番外 25_ロウサンとの会話_パレードと出征前


 こっそり寝室を抜け出してもう一度、居間へ。ロウサンと二人きりで、小声での話し合いである。


「この世界の魔獣は僕たちの知ってる魔獣とは違うよ、あんなに危険じゃない。大丈夫だから制圧なんて止めとこう、ロウサンくん」

『そうだね、違うのは分かっているよ。俺の知る魔獣は、暴力と毒が肉体を持っただけの理性の無い生き物だ。それに比べればここの魔獣たちは、もっとに近い。でもこの世界の生き物が温厚で善良かと問われれば、違うと言わざるを得ない。セイくんが思っているよりも、この国の生き物はどれも好戦的で野蛮だ。対処が必要なんだよ』

「でも、近付かなければ危険は無いよね? もしかしたら僕たちは魔領域に全然行かないかも知れない。そうしたら魔獣たちは制圧され損って言うか……」

『でもね、セイくん。今は目撃情報のあったこの街の近辺でチュンべロスを探しているけれど、見つからないままなら遠からず魔領域に捜索の手を伸ばす事になるよ。魔領域の広さと魔獣の種類と数の多さ……事前の準備無しで対処できる場所じゃ無い。セイくん、どうか分かってくれないか』


 魔領域の全魔獣制圧計画の中止を求めるセイに対して、終始穏やかな口調で、しかし決して折れないロウサン。

 ロウサンは続けて言った。


 制圧とは言うものの、“絶対に逆らってはならない、決して傷付けてはいけない存在が居る”という一点のみを、物理で魂に叩き込むだけで、普段の魔獣たちの生活には何の影響も無い。従って、セイが気に病むような事は何も無い。


 シロたちと違って、自分は常にセイと行動を共にしているわけではない。なんらかの事情で別行動となり、セイたちだけが魔領域に行く事態になった場合、今のセイの周りにいる幻獣では数が少なく、護衛力に強い不安がある。(アズキとキナコの戦闘力はトップレベルでは? というセイの疑問に、ロウサンは『彼らはセイくんよりも自分たちの好奇心を優先させがちで、護衛という観点では信頼出来ない。戦闘力と護衛力は、別の能力なんだよ』と、低能扱いだった。ただし、ロウサンがセイの護衛に望む能力の最低限は“シロ”レベルである)


 ロウサン自分としては、目標を“殲滅”にする方が、早く、楽に済ませられるが、セイの性格をおもんぱかって“制圧”という穏健な方法を選択した。その意味を、理解して欲しい。


 ……など。絶対に譲らない、という強い意志を感じる言葉の数々だった。


 ロウサンはセイに甘く、何でもかんでも願いを聞いているように周りからも思われている。しかし今回のような事があると、普段はただ折れて貰っているだけに過ぎないのだと、思い知る。


 だからと言って簡単に言い負かされてはいけないのだ、そう、人として……!


 セイたちは、この世界では束の間の客人でしかない。無責任に世界に干渉すべきじゃ無い。影響は最小限に抑えるべきだ、と。


『でもね、セイくんはセイくんの魔法をこの世界の人間たちに見せているだろう? 世界に与える影響の強さで言うなら、あれより強いものは無いと思うよ。残念だけれど』

「ぅぐ……っ」


 胸を抉る正論が飛んできた。


 セイたちが派手な魔法を披露しているのは、実は女神から「大きい魔法をバンバン使って、人界に増えていく魔素を少しでも多く消費してくださーい!」と頼まれているからでもあるのだが。

 とは言え、自分たちは好き勝手しておいて、ロウサンにだけ自重を求めるのは、確かに我儘と言えなくもない。

 しかも、いずれダンジョン攻略が始まる。閉じられたまま人の侵入を許さなかった扉をセイが開き、前人未踏の域へと歩を進めるのだ。この国の歴史に残る所業である。


 違う説得材料を見つけなければ……!


 諦めずに、いち言えばじゅう返してくるロウサンに精神をボコボコにされながら、セイなりに必死に交渉した。


 ──結果、ロウサンだけでなく、セイたち全員で魔領域へ行く事になった。

 計画を止められないのならば、せめて間近で見ていたい。想像だけだと、今頃何をやらかしているのかと恐怖し、普段の生活に支障が出る……そう考えたからだ。

 今度は逆に、ロウサンが強く止めてもセイが決して折れず、同行を認めさせた。


(みんな、勝手に予定変えてごめん……アズキくんとキナコくんは喜んで付いてきそうだけど)


 心の中で幻獣たちに謝る。

 明日起きたら、ちゃんと説明しよう。今日のところは、おやすみなさい。疲労と眠気でフラフラだ。

 ロウサンと共に部屋に入って、みんなを起こさないようベッドの端っこで、セイは静かに眠りについたのだった。




 翌朝、目を覚ますとベッドの中央に移動していた。


 白い小鳥のシマと、片手の手のひらサイズの猫のミーが、セイの胸の上にうつ伏せで、顔を服に埋めるようにして寝ていた。


 かわいいなぁ……ぼーっと見ていると、撫でてもいないし声も掛けていないのに、ミーは目を閉じたままコロコロコロ……コロコロコロ……と小さく喉を鳴らし始めた。かわいいなぁ……。二匹の頭を優しく撫でて、二度寝した。


 軽く寝坊してしまった。しかし幻獣たちは気にせずにそれぞれ好きに過ごしていたようだ。

 顔を洗い、朝食を取って、いざ。


 きっと、張り切るカワウソコンビを宥めるのに苦労するだろう……そう覚悟を決めて話し始めたのだが、彼らの返事はセイの予想を裏切るものだった。


「魔領域全部を制圧て……そんなん、アマゾン川流域を全部制圧するて言うてるようなもんちゃうんか。あかんやろ……」

「アマゾンほど広くは無いでしょうけど……ろくでもないことに変わりは無いですよね」


 ドン引きだった。


「なんぼなんでも、そこまでしようとは俺らでも思わんわ。“セイが魔領域に行くかも。危ないかも。せや、先に魔領域全部制圧しといたろ!”ってなるか? ならんやろ」

「なってるんですよねぇ。これが本物モノホンってヤツですよ、アズキくん。ぼくたちとは次元ステージが違う」

「セイ過保護過激派はヤベー奴らが揃てるの知ってたけど、やっぱ筆頭はぶっ飛び方の桁が違うな。発想も実行力も、頭おかしいで」

「……ロウサンくんも、アズキくんにだけは言われたくないんじゃないかな……」


 あんまりな言い様に、セイもロウサンの行動はいかがなものかと思っているが、つい庇ってしまう。


 カワウソたちの反応がよろしくないので、不安な気持ちでコテンを見た。コテンに同行を断られると、非常に困ってしまうのだ。


「ボクは良いと思うよー。完全制圧はともかくとしてね。ボクは元々、一度は魔領域の下見に行っておこうって言うつもりでいたからね」

「ありがとう、コテンくん!」


 セイはコテンの頭をわしゃわしゃ撫でた。シロやシマ、ミーたちも(よく分かってないだろうが)参加表明。


「それじゃ、アズキくんとキナコくんは不参加で、別行動ということで……」


 セイにくっ付いて表に出ていない幻獣とシロは常に行動を共にしているが、カワウソたちは結構自分たちだけで好きに出掛けている。戦力はシロとロウサンで過剰状態だし、護衛はコテンの結界頼り。カワウソたちに対しては、彼らが行きたいのであれば一緒にどうかくらいの気持ちだったので、別行動でセイは構わなかった。


「ちゃうちゃう、俺らも行くで! ちゅーか、俺らに任せろ。ロウサンとシロちゃんに制圧なんぞ任せたら、魔獣暴走群スタンピードが起きるフラグが百本くらい立ってまう」

「スタンピードの発生原因って、“強い魔獣から逃げる為に、そこに居た魔獣たちが人里まで一斉に移動したせい”というのが、異世界トラブルの定番中のド定番ですからね。下手したらぼくたちが街や村の崩壊、大量殺人事件の犯人になります」

「フィクションなら熱い展開やけど、現実リアルでスタンピードはシャレにならんわ。まずは調査からや、慎重に行くで」

「……そんな危険があるとは知らなかったな……あのさ……言い辛いんだけどさ……」


 ロウサンは既に、巨大蜘蛛一匹と魔狼の群れ一つを制圧済みである。


 それを聞いたアズキとキナコは限界まで目を見開いた後、絶叫。速攻で魔領域へと向かう事になったのだった。



 ・◇・◇・◇・



 たまに魔法士ギルドに顔を出した以外は、毎日ほとんどの時間を魔領域で過ごしている内に、あっという間に二週間経過。出征パレードの日になった。


 ウグスと、仲間の四人の女性──第二王女、聖女、少女魔術士、女性剣士──が、王城を出発して王都と平民街の街道を通って外へ行くと聞いている。しかしパレード参加者はその五人だけでは無く、四人の女性たちそれぞれの騎士団も追従するとの事。

 ……それぞれ、とは? 疑問に思えば、騎士団は複数あるのだと、情報通のキナコが教えくれた。

 王家、三大公爵家、聖堂、魔法庁、辺境領などが、それぞれ直属の騎士団を有しているのだと。


 討伐仲間メンバーの女性剣士が所属しているのは、魔獣対策を専門としている公爵家の騎士団だ。本来は家名を基にした長い正式名称があるのだが、覚える気がないので「あだ名として【対魔騎士団】と呼びましょう」と提案された。


 王家直属は【王護騎士団】、聖女が【聖堂騎士団】、魔術士はそのまま【魔術騎士団】だそうだ。ちなみに騎士団は剣士だけでなく、それぞれ魔術士も所属している。


 それは……大行列の気配。セイの予想は的中した。


 パレードの先頭は、馬に騎乗した勇者ウグスだった。行進のはずが、まさかの単騎。


 しばし経って、次に対魔騎士団の行列、召喚儀式の時に居たイケメン団長、次に女性剣士、続いてまた騎士団。全員軍馬に騎乗。


 その後ろから魔術騎士団、屋根の無い馬車に乗った魔術士たち、派手な馬車に乗った少女魔術士、挟むように魔術騎士団。


 しばし開けて、白馬に騎乗した聖堂騎士団、派手な法衣を着た神職者たちが乗った馬車、煌びやかな屋根付き馬車に乗った聖女、聖堂騎士団。


 だいぶ間隔を開けて、まず徒歩行列の王護騎士団、馬に騎乗した王護騎士団、屋根無しの馬車に乗った王城関係者、また騎乗した王護騎士団、それから四頭立ての非常に豪華な屋根付き馬車に乗った第二王女、その後ろを守るように騎乗した王護騎士団、最後尾に徒歩行列の王護騎士団。


 王都から平民街の大通りをゆっくりと進んで行った長ーい集団は、正門から外へと出て、街の外周を通って王都西門からまた王都内に入り、それぞれ自分たちの屋敷へと帰って行ったのだった。


「いやいや、ちょお待て。おかしいやろ、なんやあの順番!!」

「しかも、あからさまに勇者一人だけ隔離されてましたよ。勇者には一人も従者が付かないって事ですか」

「ウグスさんの馬と衣装が、一番ショボかったね……」


 ウグスの晴れ舞台を見る為に、セイたちは早朝から平民街大通りの場所取りを頑張ったのに、あの有様。


「アナウンス無しで先頭だったから、誰もウグスさんが“勇者”って気付いて無いみたいだったし」

「んーでもさぁ、王城のお披露目会では“勇者”って紹介されてたけど、平民街で“勇者”って言葉を聞いたこと、無くない?」


 コテンの指摘に、みんなで顔を見合わせる。


「……言われてみれば。こっちでは聞いてないかも」

「なんやっけ、選抜メンバー……特別パーティー言うてたっけ? 確かに、勇者のゆの字も無かったな」

「パレードやってるのに公表してないって事は、この先も公表するつもりなんて無いでしょうね。異世界召喚が秘匿事項なのか、平民が主力ってバレたくないか……そのあたりでしょうか」

「秘匿っぽいよねー。そのくせ、貴族だけには教えとくよーって? ホント、いやらしいよねぇ」


 ウグスの扱いには不満しか無いけれど、パレードの準備期間が短かったわりに無事に終了して良かったと、知り合いの増えたギルドに対してはホッとしていた……のだが、セイの周りが平和だっただけで、実際には事件が大量に起きていたそうだ。

 スリに置き引き、引ったくり、恐喝。酔っ払い共があっちこっちで喧嘩して、店で暴れ、どさくさまぎれに商品を強奪。聖女や王女の馬車に走り寄って、騎士に斬られた平民も居たらしい。捕縛者、及び怪我人、多数。


 ギルドの人たちが、パレードが終わっても後始末でまだ当分忙しい、“無害”の魔法練習はもうしばらく縮小で……歯ぎしりしながらそうセイに言ってきていた。お気になさらず……。


 そしてパレードの数日後、いよいよ本当の、勇者御一行様出発である。


 アズキたちは「勇者一人と女性四人の、五人パーティーで試練の旅に出る」と言っていたが。


「まあ、そんな事、あるわけないよね」

「なんでやッ、なんで……あんな大人数なんや!!」

「信じられません! あんなの、伝統ある勇者パーティーに対する冒涜です!!」


 セイは、「たった五人だけで出発する」と本気で考えていたカワウソたちに、びっくりした。どうしてそんな突飛な発想をしたのだろう。


(この子たち物知りなのに、変なところで信じられないくらい非常識だよなー)


 勇者はお供無しの孤独状態だ。だが、仲間の四人の女性たちには、護衛の騎士とお世話役の女性とで三十人近くがそれぞれ同行するようだ。王女に至っては、百人以上付いているのではなかろうか。


「女の人四人を守りながら、ウグスさん一人で魔獣と戦わなきゃいけない旅って、それはもう虐待だよ」

「いやでも、あの女の子たちも、戦う為に選ばれたメンバーやろ?」

「戦えるように見える?」

「見えんけど!!」


 即答だった。分かってるんじゃないか……。


 女性剣士は少しは戦えそうだが、王女と聖女は自力で王城の周りを一周歩くことすら、無理に見える。

 いくら彼女たちの本領が魔法だったとしても、旅をしながらの戦闘なのだから、体力筋力は必須である。


 彼女たちはメンバーに選ばれてからこれまで、戦闘訓練どころか筋トレすらしている気配が、微塵もなかった。始めていたところで、彼女たちが戦えるようになるには何年もかかるだろうが。


 特に王女は、どうしてあの能力であそこまで自信満々なのか、理解に苦しむほどだった。「わたくし、小さい頃からお転婆で、婆やを困らせてばかりでしたの」と以前ウグスにを語っていたが、せいぜい子供の頃に庭で追いかけっこしていた程度。

 現在は王城の庭園内の移動でさえも馬車を使い、「自分の手で持つのは羽ペンと銀食器だけ。それ以外の物は全て他人に持たせる」と平民街で噂されている傲慢な王族そのままの、優雅な生活をしているというのに。


「体力だけじゃなくて、そもそも王女様とか聖女様とかの身分のある若い女性と、若い男性だけで旅に出るのは無理じゃないかなぁ。周りが許さない気がするんだけど」

「それはそうなんでしょうけども!!」


 逆ギレだった。

 カワウソたちは「冷静に考えたらそうなんやけども!」「でもお約束ってあるじゃないですかっ、ねぇ!?」と手を取り合って嘆いている。


「魔王が“選ばれし戦士でないと来たらあかんで”って言うとかんのが、あかんのや!!」

「セイくん、今からでも遅くないですから……!」

「遅いし嫌だし、僕は魔王じゃない」

「……ねぇセイ、こいつら置いていっていいんじゃないかなぁ」


 泣き出したアズキとキナコを、コテンがゴミを見る目で見つめたのだった。



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