番外 26_討伐隊出発



 泣きながら嘆いていたカワウソたちは、しばらくしたら勇者パーティーが少人数である必要性、及びメリットと、大人数でのデメリットについて、熱く熱く議論していた。

 そしてアズキは広場にいる魔王討伐隊を見て、「とりあえず人数が多いと、機動力は確実に落ちる」と半目で呟いた。


 討伐隊の準備がなかなか整わず、いつ出発できるのか分からない状況だったのである。


 まず、指定の場所である王都東門前の広場に、集合予定時間の朝に来ていたのは、勇者と、姿を隠したセイたち、それに見るからに下っ端の若い騎士団員たちだけだった。

 他の、イケメン騎士団長率いる対魔騎士団や、王護騎士団、魔術士団、聖女御一行は、だいぶ遅れて到着。

 第二王女に至っては、昼過ぎになってようやく現れた。遅刻どころの話じゃない。絶対自分だけ昼食ランチ取ってから来ただろ……。


 しかも王女は、ドレスでこそ無いが、裾が足首まである飾りの沢山付いたワンピースを着ていた。セイたちは見た瞬間に「「「うっわ」」」と声が揃ってしまった。遊びに行くつもりなのかな?


 王女の到着で点呼が始まり、この集団はただ準備の為にいるのではなく討伐隊に同行するのだと気付いて、カワウソたちの「勇者パーティーなのに人が多い」という嘆きが始まっていたのだった。




 点呼を終え、出発予定時間を遥かに過ぎていても、討伐隊は出発しない。

 未だにバタバタと走り回り、あちこちからトラブルの声が聞こえてくる。


 馬が気に入らないから変えろ。朝着てみたら装備のサイズが合わなくなってたって奴が沢山いるけどどうする? 予定より人数多いから備品足りないぞ。聖女がいるから医療品用意してないだと? 馬鹿者すぐに用意しろ! どうして遠征用の食料が無くなってるんだ? 昼食にさっき食った!? 新しく買え馬鹿者共!! など、ごちゃごちゃと。なかなか出発できない。


「……ひどいね」

「ヤバイわ」

「最悪です」


 人数が多くて機動力が落ちる、などというレベルでは無かった。

 ただでさえ時間にルーズな国民性の上、複数の集団が連携も連絡も全くせずに、しかも合同で行動するのはこれが初めて、という状態だったから余計にひどい。


(というか、午前中ずっとのんびり雑談してたのに、出発直前になって物資不足を申告する人、多いな)


 いい加減な性質は、平民街の人たちだけじゃなかったんだなぁ……セイたちはしょっぱい表情になった。


「あ、やっと出るみたいだよ。遺跡ってどこにあるんだろ、遠いのかな」

「遠かったら……どうするつもりなんやろ。あいつらが野宿なんかするわけないやろしな」

「……ものすごく嫌な予感がしますぅ」

「この感じだとさぁ、目的地を一目でも確認できれば頑張った方になるんじゃないのー? 一時間くらい移動したら、今日はもう終了って言って、帰って来ると思うなー、ボク」

「ああ、午後のお茶会の時間があるもんね、って、それはさすがに……さすがに……」

「お紅茶が冷めてしまいますわーってか。ハハハ、さすがにキレるわ、俺が」


 待ちぼうけ中、セイたちはこうやって仲間たちと会話して気を紛らわせられるが、少し離れた場所にいるウグスは、誰も声を掛けないので無言で、凍て付くような無表情で、たった一人、立っているだけだ。

 こっちに呼べるものなら呼びたい。だけど、周りの人間たちが勇者をチラチラと見ているので、無理だった。


 ようやく、本当に出発。勇者と騎士団は馬で移動。

 仲間の女性たちは、自分の馬車だ。


 しかしどう見ても、すぐに森の小道へと入って行くルートなのだが。どうするんだろう……見ていると、王女は移動用の椅子を自分の分だけ特注しておいたらしい。前方以外、天井も含めて装飾過多の板で覆われ、担ぎ手が持てるよう前後に棒が四本生えた立派な椅子。

 それを見て魔術士団と聖堂側が猛抗議を始めた。

 森へ入ると知っていたのなら、先にみんなにも言っておけ! 至極真っ当な抗議だ。


 だがそのせいで、またもやタイムロス。

 説得の末、諦めさせて姫以外は全員徒歩に切り替え、やっと再出発したと思ったら、アズキ作成の腕時計によると大体30分ほど進んだところで、休憩タイム。お紅茶を嗜む時間でしてよ。

 大人数が森での休憩なので元々かなり時間がかかる上に、組織同士の仲が悪くあちこちで揉めて、更にタイムロス。


「って、まだ動かんのかい! ほんまにやる気あるんか、ああ!?」


 セイたちは姿を消し、森の木々に隠れて、ウグスがいる討伐隊の先頭近くに付いていた。

 進むより止まっている方が長い状況に、アズキがキレた。カクレギノネコのヒゲで姿も音も消してあっても、暴れればバレる。小さな体を一応抑えながら、セイたちも不満が声に出た。


「ウグスさんだけだったら、王都の広場からここまで15分くらいで来れてたよね……」

「もっと早いかもですよ。15分以下の行程を、かれこれ6時間と30分くらいですか。これじゃ先が思いやられますね」

「なにやるにしても初回はゴタつくものとは言ってもさぁ、限度があるよねぇええ」


 無駄な時間の内の4時間くらいは、王女の遅刻のせいではある。だがそれを抜きにしても、歩みの遅さがひどい。

 ここはまだ王都の横にあるスーエの森だ。薬草採取の冒険者とはすれ違ったが、魔獣とは遭遇していない。ただのハイキング状態のくせに、歩く速度が非常に遅い。


 苛立ちでゔーゔー唸るアズキを抱っこして、ゆーっくり動く討伐隊にこっそり付いて歩くこと更に約20分。突然、停止の号令がかかった。


 ちょっとした広場になっている場所だった。まさか、また休憩なのか……。アズキを強く抱きしめていると、王護騎士団のシンボルが刺繍されたローブを着ている魔術士らしき人間が三名、道ではなく森の木々に向かって歩いて行く。騎士たちが、場所を空けろ、近寄るな、静かに! など大声で周囲を牽制し始めた。


 ローブ姿の三人の先にあるのは、普通の森の風景で、特別なものは何も……。


(──あ、【神気の混ざりもの】のぐちゃぐちゃがある)


 普段は視界の邪魔になるからと、意識しなければ見えないようにしていた。そのせいで気付かなかったが、広く、上空まで覆う形で【神気の混ざりもの】がスーエの森の一部を覆っていた。


 ドーム状に広がる“何か”は、魔法士ギルドの練習場にあった物に似ている気がした。そう、セイがファイアボールまみれにして、半壊させてしまったアレ──御大特別製の結界に。当時のことは、いつ思い出しても心が痛む。公共の物を壊してごめんなさい……。


 黒歴史との戦いからセイが一時帰還して目を上げると、男たちが地面に、シーツほどの大きさがある布を広げているところだった。古びた色合いの厚みがある布で、全面に変な模様が描いてある。

 模様の色は黒茶色。長さがバラバラの細長い三角形と、大きさがまちまちの滲んだ黒丸、掠れや滲みのあるうねった線。それらが、記号なのか、文字なのか……少しずつ形の違う組み合わせで、手のひらぐらいの幅で並んでいた。直線ではなく、中心から外側へ向かって螺旋状。


「なんやこの、呪いの蚊取り線香みたいな柄のラグは」

「これぞまさにいにしえの呪具! って雰囲気を醸し出してますね。良いですねー」


 カワウソたちは限界ギリギリまで近付いて、布を眺め回している。

 魔術士の男たちがしゃがんで布に手を置き、声を揃えて「「「ギィーイーィ〜」」」と奇声を発したので、二匹はピャッと帰ってきた。


「「「ギューキューギュ〜、カッカッカッ、キュキューゥウー、グォーグォーグォー、ヴォーオオー」」」


 歌うように抑揚を付けて、声で音が紡がれていく。


「……あかん、何言うてるかさっぱり分からんわ。なんちゅーか、サンスクリット語とかああいう外国のお経を聴いてる感覚やな」

「民族的というか、古代語っぽい雰囲気ありますね。鈴がいっぱい付いたヤツをシャンシャン振りたくなります」

「そんなら俺は小さい太鼓叩くわ」


(へー、アズキくんとキナコくんには、そういう風に聞こえてるんだ)


 セイには、魔術士たちの謎の唸り声だか歌声だかが、意味のある言葉としても聞こえていた。


 元の世界でも、セイとカワウソたちでは言葉の聞こえ方が違う。カワウソたちは自分たちの知っている言葉に置き換わって聞こえるそうだが、セイは元の言葉も聞こえつつ内容が理解できる、という仕様だ。


(なんか子供っぽいというか、童謡っぽいというか……。『おぞらの上がらーばっざばっざばっざ、おづぢの下がらーぎゅうぎゅうぎゅう、おぼうぎざー』?)


 しっかりと聞き取れないのは、セイのせいではない。魔術士たちの発音が、外国人が慣れない言語で話しているかのようなぎごちなさがあり、聞き取り辛いのだ。


(うーん。お空の上から、ばっざ……ばっさばっさ、かな? お土の下から……ぎゅうぎゅう? “おぼうぎざ”は全然分かんないや)


 魔術士たちが「グォッンググ〜!『おがえじ〜』」と大きめの声で言うと、森の一部を覆っているごちゃごちゃと絡まって固まっていた【神気の混ざりもの】が、ゆるっと解けた。そして一本の細い光が生えたと思ったら、ふよふよと頼りない動きで布へと吸い込まれていく。


(……あー、なるほど。大体分かったかも)


 細く伸びる淡い光は、目を凝らして見れば布に描かれている変な記号の並びに、そっくりだ。

 おそらく布の模様が魔術の何か……以前に御大から聞いた【術式】だろう。魔術士が布に描かれている術式を呪文として唱えると、内容に則した魔術が発動するのではないか。


 そして今は解呪の為に、森の一部を覆っている術式を布に戻している……想像だが、光が布に吸い込まれるにつれて、ぐちゃぐちゃの混ざりものが少しずつ薄くなっているのだから、ほぼ間違いないだろう。


 あちこちで見かけていた【神気の混じり物】が、魔力を込めて発動された術式である事が分かった。

 どうしてその術式がこんなにぐちゃぐちゃに見えるのかも分かった。落書きのような記号の羅列が、縦、横、斜めと無造作に、何重にもぐるぐる巻きになっているからだ。


 今までの疑問が解けてスッキリ。それは良いとして。


(このペースだと、一日かかっても終わらないだろうな……)


 目の前の術式の量に対して、吸い込んでいる光の量が少な過ぎる。

 魔術士の男たちは必死にやっているが、発音が正しくないせいか、しょっちゅう光の糸がブツブツ切れているのも問題だ。

 そもそも、術式のが、魔術士たちには見えていないようなのだ。彼らの視線は、目の前の景色に固定されていて、光を一切見ていない。いや、あれは多分、術式そのものが見えていない。


(ダメだ、これ以上時間がかかったら、お姫様が「もう帰る」って絶対に言い出す)


 そして後日、またここに来るだけで何時間もかけるのだろう。耐えられない。無理。


 念の為コテンに結界を張ってもらってから、セイは【鑑定魔法】を発動。

 ドーム状になっている術式を鑑定。内容が頭に流れ込んでくる──『分厚い雲で、濃い霧で、背丈より高い雑草で、覆って、守って、隠して』──【防御魔法】と【隠蔽魔術】。それ以外の効果は無し。

 良かった、一番楽なパターンだった。セイはホッと息を吐いた。


(要は、みんなが通れる幅だけ広げれば良いんだ。全部解除する必要なんてない)


 幸いな事に、何故かセイは召喚されてきたその日から【神気の混ざりもの】を念じるだけで動かせた。魔法の練習をしている今なら、更に繊細な操作が可能だ。


 魔術士たちが動かしている光の線は弄らず、目の前の術式の固まりの方を慎重に動かす……何枚も重なった薄いカーテンを一枚ずつ両横へと開くイメージで。


 少しずつ森の景色が薄くなり、向こうにある建物が姿を現していく。


(……ん? ? 道じゃなくて?)


 騎士や見学していた魔術士たちから「おおお……」と、どよめきが上がった。彼らは魔術士たちによる変化だと思っている。周囲の賞賛の眼差しを浴びに、まるで自分の手柄のように王女が前へと進み出た。


「あれが王家が情報を秘匿し、本来なら王家の血を持つ者しか入ることが許されない、試練の遺跡……【リュウリュウ遺跡】ですわ」


 まず見えたのは、巨人用なのかと問いたくなるほどデカイ石製の扉。扉全面にも術式が螺旋を描いて彫ってある。縦に一本、真ん中に線があるのは、そこから開く作りだからだろう。

 木の枝が被っているが、古びた石製の壁が奥へ向かってゆるく曲がっていることから、建物が筒状だと予想できる。


 外観は紛れもなく【遺跡】だ。


(えっ、じゃあまさか、ここが目的地なのか? って言ってたよね?)


「えぇえ……嘘だろ、ちっか……」

「王都の真っ隣やないか」

「歩いて30分ちょっとで来れる距離ですよね?」

「こんなに近いのにさぁ、アイツらが直前の下見とか調査ってしてると思うー? ボクは、下見してないし、試練終えるのに一年以上かかると思うーぅ」


 コテンの嘲る声音での言葉に、セイたちは顔を引きつらせた。


 ……否定できない……。

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