番外 24_家で女神と会話 2



「──“魔竜”?」


「はい。最初は魔界に新しく王と呼ばれる存在が生まれたのかと思ったのですが、よくよく考えてみれば、たとえ魔王が生まれていたとしても、人間が魔界の事情を知り得るはずが無いのです。私ですら知らないのですから」

「言われてみれば、それもそうだね」

「ですので、人間たちが“あれは魔王だ”と思い違いをしてしまうような、強大な魔獣が現れたのでは無いか……と」

「えーとつまり、魔界に魔王が出たんじゃなくて、人界になにか強大な魔獣が出て、そいつを人間が勝手に魔王って呼んでるだけかも説? それが……魔竜?」


 女神がじっと見ていたので、セイも桶の水の中でちゃぷちゃぷ遊んでいるシロへと、目を向けた。

 指の長さ二本サイズのシロを見て、魔王だと騒ぐ人は居ないだろう。なにより、シロはこの世界で全然を使っていない。だからシロのことじゃ無い。無いったら無い。


(あとは……竜には見えないし、ロウサンくんの事でも無いはず。無い。無いって言ってくれ)


 セイの心の声は聞こえずとも、なんとなく祈りは通じたのか、女神が“外見が竜”説を推してきた。


「やはり王と呼ぶほどの存在でしたら、魔竜が一番可能性が高いかと。昔この地に君臨していて、異界から勇者を召喚して討伐したという過去がありますし。最近、竜種ドラゴンたちは門番チュンべロスが不在なせいで、だいぶ自由に行き来してるようですし、人界に来ているドラゴンを見た人間たちが魔竜復活と勘違いして騒いだ可能性が……」

「待って待って、ツッコミどころ多い」


 祈りは通じたが、他の問題が出てきた。セイが慌てて止めると、女神は「なにか?」とでも言いたげな、見事なキョトン顔を向けてきた。


「門番不在だから来てるって……。それじゃ、ドラゴンは本当ならこっちに来ちゃ行けない存在だってことだよね? 問題とか被害とか出てないの? 大丈夫?」

「大丈夫です。ドラゴンの人界侵入規制は、ドラゴンの魔素保有量が全魔獣の中でもダントツで多いからという理由なのです。ドラゴンが来ると、人界に魔素が増えすぎて、世界のバランスが崩れやすくなるのです」

「えっ、それって結局マズイよね?」

「大丈夫です。ドラゴンの影響で少し崩壊が早くなる程度で、実際に被害が出るとすれば何十年も先ですから。チュンべロスが戻りさえすれば一緒に解決します。問題ありません」

「うーん……」


 問題は他にもあるんだけどな、でもなぁ……どう聞いたものかと唸るセイの横で、コテンが尻尾をソファに叩きつけた。


「あのさぁ。大丈夫って、世界が壊れるかどうかだけを問題にしてるよねー? そんな規模の話じゃなくてさ、ドラゴンがこっちで暴れて、人に被害が出てたりとかは無いのー?」

「人的被害、ですか?」


 コテンの冷ややかな声音に、女神は見事なキョトン顔を再び。


「もしかして、自分が知らないから“被害は無い”っていう判断なのぉ? でもさぁ、人間たちからの連絡が届かないわけでしょー? 人的被害が出てても、聞いてないだけとかじゃないのー?」

「人間に被害が出たら、無理してでも言ってきそうな気がしますが。……んー、でもやっぱり大丈夫だと思いますよ。ドラゴンは人間に興味有りませんし、人間の居る所へ行く用がありません。人間側から攻撃されれば反撃はするでしょうが、刺激さえしなければ安全な生き物だと知識に有ります」

「せやけど、魔竜いうのは昔、人間に討伐されたんやろ? しかも異世界から勇者召喚してまで。そんなん、よっぽどやで。めちゃくちゃ危険やったからとちゃうんか?」


 アズキが渋い声音で質問した。表情は深刻ぶっているが、ヒゲが散らばるように広がってピンピンになっている。内なる強い好奇心が隠せていない。


「魔竜については分かりません。魔竜の討伐は先代の時に行われましたので、私は詳しく知らないのです。知っているのは、当時の人間たちが、この地を支配していた魔竜を討伐する為に異界から勇者を召喚した事と、先代の神も協力されて、そのせいで力を使い果たしてお隠れになられた……それぐらいです」

「お隠れって……」

「世界から消えてしまわれました。私が生まれたのです」

「…………」


 突然重い話になり、セイたちは無言になった。女神本人は気にした様子も無く、普通のテンションで続けた。


「それに、魔竜ならば警戒が必要ですが、ドラゴンたちはただの“空を飛ぶ魔素の塊”みたいなものですので、緊急性は無いと言いますか」

「ごめん、ちょっと確認。魔竜はドラゴン種族の中の一つと思っていいのかな? 例えば、魔狼種族の中でもフェンリルは特別とか、そういう感じの」

「あ、そうでした、“竜”と付くから誤解しますよね。竜種ドラゴンと魔竜は、全く別の存在です。生物としての根本が違います。ドラゴンたちはただの最強魔獣種ですが、魔竜はもっと……そうですね、魔獣というより、神に近いですね」

「神? ……神!?」

「本当の神ではありませんよ、的には、という意味です。私よりも遥かにお強い先代が、命懸けとなった相手ですので」


 苦笑するように言った後、彼女は背筋をスッと伸ばした。


「魔竜がこの地に居たのは遥か昔です。今の人間たちは魔竜の姿を知りません。ドラゴンもそうそう人前に出る種族ではありませんし、普通のドラゴンを見て魔竜と勘違いし、魔王と呼んでいる可能性は充分にあると思います」


(あ、話が元に戻った)


 自分の思い付きに自信があるのか、女神はドヤ顔で胸を張っている。


 セイとしては、先代の神と魔竜について、もっと聞きたい気持ちはある。アズキとキナコの顔にも「昔の魔竜と勇者について、もっと詳しく!」と書いてある。だが、みな声には出さなかった。やはり女神に先代の神の死因を好奇心で尋ねるのは、心情的に躊躇われた。

 魔竜が復活しているのなら、質問攻めにしただろうが…………待て。


「一応、確認ね。魔竜は復活してないんだよね?」

「してませんね。どちらかと言えば、この地に微かに残っていた魔竜の名残りが完全に消えようとしてます。実物は見たことがありませんが、魔竜の気配は独特ですので、復活すればすぐに分かります」

「そっか。じゃあやっぱりドラゴンを勘違いしてるのかな」


 ドラゴン自体を脅威にするならば、「魔王討伐」などと言わずに「ドラゴン討伐」と言うだろう。


「ほんでも被害もなんも無しに、”二週後に出征”は無いやろ。これまで王城の奴らは勇者に、マナーだのダンスだの……詩の授業なんか絶対に討伐に関係無いやろ、そんなんばっかやらせといて、急に二週間後に出征パレードて。二週間て」

「いきなり急ぎ過ぎですよね。で、急がなきゃいけないがあったんじゃないかって、色々予想してたんですけど」

「……うーん、でもさぁ、ドラゴン見て勘違いしたにしてもさ、魔竜だと思ったんならそれはそれで女神サマにお伺い立てない? 無いんでしょ? だったら魔竜疑惑以外の可能性も捨てちゃダメだと思うんだよねー。ねぇ女神サマ、ドラゴン以外で、もっと強い魔獣の気配とかも無いのー?」

「ドラゴンクラスの、ですよね」


 コテンに聞かれて、女神はシロ、ロウサンへと視線を向け、最後にセイをじっと見つめて「魔獣の気配は、察知してませんね……」と小さく答えた。

 アズキ、キナコ、コテンも同じ順番で視線を動かし、「あー……」と呟いた。何が言いたいのかな?


(僕が空をファイアボールまみれにしたのは最初の一回だけで、もうだいぶ経ってる。シロちゃんはずっと大人しい。ロウサンくんが魔領域で恐ろしい計画を実施したのは今日が初めてだから、王城の動きとは無関係。どうして僕たちが疑われるんだ?)


 不満そうなセイの顔をチラッと見てすぐに逸らし、アズキたちがまとめにかかった。


「ま、色んな可能性を視野に入れつつ、とりあえずは現状維持やな」

「討伐対象がチュンべロスだろうと魔王だろうと、勇者の旅に変更は無いでしょうからね」


 勇者と仲間の女性四人が旅に出て、王家が秘匿している遺跡を巡り試練を乗り越え、最終的に天空に浮かぶ島に行き、“神殺剣【失月ウツキ】”を手に入れる、という流れはそのままだろうとアズキたちは言った。

 セイは「……ん?」と引っかかるものがあったが、あえて指摘するほどでも無いか、とスルーした。


 今後のセイたちの行動も、勇者ウグスをサポートしつつ、チュンべロスを探しつつ、ギルドで金稼ぎと情報収集しつつ、安全の為に魔法練習を頑張り、その合間にカワウソたちの趣味に付き合う、という流れのまま、変更は無し。ということで、本日の話し合いは終了。

 セイが最後に女神に個人的に頼みごとをした以外はいつも通り、新しい何かが分かればすぐに連絡し合おうと約束して、彼女は空中に溶けるようにして去って行った。


(急に二週間後なんてふざけてると思ったけど、考えようによっては、ウグスさんの出発が早まるのはラッキーかもな。僕たちがサポートしやすくなるし)


 ポジティブに考えよう。セイは一人頷いた。

 僕たちも準備を進めよう……明日から。


「よし、みんな寝るよー! アズキくん、もう魔道具作りは禁止、昨日明け方までやってただろ。今日はもう寝るよ!」


 小さい体の幻獣たちをぽいぽいベッドに放り投げて、みんなの頭を撫で、セイも一緒に寝た……フリをした。

 みんなが寝付いたのを確認し、シロすら置いて、セイは一人で部屋抜け出したのだった。




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