Case 2-5.unwillingly activity

 部長の行動開始は、依頼を受けた翌日の昼休みだった。


 事前に待ち合わせ場所と時間を告げられた俺は早々に昼食を済ませ、部長と合流した。その後半ば強引に連れられて、部長の後ろをついていく形で校舎裏を歩いている。

 放置されているせいか、辺り一面木々や草が好き放題に成長してジャングルみたいになっている。


「……で、なんで俺も一緒に行かないといけないんですか」


 俺の苦言を聞いた部長は立ち止まる。振り向きざまに見せる表情は、いつもの悪戯いたずらっぽいそれになっていて、


「あら、女の子の着替えを覗いたのは誰だったかしら」

「いや、あれは部長が変なメッセージを送ってくるから」

「勝手に勘違いしたのは晴人くんじゃない。私は別に『約束』抜きであのメッセージを送ったつもりだったのに」

「ぐ……」

「本当なら覗き魔として先生に報告してもいいのだけど、それだと不祥事で天文部の存続も危うくなってしまうわね……」

「うぐ……」


 ぐうの音も出ない、とはこのことかと痛感するくらい、何も反論できなかった。部長の言っていることは事実だ。経緯はどうあれ、出るとこに出られて俺が優位に立つことはまずない。


 要は覗いたんだから贖罪しょくざいのために手伝え、ということだろう。


 そんなに恥ずかしがってもいなかったくせに。その顔じゃあ、どうせ俺をうまく使うネタができたくらいにしか考えてないだろうに。


「今回だけですからね」

「うんうん、素直な後輩を持って私は幸せだわ」


 嘘つけ。

 本当は部長と一緒に『諦め屋』として行動するのは嫌だったが、今回ばかりはしょうがないと自分に言い聞かせる。それに、高座の依頼内容は他人事とも思えないし。


「一応確認しておきたいんですけど」

「どうぞ?」

「方針としては天川あまかわ先輩から退部理由を聞いて、それを高座たかくらに伝えるんですよね」

「ええ。どんな理由かは知らないけど、理由さえわかれば高座くんは納得し、廃部になるのを諦めるでしょうし」

「そう、ですね」


 だが、もしその理由が高座に伝えられないようなものだとしたら。そもそも天川先輩は高座に伝えるべきでないと判断したから、理由も告げずに退部したのではないんだろうか。

 だとすれば、たとえ俺たちが退部理由を知ったところで何も変わらないのではないか。俺たちには、どうすることもできないのではないか。


 ……となると。


 また、嘘で諦めさせるんだろうか。


 前を歩く部長に、目線で問いかける。けれども、迷いなく進むその背中には、何の答えも書いていない。


 桜庭さくらば先輩の時のことが、脳裏をちらつく。あんな結末は、今度は避けたいと思う。たとえ嘘をつくことで、きれいさっぱり諦めることができるのだとしても。依頼人を笑顔にできたとしても。


 そこまで考えたところで、草のツンとした匂いが鼻を刺し、俺は我に返った。


「本当に、この先にいるんですかね?」

「そうね、ここまで来た私たちとしては、いてもらわないと困るわね」


 まずは本人に会ってみよう。ということで、退部を表明している天川なぎさ先輩のクラス――二年C組へと向かった……まではよかったが、残念なことに、教室に彼女はいなかった。


 彼女のクラスメイトに聞いたところ、天川先輩はいつも昼休みをとある場所で過ごしているらしいとのことだったので、そこへ向かうためにこうして道なき道を進んでいるわけだ。

 疑心暗鬼になりながら部長の背中を追って歩いていると、


「……誰かいるわね」

「え?」


 鬱蒼うっそうとした草むらを抜けた先、学校敷地のちょうど角の部分。まるでこの場所を守っているかのように、大きな桜の木が一本だけそびえ立っている。春に咲き誇っていたであろう花の面影はないが、太陽の光を存分に浴びた葉を四方八方に茂らせ、成長し、根元に大きな影を作っている。


 その木陰に、一人の女子生徒が座り込んでいた。

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