第17話 飛竜運送屋

…翌朝。




泊まった宿の一階に、軽食を取れる喫茶店の様な店が有り、二人は其処で朝食を取っていた。




「後400キロ位あるんだよね?どうやって移動するの?」


「それなんだよね~、どうするかな~。」


「え?考えて無いの?」


「ん~?考えてはいるんだけどね~、打倒な所で行くとやっぱり馬車なんだよね~。」


「うっ!?…馬車。」


とっくに痛みは退いているが、メルラーナは無意識にお尻を擦っていた。




「取り敢えず、町をぶらついてみよっか、何か別の移動方法が見つかるかもしれないし。」


「おお、さんせー。」




という訳で、町をぶらぶらする事になった。


流石に首都や前の街と比べると見劣りするが、それでもカノアの町より遥かに規模が大きく、活気に満ち溢れていた。




日が真上に上る頃、町中を歩いていると、何処からか言い争う声が聞こえて来る。




「喧嘩かな?」


「…ぽいね、こんな朝っぱらからよくやるよ。」


メルラーナは耳を澄まして声の発生源を突き止めようとしている。


「…メル?まさかとは思うけど、首を突っ込むつもりじゃないでしょうね?」


「え?そんな事しないよ?…只一寸気に成るだけ?」


瞳を輝かせて否定の言葉を口にしているが。




あ、こりゃ間違いなく首突っ込むつもりだ。




「はぁ、ホント、団長そっくりね。」


「ん?」


「何でも無いよ。」




騒ぎの起きている場所は、冒険者達が食事をする酒場だった。




「お前等馬鹿じゃねぇのか!?」


20代前後くらいのハンター風の服装や装備をしている若い男性が立ち上がって座って居る仲間達に怒鳴りつけていた。


「何だとっ!?」


ガタイの良い20代半ばくらいの戦士風の大男が反論しようとしている。


「あのね、アタシをアンタ等と一緒にしないでくれる?」


4人の中で一人だけの魔術師風の恰好をした女性が、男性陣に負けず劣らず言い返していた。


「はぁ?此の言い争いに交じってるだけで既に同類だろうが!」


最初の男性が女性の反論に言い返す。


「やれやれ、止めなよ見っとも無い。」


そんな中で一人、呆れた感じで他の仲間を宥めようとしている軽装備の戦士風な青年がいたのだが。


「「「お前は黙ってろっ!」」」


と一蹴されていたが、青年は肩を竦めて、大きなため息を付いていた青年は、腰に短めの剣を二本添えていた。


二刀流の剣士さんなのかな?


「お、お客様、他のお客様の迷惑になりますので、どうか………。」




どうやら4人組のパーティーが互いの意見の食い違いで言い争いに成っているようだ、それを店のウェイトレスが必死に収めようとしている。


其のやり取りを見ている周りの客も騒ぎ出していた。


にしても、此のパーティーはこんなんで大丈夫なのだろうか?首を傾げて疑問に思って居ると、エアルが。


「此れは此れで、ちゃんと成り立っているんだと思うよ?」


と言っていた。




「そりゃあ、出費は嵩むけどさ!小型の飛行船で行けば一番早いし安全でしょうが!」


魔術師風の女性がお金は掛るが、一番安全で速いルートを提案する。


「出費を抑えろと言っているんだ!ならば安い馬車で行く冪だろう!」


次にハンター風の男、最初に立ち上がって他の仲間を怒鳴っていた人物が多少時間は掛るが、比較的安いプランのルートを提案している。


「金の心配してるんなら自分の足で行きゃいいだろうが、戦闘訓練も兼ねれば一石二鳥だろう?」


誰が見ても「此奴、絶対脳筋だな。」と思わせる様な見た目をしている戦士風の男は、当然、提案するルートも脳筋其の物だった。


「全く、ラスタールの麓まで何キロあると思ってるんだい?378キロだよ?徒歩も馬車も却下でしょ、飛行船も南の街に移動しないと空港が無いし、


其れ以前に、行先はラスタールの中腹にある工房でしょ?飛行船で行ける訳ないじゃん。」


最後に発言をした青年は正論を突き付けて、3人をバッサリと斬り落とした。


「くっ!毎度毎度、理屈ばっか語りやがって!其処まで言うならお前も何か案出せよ!」


「はぁ、仕方ないなぁ、………。」


騒がしかった3人が急に黙って、一番冷静だった青年が何か案を出すのをじっと待つ。


「あぁ、そういえば、此の町ってまだ飛竜の運送屋が残ってなかったっけ?」


「「「あ!?」」」




「へぇ~、そんなのまだ残ってたんだ。」


パーティーのやり取りを聞いていたエアルがボソッと呟く。


「飛竜?飛竜って、ワイバーンの事だよね?」


「え?そうだけど?」


「ワイバーンてモンスターじゃないの?モンスターで人を運んでるの?」


「そっか、普通はそういうイメージに成るか、昔はね、飛行船が出来るまでは世界中で飛び交ってたらしいよ?」


何だソレ!?物凄く気に成るっ!と云うか。


「危なくないの?」


少し不安そうな表情で聞いて来る。


「それは大丈夫、ちゃんと使役してあるから。」


「そっか。」


不安そうだった顔が先程湧き上がってきた好奇心に刺激され、段々と瞳が輝きだす。




「乗ってみたいっ!」




「…うん、言うと思った。」




偶々得た情報と、メルラーナの好奇心から、飛竜運送屋を探す運びとなった。


(あれ?首突っ込まなかったな?)とエアルは口には出さず、黙っていた。




一方、メルラーナ達が来る事に成る飛竜運送屋では。




「なぁ、若社長、此れ以上先延ばしにするのは限界だ、近隣住民からは抗議の声が上がってるし、下手をすりゃあ営業停止になっちまうよ。」


社長室で4人の男達が重要な会議をしている最中だった。


「解ってる、解ってるけど。」


「けどは無しだぜ、若社長、俺たちは生活が懸かっているんだぜ、家族を露頭に迷わせる気かよ。」


「でも、トーテルだぞ!ウチの看板竜だっ!安楽死なんて!そう簡単に出来る訳が無い!」


「じゃあ野生に還すのかよ?生き残れる可能性なんかゼロに等しいじゃないか、それに、万が一生き残ったとして、俺達に復讐しに来るかも。」


「復讐に来るとか、馬鹿な話は置いといてさ、竜騎士団に渡す話はどうなったんだい?」


若社長と呼ばれていた青年は首を横に振る。


「無理だった、多分、親父への思いが強すぎるのと、飛竜使いとしての腕で、親父に劣る人達に従えなかったんだろう。」


「そ、そりゃあ、誰もおやっさんには敵わんだろうな、若い頃はドラゴンを使役してた時があったとか言ってたし。」


「え?それ作り話じゃないのか?」


「へ?嘘だったのか?俺めっちゃ信じてたけど?」


「いやいや、飛竜種なら兎も角、竜種を使役とか、出来る訳無いって、あり得ないあり得ない。」


「だよな~。」


「親父が竜種を使役してたかどうかは別にして、あり得ない事は無いだろう?」


「いやいやいや、飛竜種と竜種じゃ次元が違うでしょ、だって竜種の頂点って、神様な訳だし。」


「でもさ、昔、勉強の為だって言われて、親父に連れて行って貰って見て来たリースロート王国の竜騎士団は全部竜種だったぞ?」


「…は?…全部?」


「応、騎士団の人達が騎乗してたのは間違いなく竜種だった。」


「…マジかよ、飛竜は?居なかったのか?」


「当然居たさ、最初に見たのが飛竜だったしな、…それでな?親父に聞いたんだ。」




『なぁ親父?あれがリースロートの竜騎士か?母国や隣国の竜騎士とあんま変わらん様な?』




「てよ、そしたら親父がとんでもない一言をサラッと言いやがった。」




『いんや、ありゃあ只の一兵卒だな。』




「「「………はい?」」」


「そうなるだろ?俺もそうなったよ、当たり前さ、俺達が一番良く知っている筈の竜騎士が、リースロートにとっちゃ、只の兵士だったんだから。」




「…彼奴等が、……兵士、………だと?」


「………正に、次元が違うな。」


「……なぁ?若社長は今、何て言ったんだ?良く聞こえなかったんだが?竜騎士が兵士って言ったのか?耳がおかしく成ったのかな?」


「いや、そう言ったぞ?耳は正常だ。」


「いやいや、正常じゃないだろう?はっはっはっ!何馬鹿な事を言ってんだか!………俺の耳がおかしいだとぉっ!?」


「「「おかしくないっつってんだよっ!!」」」


「正常なのか!?そりゃあ良かった良かった!ガッハッハッハ!…ハッ!?…若社長!何馬鹿な事言ってんだぁっ!?」


「「「お前もう黙れよっ!!」」」




一人、完全に混乱している、しかし、此の反応は当然かもしれない、何処の国でも似たようなものだが、騎士は通常、その殆どが貴族から選ばれる事が多く、騎士=貴族のイメージが大きい、平民でも実力で成れる者も居るには居るが、選ばれる為には文字通り、血の滲む様な努力をしなければならない、どれだけ努力をしたとしても選ばれない者も居る、それは貴族も平民も同じ事である、騎士に成るとはそれだけ難しい事なのだ、所謂エリートというヤツである、そして竜騎士に成るにはそのエリートである騎士の中から選別されるのだ、当然、騎士に成る為に行った努力を遥かに上回る訓練や特訓、そして実戦を積まなければ成らない、つまりエリートの中のエリートという訳である。


其の超エリートな竜騎士が、只の兵士を同じ扱いにされれば、混乱するのも無理は無い。


何故なら彼等は竜騎士と呼ばれる者達を一番近くで見守って来た実績と経験が有るからだ。


飛竜運送屋は此れでも竜騎士達が扱う飛竜を育て、躾る業務を行っている、ある程度までの教育を施せば、新しく竜騎士に成った者や、飛竜が大怪我をしたり病気に成ったり死別してしまった竜騎士達に譲っている。




「………なあ、じゃあさ、リースロートに引き取って貰えばいいんじゃないか?」


「「それだ!!」」


3人の意見が揃うが、若社長は其れに反発する。


「…それは、親父が死んだ後、トーテルが暴れ出してから最初の頃に考えたさ、でも、どうやって連れて行くんだよ?飛ぶのか?飛んで行ったら間違いなく落とされるぞ?」




「「「…あぁ。」」」


納得せざるをえなかった。




「なぁ、今話す冪話題じゃ無い事なんだけどさ、トーテルって本当に飛竜種なのかな?」


男性の一人が唐突に突拍子も無い事をいいだした。


「え?」


「…?どういう意味だ?」


「だってさ、アイツ、滅茶苦茶早いじゃないか、俺等は運送業だからさ、戦闘の能力とかは解らねぇけどよ、多分、アイツ相当強いんじゃないかな?ほら、他の飛竜なら一人で抑え込めるし手なずけられるけど、アイツだけは数人係りじゃないと抑え込む事も真面に出来ねぇしさ?」


男性はトーテルに対して感じていた疑問を一頻り口に出す。


「ふむ、確かに不思議には思ってたけど、どうなんだろうな?」


「「「…。」」」


其々が思い思いに男性の言った言葉を想い浮かべて、一同が黙った。




静まり返っていた時間は、1分程だろうか、其の時。




ドゴォーン!!




突然何かが壊れる様な、、大きな音が社長室の中にも聞こえて来た。


「「「「!?」」」」


「…トーテルか!?」


「又か!皆!竜舎へ向かうぞ!」




………


……







メルラーナ達は、今、ソルアーノ語で『飛竜運送屋』と書かれた看板が掛っている店の前に来ていた。


「おー、おっきいね。」


店の大きさはカノアの町の労働者ギルドと殆ど変わらない位だった、此処に来るのに使った馬車を借りた店の数倍はある。


「そりゃあ、竜舎と馬舎じゃあねぇ。」


中に入ると、小綺麗な部屋に高級そうなソファーやテーブル、装飾品等が部屋中に飾られている。


「へー、中々繁盛してるんだ?」


エアルが店中の見渡しながらボソッと呟くと。


「いらっしゃいませ、何処かへお出かけですか?荷物の宅配でしょうか?お引越しも承ってますよ?」


40代位の受付の女性がニコニコと微笑み乍ら話し掛けて来る。


「宅配?引っ越し?色んな事をやっているんですね?」


「そうなんですよ、時代の流れなんですかね、お客様の要望に合わせないと生き残れないんですよ。」


「は、はぁ。」


聞いていない事まで語り出す女性に少し引き気味に成るエアル。




「御用件をお伺い致しますよ。」


引かれてしまった事に気付いたのか、女性は仕事の話に戻す。


「ああ、ギアナスまで行きたいんですけど、二人で。」


「ギアナスですか?うーん。」


「やっぱり厳しいですか?」


「そうですね、あの辺りは野生のワイバーンが生息していますから、前は行けたんですけど、今は一寸。」


「前は?」


「…ええ、いえ、今でもギアナスまで行ける飛竜は居るんですよ、一頭だけ、でも今は、その子を扱える御者が居なくて。」




ドゴォーン




「!?」


「ああ、又だわ。」


近隣に迷惑を掛けていてもおかしくない位の激しい音が響き渡っているにも関わらず、女性は冷静に『又』と言った。


「又?こんな騒音が何度もあるんですか?」


「そ、それは。」


「エアル?ひょっとしてさっき此の人が言ってた飛竜なんじゃ?」


「…!?…竜舎は何方ですか?」


「え!?…い、いけません、お客様にもしもの事があれば。」


「大丈夫ですよ、飛竜如きに遅れを取る程、弱くはありませんから。」


「しかし!」


「それに、此のまま放っておくと、もっと大変な事に成る可能性も有りますよ?」


「…。」


女性はエアルの言葉を受け、少し考えると。


「分かりました、此方です。」


二人を案内してくれた。


竜舎は想像していた以上に広かった、両脇には飛竜がのんびり出来る広さの囲いがある部屋?が8つずつ並んでいて、更に奥には、大きな扉があった、激しい物音が其処から聞こえて来る。




「おお、飛竜がいっぱい!…だけど、何か、…怯えてる?のかな?」


「そうね、原因は此の声の主かもね。」


「声?」


確かにエアルの言う通り、騒音に交じって唸り声の様な音が聞こえて来る、その音は左側に3頭、右側に4頭居る飛竜を怯えさせていた。




「行くよ、メル。」


「お、おお。」


少しビビりながらエアルに付いて行くメルラーナ、奥の大きな扉を開けると、更に広い空間の部屋があった、其処には色々な道具が置かれていた、手綱や鞍は勿論、飛竜を手入れする為に作られた様な小物の筈なのに小物じゃない道具の数々、荷物を運ぶ為の専用のラック等が置かれている。


更に其の奥に、吼えない様に猿轡を付けられ、両足首と首に人の腕の太さ位は有るんじゃないだろうか?と思わせる程の太い鎖で繋がれた1頭の飛竜が暴れており、其の周りには屈強な身体をした男達が6人、飛竜を抑え付けようとしている。




「あれ?何か、さっき居た飛竜と違う?」


見た目は全くと言っていい程、同じに見えるのだが、メルラーナは何かは解らないが、直感で他の飛竜と違う事に気付いた様だ。


「あら、珍しい、アスルセフじゃない。」


「あす?せ?…ワイバーンじゃないの?」


エアルの発した単語にメルラーナはキョトンと首を傾げる、長年飛竜を扱ってきた運送屋の女性でさえ、その言葉に聞き覚えが無かった。


「いや、ワイバーンだよ、ワイバーンの種類、アスルセフワイバーン、意味は確か、…原初の飛竜、だったかな?」


「おー!カッコいい!」


「飛竜に種類があるなんて、初めて聞きました。」


「まぁ、見た目は解らないですからね、ほら、竜種にもあるでしょう?レッサードラゴンとか、エンシェントドラゴンとか。」




そんな説明をしている内に。


「うわっ!鎖が千切れるぞっ!」


「駄目だ!抑え切れん!!」




バキンッ!




繋がれていた鎖が引き千切られて、何を思ったのか、メルラーナ目掛けて一直線に突進して来た、丁度それと同時に、部屋の脇にあった標準サイズの扉が開き。


若社長が見た光景は、見知らぬ少女に向かって突進する体重20~30トンはあろう飛竜だった。


「うわあああああっ!何やってんだトーテルゥゥゥッ!!其れお客様あああああああっ!!!」


「…あ、終わった。」


「営業停止確定だな。」


「そんな事言ってる場合じゃねぇだろぉっ!早く助けないとっ!!」




突進してきた飛竜に対して、メルラーナは咄嗟に前に出て、両腕をクロスさせて防御態勢に入る。




「おしっ!フォルちゃん、守って!」




それは、本人からすれば只の願いだったのだろう、故に、まだ其の力を発揮する事は出来無かったのだが、其れは明らかに、薄っすらとではあるが、形を映し出していた。




「…盾?」




エアルは其の姿を見て呟いた。




ドンッ!




飛竜の突進を盾の様な姿をしたガウ=フォルネスで防ぐと、衝撃から来る反動がメルラーナの其の全身に行き渡る。




「いっ!たいっ!」


(フォルちゃんが防ぎ切れなかった!?遺跡で戦った人の攻撃でも此処まで痛く無かったのに。)




メルラーナの其の解釈は少し間違っている、飛竜から受けた突進は、単純に物理的な問題で、20~30トンもある巨体が持つ質量が短い距離とはいえ、100キロ近い速度を出して衝突して来たのだ、其の衝撃から生まれる破壊力は尋常ではない、攻撃自体は防いだのだ、只衝撃を吸収し切れなかっただけである、当然、同じ攻撃を行うのであれば、飛竜は態々距離を取らなければならない、つまり、連続でその攻撃を行う事は略不可能であると云う事だ、とは言え、現状でのメルラーナとガウ=フォルネスの防ぎ切れる限界を超えた攻撃であると云う事は間違いでは無いのだが。




「腕が痛い!物凄く痛い!正か!折れてるっ!?」


「大丈夫、折れては無いから。」


「ホントッ!?」


「ほら、戦闘中によそ見しない、尻尾来るよ?」


「へ?」


言われて振り返ると飛竜の尻尾が既に目の前まで接近してきていた。


「ひっ!?」


これは、彼女の無意識の行動なのだが、次、腕で防御すれば骨毎確実に行かれる、という判断をして、剣を出して尻尾を受け流す、が。




ピシッ




と云う音が耳を通り抜ける。




「え?何か割れた?」


「あらら、デューテ様の所に行くまで持たなかったか。」


続いて足が飛んで来るが、音に気を取られて反応が遅れた、飛竜の蹴りを防いだメルラーナのソードガントレットの剣の部分が。




バキンッ




と云う音を立てて、折れた。




「ああああああああああああっ!?折れたぁぁぁぁぁぁっ!?」




ジルラードがメルラーナに言っていた『困った事が有れば』とは、正に此の事であった。


メルラーナは戦士やハンターでは無い、簡単な武器の手入れは出来ても、しっかりとした手入れは出来ないし、鍛冶屋に持って行くと云う事は、一度もした事が無い、そんな状態で、遺跡での激しい戦闘、初めて体験する命の殺り取り、グレイグと云う名の強敵との死闘、其の時点でソードガントレットは寿命が来ていた、其れが今、尽きたのだ。




「うあああっ!」


「え?ちょ、メル!?」




メルラーナは思いっきり飛び上がり、飛竜の頭の上まで跳躍した。




「このっ!馬鹿ぁっ!」




ゴンッ!


メルラーナの拳が飛竜の脳天を直撃した。




「な!?殴った。」


エアルが一言発したのをかわきりに。


「殴ったな?」


「うむ、間違いなく殴った。」


「鉄の様に硬いって言われてる鱗を纏っている飛竜の頭を。」


「素手で?」


「いや、篭手っぽいのを付けてるぞ?」


「いや、それでもよ?殴るか?普通?」


「絶対、手怪我してるぞ?あれ?」


「「「間違いない!」」」




飛竜は力いっぱい口を開こうとする。


ブチブチブチ。


と云う音を立てて猿轡が千切れた。




グオォォォォォォォォォォッ!!




「…あ、切れた。」


「切れたな。」


「あの子、死んだな。」


「………そ、それは駄目だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


「や、やべぇ!皆、トーテルを止めるぞっ!!」




その後、男衆10人係りにメルラーナも加わり、何とか抑え込む。


「今だっ!鎖をっ!」


「社長!駄目だ!鎖が千切られてて使えねぇっ!」




「やれやれ、仕方ないな。」


成り行きを見守っていたエアルが此処で動き出した。


エアルは暴れる飛竜の鼻の頭にそっと手を添えた。




「お、お客様、何やってるんですか!?危ないっ!」


「しっ。」


エアルは若社長に向かって静かにする様、促す。




「ねぇ、君は何に対して怒っているのかな?」


「…………。」


エアルが問いかける事で、飛竜は暴れるのを止めて、静かに成った。


「な!?何だ!?此の人は!?」


男達は驚いているが、気にせず飛竜の心を読み取ろうとする。




「うん、…うん、そう、御主人が、…そっか、寂しかったんだね?」




「すげぇ、あの人、トーテルと話てる?」


「何て言ってるか解るのか?」




メルラーナは心の中でふと思う。


「そういえば、お父さんの部下って聞いてたし良い人そうだからあんまし気にしなかったけど、…エアルって、何者??」




「グガァッ!」


「…え?…ちょ、一寸、それは駄目っ!」


トーテルは突然、両脇の翼を広げ、拘束していた男達を吹き飛ばす。


「い、一体どうしたんですか?トーテルは何て?」


「…、『止めたきゃ力ずくで止めてみろ。』だって。」


トーテルはエアルを無視して起き上がり自分を抑え込んでいた男達を振りほどき、吹き飛ばす。




「こらっ!」


が、トーテルの目の前にエアルの姿が映る、自分の頭は、普通の人間では到底届かない高さに有る。


人の跳躍とは思えない程飛んでいた。


此の人といい、さっきの子といい、一体何者なんだ?




「人と話している最中に暴出すなんて、悪い子だな、君は!」


トーテルの鼻の頭に今度は乱暴に手を当てて、自身の身体毎、力一杯降下させた。


ドゴォォォン


物凄い騒音と竜舎中に埃が舞い上がり、其処居た者達は目を閉じ耳を塞いでしまう、其のせいか状況が何も解らなくなっていた。




………


……





周りが静かに成り、メルラーナは恐る恐る目を開ける、すると其処には、飛竜の頭を片手で地面に抑え付けているエアルの姿があった。




飛竜はおとなしく成り、エアルに向かって頭を垂れている。


「しまった!やりすぎた!」




「アンタすげぇなっ!トーテルが従った!」


「あ、いや、ど、…どうしましょう?」


エアルがオロオロし出す、トーテルと呼ばれていた飛竜は今、エアルに服従してしまったのだ。


「勿論、引き取って頂けるんですよね?」




あぁ、やっぱりそうなったか。




「…少し、待って貰えますか?」


そう言ってエアルは壁に向かって謎の独り言を喋り出した。




「なぁ?あの人大丈夫か?」


若社長がメルラーナに尋ねる、幸い言葉は大分理解出来る様に成っていた。


「うーん、大丈夫、と思いたいですけど。」




「兄様、少し宜しいでしょうか?兄様?」


兄様?今、兄様って言った?


「………あ、申し訳ありません、副長。」


あ、言い直した。


「それが、その、一寸した手違いがありまして。」


メルラーナは、きっと魔法か何かで誰かと話しているのだろうか?と思い乍ら、そっと見守る事にした。




「…う。」


何だろう?エアルがたじろいている。


「…は、はい、飛竜を一頭、服従させてしまいまして。」


??状況報告でもしてるのかな?副長さんとか云う人に。


「…そ、…それが、服従させた飛竜は運送屋が飼っていたもので…。」


ん~?他の人が飼っている飛竜を服従させるのは駄目な事なのかな、いや、確かに駄目だな、普通。


「あう、す、すいません。」


あ、怒られたっぽい。


「…あ、はい、種族はアスルセフです。」


…。


「はい、それは私も思いました。」


うーん、何か、聞き耳立ててるのに少し罪悪感が、聞かないでおこう。


「え?はい。」




「………はい、え?変わる?え?誰に変わるんですか?」




「ちょっ?兄さ…!副長!?」


此処で一度念話が切れる。




「えー、どうするの?これ?」


「エアル?」


背後から声を掛けられ少しビックリした。


「メ、メル?ゴメンもう少し待っててくれる?」


「う、うん?」


その言葉に素直に頷くメルラーナ。




「…はいっ!エアリアルですっ!」


ん?エアリアル?ああ、そう言えばフルネームだ。


「あ、あの、申し訳ありませんが、ど、どちら様でしょうか?」




「…えっ!?………おっ!?」




「王女殿下っ!?」


エアルは物凄い衝撃と、後から途轍もない程の動揺が見て取れた。




(てか!え!?王女って何!?あの王女!?)


王女以外にどの王女があると云うのだろう?エアルの言葉しか聞けない筈のメルラーナも、何故か吃驚していた。


そして聞かないでおこうと思ったのに聞いてしまった。


「し、知らぬとはいえ、失礼致しましたっ!!」


エアルは誰も居ない壁に向かって見事な敬礼をする。




「「「??」」」


其の場に居た全員がエアルの謎の敬礼を見て首を傾げている。




「ええ!?宜しいのですか?…はい、…はい、了解致しました。」




「はい、では、失礼します。」




会話?が終わった様だ、エアルは男達に近寄って。


「此の度は大変ご迷惑を御掛け致しました、就きましては其方様の条件を出来る範囲で飲む様、主より仰せ使いました。」




「そ、そりゃあ、ご丁寧にどうも、…少し、考えさせてくれますか?」




その後、結論が出たのは三日後の事であった。

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