居る、第一層で戦ったデーモンやガーゴイルも其れに当たる、グリフォンやハーピィ等もそうだし、飛竜種もそうだ、だが其れ等のモンスターは殆ど、全てが翼を有しているものであり、翼無くして空を飛べる事などあり得ない…、筈である、だが今、此方に向かって飛んで来ている、何か解らないモノには、翼を羽ばたく音も翼を利用した滑空をしている様子も見当たらない、其れ処か、翼の影すら見えない。


「何ダ?…巨人…なのカ?」

よく見てみるが人の型には見えなイ、俺の知る限りでは巨人とは大きな人の姿をしていル、筈ダ、此まで見て来た巨人は人型であったシ、其れ以外の巨人を見た事がある者は今まで聞いた事が無イ。

もしもアレが本当に巨人だとしテ、巨人は空を飛べるのだろうカ?


ベノバは自身でも、旗から見れば意味の解らない事を考え乍ら、ジッと空から降って来ている其の物体を見つめ、立ち止まっていた…。


リゼの手を握り、メルラーナも自身の居る隊に付いて移動しようとした時、ベノバが1人、空の彼方を見つめてピクリとも動いていない事に気付く。

「ベノバさん?」

声を掛けても全く反応しない、先程走り去って行った巨人の事で何か考え事でもしているのだろうか?そんな事を思って、ベノバの視ている方角を視てみると…。


「…ん?………何?アレ?」

上空に浮かぶ黒い影を発見した、ベノバはアレを視ていたのだろうか?心なしか黒い影は段々近付いて来ている様に見える。

「アンバーさん、サイレルさん、アレ何か解りますか?」

そう言ってメルラーナは黒い影を指差して訪ねる。

「「ん?」」

アンバーとサイレルは言われるがまま、メルラーナの指の差す先を見ると、黒い影は先程よりも明らかに大きくなっていた。

「んん~?何だ?ありゃあ?どんどんでかくなってるな?」

「…!?」

サイレルが何かに気付く。

「まずいのだ!!アレは巨人なのだ!!のだ!!」

「な!?」

「…落ちて…いるの?アレ?」

サイレルが言うには、黒い影の正体は巨人で、しかも空を浮かんでいる訳でも飛んでいる訳でもなく、落ちて来ているそうだ…。


て云うか…、巨人には見えないんだけど?


メルラーナの疑問は、サイレルの次の言葉で心の奥底へと追いやられてしまった。


「早く此の場を離れるのだ!あのままの速度とあの角度で落ちて来れば間違いなく落下地点は此処なのだ!!落ちて来るまで3分も無いのだ!!」


「「………ええええええっ!?」」


『ガノフォーレ!!緊急事態だ!この場所に巨人が落ちて来る!全部隊を待避させろ!!』

ガノフォーレに状況を知らせるアンバーは、続いてベノバに振り返り。

「ベノバ!お前程のハンターが何故気付かなかった!?…あ?」

ベノバに詰め寄ろうとしたのだが。

「ベノバさん、気付いてたと思いますよ?ベノバさんが何かを見ている方角を視てアレを見つけたから…、でも、さっきから動かないんですよ、ピクリとも。」

つまり、アンバーは理解出来ないモノを視てしまい、其れが何なのかを認識する為に思考回路を巡らせて、其の間ずっと硬直してしまっていた訳だ…。

「…ば!馬鹿野郎!!お前が9次席に成れない理由が解ったわ!!そんな事位で停止してるんじゃねぇっ!!」

「早くするのだ!?もう2分位しか時間がないのだ!!」

此の状況の中、メルラーナは冷静に周りを見渡している。

(!?アレだ!!此の距離なら問題ないよね!?)

リゼの手を握っている右腕の篭手を、左手でそっと撫でる。

「アンバーさん!!リゼをお願い!!」

「何!?」

「大丈夫!!アンバーさんは私が何とかするから!!」

「しかし!」

反論しようとしたアンバーだったが、アンバー自身もメルラーナの実力は見て来ていた。

「解った、だが、無理と判断したらベノバは見捨てろ!此処で硬直している奴が悪い!其れと、俺が駄目だと判断してもお前を引っ張り出す!全ては状況次第だ!反論は許さん!解ったな!!」

アンバーの言葉に力強く顎を引き頷くメルラーナ。


「ベノバさん!何してるの!?早く逃げないと!!」

側に居たメルラーナが大声でベノバに叫び掛け、両肩を掴んで思いっ切り揺らす。

「…メルラーナ?逃げル?あの影からカ?アレは巨人なのだろうカ?」

ベノバは此方に向かって飛んで来る巨人と思わしき影を指差してメルラーナに訪ねる。

「何を呑気に判別してるの!?サイレルさんが巨人って言ってたから多分そうだよ!私には解らないけど!!」

あの巨人かも知れない生物?は敵なのだろうカ?そう云えバ、仲間達は既に此の場を離レ、俺に向かって何かを叫んでいる様ダ、一体全体、どう云う事なのだろウ?


「早くしないと!此処に落ちて来るよ!?」


「………エ?………落ちル?」


そう、あの巨人は、決して飛んでいる訳では無く、唯々落下していたのだ、何かに吹き飛ばされ、弧を描く様に…。

そして巨人は、其の姿がハッキリと解る位にまで接近して来ていた。

其の姿は、紛う事なく巨人であった、巨人が玉の様に腕や足を折り曲げて小さく丸まっていたのだ、故に早い段階で其れを見つけたベノバには、其の正体が解らなかったのであった。


「何をしているんだ!ベノバ!踏み潰されるぞ!!」

遠く離れた場所からリゼを抱っこしているアンバーの叫び声が聞こえて来た。

「ああああれは本当に大丈夫なのか!?メルラーナは任せろと言っていたがあれは駄目なのではないのか!?」

其の隣でサイレルも叫んでいた。

「!?」

此処で漸く何が起きているのか理解が追い付き、我に返ったベノバは、側に居るメルラーナを視る、そして、もうハッキリと姿が解る距離まで近付いてきていた巨人との距離を瞬時に測った。


「まずイ!此の距離ハ!!」

咄嗟にメルラーナを抱え上げる様に抱き上げて全速力でアンバー達が居る方角へ走り出す。

「ひゃっ!?」

メルラーナは小さく可愛らしい悲鳴を上げる。


失態ダ!!俺がボーっとしていたばかりニ!メルラーナにまで危険な目に合わせてしまっタ!

「メルラーナ!済まなイ!しっかり摑まっていロ!」


メルラーナは自身を護る様に抱えるベノバの顔を覗き込み。


…良かった、元のベノバさんだ。

ホッと胸を撫で下ろす。


「うん!ベノバさんもちゃんと掴んでてね?」

「…ン?」

メルラーナの意味不明な言葉に疑問を感じたが、今は其れ処では無かったので無視する事にした…が。

メルラーナが唐突に右腕を伸ばした。

「メルラーナ!?」

伸ばした右腕に、そっと左手を添える。

「ベノバさん、行くよ?」

「!?」

メルラーナが何をしようとしているのか、向かう先で待っているアンバー達には決して解らなかっただろう、だが、ハンターギルドに所属しているベノバは、何気にメルラーナの篭手を視ていた、其れと似た様な形状をしたものをギルド仲間がしていたのを視た記憶があるし、形状は違うがベノバ自身も恐らく同じ物である筈の物を持っている。

其れを理解したベノバは…。


「メルラーナ、お前の細い腕で二人分を引っ張れば肩が脱臼しかねなイ。」

「え?」

そう言ってベノバは腰に差してある筒状の銃を取り出す。

「…あ!?」

「いいカ?撃つなら同時ダ、正面の一番近くにある木を狙エ、外すなヨ?」


「…解った!!」


パシュッ!


と音を立てて、二本のワイヤーが、メルラーナの篭手とアンバーの銃から同時に飛び出す、ワイヤーは真っ直ぐ、アンバー達の頭上を通り抜け、後ろに立っていた木に突き刺さった。

「今ダ!巻ケ!!」

「うん!」


ガチャン!


飛び出したワイヤーを巻き戻すと、線を辿る様に身体が引っ張られ、足が地面から離れる、そして。


「ひぃっ!!」

一気に宙を舞う様に、木に向かって飛んだ。

丁度、其れと同時にメルラーナ達が居た場所に巨人の身体がめり込んだ。


ズドォォォォォン!

当たりには轟音が鳴り響き、地面は揺れ、土煙が舞った。

宙を飛ぶ形になっていたメルラーナとベノバは、巨人が地面に落ちた時に発生した衝撃でバランスを崩すが、リゼをサイレルに任せたアンバーが二人を受け止めた。


「ふう、無事か?二人共?」

「ああ。」

「はい。」


「…うむ、…さてベノバ君?」

云うまでも無く、鬼の様に説教されたベノバだった…。

アンバーがベノバを説教している中、巨人が意識を取り戻した。


《う…、む…?こ、此処は?》

巨人は上半身を起こし、周りを確認するとメルラーナ達に気付いた。

すかさずガノフォーレが巨人に声を掛ける。

「ご無事ですか?」

《おお、小さき人よ、儂は問題ない、其方はどうだ?踏みつぶしてはいないだろうか?》


心配してくれてる?さっきの警告してくれた巨人さんといい、良い人達なのかな?


って云うかでかっ!?

上半身だけでオーガさん達より大きいんですけど!?


「私達は冒険者です、この程度の事故は慣れていますよ、其れよりも、一体何があったのですか?」

《うむ、小さき人達には関係の無い話だ、が、危険な目に合わせてしまった事だしな。》


巨人は大きく一呼吸をし。


《ローゼス王に蹴飛ばされたのだ。》


「「「………はい?」」」

蹴飛ばされたって!?此の巨体を!?物凄く遠くら飛んできた様に見えたけど!?…王様、怖過ぎます。


《小さき人達は、こんな所で一体何をしているのかね?》


魔人の娘であるリゼが、此の地より自分達と同類の人間に攫われてしまった事、其の件でリゼの父親と名乗る、魔人の権力者と目されるギュレイゾル卿に娘を取り戻し、帰す様に依頼が有り、其の依頼を承諾した事、ギュレイゾル卿本人が迎えに来るとの事だったが、数日経っても迎えに来る気配が無かったので、此方から送り帰す事になり、今に至る事。


余り時間も無さそうだったので、以上の事を簡潔に説明した。


更にガノフォーレはオーガ達との会話の中で、彼等巨人がリゼに対して危害を加えないであろう事を確信していた様だ、メルラーナを呼び、彼女リゼを連れてくる様に言われ。


メルラーナは少し戸惑ったが、ガノフォーレを信じてリゼを連れて巨人の前に姿を見せ、側に寄る。

リゼはメルラーナの手を握ったまま、何も言わずに素直に付いて来る、オーガの時といい、今回といい、リゼは特に何の恐怖感も感じていなかった様子だった。

(彼等を視た事があるのかな?)

そんな事を考えていると…。

《リ!?リシェラーゼ様!?おお!?良く御無事で!!》

突然、大きな声を出されて、鼓膜が破れるのではないか?と思わせる程に激しく震えた、耳元ではないのに凄く大きな声だった。

リゼの無事を確認した巨人は大粒の涙を流して歓喜していた。

(ああ、やっぱり面識が有るんだ?)

「リゼ、良かったね?知っている人に会えて…。」

「?」

リゼはメルラーナと巨人の顔を交互に見る。

「このひと?…しらないよ?」

「…え?」

リゼの言葉に巨人に対して警戒心を強めるメルラーナ。

少しして理性を取り戻した巨人はふと、リゼの隣に居たメルラーナに眼を移す。


《おや?………小さき人、其の美しい黒髪は?………いや、お主?………人では無いな?》


「はい?」

今何て言ったんだ?此の巨人は??いや、其れよりも何故リゼを知っているのか…、まさか、リゼを攫った奴等の仲間なんじゃ!?


メルラーナがリゼを庇う様に巨人の前に立ちはだかるのを視た巨人は。

《ん?何か疑われている様だな、…うむ、仕方あるまい、其れに良い判断だ、リシェラーゼ様の守護者としては申し分なかろう、安心しろ…とは言い切れないが、儂は只の一兵卒に過ぎない、リシェラーゼ様が儂の事を知らないのは無理も無い事だ。》

ガノフォーレとアンバーがメルラーナの側に寄って来て、メルラーナを宥める。


《にしても娘、お主からは不思議な感じのする懐かしさがある、…いやしかし、まさか………な、儂が判断して良い事柄では無いな?良し、リシェラーゼ様の事もある、お主達をギュレイゾル様の元へ案内しよう。》



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