Case 1-5.Difference in policy
住宅街を散々歩き回った俺は、駅前のコーヒーチェーン店へと来ていた。そこが部長との待ち合わせ場所だったからだ。
「
先にカウンターで注文したアイスティーを持って店内をきょろきょろしていると、俺を呼ぶ声と、振られる白い手、そしていつもどおり首に巻いているストールを目印に、俺は奥のテーブル席へと向かう。
時間帯のせいか、何組もの高校生が楽しそうに話しているのが目立つ。俺とは違う生活を送る彼ら彼女らを
「遅かったわね」
言いながら、部長は優雅にティーカップを傾ける。
「部長が早いだけですよ。こっちは歩き疲れて足がパンパンだっていうのに」
「あら、運動不足なんじゃない?」
「運動不足はお互い様でしょ」
その細い腕や脚を見れば、普段から運動していないのは火を見るより明らかだ。
ソファにゆったりと腰掛ける部長を横目に、対面の席に座る。すでに空は薄暗く、ガラス窓が鏡みたいに俺たちを映し出している。
一息つく前に、アイスティーを半分ほど一気にあおった。渇ききった喉に少し苦味のある液体が染みわたっていく。
「それで、どうだったの?」
部長が訊いてきた。
「何か成果はあったかしら?」
「これがあったように見えますか」
背もたれに身体を預ける。さっきまで身体中を包むように出ていた汗が、冷房の風でようやく引いてきた。
結果は明瞭。つまり、収穫ゼロ。
「そう言う部長こそ、今日は何してたんですか?」
お返しとばかりに、嫌味っぽく訊く。依頼を受けた張本人なんだから、当然何かしているはずだ。
「私は、ほら」
言って、部長はカバンから一冊の雑誌を取り出した。たしか猫に関する有名な月刊誌だ。
「なんですか、これ」
「図書館から借りてきたの」
いや、そういうことじゃなくて。
「桜庭さんの猫の品種、ラガマフィンって言ってたでしょ? 私も名前しか知らないから、性格とか習性とか、いろいろ調べておこうと思ってね」
「はあ」
「苦労したのよー。たくさんあるバックナンバーから探すの。一人じゃ大変だったわ」
ストール越しにわざとらしく肩を揉んで、左右に首を揺らす。
「すみませんね、手伝わなくて」
俺は窓の外を見る。仕事帰りの時間帯になってきたのか、人通りが多くなっていた。
「部長」
「なにかしら?」
「……諦めさせるつもりなんですか、本当に」
確かめるように訊く。
だけどこの人の答えはわかりきっている。今までの依頼の時にも同じ問いを投げかけて、同じ答えが返ってきているから。
「もちろんよ。そのための『諦め屋』よ」
部長の言葉には、一切の
「桜庭さんは、諦めることを望んでいるのよ。それは私たちのところを訪れた時点で、明白じゃないかしら」
「それはまあ、そうですけど」
「だったらやるべきことはただ一つよ」
「やるべきこと……」
桜庭先輩が諦められるよう、手伝うこと。
「晴人くんもわかってるでしょ? 桜庭さんが一か月以上探して見つからなかったのに、君が一人の力で見つけるのは難しいって」
「わかってますよ」
今までもそうだったでしょ――部長のセリフには、暗にそんな意味が込められている気がした。
諦める手伝いをする、そのことに納得がいかなかった俺は、今までの依頼の時も、部長を手伝わずに、依頼人が諦めることがないように孤軍奮闘していた。が、結果は一度も実らなかった。依頼人はみんな、依頼したことを諦めた。
だけど。
「だからって、俺には桜庭先輩を諦めさせていいなんて……思えません」
桜庭先輩が来た時のことを思い出す。飼い猫の写真を見つめる、桜庭先輩の表情。聞かなくてもわかる。桜庭先輩は、飼い猫をすごく大事にしていることが。思い出もたくさんあるに違いない。それを諦めさせていいなんて、思えない。
「それに、俺にはきれいさっぱり諦めさせる方法なんて、見当もつかないですし」
無茶だと言われても、可能性がゼロなわけじゃない。やれることがあるなら、俺はそれをしたい。
「そう、晴人くんも頑固ね」
「俺はただ、天文部としてちゃんと活動したいと思ってるだけです」
「そうね」
部長は薄く笑って、鼻を鳴らす。
「だって、そういう『約束』だものね」
「……」
その言葉に、俺は答えることなく、グラスをあおる。
しかし俺の体内に流れ落ちていくのは、ぬるくなった氷水だけだった。
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