第851話 綺麗になった〈ディストピアサークル〉。




「負けたな」


「うん。清々しい負けっぷりだったね」


「…………」


 ここは〈ディストピアサークル〉のDランクギルド部屋。

 そこは今、それはそれはもうどんよりとした空気に包まれていた。

 呆けた様子のソークルが呆然と呟く。


「俺たちは、本当に、こんなにも、呆気なく、負けたのか?」


「あなたが一番呆気なかったと聞いたよソークル。う~ん、タンク相手に一撃でやられたんだって?」


「ごふっ!?」


 タンク。それは本来防御に重きを置くため火力は低い。

 それなのに一撃でやられたというのは、まさにやらかしたであった。

 ルドベキアの言葉が遠慮無く抉り、ソークルは膝を突いた。


 周りにいたメンバーもざわざわする。


「確かにあれはやらかしだったな」


「先陣を切って指揮官狙いで飛び込んだところは評価したい」


「いやむしろ火の中に飛び込んだんじゃね?? マイナス評価の方か?」


「まさに面白いように真っ先に〈敗者のお部屋〉へ向かったからな」


「まあ、俺たちもすぐに後を追ったんだが」


 ソークルの評価は辛い。

 片膝を突いていたはずのソークルはいつの間にか両膝を突いた姿勢になり、最後は両手まで地面に突いてorzオズってしまった。


「まあ、ソークルの話はそれでいいだろう。それよりも、みんなはこのギルドバトルを経て何を得た? ギルド〈エデン〉と戦って何を思った?」


 ソークルの長く伸びた鼻がへし折れたのを見たラウがメンバーに改めて振る。

 他のメンバーたちもその多くが今回の戦いで消沈し、ギルドバトル前まであったギラギラとした雰囲気は霧散していた。

 これだけでも〈エデン〉と戦った甲斐があったとラウは心の中で満足しつつ、それを表に出さないよう自然に反省会へと舵を切った。


 すると、一度全員が静かになり、1人がポツリと呟く。


「〈エデン〉は強かった」


 その一言を皮切りにだんだんとメンバーたちが口を開いていった。


「それな。〈エデン〉強すぎるだろ」


「ああ。本当に年下なのかよって、マジで驚いたわ」


「俺もさ、自分に自信を持ってたんだが、上には上が居るって思い知らされたわ」


「分からされた」


「逆にさ、俺〈エデン〉のファンになったかも。あんな強いギルド見たことねぇよ!」


「ほんとそれな! 俺聞いたんだよ。〈エデン〉は俺たちと戦うために全員上級職になって仕上げてきたらしいんだ!」


「ぜ、全員上級職!?」


「っていうか俺たちのためにそこまで本気で戦ってくれたのか!?」


「え、やばくないそれ? なんだか凄く光栄な気持ちなんだけど」


「っていうか全員上級職ってなんだよ!? そんなこと可能なのか!?」


「最初から勝つ気なんてなかったけど、いやあれは勝てないわ。勝つ気なんてないとか生意気だったわ」


「あれが〈エデン〉、本物のSランクに届きうるギルドなんだな」


「俺たち、あまりに自惚れてたらしい。自分たちが高位職だけで構成されたギルドを作ったからって、〈エデン〉と対等までのし上がったと勘違いしてたようだ」


「分かる。そんで分からせられた。あれは私たちとは格が違うわ」


「いやマジだよ。でも出来るなら〈エデン〉に加入してその力の一端でも伝授してくれないかな」


「無理でしょ。私たち何も出来なかったじゃない。最後まで食らいついたのはラウとルキアだけでしょ?」


「そうね。私たちは最後までラウと行動を共にさせてもらったのだけど。やっぱりラウの指示に従って良かったって思ったよ」


「「「「…………」」」」


 再び戻る静寂。

 女子2人の言葉に、他のメンバー全員がorzオズってるソークルとラウを見比べ無言になった。


 そのうち、今回のギルドバトルでラウに付いていき、最後はそれなりにアピール出来た女子2人がラウに言う。


「ラウ、いえ、ギルドマスター。最近空気悪くしてごめんなさい」


「私たち、何も言えなくって」


 そう言ってラウに頭を下げたのだ。

 ラウはすぐにそれを受け入れる。


「気にしていない。そもそも2人が謝ることでもない。2人が俺に申し訳ないと思っていたのも知っていたし、ギルドバトルのときはしっかり俺の指示に付いてきてくれた。俺は感謝しているぞ」


 ラウはそれを一つ頷くだけで受け入れる。


 ラウと2人の女子は同じギルド出身だった。だからお互いのことをよく知っていた。


 元Bランクギルド〈金色ビースト〉。

〈ディストピアサークル〉は元〈金色ビースト〉のメンバーを集めてラウが作り始めたギルドだった。


 当時〈金色ビースト〉は焦っていた。

 Bランクギルドは戦闘ギルドが18席あり、そのちょうどいい感じの数から非公式ながら強さランキングなるものが存在していた。そして〈金色ビースト〉はドベの18位。

 もういつCランクに入れ替わるのかと戦々恐々としていた。そんな時、〈転職〉すれば高位職になれるという噂が舞い込んできて、思わず飛びつき、11人もの上級生がレベルリセットしてしまうという非常事態が起こった。


 ラウ、ルドベキア、そして女子2人は当時、〈転職〉しない組だった。

 そして弱体化してしまった〈金色ビースト〉の貴重な戦力として数えられ、レベルリセットされてしまったメンバーの育成からギルドバトル防衛戦まで、全てを任せられる立場になった。

 だが、当時所属していた1年生、メルトの脱退を切っ掛けに、ラウたちも〈金色ビースト〉を見限り、脱退する。


 そして新たに4人で作ろうとしたのが〈ディストピアサークル〉だ。

 その時、〈金色ビースト〉の〈転職〉組だったソークルがどうしても入れてほしいとラウに頼み込み、ギルドメンバー5人が集まった形になる。


 ラウは2人のことを仲間だと思っていたし、2人がラウに悪感情を持っていないことも分かっていた。

 そもそもギルド内の不和を取り除くのはギルドマスターがするべきことだ。彼女たちが謝る事では無いとラウは思っていた。

 むしろ今回、強大なギルド〈エデン〉にメンバーを分からせてもらいたいという目的があったとはいえ、負ける戦いに挑んだことを自分が謝りたい気分だった。


 しかし2人が謝ったことでギルドに変化が訪れる。


「ギルドマスター。その、悪かったよ。嫌な態度とって」


「その俺もはしゃぎ過ぎちまった。すまねぇ」


「自分勝手な行動を取って、悪かったギルマス!」


「みんな……」


〈エデン〉に蹴散らされて自分の力なんて別に大したことでは無かったと知った、端的に言えば分からされたメンバーたちが、次々にラウに謝り始めたのだ。

 バツが悪そうに頭をかきながら謝る者も居れば、90度腰を曲げて謝る者もいた。


 この世界は実力主義。自分が一番強いと思っている頃は周りが見えていない分、よく増長してしまう。しかし、周囲を知り、自分の実力が別にそうでもないと理解すれば伸びた鼻は良い感じに剪定せんていされて落ち着くのだ。


 ラウの作戦通り、〈ディストピアサークル〉は落ち着いたギルドへと生まれ変わっていく。


「ラウ……」


 最後は、ようやく立ち上がった体格の良い男子、ソークルがラウに頭を下げた。


「ソークル」


「悪い。まさか自分がこんなにも弱いとは思わなかった。色々生意気言ってすまなかった」


「受け入れる。ソークルが強くなるために当時賭けの面が強かった〈転職〉に挑んだのは知っていたからな」


 ラウとソークルの付き合いもまた長い。

 ソークルは強くなりたかった、のし上がりたいという強い願望を持っているとラウは知っていてメンバーに加えたのだ。

 道を間違えればこうして元に戻してやるのが仲間というものだと思っていた。今回は荒療治だったが。


「みんな目が覚めたようで良かった。大丈夫だ。自分の弱さを自覚しているギルドは強い。ここからまたやり直そう。しっかり実力を付けて、もう一度やり直すんだ」


「お、おおお!」


「かっこいいぜラウさん!」


「俺、やっぱりあんたに付いていくよ!」


 ラウの言葉に〈ディストピアサークル〉が一つになる。より強固に、しっかりと地に足を突いた、強いギルドに生まれ変わるだろう。


 そう、誰もが思っていたのだが、そこに通知が届く。


 コンコンコンとノックの音が響いたのだ。


「俺が出よう」


 ソークルが扉を開けると、そこに立ってたのは〈エデン〉の下部組織ギルドを統括しているギルドマスター、セレスタンだった。


「!! あんたは!」


「失礼いたします。ギルド〈エデン〉に打診されていました面接の件につきまして、結果の通知をお持ちいたしました。こちらをギルドマスターへお届け願えますか」


「……確かに預かったぜ」


「お返事はいつでも構いませんとお伝えください。では、失礼いたします」


「「「「…………」」」」


 ソークルが戻ったときは再び静けさが戻っていた。


「ラウ、手紙だ。見ていた通りだ」


「そうか。ありがとうソークル」


 それはギルドバトルをする前に〈ディストピアサークル〉が出した条件。

「〈エデン〉へのギルド吸収願い」という、今となっては身の程知らずも甚だしいと、身もだえるような黒歴史の答えだった。

 結局「〈エデン〉のおめがねに適う者が居たら引き抜く」ということに納まったそれだが、なんだかやっちまった気がしてメンバーのほとんど全員が視線を彷徨わせていた。


「やべぇ。なんか俺ら、とんでもなく恐れ知らずなことを条件に出しちまったな」


「言うな。転げ回りそうだ」


「転げまわっていい? 辛い」


「やめとけ。収拾つかなくなるぞ。あと俺も辛い」


 再びざわめくメンバーたち。

 そんな中、ラウが中身を取りだして読むと再びギルドが静かになった。

 ドキドキと早鐘の音だけが響くかのようだ。


 ラウは読み終わると一度目を瞑り、顔を上げた。


「〈エデン〉からの採用は、2名だ。1人は――ルキア」


「え? やったー!!」


「なんだって!?」


「採用!? マジかよすっげーじゃん!」


「本当に!? ルキアちゃんおめでとうーー!!」


「ちょっと待て。ラウさんは2人って言ったぞ、後誰だ!?」


「マジかよ。まさか採用通知が来るとか、思いもしなかったぜ」


「自分じゃないんだろうなと思っても、ドキドキするよな」


「ラウ、最後の1人を教えてくれ」


「ああ。――もう1人は、どうやら俺らしい」


「……やっぱりか」


 ラウの発表に再び〈ディストピアサークル〉がどよめいた。

 これからまたラウを中心にして再出発だ、というところでこの通知だ。

 ルキアだけなら問題無かったが、ラウが問題だった。


 ラウはギルドマスター。

 抜ければ、〈ディストピアサークル〉はまた苦しい環境になるだろう。


 だが、そこで後押しした男がいた。


「ラウ、お前はどうしたいんだ?」


「ソークル」


「知ってるぜ、ラウだって向上心が高いんだってな。〈金色ビースト〉をやめたのだって上を目指すためだったじゃねぇか。〈エデン〉からの誘い、受けたいんだろ?」


「……だが、俺が抜ければ〈ディストピアサークル〉はどうなる」


「そんなの、どうとでもする」


「ソークル」


「ギルドは俺に任せろ、とは言えねぇが。なに、心配すんな。こんだけ人数が居るんだ。全員で知恵を絞れば良い道も開けらぁ」


 ソークルの言葉にメンバーを見渡すラウ。


「ギルドマスター、このチャンス、活かしてくだせぇ!」


「俺たちのためにも!」


「せっかくの〈エデン〉からの誘いです。これは断ってはいけませんよ!」


「みんな……」


 ラウは言われて目を見開いた。

 あの自分だけでも〈エデン〉に入りたいと思っていたはずのメンバーたちが、こぞって自分に「行ってこい」「応援してるぞ」と送り出そうとしている。


「ラウ君、一緒に行こうよ」


「ルキア」


「大丈夫、みんなを信じてあげて。みんな、あの頃と同じ顔してるから」


「……ああ」


 最初に〈ディストピアサークル〉を組み、Eランク試験に合格してメンバーが15人に増えた時、みんな今と同じ顔をしていたのを思い出す。

 決意と喜びに溢れた良い表情だ。

 それを自分を送り出すためにしている、その事実がラウの背中を押した。


「ありがとうみんな。俺は、みんなの分まで頑張ってくる」


 こうしてラウとルドベキアはまず〈エデン〉の下部組織ギルド、〈アークアルカディア〉へ移籍することになる。

 引き継ぎ等が終わってからになるため、〈アークアルカディア〉に加入するのはダンジョン週間が明けた1週間から10日後くらいの見込みだ。




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