Case Extra-4.She dies twice.
「え……」
今この人はなんて言った?
命日?
一瞬、胸がざわついた。暑さによるものとはまた違う、じんわりと汗が浮かぶのを感じる。
「自分の命を、諦める日だったのよ」
独白のように言葉を紡ぎ続ける。
「だから、今の私はただの余白。あるはずのない時間なの」
俺から見える彼女の表情には、わずかな感情も浮かんでいない。幕は下り、観客も演者も誰一人として見ていない、演劇のエピローグ。
その存在の
「
「……はい」
あの人、とはきっと、
部長の弟が修学旅行でバス事故に遭い、行方不明――亡くなったこと。
「君と初めて出会った日はね――あの子の命日なの。……正確に言えば、捜索が打ち切られた日だけど」
それでも、この世界の全員が、あの子の命を諦めた日には違いないわ、と。
「じゃあ」
もしかしてこの人は。
弟の捜索が打ち切られた――この世を去ったことを受けて、自殺しに来ていたということなのか。あの日、あの夜、この場所へ。
「晴人君の考えているとおりよ」
話し続けるその表情は、変わらない。
「私はあの夜、死ぬためにこの場所に来たの。晴人君は、私が天文部員で天体観測に来ていたって勘違いしていたみたいだけど」
こちらを向く彼女には、笑み。しかし次の瞬間、それは消え去った。
「でもね、死ねなかった」
それが証拠に、今もこうして生きている。
「理由は、言うまでもないわよね」
俺と出会ってしまったから。俺が、この場所に来てしまったから。だから。
「私は自分の命を諦めることを、阻まれたのよ。晴人君のせいで」
まるで水滴が落ちたみたいな小さな吐露。
「あなたの、せいで」
だけど、それは波を起こし、俺に届くころには大きな波紋となっていた。
「憶えてる? あの時、君はなんて言ったか」
「……はい」
諦めなくてよかった。入試に合格し、高校に入学できたことに対して、俺はそう言った。
「
「……」
「だから、天文部に入ることにしたの。あなたと同じ、天文部に」
そこまで言うと、彼女はゆっくり、すう、と息を吸った。
「最初はね、君の諦める顔が見られればそれでいいって、思ってたの。
だから『諦め屋』を君がいる場所で始めた。君と『約束』をした。いろんな人が諦めるところを君に見せて……君自身が何かを諦める瞬間を見たかった。
最後の心残りってわけじゃないけど、それを見てから死のうと思ってたの。
でも……君は諦めなかった。どんな依頼でも。親しい人が依頼に来ても。泥臭く足掻いて、諦めずに済む方法を探して。
途中から思ったわ。君はきっと、諦めないんだって。
だから考えたの。
私のことを、諦めさせればいいって。
これでも頑張ったのよ? どうすれば君の気を引けるか考えたり、普段着ないタイプの服を着てみたり、君にさりげなくアピールしてみたり。
でもその甲斐あって、君は私のことを……好きになってくれた。
ありがとうね。全部、私の思い通りになったわ」
浮かべている表情は、満ち足りている。長い小説を書き終えたみたいに。ようやく探し求めいたパズルのピースが見つかったみたいに。
「この時を……ずうっと待っていた」
その満足感は、俺に好意を抱かせることができたことによるもの。俺のこの気持ちは、彼女によって誘導されたものなのだ、と。
すべて私の手のひらの上なのだ、と。
「晴人君は、諦めて私が死ぬのを、そこで見ていればいいのよ」
俺に、そんな宣告をしてくる。
「……」
声を出そうとしても、出なかった。この人がそんな風に考えていたなんて、知りもしなかった。東雲とばりは、死ぬために、出会ってから今日まで、俺と一緒にいたのだ。
そして今夜を最期に、俺の目の前で。
ここから飛び降りて、死ぬつもりなのだ。
だけど……だけど。
「待って、ください」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます