第43話 古代種オーガ

「貴様等がリシェラーゼ様を攫った人間かオーガ!?」

オーガ達は急に臨戦態勢に入り、襲い掛かって来た。

「ちょ、一寸待って!ちが…!?」


ズドンッ!


オーガは持っていた身体の倍は有ろうかと思われる巨大な鎚を、頭上まで振り上げ、其処から一気に振り下ろす、メルラーナは其れを寸全で躱すと、鎚は地面に衝突し、重たい音を通路中に響かせて抉り穿つ。

「いい訳はあの世に逝ってから、気が済むまですればいいオーガ。」

聞く耳を持たないオーガ。

「一寸!今の!リゼに当たったらどうするつもりだったのよ!!」

地面を抉った一撃を見て、メルラーナは頭に血が上る感覚を覚えた。

「リゼ?リシェラーゼ様の事かオーガ?…はっ!オーガがそんな愚かなミスをする筈が無いオーガ、貴様は黙って死んで行けばいいオーガ。」


ガノフォーレはオーガのメルラーナに対する一撃に肝を冷やす。

「メルラーナ!?大丈夫か!?リゼは!?」

メルラーナとリゼの周囲にガノフォーレやアンバー達が集まる。

ガノフォーレにリゼ状態を尋ねられ、安否を確認する、

「リゼ?大丈夫?怪我は無い?」

リゼは何が起こったのか訳も解らず、大きな瞳を真ん丸にして小首を傾げていた。

「うん、だいじょうぶ?なの。」

メルラーナとリゼが負傷していない事に安堵したガノフォーレは、危険を感知した時、共にメルラーナの傍に来たアンバーに視線を合わさず怒鳴りつける。

「アンバー!何をしている!お前の役目は二人の護衛だろうが!」

「すまねぇ、此れじゃあアルミュール失格だな。」

自身の失態に自己嫌悪するアンバーだが、今は凹んでいる場合では無い、気を取り直して目の前の驚異に対処する姿勢を整える、切り替えが早いのは、失敗を悔やんでいても良い結果が出せない事を経験から学んでいるからだろう。


一方、ガノフォーレはメルラーナが襲われた事に対し、緊急事態と判断し、全隊に命令を下していた。

「こうなってしまっては仕方がない!総員戦闘配備!標的は古代種のオーガ7体!第一から第七!各隊が一体ずつ対応するんだ!この場は其れで十分事足りる筈だ!いいか!絶対に殺すなよ!」

状況把握から命令を下すまでの時間はほんの数秒、判断が遅れれば戦力差で優位に立っていたとしても覆される事があるのを、此れも経験から学んでいた、ガノフォーレの命令に各隊は臨戦態勢に入る。


が、メルラーナが其の刹那、ガノフォーレとアンバーの間をぬって前に出て来た。

「そこのオーガ!私と一対一で勝負しなさい!貴方が勝てば私を煮るなり焼くなりして構わないわ!けど私が勝てば!其処を通して貰う!」

「ぶっ!ぶはははははっ!何を言い出すかと思えばオーガ!寝言は寝てから言うものだオーガ!」

「メルラーナ!君は一体何を…!?」

ガノフォーレが異論を唱えようとした時、隣からガノフォーレの肩を掴み、其の異論に待ったを掛けた者が居た。

「!?」

振り返ると、其処にはアンバーは不敵な笑みを浮かべて何かを諭す様な瞳でガノフォーレを見つめていた。


「あら?何?負けるのが怖いの?」

オーガの自信に満ちた態度に挑発で返すメルラーナ。

「きっ!貴様っ!巫山戯なオーガ!オーガがお前の様な小娘に負ける筈が無いオーガ!」

「じゃあ勝負しても問題無いよね?」

「上等だオーガ!目に者見せてやるオーガ!」

まんまとメルラーナの挑発に乗せられたオーガだった。

「良かった、じゃあ始める前に一つだけルールを設けてもいいかな?」

先程、ガノフォーレが下していた命令の中に「絶対に殺すな。」と云う一文があった事を思い出し、急遽ルールを設ける事にした。

「ルッ!ルールだとオーガ!?そんなモノ認める訳が…!いや、いいだろうオーガ、但し、ルール次第だオーガ。」

今の一言で冷静を取り戻すオーガ、此の時、メルラーナは実は余り深く考えずに交渉を行っていたのだが、結果的にまんまとメルラーナの掌の上で踊らされているオーガが居たのだった。


「私達は野蛮な事をする主義は無いの、だからお互い相手を死なせる様な事はしない事、どう?」

「………分かったオーガ、其の条件を飲むオーガ。」

あれ?…何か、物分かりがいいな?此のオーガ、…何か企んでたりして?


「おいアンバー!メルラーナに任せて大丈夫なのか?」

ガノフォーレの心配を他所に、話は流れる様に進んでいる。

「大丈夫だ、お前もアレを見ただろう?」

何の事を言っているのか、思考を巡らせて思い出す。

「…ああ、あの氷の柱の事か、確かにあれだけの力が有れば問題ないだろうが。」

一末の不安は有る、あの力がどう云うモノかが解らない事、サイレルはあれは魔法では無い事を示唆していた、使い熟せて居るのだろうか?暴走はしないだろうか?…だがそれ以前にメルラーナは強いとは云え戦闘員では無い、戦う事に特化したギルドに所属しているなら兎も角、彼女はそう云ったギルドに居た形跡は無いのだ、つまり我々冒険者ギルドの人間としては彼女は只の一般人であり、護衛対象に成る。

色々と吐き出したい意見を丸々呑み込んで、ガノフォーレは此の場をメルラーナに委ねる事にした、但し。

「総員、戦闘態勢は解くなよ、メルラーナの生命に少しでも危険が有ると感じたら全力で彼女を助け出す、其の再、相手の命は尊重するな、俺達の任務はメルラーナとリゼの護衛だ、彼女達を護る事だけを考えろ。」

其の命令を、メルラーナとリゼに聞かれない様に伝達した。


代表として戦場と成る場に留まっているメルラーナとオーガから、両陣営が離れる、オーガからメルラーナを護れるだけの間合いは保ってはいるが、其れは向こう側へ後退していったオーガ達も同様であった、双方が代表として立つ二人に対して何としても護らなければならない。と云う使命の様な感情を持ち合わせていた。


「勝てると思っているオーガか?」

オーガは堂々としてメルラーナを挑発してくる。

「さあ?そう云う事は、やってみないと解らないんじゃない?」

とは虚勢を張ってはみたものの、はっきり言って実力差が全く解らないでいた、何せオーガと戦ったのは一度だけ、其れも既に戦闘中だった中に飛び込んだだけ、其れに一人だけじゃ無くジェフさんと二人掛りであったし、何よりあのオーガ、謎の黒い霧を身体中から放っていて普通では無かった、此れが果たして戦ったと云えるのだろうか、甚だ疑問である。


メルラーナはエクスレットブレードを胸元で交差する様に構え、刃を解き放つ。

其の姿を見たオーガは、持っている巨大な鎚を水平に構え、其れを一気に薙ぎ払う様に振り回してきた。

「!?」

オーガの巨体から生まれる屈強な腕が、触れてもいないのに岩の様な硬度を誇っているのではないかと思わせる程に膨れ上がり、筋肉が張り詰めて大きな瘤の様になっていた、振り回された鎚から、身体毎吹き飛ばされるのではないかと思う程の衝撃波が発生し、メルラーナは思わず其の脚を止める。

「あ、あ、あ、…あんなの食らったら一溜りもない!」

身長が6メートルも有る巨体が容赦なく振り回される10メートル以上ある鎚を、目の前で振り回されたのだ、食らってしまえば一撃で昇天してしまうだろう。


「一寸!死なせる様な事はしないって決めたじゃない!!」

「何だオーガ?人間はあの程度の薙ぎ払いで死ぬのかオーガ?では相当手加減しないと駄目だオーガな。」

オーガが鼻で嗤う。


カチン。


あったま来た!さっきはリゼに当たれば只じゃ済まなかったし、今度は手加減しなと殺してしまうだって?

「…いいわ、別に其のまま、ううん、それ以上の力で来なさい、相手をしてあげる。」

「はっ!上等だオーガ!!死ねぇっ!!」

殺す気満々じゃないか此奴!


とは言え、氷で壁を作ってもあの一撃に耐えれるとは思えない、街で作った壁を出せば確実に防げるだろうけど、アレだと後ろに居るオーガ達にも被害が及ぶ、だったら。


メルラーナはオーガが鎚を振り回す為の準備をするのを見計らい、振り回し始めた瞬間を狙い、踵と付けたまま足の爪先を少し上げて、カツンッ!と音を立てる様に地面を叩く、すると。


ピシィィィィッ!!


オーガが振り回そうとしていた鎚が、地面から覆う様に凍らされていた。

「な!?」

メルラーナは其の隙を見逃さなかった、オーガの懐まで一気に距離を詰め、自身の目線と略変わらない足の脛を目掛けて、足の先から掌まで、全身に捻りを入れて手を当てる、そして。


ズドンッ!ボキボキボキッ!


「ぐおおおおおおっ!」

悲痛の叫びを上げ乍ら、オーガが倒れ、足を両手で抱えながら床を転がる、そんな巨体に転がられて、床抜けるんじゃないか?と思ってしまう程の振動が起きた。

「うっわ、今の折れたんじゃね?」

「痛いわ、アレ絶対痛いわ。」

一部始終を観察していた冒険者達は、今の一撃でオーガの脛の骨が折れた事を各々が呟き合っていた。


発勁、零距離から放つ全身を使って衝撃波を生み出す技術スキルである、が、実は其の延長上に、遠当てが存在している為、遠当てが出来るメルラーナに発勁は出来て当然のスキルなのだ、そして此の発勁は、衝撃波を零距離で放つ為、皮膚の硬い相手でも完全に防御を抜いてダメージを与える事が可能で、かなり有効な攻撃なのである。

だが、今のメルラーナに古代種のオーガの脛の骨を折れるだけの実力はまだ無い、此の一撃はガウ=フォルネスの力を無意識に発動させ、骨を砕くと云う強力な一撃を放つ事を可能にしたモノである。


「マジか!?」

ガノフォーレは驚きの余り、文字通り開いた口が塞がらない状態になっていた、これ程の実力を持っているとは思わなかったのだろう、話には聞いていたが、実際に目にするまではやはり信じ難いものがあった。

余りに呆気ない幕開けである。


「あ、…あれ?…やり過ぎた?」

今の戦いで、メルラーナの能力に疑問を持った冒険者達もいた、オーガとメルラーナの間には10メートル以上の距離があった、あの一瞬でオーガの懐に飛び込んだメルラーナは、近接戦闘を専門にする戦士系の者達には、まるで瞬間移動でもしたのではないのか?と思わせる程の距離だったのだ、瞬発力を上げる魔法は有るし、ハンターギルドの8次席、リベラシオンと呼ばれるクラスで在れば、其れに同じ様な事が可能な技術を身に着ける事が出来るので、決して不可能な技術では無いのだが、明らかに其れ等とは違う技術だった、だからこそ疑問が生れる、彼女は何者なのだ?…と。


其の後、オーガの折れた足に治療魔法を施し、動ける様に成るまで此方の事情を聞いて貰った。


「すまなかったオーガ、お前達の話にちゃんと耳を傾けていれば、こんな無駄な時間を取らせる事も無かったオーガ。」

とても反省していた。

「しかし、先程も言ったオーガが、今は時期が悪いオーガ、あ、リシェラーゼ様の事では無いオーガ、ローゼス様の事オーガ。」

ローゼス様?誰だ?其れは?

「ローゼス様は此の神殿の王で在らせられる方だオーガ、其れと同時に三層の守護者でも在らせられる方だオーガ、そして。」

此の時、其の場に居た全員が、まだ有るのか?と思ったと云う。


「ローゼス様は巨神族の生き残りの一人だオーガ。」

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