番外 27_【試練の遺跡】の入り口



 一体どれだけの長い年月、結界で閉じられていたのだろう。【リュウリュウ遺跡】からは淀んだ空気が醸し出されていた。


 王家が一度もこの遺跡の調査をしていないとまでは、コテンもセイも考えていない。

 ただ、異世界から“勇者”を召喚し、彼に「天空の島へ行く為に、試練の旅に出よ」と命じてから、遺跡の再調査を一度でもしているとは、とても思えないのだ。


(でももし再調査してたとしても、その情報を勇者や他の組織に共有しないだろうから、結局意味無いよね)


 今日どこへ向かうのかすら、王護騎士団以外には知らせていなかったくらいだ。どうせ「王族のみに伝わる秘匿情報だから〜」などと言って、質問を拒否していたに違いない。


 今も「試練の遺跡の扉は王家の血を引く者にしか、開く事は許されていない」などと偉そうに宣言して、姫が入り口の横に座り、その周りを騎士たちが扇状に囲んで人を寄せ付けないようにしている。どんな僅かな情報でさえも、遺跡については王家で独占したいらしい。


 その様子を見ていた他の騎士団員たちが「遺跡って……古代ダンジョンか」「あの大きさだと、高位ダンジョンだよな? 未踏破なのか?」などと囁きあっているのを聞き、「へー、噂の【ダンジョン】って、遺跡なんだね」とセイが話しかけた時には、カワウソたちは姫の真横にまで迫っていた。


(……ああいう動きの虫、いる……)


 感心を通り越して、気持ち悪い速さだった。そこまでして盗み見したいのか。


 しばらく待っていると、巨大な扉全面に彫られている模様が、ゆっくり水色に輝いていった。姫は無事に成功したもよう。

 ゴゴゴ、と遺跡全体から、重い音が響き始めた──扉が、開く。

 すぐさま距離を取るウグス、そしてアズキとキナコ。同じ位置へ移動した彼らの元へ、セイたちも素早く近付き、コテンが守護結界を発動。中から毒や、罠の矢、魔獣の攻撃が突然飛んでくるのを警戒しての行動だった。


 討伐隊たちには、それぞれの魔術士たちが結界を張るだろう。そう思ったから放置したのに、どの魔術士も動かない。何故だ。しかも、距離を取るどころか、逆に駆け足で遺跡に向かう騎士たちまでいる。危なくないのか?


 遺跡を警戒して慎重に行動したのは、いわゆる“異世界組”の自分たちだけだった。加えて、実際にダンジョンに行ったことが一度も無いメンバーでもある。


(ダンジョンって、入り口は安全なのかな?)


 戸惑いながらも結界は解かずにおく。


 扉が徐々に両脇へとスライドして真ん中から開いていき、内部が見えてきた。

 ──暗がりの中、地面近くに赤黒い棒状のモノが、四つ。

 大きさが小型犬ほどのネズミ型魔獣、その額から鋭く伸びた角が放つ禍々しい光が正体だ。


 即座に剣を抜き構える騎士たちの間をすり抜け、一番前に飛び出た人物がいた。

 旅の仲間である、魔術士の少女。彼女は元気よく、片手を掲げた。


「いっくよーッ! “我が身の奥底に眠りし火の山よ、目覚めよ。火の川を登り、頂きへ流せ、流せ、集めろ。噴き上がれ、飛び散れ、地に降れ、炎の雨──《ファイア・レイン》!」


 少女の攻撃魔法によって生まれた幾つものファイアボールが、遺跡の内部へと向かって飛んで行く。入り口付近も含めて一帯が、炎と火の粉で赤く染まった。魔法庁から選出されただけあって、なかなかの威力だ。

 それを見てセイたちは、驚愕の声を上げた。


「えっ、なんで!?」

「えっ、なんでやろ、本気で分からん!」


 なぜ初手で、広範囲、高威力、なにより魔力消費量の多い高位魔法なんかを放ったのか?

 全く理解できなくてセイたちは混乱した。

 入り口に見えたのが、高ランクの危険な大型魔獣だったなら分かる。でも、現実は低ランクの小型で、しかもたったの四匹だ。

 初めて行く遺跡の内部がどうなっているのか、全く不明な状況なのだから、魔力環を持っていたとしても魔力は温存するべきだ。

 野生動物が相手なら大きな音で逃げて行くかもしれないが、好戦的な魔獣には逆効果だ。今ので逆に呼び寄せてしまうだろう。

 しかも、魔法制御が甘く、入り口付近にいた騎士まで焼いている。


 何故あのタイミングで、あの魔法を打ったのか。理由が、さっぱり分からない!


「もしかして……そうか、分かりました!」


 キナコが「ハイッ」と手を挙げた。


「やっぱり“魔王”がいるんですよ! それであの女の子は魔王軍の四天王最弱か、先走りしがちなモブ幹部が人間に化けた姿なんです! 仲間のふりをして勇者に付いて来てて、いよいよというこのタイミングで本性を現し、“やぁ勇者諸君、これは我々からのほんの挨拶代りだよ”って高笑いか含み笑いして、思わせぶりで中途半端なネタバレしつつ、この場を地獄絵図に変えるつもりなんです!」

「……ッ! そうか、そういうことやったんか……!!」

「……ぇー?」


 噛まずに一気に語り切るキナコ。衝撃と共に納得するアズキ。小さく首を傾げるセイ。


「クッ……おのれ、魔法庁に手柄を渡すな! 我々も行くぞ、私に続け!!」

「「おうッ」」

「待てっ、お嬢!」


 女性剣士が、火魔法がくすぶり、相当熱くなっていそうな遺跡の内部へ突撃を始めた。付いて行く護衛騎士と、逆に止めようとする護衛騎士がいる。

 さらに「なにやってんだ、このガキッ」「ド素人が余計なことしやがって、どうしてくれんだ、おお!?」怒り心頭で魔術士たちに詰め寄る、対魔騎士団の騎士もいた。


 王護騎士は王女を守る一団と、それとは別に、内部へ入ろうとする魔術士と対魔騎士団たちを「誰の許しを得て入ろうとしている!」「止まれ、止まらんか!」と攻撃しに行く一団に分かれていた。


 聖女は遥か後方で聖堂騎士たちに守られ、しかしやはり一部の騎士が脇から隙をついて遺跡内へ入ろうとしている。


 ──そして肝心の、四天王最弱もしくはモブ幹部とキナコに予想された魔術士の少女は、魔力切れを起こして地面にへたり込み、魔術士仲間に介抱されていた。姿は少女のままで、魔族にはとても見えない。


「…………違いました。あの子はただの、考えなしでした」

「クッソ! クッソ!!」


 本気で悲しそうなキナコ、真剣に悔しがっているアズキ。君たちさぁ……。


「「「うわぁああああっ!!」」」


 遺跡の中から男たちの悲鳴が聞こえた。何が!? 鋭く見遣れば、奥の方から巨大なトカゲ型……いや、ワニ型の魔獣が、重そうに体を揺らしながら近付きつつあった。明らかに高ランクの、危険な大型魔獣。


 ウグスが舌打ちをして、巨大ワニ型魔獣に向かって駆け出した。助走の後、人々の頭上を飛び越えて遺跡の内部へと入る。さすが身体能力チート持ち

 だが、剣で戦おうとするものの、周りの人間たちが邪魔で立ち回りが上手く出来ないようだ。

 人が多過ぎるのだ。

 遺跡前も入り口も広めの造りになっているとはいえ、人数からすれば完全にキャパオーバー。そこに、それぞれの練度は高いのだろうが、連携の訓練など一切していない複数の組織が、思い思いに戦っている。剣も魔法も、魔獣だけでなく、人にも当たっていた。


 ワニ魔獣が近付いてくるにつれ、ドブに似た汚臭が漂ってきた。


「しっ、閉めますわ!」


 王女が、あろうことか中に人が入っているというのに、自分の判断だけで扉を閉める作業を行なってしまった。

 扉が閉まっていくのを見て、慌てて外を目指す騎士と魔術士たち。ウグスは、遺跡内部で怪我をして動けなくなっていた人間を、外の人間たちへ向かって放って回っている。

 ウグスのフォロー目的でアズキとキナコがワニ魔獣の足止めに向かい、コテンはいざという時にすぐに防御結界が張れるよう備えた。


 そしてセイは、扉の動きが遅くなるよう、魔法で操作していた。不自然にならない程度にしなければならない。ウグスが気になって扉の動きを完全に止めてしまいそうになるが、慎重に動かし続ける。


 だいぶ扉が狭まってきている。早く出て来てくれ。……やっとウグスが入り口付近まで来た! 安心したのも束の間、また奥へと走って行ってしまった。


(待て待て、これ以上ゆっくりにするのは無理! どうにか自然に扉を止めないと……)


 セイは扉に、つっかえるよう念じる。巨大な扉が、ガコンッと音を立て小さく跳ねた。それからも、ガコ、ガコと動きが鈍くなるように調整。

 人ひとり分ぐらいまで狭まった扉の隙間から、ワニ魔獣の口の前に茶色い球体が大きく成長していく様が見える。泥水の高位攻撃水魔法。ドブの臭いがますますキツくなる。王女が悲鳴を上げた。


「早く閉めなさい! 早く!!」


 命令を受けて王護騎士たちが扉を両側から押し始めた。何をしてくれているんだ!


 ワニ型魔獣の泥水魔法が膨れ上がり、いつ発射してもおかしくない。


(ウグスさんっ、早く!!)


 コテンがもう限界だと結界を発動する、その一瞬前に、肩に負傷者を担いだウグスが滑るように出て来た。カワウソたちも外に出て、セイに向かって頷いた。それを確認してセイは扉に閉まるよう念じる。

 完全に閉まる直前、泥水魔法が扉に激突した爆音がした。建物が揺れる……凄まじい威力。まともに食らえば、一撃で騎士たちは全滅していてもおかしくなかった。


 ギリギリだったね……セイたちは揃ってため息を吐いた。


 僅かな隙間から噴水状態で泥水が外に飛び散ったが、辺りが臭くなっただけで被害は無し。


 この後、各騎士団が負傷者の治療を聖女に要請するも、「勇者以外に力を使うつもりは無い」と拒否され、ボロボロの状態で撤退する事になった。


 こうして、魔王討伐隊による試練の遺跡への初出征が、終わった。




「最初から最後まで、全部ひどかったね……」

「驚きのひどさやったな」

「とんでもないひどさでしたけど、でも、これが“ひどさの底”だとは思えないんですよね……」

「そりゃあだって、まだ入り口にちょっと入っただけで、なーんにも始まってないもんねぇ。本当の地獄は遺跡の中に入ってからなんだろうなーって、分かっちゃうよ」


 そう、まだ試練は始まっていない。なのに、コレなのか。揃って、ため息を吐く。


 夜にセイたちは山盛りの果物の差し入れを持ってウグスの所へ行き、計画の見直しについて話し合った。

 そして、“セイたちが試練の遺跡を攻略する”と決めたのだった。


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