第728話 妖精と言えば定番。イタズラばかりの隠し部屋。




 隠し部屋の中は鈴みたいな形で淡い光を放つあかりが天井からいくつも垂れ下がっていた。しかし光量は多くなく薄暗い。壁は黒い石造りで遺跡っぽさを感じるが、同時に何か出そうとも思える場所だった。

 一見〈妖精ダン〉には似つかわしくないと思う。先ほどの泉とは雲泥の、ちょっと怖そうな場所だ。


 しかし、これにはちゃんとした理由がある。ほら、そろそろだぞ。

 俺たちが階段を降りきったところで、それは起こった。

 急に最後尾を歩いていたカルアが声を上げたのだ。


「んにゃ!? ひっ!」


「わ、わ、ちょっとカルア、どうしたの?」


 振り返ると尻尾の毛を逆立て耳をピンと伸ばしたカルアがシエラに掴まっていた。


「な、なんか、当たった。ねっちょりしたもの、当たった」


「ね、ねっちょり?」


 カルアが自分の尻尾の付け根付近をしきりに気にしてそう言った。

 うむ、怪奇現象だ。しかし、怪奇はこれで終わらない。

 次に反応したのはラナだった。


「ひゃ! 何か聞こえたわ!」


「ラナ様!? どうか私の後ろへ!」


 慌てて警戒態勢に入ったエステルがラナを庇って警戒する。

 俺も耳をませると、聞こえてきた。


「『クスクス』」


「『やってきたやってきた』」


「『食べられちゃうとも知らずにのこのこやってきた』」


 そんな声がエステルの前方から聞こえる。


「ひ!」


 今の悲鳴は誰からだろう?

 いや、分かっている。

 だって先ほど軽かった俺の左腕にシエラの腕が絡まっているから。


 見るとシエラがやや青くなった顔で奥を見ていた。ついでにシエラの片腕にはカルアも掴まったままだ。

 つまり俺はカルアに掴まれたシエラに掴まれている状態。うむ。


 そろそろお察しがついていそうだからネタバラシ。

 実はここ、妖精のイタズラの要所だったりする。

 妖精といえばイタズラ。これは切っても切れない関係。

 にも関わらずここまで妖精にイタズラされた、なんてことは発生しなかった。〈妖精ダン〉なのに。


 しかし、開発陣はちゃんと妖精のイタズラも用意していたのだ。それがここ、隠し部屋。

 別名:妖精の遊び部屋。


 隠し扉の中はある種の救済場所セーフティエリア、モンスターに襲われない安全地帯、そう安心していたところに妖精のイタズラが炸裂したらどんな反応を見せるだろうか?

 そんな開発陣の考えの基作られたと言われている場所だ。

 実は〈妖精の泉〉とここはセットで名所となっていた。


 名所なら行ってみようと訪れたプレイヤー、そして妙に自己主張の激しい四角い岩に注目しないわけは無く、程なく鍵穴を発見。開錠、そして妖精のイタズラ発生。一気にホラー体験して悲鳴チラホラ。そんな面白スポットなのだ、ここは。


 故に、俺は空気を読んでネタばらしはしない。ゲーム〈ダン活〉ではここのネタばらしは御法度だったのだ。

 リアルでも、隠し扉の中を最初っから知っているというのはそもそもおかしなことなので問題は無い。無いったら無い!


「『おいてけ~おいてけ~』」


「『これ以上進むとモンスターがいるよ、食べられちゃうよ』」


「『涎を垂らした空腹のモンスターがあなたを味見しているよ』」


「にゃ!?」


 カルアがそんな脅かし文句に飛び上がらんばかりに悲鳴を上げる。

 先ほどのねっちょりがモンスターの舌かもしれないとビビッたのだろう。

 まあ、正体は天井から吊り下げられたスライムコンニャクなのだが。


 それとここは救済場所セーフティエリア。凶暴なモンスターは出ないのでこのセリフも全部妖精のイタズラだ。怖がらせて楽しんでいるのだろう。

 俺も少しの間傍観させてもらう。ここに来た新規プレイヤーの反応を見るのは古参のプレイヤーの楽しみの一つなのだ。一気にプレイヤー同士の距離が近づくぞ。


 俺は薄暗い周りを目を凝らして見渡す、すると。あ、天井にスライムの形をしたコンニャクを発見。

 そして糸で吊るされたコンニャクがまたもやカルアに飛び、太ももにヒットする。


「ふにゃあ!?」


「きゃー!!!?」


「おお!」


 カルア再びのねっちょりに悲鳴、伝播して掴まっていたシエラも悲鳴、そしてシエラにぎゅっと掴まれた腕が幸せになる!


「ゼフィルス殿、ここは何かがいます! 一時撤退の指示を!」


「ゼフィルスゼフィルス、何ここ!? なんなの!?」


 先頭のエステルは危機感を増し、ラナがパニくっている様子だ。

 とってもいい反応だ。

 タンクのシエラがもうぎゅっと目を瞑って俺にすがり付いてきている。

 タンクが前に出れない以上撤退はやむを得ない。


 残念、傍観できるのはこれまでか。


 俺は再びカルアに飛んできたコンニャクを右手で剣を抜いて弾いた。


「見ろ、これはモンスターじゃない。ただのスライムコンニャクだ」


「!?」


「え? コンニャク?」


 カルアとシエラが目をパチパチさせながら天井から糸で吊り下げられたコンニャクを見つめる。

 2人とも信じられない様子だ。いや、理解が追いついてないのかもしれない。

 続けていこう。シエラから離れるのは、ちょっと辛いなぁ、さらば、幸せの感触。


「これはただの子ども騙しだ。モンスターに食われるというのもはったりだろう。俺がタンクとして前に出る!」


「あ……」


「ゼフィルス殿!」


 後ろ髪引かれる思いでシエラの手から離れ、先頭のエステルより前に出る。

 なんだかエステルの尊敬度が上がったような気がした。


「ラナも落ち着け」


「ゼフィルス」


「『おいてけ~おいてけ~装備でもお菓子でも何でも置いてけ~』」


「こんなこと言うやつが凶悪なモンスターなわけ無いだろう。ほら、あれが原因だ」


「あれは、拡声器ですか?」


 俺が天井の隅を剣で差すと、エステルがそれを見て目を丸くした。

 薄暗くてよく見えない位置に、拡声器っぽい形をした何かがあり、そこから声が出ていたのだ。


「は~、なんだ~。もう、おどかさないでよ!」


 正体を見てラナが露骨に肩を落とす。


「これは、いったいなんなのでしょう? なぜこのような罠が?」


「罠、罠かな? いや、確かに言われると罠って感じがしないでも無いが、これは罠じゃない」


「違うのですか?」


 違う。これは妖精がイタズラして侵入してきた人たちをビビらせて楽しんでいるだけだ。

 今頃泉にいた妖精たちは俺たちのことを鑑賞して楽しんでいるに違いない。

 いや、正体を暴いちゃったからもう楽しめなくなっているかな?


「ま、なんでもいいさ。この先に危険は無いはずだ。俺の『直感』スキルがそう言っている。このまま俺が先頭で進むが、いいか?」


「ゼフィルスに任せるわ」


「シエラは無理そうなら引き返してもいいぞ?」


「……大丈夫よ」


「そうか? 無理そうなら言ってくれよ」


 ということで俺は幽霊の正体見たり枯れ尾花ということを証明するようにズンズンと先へと進み先導。

 上からビビらせるためだけに飛んでくるコンニャクだけ『直感』と『超反応』で回避しつつ斬って進んでいき、すぐに突き当たりへと到着する。

 そこにはちゃんと〈金箱〉が鎮座していた。


「ほら、何もないだろう?」


 道は一本道ですでに突き当たり、モンスターは登場しなかったので安全の証明は出来ただろう。


「〈金箱〉! 〈金箱〉だわ! みんな、ここにはモンスターなんかいなかったわ! あるのは金に光るお宝だけよ!」


 早速先ほどの不安を忘れラナが食いついた。

 しかしラナの声はよく心に響く。

 シエラやカルアがあからさまにホッとして力を抜いていた。

 カルアなんて2度もコンニャクを受けて警戒心マックスだったからな。

 さすがはラナだ。


「じゃあ、ラナ、開けていいぞ」


「本当! もう、こんなところに置かれた宝箱なんて、何か良い物が入っていないと許さないわよ!」


 そんなことをぷりぷり言いながら笑顔で宝箱の前にしゃがみこんだラナは手を合わせて〈幸猫様〉にお祈りを捧げ、みんなが集まるのを待ってからパカリと宝箱を開けた。

 そこに入っていたのは、


「わ! これ! 〈自然適応ペンダント〉じゃない!」


「その通り当たりだラナ。これはカルアも装備している〈自然適応ペンダント〉だ」


 これがあれば暑くも寒くも無くなり環境に適応できる優れた激レアアイテム。

〈ダン活〉プレイヤーがここに必ず来る理由の一つでもある。これがあることも名所の一つと言えるだろう。

 これで〈自然適応ペンダント〉は二つになった。


 ラナが宝箱を開けたということでこれは一時的にラナが装備することになり、俺たちは改めて〈妖精の泉〉へと戻ったのだった。

 そうしてフェアフェアしている妖精を背景にタルへ泉の水を汲んで出発。


 その後は〈妖精の泉〉と同じような隠し扉を二つ見つけ中の宝箱を無事回収したのだった。

 なお、シエラとカルアは二つ目以降の隠し扉の中には断固拒否して入ってこなかった。


 そんなこんなで一行はダンジョンを突破し、最奥50層。ボス部屋の前へと到着したのだった。




――――――――――――

後書きにカウントダウン告知失礼いたします!


〈ダン活〉小説第03巻の発売まで残り3日です!

早い書店さんでは明日には置いてあるかもしれません。

よろしければ、手に取っていただけると作者は大変嬉しいです!


よろしくお願いいたします! 



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