Case 2-4.Next request

「美術部の廃部を諦めたい、ね」


 依頼人――高座たかくら北斗ほくとの言葉を、俺はリピートして口に出した。同じ一年生とのことだが、クラスが違うせいで初対面だった。


「はい」


 高座は依頼人用のパイプ椅子に座って答える。ちなみに夕月の怒りはまだ収まっていなかったが、依頼人が来たということでしぶしぶ帰っていった。去り際「あとで覚えてろ……?」なんて不穏なセリフが漂ってきたが、聞こえないフリをした。


「廃部だなんて、何か問題でも起こしたのかしら?」

「い、いえ! 何もしてないですよ。単純に、部員不足だから、です」

「てことは、今現在の美術部の部員は二人ってことか?」

「はい。僕ともう一人、二年の天川あまかわなぎさ先輩です」


 なんだかウチと境遇が似ているな。


 この学校での部活動が存続するためには、最低でも部員が二人いる。誰かが退部して一人きりになったり、先輩が引退して一人になって新入生に入部してもらわなかったりすると、廃部になってしまう。言い換えれば、部長がこの瞬間、何かの気まぐれで天文部を去った場合、即廃部になってしまうのだ。

 だからだろうか、他人事には思えなくて、気づけば俺は積極的に会話に参加していた。


 三人で囲まれた机には、いつもどおり三つのカップ。いつもと違うのは、中身がアイスココアなことだ。部長が持ってきたばかりの冷蔵庫の機能を披露しようと、意気揚々と製氷機でつくった氷をカップにぶち込んだ結果だ。


「廃部になるってことは、その天川さんが退部する……ということね」

「そう、です」


 高座は猫背気味の背中をさらに丸めた。猫背でわかりにくいが、かなりがっしりした体型だと思う。短めの黒髪も相まって、見た目は完全に運動部だ。依頼と関係なしで美術部所属と言われても信じられないかもしれない。


「高座君は知っているの? 天川さんが退部する理由」

「いえ、それが……」


 部長の問いに、言葉をにごす。


「先輩、三日前にいきなり辞めるとだけ言ってきただけで。それっきり、部活にも来なくなりましたから」

「天川先輩とはそれ以来話せてないのか?」

「はい、なんだか避けられてるみたいで」


 この様子じゃ、高座本人が天川先輩に退部理由を聞きに行くのは難しいだろう。いや、高座でなくとも、いきなり辞めると言ってきた年上の人間をつかまえて理由を問うのはハードルが高い。


「退部の理由に、なにか心当たりはあるのかしら?」


 部長の質問に、高座は力なく首を振って、


「全然、です。先輩、話すのがそんなに好きじゃないみたいで……まあ僕も得意じゃないんですけど。部活中もあんまり会話はしなかったですから」


 これ以上、高座から得られる情報はなさそうだ。部長もそう感じたようで、質問することをやめて、アイスココアを口にした。


「でも」


 高座は言う。


「天川先輩も、きっと何か理由があって退部するんだと思うんです。僕に何も言わないのも、ちゃんとしたわけがあるって」


 俺と部長は黙って聞く。彼なりに考えていることを。彼の思いを。


「わかってるつもりです、廃部になっちゃうのも仕方ないって。でも……」

「でも?」

「僕が美術部に入ったきっかけって、天川先輩なんです。中学の時に、コンクールではりだされていたいた絵を見て……。だから、どうしても踏ん切りがつかなくて……それでお願いにきたんです」

「そっ……か」


 高座を思いとどまらせているのは、おそらく天川先輩への憧れと、美術部で彼女と過ごした日々があるからだろう。つまりは、思い出との決着。高座自身ある程度、廃部の事実を受け止めている以上、依頼内容の本質はそこにあるような気がした。


「ダメ、でしょうか……?」


 おっかなびっくりでこちらを向く高座。自分ではどうしようもないとはいえ、こんな依頼を知り合いですらなく噂で聞いたレベルの『諦め屋』にしようとしているのだ。不安になるのもうなずける。


「そんなことはないわ」


 が、東雲しののめとばりはそんなものは杞憂だとばかりに答える。いつもどおりに。


「私たちは『諦め屋』。依頼人の依頼には全霊を以て受けさせていただくもの」


 にっこりと、普段あまり見ない笑みを高座に向ける。俺には営業スマイルだとわかるが、初対面の依頼人からすれば心強いものに映ることだろう。


 すう、と部長は息を吸い込んで、依頼受諾を告げた。


「それじゃあ、『美術部の廃部を諦める』お手伝い、『諦め屋』がさせていただきます」

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