第47話 地下大神殿・第三層


そう云えば地竜との戦いが始まってから何も口に入れて無かったな。食事でも取ろうかな?


「リゼ、お腹空いてない?」

「ん?…すいた…かも?」

「じゃ、ご飯食べに行こっか?」

「いくー!」

うんうん、リゼは素直で可愛いな~。

リゼと共に部屋を出ると、丁度其処にガノフォーレとアンバーに出くわす。

「ガノフォーレさん。」

「メルラーナ?大丈夫か?」

「はい、すいません、心配掛けて。」

「…気にする事はないさ、君は民間人だ、仕方無い。」

「…。」

「なぁメルラーナ、…君は、引き返してもいいんだぞ?」

「え?」

「良く此処まで付いて来てくれた、無理して先に付き合って貰う必要は無い。言っておくが足手まといと言っている訳ではないぞ?君の実力は本物だ、冒険者ギルドに誘いたい位だ、…けど、君は只、巻き込まれただけだろう?此れはボロテア国の、エバダフの問題だ、だからさ…。」

ガノフォーレは言葉を詰まらせる。

相当考え苦しんだのだろう、本物の実力者が命を落としたのだ、心配されるのも無理は無い。


しかし…。


「私は大丈夫です、最後までリゼの面倒を見ますよ。」

決めたのだ、リゼを護ると、だから、絶対に投げ出さない。


「…そうか、…分かった。」

短くそう答えるガノフォーレ、二人のやり取りを聞いていたアンバーは無言で何かを悟った様に頷いていた。

「出発は明日の早朝だ、其れまでは身体を休めていてくれ。」

「分かりまし…あ。」

「「?」」

「ガノフォーレさん、食事を取りたいんですけど。」



負傷者の治療と疲弊した体を休める為に、オーガの集落で丸一日休息を取り、後日出発する事になった。




翌日、周辺の岩や溶岩毎カチンコチンに凍らされた地竜の横を通り、下層へと向かって行く。


地下大神殿・第三層。


下層への階段を見つけた、階段の入り口は扉の様な人工物は無く、此処に来るまでに通って来た通路の岩と同じ材質のものの様で、自然に開いている穴に階段と設置した様な雑な作りに成っていた、他の場所と同様に道幅や天井は広く取られており、巨大な生物でも何の問題も無く通れるのではないかと思う程だった。

何時辿り着くのかと嘆きたくなる程の長く広い階段を一歩一歩確実に下って行く、下り初めてから既に4、5時間は経過した頃、底の方から明りが見え始めた。

明りを見たメルラーナと冒険者達は、気合いを入れ直して意気揚々と長かった階段を降りきった時、心地良いそよ風が全身を撫でる様に通り抜けて行くのを感じた。

階段の出口と思われる場所を通り抜けると、メルラーナ達の眼に飛び込んで来たモノは、全く以て理解し難い光景だった、一層や二層の様な神殿感が一切無かったのだ、其れ処か本当に地下か?と思ってしまう程、明るく照らされていて、明りの根源が何処に有るかも解らず、途轍もない広さを誇っていた。

「…へ?………嘘?外?………外に出たの?」

余りの衝撃な光景そんなあり得ない事を口走ってしまう。

辺り一面には見渡す限り、青々と多い茂った草原が広がっており、所々、申し訳無い程度に大木が生えていて、そよ風によって静かにその身を揺らしている、壁と思わしきモノは一切瞳の中に映る事が無く、まるで地上に出て来た様な感覚に襲われていた。

心地良い風は、時折其の姿をくらますが、基本的には常に吹いている感じだ、風の通り道にでもなっているのだろうか?

振り返って降りて来た階段を見ると、見上げても先が見えない位、巨大な大木が一本、堂々と根付いている。

どうやらあの長かった階段は此の大木の中にあった様だ。

此までの緊張感がまるで全て嘘であったかの様な、木々や草原の揺らぐ音以外、静寂した空間の中で、メルラーナはその場に、自分以外、誰も居ない様な感覚に襲われていた。


おっと、危ない危ない、もう少しで意識が持って行かれそうになる所だった。

気を取り直してリゼの手を握り直した。


全員が集まった事を確認すると、ガノフォーレは各部隊長に念話を送る。

『此処からは巨人の領域に入る、各部隊は広域鶴翼陣を展開、巨人は大地の守護者とも呼ばれる神聖な存在だ、出来うる限りの交戦は避ける様に、但し、向こうから仕掛けて来た時は其の場合には限らないものとする、以上だ。』

伝達を終えると、各員が各々の持ち場に配置する為に動き出す。


…こういき?…かくよく?何の事だろう?

念話はメルラーナの耳にも聞こえて来ていたのだが、ガノフォーレの並べていた言葉の意味が理解出来ないでいた。


・広域鶴翼陣


鶴翼の陣を広域化し、戦場をより広範囲に広げる為の陣形の事である。

鶴翼の陣は両翼を前方に突き出し、中央を後方に下げた【V】の型をした陣形である。

中心に指揮官を配置し、正面を突破してくる敵を中央に誘い込み、両翼が敵の後方に回り込む事で包囲、殲滅する為の陣形である。

ガノフォーレは此の陣形に手を加え、両翼を拡げ、各隊に索敵班員を配置する、長所である包囲を捨て去った、敵との遭遇を飛躍的に向上させた、捨て身の様な陣形である。

此処が人間同士の戦場であった場合、此の陣形は只の悪手でしかないのだが、相手が巨人の様な巨大な生物になると勝手が変わって来る。

一つは索敵だ、対象の図体が大きい為に、専門の索敵班でなくても視認する事が容易い事、陣を広域化する事で視認するまでの時間をより早める効果がある。

其処に加えて優秀な索敵班を配置させる事で、索敵能力を更に向上させている。

一つは実際に交戦する事になった時の為の対処法だと言える、巨大な生物と交戦する場合、密集していると下手をすれば一撃で全滅する事もあり得なくはない。

今回集まった冒険者達は皆8次席以上と云う強者達で編成しているので、交戦になったとしても余裕を持って退ける事が可能であるだろうと云う確信はしている、但し、先日の不可解な地竜の様な敵に出くわさなければ…、の話だが。


メルラーナ達はゆっくりと確実に前進して行く、急げば逆に巨人達を刺激し警戒させてしまうかもしれないからだ、勝てる自身はあっても結局戦わない事が一番安全な事に変わりはないと云う事だ。

メルラーナとリゼは、此の陣形の中で最も安全な場所と言えるであろう中央付近に配置されていた、暫く歩いていると。


「…本当に外に居るみたい。」

メルラーナがボソッと呟く。

「ん?ああ、俺も初めて来た時は驚いたものさ、けど其の時にガノフォーレに聞いた話なのだが、どうやら此処は本当に外らしいのだ。」

メルラーナの隣で歩いていたアンバーが、突拍子もない事を言い出した。

「…はい?」

「詳しくは解らんが、時空?に歪み?が発生しているらしく…何だっけ?」

と、リゼの側に居たベノバに訪ねるが。

「おイ、俺に振るのは止めてくレ、俺は専門家じゃないんダ。」

突き返された。

「ふむ、其れだけで決めつけるのは本来なら間違いなので、此は私の想像なのだが、時空に歪みが発生しているとすれば、此処は私達の住む世界とは別の次元の場所かもしれないのだ。」

「………はい?」

余計解らなくなってしまった。

「其れが全く違う世界なのか、同じ世界の違う場所に飛ばされたのか、将又はたまた同じ世界の別の時間軸なのかは解らないのだが、とは言え、此は物凄く面白いのだ。」

まるで子供に玩具を与えた時の様に、瞳を輝かせてサイレルが楽しげに語っている。

ああ、…此はきっと長くなるヤツだ…等と思い乍ら、メルラーナは聞き流す事に決めたのだった。


其れにしても、本当に静かな場所だ、生き物が発する音が全くと言っていい程何も聞こえない、まるで生物其者が存在していないかの様な…、不思議な感じがする。


「おかしイ。」

唐突にベノバがそんな一言を呟く。

「?」

「どうかしたか?ベノバ?」

「静か過ぎル、巨人処か巨大生物の気配も無イ、其れ処カ、小動物の気配すら無イ、前に来た時はもっと騒々しかっタ。」


へ~、小動物も住んでるんだ?ってあれ?其れにしては静か…あぁ、ベノバさんは其の事を示唆しているのか…。


ベノバの警戒に対して、余り緊張感がないメルラーナはそんな事を考えていた、その時。


『総員!止まれ!警戒しろ!揺れるぞ!!頭上からの落下物に備えて結界を張れ!天井は無い様に見えるが、有る可能性もあり得る!我々にとっては未開の地だ!何があってもおかしくはないと思え!』

ガノフォーレが突然、意味の解らない命令を発令した。

「「?」」

ゆれる?揺れるって言ったの?何が??

何を言っているのか理解が追い付かないメルラーナとリゼに対して、冒険者達は各々が言われた通りに対応している。

メルラーナとリゼもアンバー達に引き寄せられて、一塊になった所でサイレルが結界を展開した。


…秒後。


少しずつ、身体に振動が伝わり始めて来ると…。

ドンッ!!

激しい音と共に地面が跳ねる様に揺れ出した。

じ!地震!?


「こ、此は、『タイタンの咆哮』なのだ!?」


巨人が戦いの折り、激しく動く事で局地的な場所で発生する地震の事を、『タイタンの咆哮』と呼ぶ。


『誰かが巨人と戦っているのかもしれない、第八部隊!メルラーナとリゼの安全を最優先に警備を強化!索敵班は索敵範囲を広げろ!何処かで交戦の兆し、若しくは交戦中なら即座に報告しろ!第一!第二部隊は戦闘態勢を取れ!…!…!』


ガノフォーレは次々と念話にて命令を下していく。


はぁ、指揮官って凄いなぁ、ジェフさんも凄かったけど…。

メルラーナはしみじみと感じ取り乍ら、遺跡でのジェフの戦いを思い出していた。


ズドンッ!!


揺れは収まる所が激しさを増して行く、同時に遠方で煙の様な現象が発生したのが見えた。


「え?火事!?」

「…多分土煙だな、煙が白いし、燃えている匂いがしない。」

匂わないのは煙の発生場所が遠いからでは?と思ったが、口には出さなかった。


時間にして10分程で揺れは収まった、ガノフォーレは此の揺れは何度か発生するであろう事を伝達後、揺れの止まっている間、若しくは微小の揺れの場合には即座に移動する事になった、此のままではまともに進む事も出来ないので、土煙の発生している場所へ向かい、揺れの原因を探り、可能で有れば止める事になるとか…。

其れはつまり、巨人が発生源となっているのなら、討伐する…と云う事なのだろう。


メルラーナ達は僅かな揺れの収まる間と、動いても問題のない程度の小さい揺れの間に、距離を稼ぐ為に走って移動する事となった。

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