第5話 豚公爵
まだ子豚と言い続ける目の前の人に、私がまた大声で叫ぼうとするのを、横にいた母が慌てて止める。
「ツェツィ!この方はね、フィリップス様といって、シュタイン公爵家のご当主様なのよ。とても偉いお方なの」
「フィル、ツェツィが失礼をした。すまない」
「いや?褒められはしたが、失礼なことなど何もなかったさ」
大人たちの話を聞いて、バツの悪さを感じた私は口を開く。
「フィリップスさま、ごめんなさい」
「子豚ちゃんが謝ることなど何も無い。それで?何をそんなに泣いていたんだ?」
フィリップス様は、私の手にハンカチを握らせ、優しく語りかけてくる。
自分のことを棚に上げて、人のことを豚呼ばわりする嫌な奴だと思ったけど、そうではないのかも知れない。
「ぱぱとままとヨシュアとおわかれしなくちゃいけないって」
「あぁ」
「ぜんぜんしらない、こうしゃくさまのおうちのこにならなきゃいけないって」
「そうだな」
「ツィーはもういらないこになったの…?もっとおてつだいもするし、にがてなおやさいもたべる、もっといいこになるからすてないで……」
話している内に、また感情が高ぶってきて涙がボロボロ出る。
「ツェツィ!」
左右から両親が抱きしめてくる。サンドイッチの具みたいに、ぎゅうぎゅうと挟まれ少し苦しい。
「ツェツィ、ツェツィごめん…。いらない子だなんて、そんなことは絶対にない」
「そうよ、ツェツィは充分過ぎるくらいいい子。可愛くて、綺麗で、いい子なツェツィ」
「本当は、僕たちだってツェツィを手元に置いて育てたい。ツェツィの成長を1番傍で見守りたい」
「でもね、ごめんなさい。私たちの力じゃ、貴女を守りきれないから」
「醜くて弱い、パパとママでごめんね」
代わる代わる話しかけてくれる両親に、この話が両親の本当の望みではないことは分かった。
でも、なら何で…?そう疑問に思っていた私の耳に、入ってきた言葉。自分の耳を疑った。
両親が醜くて弱い…?
「誤解は解けたようだな」
「うん」
「なんだ?何か納得いってないことがあるなら今の内だ、言いな、子豚ちゃん」
「ぱぱとままがみにくくてよわいって、なんで?」
「本人たちの前で言い辛いが、容姿が整ってるとは言えないわな」
「ぱぱはかっこよくて、ままはびじんだもん!」
「「「それはない」」」
3人揃って否定されてしまった。フィリップス様は、タプタプとした二重あごに手を当てて、思案した後。
「なぁ、子豚ちゃん。今までに、パパとママと弟くん以外の人に会ったことってあるか?」
「ない!」
「あー、それだ……」
天を仰ぐフィリップス様に、どういうことですか!と両親が詰め寄る。
「つまりだ。今まで子豚ちゃんは、ヴィダにクリスティーナにヨシュアという、お世辞にも整ってるとは言えない容姿の人間に囲まれて育ってきた。それに、この家鏡も多分ないんだろ?」
「鏡は高級品だから……」
父が切なそうに言うが、そうか、鏡は高級品なのか。
「つまり、自分の容姿も把握してないと」
「あぁ、それはそうだが。それが何か…いや、待てよ、そんな、嘘だろ……」
何かを把握しだしたらしい両親が段々と青ざめていく中、フィリップス様が続ける。
「一般的な人間の容姿を知らない中、大好きな両親と弟の容姿が醜かったとして、果たして子豚ちゃんはその姿を醜いと感じるのか?」
「フ、フィル……もうこの辺で……」
「なぁ、子豚ちゃん。この3人を醜いと思うか?」
「おもわない!」
「俺のこと、カッコイイと思うか?」
「………」
角を立てずに否定する言葉が見つからなくて、言葉に詰まる私に、フィリップス様が言う。
「子豚ちゃん、怒ったりしないと約束するから、正直に」
「…かっこよくはないとおもう」
他人の容姿を否定するかのような言葉を吐くことに罪悪感を覚え、小声になる私。
「確定だ。子豚ちゃんは【悪食】だ」
そんな私の言葉に続くフィリップス様の言葉を聞いて、両親の顔は可哀想なくらいに真っ白になった。
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