番外 23_家で女神と会話 1_ウグスの状況



「セイお兄様、私です! 居ないんですかー?」


 コテンの結界は、神の侵入すらも防ぐ。

 中に入れない女神は、コココココンッ! と急かすように結界を連打している。


「ちょっと待って!」


 女神に話したい事があり「都合の良い日に家まで来てください」と天へ向かって声を掛けておいたのだが、夕方に頼んでその日の内に来るとは思っていなかったセイたちである。

 風呂上がりで部屋着のズボンだけ履いて、上は裸という姿でダラけていた。慌ててシャツを羽織った。


「よし。コテンくん、お願い」

「ハイハイ。っていうかあの女神、結構短気だよねー。──【結界、南南西上層八の位置、点、開】」

「あっ、いた! セイお兄様、お久しぶりですーっ」


 幼女姿の女神は室内に顕現すると、笑顔でセイに向かって走り寄って来た。そして机の上に居るシロを見たと同時に、滑るように床に正座して、頭を下げた。


「お騒がせしてすみません。落ち着き無くてすみません。神として精一杯精進していきますので、どうか、どうか怒らないでくださぃ……っ」

「落ち着いて。シロちゃんは何も言ってないから。ほら立って。足、痛くなかった?」

「うぅう、カーペットふかふかで大丈夫です……ごべんなさいぃい」


 女神ガッシーは、コテンとキナコの冷たい態度にはノーダメージのくせに、龍姿のシロを前にすると緊張と畏れで、無意識に身体が土下座してしまうそうだ。


 普段ならセイの膝によじ登って座ろうとするが、今日はちゃんと椅子の上。行儀良く足を揃え、背筋も伸ばしてキチンとしていた。


 まずは定例の、チュンベロスの情報交換から。どちらも進展無し、以上。

 困ったなぁと思いつつ、悲壮感は無い。


 人界に落ちてきた当初のチュンベロスは【時戻し】の魔法を連発して暴れていたらしいが、現在は完全に沈黙し、行方知れずになっている。よって、被害も一切出ていない。

 女神も急かさない……とうか、とても暢気にしている。初期の頃から「門番不在の影響が世界に出るのは、何十年先ですから、ゆっくりで大丈夫です!」と笑って言っていた。

 だからセイたちも「寸暇を惜しんで一刻も早く探そう!」という気にならず、アズキキナコなどはこの異世界ライフをただただ満喫している。


 今も用件の前に、女神と雑談したいそうだ。


「──“獣人”、ですか?」


 女神の幼児顔が、きょとんとした表情で更に幼く見えた。

 カワウソたちが超笑顔で尋ねた内容が「この世界に獣人っているんか?」だったのだ。


「獣人とはつまり、アズキ様やキナコ様のような……?」

「いえいえ、ぼくたちは獣人じゃないです。ぼくたちは見ての通り、動物オンリーの外見ですし。獣人っていうのはもっと人間っぽい獣というか、動物混じりの人間というか。……うーん、ちょっとニュアンスが難しいですね」

「せやなぁ。例えば、猫の獣人やったら顔も体も人間なんやけど、耳が猫耳、猫の尻尾が付いてて、身体能力も猫っぽい感じ、みたいな。人間がベースで動物の特性が混じってる種族いうか」


 カワウソたちの説明に、女神は小首を傾げた。


「人間の体に動物要素が加わっている生き物、ということでしょうか……想像が難しいですね」

「っちゅーことは、獣人は居てへん、いうことか」

「私の知識の中にはいませんね。私が把握していないだけで、もしかしたら世界の何処かに存在している可能性は、有りますけれど」


 神ではあるのだが、彼女はこの世界の事を何でも知っているわけではない。

 更に言えば、人間社会については、巫女や神殿を通して聞こえてくる内容しか把握していないそうだ。

 だというのにその僅かな伝手すらも、異界召喚儀式以降パッタリと途絶えてしまい、今では人界についての情報源はセイのみである。


 そしてセイの情報源は、ウグスだ。


 なので「二週間後に討伐隊の出征パレードがある」と聞いて、魔法士ギルドの練習場帰りのその足で(正確にはロウサンの足で)平民街から王都の離宮にいるウグスの所まで、詳細を聞きに行ったのだ。


 だが、ウグスから返って来たのは、耳を疑うような言葉だった。



 ・◇・◇・◇・



「そうなのか。今、初めて知った」


 ……マジで?


 王城の人間たちのいい加減さに、セイはドン引きした。

 “勇者”って一番知ってなきゃいけない立場じゃないのか、二週間後に出征なのに、どうして説明されてないんだ……?


(なんだそれ。本気で意味分かんないんだけど)


 神が望んだ真の召喚者は、セイだ。

 だが、この国の人間たちはウグスこそが、神から遣わされた“本物の勇者”だと信じているはず。


 その割にどうしてか皆、ウグスへの態度が悪い。


 セイは以前から、勇者の待遇に思うところがあった。

 ウグスは王宮ではなく、王都の端にある小さな離宮に留め置かれている。不便な場所だというのに、世話役が少ない。物も少ない。王城の豪華さに比べ、いつまで経っても勇者の身の回りは質素なまま。


 それでいて日中は、毎日マナーの授業や貴族との面会だのといった用事でウグスが王城に呼びつけられ、着替えさせられ、更に無駄にいちいち待たされているのを知っていた。

 そのせいで、肝心の戦闘訓練がほとんど進んでいないのも。

 なのに二週間後に出征、しかも本人への連絡無し。話す機会などいくらでもあっただろうに……というか作るべきだろ、常識で考えて。


(協力を頼む立場なのに、どうして国の方が偉そうなんだ……)


 しかも“神の使い”相手に、だ。神を尊ぶ世界から来たセイには、心底理解できない。


 そんな王城の態度に、当事者であるウグスは、

「待たされるのは腹が立つが、基本的には何もかもどうでもいい」

異世界人異物への対応にしては、まだマシな方じゃ無いか?」

「気にしなくていい。果物だけは頼む」

 と平然としていた。それ、本当に本気で言ってます?

 内心を伺おうにも、初対面の時から変わらない鉄壁の無表情で、押し量るのも難しい。


 ……しかし実際のところ、扱いが雑ではあるが冷遇まではいかず、蔑ろにされているが非道な行いは無く。暴力や露骨な暴言、貞操の危機を感じる出来事も無く、最低限の衣食住は保証されている────故に、責任の全てを放棄して出奔する程では、無い。


(でもそれって、あくまでも“今のところは”って感じなんだよな。このまま一生を過ごす場所として、この王城はやっぱりイマイチだと思うんだ……)


 ウグスの未来の選択肢を増やしたいと色々と考えてはいるが……それを表に出すには、今はまだ早い。クリアしなければならない問題が多くある。


 何はともあれ、今のウグスにセイが出来るのは果物の差し入れぐらいだ。【神浄魔法クリーン】を掛けた複数種類の果物を渡して、離宮から去ったのだった。



 ・◇・◇・◇・



 結局詳細は分からないままだったが、王城の討伐対象がチュンべロスから魔王に変わったとなると、女神と話をしないわけにはいかない。もしかすると、女神の方が知っている可能性も……。


「──“魔王”、ですか?」


 あ、知らないなコレ。女神の言い方で全員が察した。察したが、確認はしなければならない。


「うん……なんかね、“魔王”討伐の出征パレードが二週間にあるんだって。ウグスさんも何も聞いてないらしいし、だから、何か知らないかなと思って来てもらったんだけど……」

「人間たちから私への報告はありませんね。私のがなかなか回復できず弱い状態が続いていますから、声が届かなかっただけかも知れませんが」


 異界召喚儀式と、巻き込まれてやって来たウグスに予定外に大量の加護を与えなければならなくなったせいで、神力がカッスカスに減ってしまった女神。その後もチュンべロスの不在による調整の仕事が大量で、復活した端から、いやそれを上回る速度で神力を消費していて、毎日ヘロヘロなんだそうだ。


「とりあえずさー、魔王ってなんなわけ? って言うか魔王ってほんとにいるのー? 実在したのかとか言ってる人がいたんだけど?」


 コテンの質問に、女神は「それなのですが……」と神妙な顔で答えた。


「私の知識の中には、魔界に“王”という存在は居ません。魔界に居るのは魔獣種だけで……動物ばっかりですので、群れはあっても国と言えるものは無いはずですし。一度【門】から魔界を見渡した時も、建造物の類いは全く見当たりませんでした。……あの、でも私が見たのはだいぶ前に一度だけで、しかも軽く見ただけですので……」

「そういえば、前にそんなこと言ってたね」

「はい。一度魔界をこの目で見なければと勇気を出したのです。でも【門】を出てすぐにチュンべロスが頭の周りを飛び回ってきて、鳴き声も激しくて怖かったので、無理だと判断してすぐに退散しました」

「そっか。まぁ、言葉が通じないと色々難しいよね。絶対に攻撃してこないって保証は無いし、慎重にして正解だと思う」


 女神はただ姿だけが幼いのでは無く、神としても未熟なのだと聞いている。当時だと三歳ぐらいの容姿の女の子が、災害級とされる魔獣に襲われている図を想像すると、大変キツイ。無事で良かったねと労った。


 というわけで女神の魔界の知識は、その時の入り口から軽く眺めた一回分と、この世界に神として目覚めた時に既に頭の中にあった内容だけ、ということになる。




 ──魔界とは、天空にある島の【門】の向こう側にある、魔素が充満した世界の事である。


 魔界は、人界と対になっており、海も、大陸複数も、島々も、同じ大きさ、同じ配置で存在している。つまり、非常に広大。


 そして、生息しているのは動物型の、魔獣種のみ。しかし人界に落ちてきている魔獣を見る限り、野生動物より知能が高い模様。


 魔界と人界の規則の制定は、女神のの神が執り行っていた。尚、幼女女神はその内容を知らない。知らなくても、大した問題も無くどうにかなっていたので、そのまま放置していた。


 人界と魔界を繋ぐのは、天空の島にある【門】のみ。通過するには【門番】の審査を受け、許可を得なければならない。しかし現在、その門番であるチュンべロスは人界で行方不明中である。




 大体は、そのような感じらしい。ただし、「意識して考えてみたら、内容が浮かんできた」といった、眠っている知識もあるようだ。


「……そうか。魔王は居てへんか」

「魔界に人型の生き物が居ないとなると……ぼくらが想像してる魔王は難しいかも……ですよ、ね」


 アズキとキナコが、ガックリと項垂れていた。どこに落ち込む要素が? 疑問だったが、セイは尋ねたりしない。この雰囲気なら、どうせ意味不明な理由に決まっている。


「そうかぁ、居てへんかぁ。まあしゃーないなぁ、俺的には泣き叫びたいくらい悔しい事実やけど……ほんま悔しいけど。…………あかん無理、泣きそう!!」

「獣人に続いて魔王まで居ないなんて、あんまりですぅ! 魔王が居ないなら魔王城も四天王も八部衆も無いってことですよね? 人狼も吸血鬼も死霊も骨々ホネホネ軍団も!? そんなのっ、そんなのぼくたちが知ってる魔界じゃないじゃないですかっ!」

「待てキナコ、落ち着け、落ち着くんや」

「アズキくん、でも……ッ」

「まだ絶望するには早い……そう……無いなら、作れば良いじゃない」

「……魔国は、作れる……?」

「俺たちが夢にまで見た、理想の魔国を作れる。そう! 俺たちの魔王、セイならね!!」

「作らないよ」


 カワウソたちの芝居掛かった会話を、つい最後まで聞いてしまった。やっぱり意味不明だった。

 しかし聞いたからには、きっちり反対しておく。奴らは冗談か本気か解りにくく、まさか本当に実行したりしないだろと暢気にしてたら実際にやらかされて気が付いたら手遅れ、そんな事態がこれまでに何回かあった。基本的にはみんなが楽しそうならそれでセイも満足するのだが、時々シャレにならない大事おおごとに発展するので油断できない。


「第一に、僕は魔王じゃないだろ」

「「…………」」

「……えっ、なんで目を逸らしたの? 違うよね?」

「……今回の討伐対象の魔王やとは思てへんけど、これから生まれる新生魔王いうか、裏魔王いうか、真魔王いうか。ゲームでラスボス倒したと思たのにまだ戦闘バトルある、さっきのがラスボス違たんかい! の、ほんまのラスボスの方いうか」

「なに言ってんの? 嫌味じゃなくてマジで分かんなくて聞くけど、なに言ってんの?」


 小声でボソボソ喋るアズキや、無言でわざとらしく目を逸らしているキナコとコテンだけじゃなく、女神とまで目が合わない。なんでだ、まさか……と動揺したが、よく見れば女神はセイから目を背けていたのでは無く、シロをじっと見つめていただけだった。


 女神は躊躇いがちに口を開いた。


「あの、もしかして、ですが。人間たちは【魔竜】のことを、魔王と呼んでいる可能性はありませんか?」


「「──【魔竜】?」」


 シロちゃんのこと? 新キャラ登場? どっかで聞いた気がする……。それぞれ考えている内容は違ったが、みんなで声を揃えて、聞き返したのだった。


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