第59話 最大のピンチと女の涙
私は今、学園生活において最大のピンチを迎えようとしている。前から私にとっての敵であり、鬼門である第二王子殿下が歩いてきているのだ。御手洗に行った後なので、ご令嬢3人も、当然ながらレオンも一緒にいない。
あー、こんな事なら連れションしてもらうんだった!後悔しても遅い。どうしよう…どうしよう!
第二王子殿下はそんな私の焦りを見透かしたように、ニヤニヤと気色の悪い笑顔を浮かべながら一歩、また一歩と近づいてくる。
こんな所で捕まるのは嫌だ!誰か助けて!!
そう心で叫んだ時、私の腕に誰かの腕がするりと巻きついた。
「レオ…「ツェツィーリエ様ったらぁ、御手洗はあちらでしてよ〜?考え事をしながら歩くのは良くないですわぁ」
レオンかと思って見た先には、レイチェル様の姿が。そして、有無を言わさずに私をグイグイと引っ張っていく。
「え?レイチェル様……?」
「しっ、少しの間黙ってて下さいなぁ」
「おい!待てそこの2人!!!」
第二王子殿下は私に逃げられると思ったのか、大声で怒鳴りながら距離を詰めてくる。
「第二王子殿下、ごきげんよう」
「今から何処に行くつもりだ」
「失礼ですが、その質問は女性に対してあまりに不躾でしてよ?」
「質問に答えろ!!」
「そんなにお知りになりたいのでしたら、仕方がありませんわね、今から御手洗に行こうと思っておりましたの。でも第二王子殿下、それを知って何をなさるおつもりで?」
「私を愚弄するつもりか!!」
レイチェル様の言う通り、無言を貫いていた私。代わりに受け答えをするレイチェル様の言葉に、馬鹿にされたと思ったのか第二王子殿下が威圧するかのように怒鳴る。
「そ、そんな……私、ただ第二王子殿下の質問にお答えしただけですのに、愚弄だなんて、そんなつもりはありませんでしたのに、そんなに大声で怒鳴って、私そんなに悪いこと致しましたか?こんなの酷い、酷いですわぁ〜」
レイチェル様は第二王子殿下の大声に大きく肩を震わすと、ポロポロと涙を零し始めた。
流石の第二王子殿下も、これには動揺している。影の薄い彼の側近たちも、どうしていいのかとオロオロとするばかり。
勿論私も激しく動揺している。動揺し過ぎて身体が言うことをきかない。
「なぁ、マルティン伯爵令嬢泣かせてるのって第二王子殿下か?」
「あぁ。行き先を聞かれて素直に答えただけなのに、愚弄するなと怒鳴られたらしい」
「酷い話ですわね」
「しかも、マルティン伯爵令嬢は行き先を言うことを躊躇っていたらしいわよ。それはそうよね、わざわざ御手洗行くなんて言いたくないもの」
成り行きを見守っていたらしい周囲の声がヒソヒソと聞こえてくる。
「くそっ、貴様らの顔は覚えたからな!」
分が悪いと感じたのか、第二王子殿下は悪役そのものの台詞を吐き捨てて立ち去っていった。
私は、第二王子殿下が立ち去ったことで我に返り、周囲の人の目からレイチェル様を守るようにしながら、近くにあった女子トイレに入った。
「あの、レイチェル様。私のせいでごめんなさい」
レイチェル様を泣かせてしまった罪悪感で謝ると、レイチェル様は激しく震え出した。罪悪感で心が死にそう。
「ふ、ふふっ……」
「……レイチェル様?」
「私のぉ、ツェツィーリエ様さえ騙せるこの演技ぃ、凄くありませんこと〜?」
「なっ、演技だったんですの!?」
俯いていた顔を上げたレイチェル様は、ケロリとした顔をして、笑っていた。あの涙はどこへ。
「演技ですわぁ」
「すっかり騙されましたわ……」
「でも私ぃ、涙を武器にする女ってすごい嫌いですのぉ。だって狡いでしょう〜?泣いたらそこで相手は何も言えなくなるではないですかぁ。」
「確かにそうですわね」
あれ、でもさっき泣いてなかった?という疑問は押し込めて、素直に同意する。
「でも今回事を穏便に済ますにはぁ、力のない私には泣くことしかできなくて〜。本当嫌になりますわねぇ」
「ありがとうございます、レイチェル様。私のために」
「いいえ〜?他ならぬお友達の為ですものぉ。涙なんていくらでも流しますわ〜。初めてでしたのでぇ、上手くいって良かったですぅ」
自分が嫌いな事をやってまで、私のことを助けてくれたレイチェル様。
「改めてありがとう、レイチェル様。もし何か、レイチェル様がお困りのことがあったなら、私も手助けできるように頑張りますわね!」
「頼りにしてますわぁ」
ふふっと2人で笑い合い、私たちはトイレを出た。
「ツェリ!大丈夫だったか!?」
トイレを出てすぐにレオンに肩を掴まれ、無事を確認される。あー顔がいい…………いや待って?
「まぁ、レオナード殿下〜。女性専用の御手洗の近くでお待ちでしたのぉ?」
そう、それ。レイチェル様の言葉に激しく同意。女子トイレの前で待つレオン……。イケメンでもギリアウトなのに、この世界でのレオンは不細工扱い、駄目だ犯罪の臭いしかしない!
思わずジト目になる私達に、レオンは目をあちらこちらに動かしながら言い訳をする。
「いや、昼時なのにツェリの姿が見えなくて、探していたら、アルバートと会ったと聞いて居ても立ってもいられなくてだな……すまない」
モニョモニョと言い訳を重ねたが、どう言い訳しても不利な事を感じたのか、最後には気まずそうに謝るレオン。その様子は、幼い子どもが謝る時の様な情けなさで、私とレイチェル様は少しはしたない事に、思わず声を上げて笑ってしまうのだった。
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