第718話 最高機密の生産部屋。マリー先輩は腕を上げる。
〈芳醇の林檎ダンジョン〉を攻略した翌日。土曜日。
今日から10月のダンジョン週間に突入だ!
俺はテンション上げ上げな足取りでまずマリー先輩の店へと向かった。
「マリー先輩いるか~」
「…………」
いつもの挨拶と共に入店するがしかし、マリー先輩からの返事はなかった。
「あれ?」
おかしい、マリー先輩がいないぞ? どうしたことだろうか?
それと店の真ん中に立ったまま涎をたらして寝ている先輩がいるのだが、これはどうしたらいいんだろう?
とりあえず声をかけてみるか。
「せんぱーい、起きてくれー」
「ふがっ!? ふにゃふにゃ――ふにゃ? おはよう?」
「おはようございますメイリー先輩」
声を掛けたら起きた。
この人は〈ワッペンシールステッカー〉名物(?)、眠たげな先輩ことメイリー先輩だ。
しかも、自分でここに来たのではないようで、キョロキョロ辺りを見渡し、店の中だと確認した上で俺の方を向いてにっこり微笑む。
「いらっしゃいませ、本日は何をお求めですか?」
「すっっっごい適応力だな!?」
切り替え早っ! きっといつものことなのだろう。
俺がマリー先輩をしばらく貸してもらうときは大体この先輩が店に立たされていたからな。眠ったまま。
「メイリー、ちょっとええか? ん? なんや兄さん来とったんか」
「マリー先輩、おはよう」
「おはようさん」
「マリーおはよう~」
「メイリーのおはようは別の意味に聞こえるから不思議やな~」
「そう聞こえるのは間違ってないと思うぜ。今目覚めたからな。というか俺もメイリー先輩って呼んでいいか?」
「ん? なんや兄さん、今まで呼んだことなかったんか?」
「いつも寝ていたからなぁ~」
「えへへ、それほどでもあるよ」
「今のどこに照れるところが!?」
さすがマリー先輩の所の売り子。良いボケをしている。
眠たげな先輩から寝ボケの先輩に改名しても良いかもしれない。
「メイリー先輩、改めてよろしく?」
「うん。よろしくね、お兄さん」
「あなたもそう呼ぶか! 普通にゼフィルスでいいぜ」
「スヤァ~」
「って寝た!? 人と会話中に立ったまま寝た!?」
挨拶の途中で相手に寝られてしまった時の対応を、誰か教えてください。
「ええツッコミやで兄さん。そんで、今日はなんの用や?」
気にしなくていいみたいな手振りでマリー先輩が用件を聞いてきた。
いいツッコミと褒めてもらえて気分が良くなったのは内緒だ。
「いやマリー先輩の様子を見にきたんだ。上級職になったし、その感想とか、今の状況とかな」
「よう聞いてくれはったわ兄さん!」
くわっと、マリー先輩の釣り目が開いた。何事!? 別に何事でもない。
普通に歓迎されていただけだった。あと目が大きいと余計にロリっぽく見えるぜマリー先輩。
「中行こか兄さん! ここで言葉を重ねてもなんも伝わらへん、とりあえず現物見て話させてぇな」
「お、おう」
押しの強いマリー先輩に連れられ中へと入ると、ギルドハウスの工房と思われる一室に案内された。
ギルドハウスの生産工房だ。ここは言わば生産ギルドの心臓部。秘匿性の高い物も多くあるギルドで一番大切な部屋のはずだ、もちろんこの部屋に入るのは初めてである。
「おいおいマリー先輩、ここ生産工房だろ? こんなところに部外者入れていいのか?」
「兄さんなら問題なしやな。だって兄さん、商売敵にならへんやろ? つうかスポンサーみたいなもんやし」
「あ~、そういう見方も出来るのか」
マリー先輩が普通は部外者立ち入り禁止である心臓部に俺を招き入れたのは、おそらくマリー先輩に
要は自分のところで服飾師を抱えることはしない、外注する気満々と宣言したようなものだ。だから別に技術を盗まれようがなんとも思わないと。さすがはマリー先輩、肝が据わっておられる。いつも度肝を抜かれているわけではないのだ。
「それで見てほしいのはこれや!」
「おお! 上級装備がこんなに! それにこれは〈白銀聖魂装備一式〉じゃねぇか!」
工房の隅に飾られていた装備類をマリー先輩が見せてきた瞬間、俺の興味がギュイーンと上昇した。
そこにあったのは俺がさらに渡した上級レシピ〈白銀聖魂装備一式〉の試作品、それだけではなくいくつか俺がレシピを持っていなかったはずの上級装備まであったからだ。
「それとこいつらはうちら〈ワッペンシールステッカー〉が持っとった上級レシピで作ったもんや。これでもCランク常連のギルドやからな。上級レシピは少しは持ってんねん。ドヤッ」
「おお~壮観だ~。ドヤるのも分かるぜ」
こりゃマリー先輩、かなり熱中したな?
マリー先輩が〈
特にシリーズ装備の一つ、タバサ先輩が装備している〈白銀聖魂装備一式〉だ。
俺はマリー先輩から『鑑定LV7』まで育っている〈解るクン〉を受け取り、その詳細を確認した。
まだ俺の求めるクオリティに届いていないとはいえ、いくつかの上級素材が使われているな。タバサ先輩が現在装備している物とは明らかに性能が違う。
「マリー先輩がすげぇ。というか上級素材はどうしたんだ? 足りなかっただろ?」
「そこは外注や、素材確保専門のAランクギルド〈サンハンター〉に上級素材を採ってきてもろうたんや。あそこは上級ダンジョンでも浅い階層くらいは潜ってこれるかんなぁ」
「マジか」
〈キングアブソリュート〉以外にも上級ダンジョンに潜っているギルドはある。
〈キングアブソリュート〉はあくまで攻略を目指しているギルドだ。深層に向け、ガンガン攻略していっているギルドだからこそ注目されているんだ。
他のギルドでも上級下位ダンジョンに潜らないわけではない、ただ攻略はしておらず採集などの活動をしている。
そして今回、マリー先輩はAランクギルドに依頼し、素材をかき集めたようだ。
その上級素材と
下級職の生産力とは違い、上級職が上級素材を少し多く混ぜて作っただけで性能が段違いだった。
「ふっふっふ、兄さん。まだまだ驚いてもらうで」
そうマリー先輩が不敵に笑った。
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