第28話 獣達の挽歌


4日目


仕事が舞い込んで来た、肉体労働系の仕事だったがそんなのはお構いなしで引き受けた。

地図を受け取って向かった場所は川に掛る大きな橋で、脆く成ってきているので補強作業をしている最中だと云う、肉体労働者ばかりだったせいか、ほとんどの人が言葉が通じなかったが、一部の話せる人を通じて何とか仕事を熟す事が出来た、辺りが夕日で真っ赤に染まった頃、作業員が集合し、何かを話している、どうやら今日の作業は此処までの様だ、通訳してくれた人が「また明日も来てくれると有りがたい。」と言われたので二つ返事で引き受けた。

宿を見つけに移動しようと、ふと橋の向こう側に目を移すと、広場と思われる場所に、今朝見た時は無かった筈の巨大なテントが建てられていた。

「あの、あんなテントありましたっけ?」

通訳してくれた男性

に尋ねてみると。

「…?いや?無かったよな?何だありゃ?」

男性は不思議そうに首を傾げていた。


一度、労働者ギルドに戻り今日の仕事を報告をして、明日も仕事を頼まれた事も伝えると今日行った現場の近辺で宿を探す事にした、明日直接現場へ行く為だ。


其の日の夜。


部屋で休んでいると複数の獣が吼える声が聞こえて来る。

「むー、煩いな。」

余りの煩さに声の発生源を突き止めようと部屋の窓を開けると、隣の部屋の客も窓を開けて顔を覗かせていた、まさかと思い上下左右を確認すると、何か所かの窓が開いていて、同じような態勢の客達が数人居た、皆同じ様に此の吼える様な声に悩まされている様だった。

部屋を出てロビーへ降りると、其処では複数の客が苦情を申し立てている所に出くわす。

近くに行き、聞き耳を立てて話を聞いていると、どうやら此の騒動は今回が初めてとの事、声は夕方に見たあのテントから聞こえて来ると云う事だった。

どうしても気に成ってしまうので見に行ってみる、昼間の外は太陽の日差しで熱せられた地面から湯気の様な物が立ち上り、異常なほどの熱を発しているのに対し、夜は防寒の上着を着たいと思わせる程に気温が低下している、テントへ向かうと人集りが出来ていて、尚且つ獣達の遠吠えは耳を塞ぎたくなる程の騒音が響いている、此れは苦情が出て当然だろう、彼等に混ざっても仕方が無いのでテントの周りを彷徨ってみる事にした、外回りを一周してみようと思ったのだが、思ってた以上に広い事が解る、其の間も獣の遠吠えは留まる事も無く鳴り響いていた。


「うー、近くまで来ると凄い騒音になるなー、何のテントなんだろ?」

テントの周辺を探索していると、獣達の遠吠えに交じって人の話し声の様なものが聞こえて来る。

「何…ろ!…は大人し………で……限…こん……吼……んだ!?」

遠吠えが煩くてよく聞き取れないな、入ったら…やっぱり怒られるかな?

いけない事とは理解しつつも、テントの中へ足を踏み入れてしまった、出入り口と思われる場所から中に入ると辺りは照明が照らされているが、数が少ないのか薄暗かった、足元がしっかりと見えたので大丈夫と判断し中を見渡すと、其処には数え切れない程の移動が可能な檻が無造作に置かれていて、檻の中には見た事も無い様な多種多様な獣が閉じ込められていた、此の獣達が遠吠えをしていたのだ。


「騒音の原因は君達?何をそんなに吼えているの?」

尋ねてみても答える筈も無く、其れ所か滅茶苦茶吼えられた、周りが騒がしい御蔭で目の前の檻の中に居る獣に吼えられていても全く気にせずにいれた。

「さてと、さっきの声の主は何処に居るのかな?」

コソコソと檻の影に隠れ乍ら移動を開始すると、背中から潜ませた声で誰かに呼ばれた様な気がして咄嗟に振り返る、周りを見渡すが誰も居ない、獣の所為で気配も感じられなかったが。

「此処だ、此処。」

檻と檻の間の隙間の影から聞こえた、其処は丁度照明の光も遮られて真っ暗に成っていた為、誰かが居た事すら気付かなかったのだ、メルラーナは声の相手が自身と同じテントの人間で無い事が直ぐに分かった、テントの人間なら既に仲間を呼ばれて捉えられていただろうから。

「あの、何方様ですか?」

メルラーナもひそひそ声で返事をすると。

「リースロート語?君は此の国の民では無いのか?」

相手も何かを瞬時に判断したのだろう、メルラーナの正体を暴きに係る質問を返して来た。

「え?はい、旅人?です。」

「旅人?旅人が何故こんな怪しげなテントに潜入しているんだ?」

声の主は檻の間から体格の良い冒険者風の男性が二人、姿を現す。

「えっと、宿で寝てたら獣の遠吠えが煩くて…。」

メルラーナの言葉を遮る様に、男性の一人が。

「はあ?じゃあ只の好奇心でこんな所まで入って来たってのか?」

男性は頭を抱え、溜息と吐く。

「いいか?此処は危険な場所かも知れないんだ、今直ぐ帰って宿で寝直すんだな。」

男性に注意を受けている最中、メルラーナの耳に子供のすすり泣く様な声が聞こえて来た。

「誰かが、泣いてる?」

「何?」

「聞こえませんか?ほら、あっちの方から。」

声の聞こえる方角を指差して男性を促してみるが、男性は訝し気な表情をしていた、どうやら周りの騒音の所為で聞こえていない様だ、メルラーナは声のする方へ走り出す。

「あ!おい!」

男性は止めようとするが、其れを振り切って走り去って行った。

「…私にも聞こえなかったが、どうする?」

此処で初めてもう一人の男性が声を発する。

「…ああもう、行くしかないだろう!放っておけるか!」

もう一人の男性は肩を賺して仕方ないなと云う仕草をし、二人でメルラーナの後を追うのだった。


檻の置き場を抜けると広い場所に出た、其処にも檻は置かれていたが広場の中央にポツンと一つだけ目立つように置かれている檻があり、中に子供が一人、膝を抱えて座り込み、泣いていた。

「大丈夫?」

「!?…おねえさん、だれ?」

少し驚いた表情をしたが、メルラーナの顔を見て泣き止んだ、真っ赤な髪に黄色い瞳、頭部から小さな尖った物が二つ見える、髪飾りか何かなのかな?年は4~5歳前後位か、声からして女の子の様だ、それにリースロート語を話している、此処の国の子じゃ無いのか。

「私?私はメルラーナ、君は?」

「…める・・・らーな?………わたし…。」

少女が答えようとした其の時。

「見つけた!おい、君!…!?」

メルラーナに追い付いて来た二人組の男性が声を掛けて来たが、檻の中の少女を見て驚く。

「其の子は?」

「えっと、さっき泣いていたのは此の子で…。」

説明しようとしたが、男性が言葉を遮る。

「そうか、此の獣共の騒動の原因は其の子供か。」

「え?」

何を言っているんだ?此の人は?騒動の原因が此の子?意味が解らない。


男性はメルラーナが何かを言いたそうにしているのを見て。

「其の子は魔人の子供だ。」

「ま…じん?」

魔の人?そんな種族は聞いた事が無い。

「何だ其れは?って面だな、旅人って云うのは事実の様だな、其れに冒険者でも無さそうだ。」

男性の言い方では冒険者なら魔人と云う種族の事を知って居て当たり前と云う事か。

「此処の獣共は魔人の気配に怯えて吼えているんだろうぜ。」

男性は周りを見て騒動の原因を語り出す、言われてメルラーナも周りを見て檻の中の獣を観察する、確かに何かに怯えている様にも見えなくも無いが。

「私には普通の子供にしか見えませんけど。」

少女を見つめ乍ら冒険者達の言葉に反論する。冒険者達はメルラーナの言葉に互いの顔を見合わせ。

「お嬢さん、其の子、角生えているのは解るかな?」

「え!?」

言われて少女の頭部を見直す、此って角だったのか!?じっと見つめていると、少女は怯えた様に両手で角を隠す様に覆った、怯えさせてしまった様だ。


「でも、此の子だって怯えて居ますよ?」

今怯えさせたのは明らかに自分が原因だが、先程メルラーナが見つけた時はもっと怯えていた。

「それは、まだ子供だからだろう、だが子供でもこれだけの獣を怯えさせる事が出来るだけの何かを持っているって事だ。」

「・・・でも。」

だからと言って納得出来る訳でも無く。

「私達は冒険者でね、此処にはある依頼で潜入しに来たんだよ、詳しくは話せないけどね。」

もう一人の男性が諭す様に語り掛けて来る。

「…此の子、どうするんですか?」

「うん、私達も子供とは聞いて無かったからね、ギルドで保護する事になるだろう、何方にせよ個人で判断していい問題では無いよ。」

「…そう……ですか。」

冒険者ギルドが係わっている以上、自分が出しゃばる訳にも行かず、感情を押し込めて納得するしかなかった。

「よし、兎に角此の子を檻から出そう。」

男性は檻の扉に掛っている鍵を触り、調べ始める、開錠出来るかどうかを確かめているのだろうか。


「あの、魔人って何ですか?」

開錠している男と別の男性がメルラーナの問いに答える。

「魔人とは魔族に属する種族の一つだ、魔族は解るか?」

首を大きく左右に振って知らない事を伝えると。

「魔族は神族とついと為る存在だ、御伽噺フェアリーテールの時代から双方は互いを意識し時には争い、時には協力し合い、互いの力を高め合ってきたと云う、俺達人間はエルフやドワーフ等と云った種族と同様に神族の末裔とされてきたんだが、魔人は魔族の末裔とされているんだ、人によっては悪魔とも呼ぶ者も居る、人間とは異なり魔人は生まれた時から強力な力を持っている、其れこそ此処に居る獣共が本能的に恐怖し怯えさせる位には…な。」

冒険者の男性は先程の自身の言葉をより明確に説明してくれた。

「其れが魔人と云う存在だよ。」

「其れは、…つまり子供でも危険、って云う事ですか?」

男性の言葉にまだ納得出来ないでいる、当然と言えば当然だ、何せ見た目は只の子供なのだから。

「どうかな?此の子が危険かどうかの判断は保護してから考えよう、今は急がないと。それと、偽善と言われようが子供に手を掛ける程落ちぶれちゃ居ないよ、大体勘違いされちゃ困るんだが、俺達冒険者は被害が出ない限りは極力、魔物や魔獣を闇雲に討伐したりしないんだ、奴等にも理解し合える者は居るからな。」

・・・え?理解?魔物墓と!?其れじゃああの時、グレイグって人が言ってた事って、強ち間違いじゃないって事?


「其れで?ソレを奪って逃げると云う事でいいのかね?」

「「「!?」」」

何処からともなく声が聞こえて来た、其れと同時に一部しか点いていなかった照明が全て点灯される。

「要約手に入れた物をそう易々と奪われては困るのだがね。」

そう言い乍ら黒い正装に帽子、右手に杖を持った太った男が護衛と思われる男達を十数名引き連れて現れた。

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