第712話 シエラとラナは噂に聞く。誰の手を引いてたの?
「ダンジョンで装備を揃えるぞ」
「また唐突にきたわね」
週も半ばの水曜日。
俺は教室で上級ダンジョン攻略メンバーたちを集めて堂々と宣言していた。
答えてくれたのはシエラだ。しかし、
「それよりゼフィルス、昨日マリー先輩を上級職に転職させたという話なんだけど。どういうことなのかちゃんと説明して?」
「それより? あれ、ダンジョンの話はどこに?」
俺のダンジョンに行きたいという話がなぜだかスルーされています。
「ラナ?」
「私も気になっていたのよ! そんなにマリー先輩に貢いで、なにする気なのよ!」
「ラナ様、もう私たち以外居ないと言ってもここは教室ですので、もう少し婉曲にお伝えください」
いつもはダンジョンに行くと言えば食いつくはずのラナが憤っていた。
俺の味方はどこ!?
「カルア?」
「むにゃむにゃ」
「こっちは寝てる!?」
最後の頼みのカルアは机に突っ伏して寝ていた。
おかしい、さっきまで起きていたはずなのに!?
「答えなさいゼフィルス。〈上級転職チケット〉の譲渡なんて、いったい何が目的なの? まさか、本当にマリー先輩を……」
「ゼフィルス! どどど、どういうことなのよ!」
シエラの圧がいつにも増して強い気がする。気のせいであってほしい!
ラナも顔を赤くして全面抗議の構えだ。
この世界では〈上級転職チケット〉の価値がむちゃくちゃ高いせいで売買は禁止されている。しかし、タダでの使用、譲渡であれば禁止されてはいない。
だが、実際タダで譲渡なんてありえないわけで、それなりの見返りを求めるのが普通なのだ。
それ売買とどう違うの? と思うかもしれないが、何事も建前は重要だ。
要は〈上級転職チケット〉の譲渡とは恩を売る行為と考えて良い。だから恩を返すためにどういう物を貰ったのか、それをシエラたちは知りたがっているわけだ、と思う。
「い、いや、ちゃんとした理由があるんだぞ? 確かにマリー先輩個人と専属契約を交わしたが、利点が色々あってな――」
俺は昨日あったマリー先輩とのやり取りや、取り決めなどを説明していく。
外部発注できる意味とそれが今後どれだけ必要になるかを説明していった。
ちなみにだが、これは〈ワッペンシールステッカー〉ではなくマリー先輩個人との専属契約となる。〈上級転職チケット〉や上級レシピも
ギルド〈ワッペンシールステッカー〉としてもマリー先輩の売り上げた一部を入れてもらえるので歓迎されているようだ。上級職を抱えるギルドとして知名度も上がる見込みだしな。
「「なんでマリー先輩なの?」」
しかし、いつもなら納得していただけるはずなのに、なぜか引いてくれないシエラとラナがハモった。
なぜか嘘をついたらしょっ引かれる未来が見えた気がした。(気のせいです……多分?)
そこへ救世主現る。メルトとミサトが教室に入ってきたのだ。
「ここにいたのかゼフィル――取り込み中のようだ。行くぞミサト」
「あ~。メルト様待って~」
しかし救世主は一瞬で去って行った。ちょ、待ってメルト!
俺は孤軍奮闘でなんとか説得する。
「い、いや。マリー先輩はとても信用しているし、そもそも〈ワッペンシールステッカー〉には最高峰の設備が揃ってるから良いとずっと考えていてな」
「……本当にそれだけなの? 他意は無いのね?」
「貴族の中には〈上級転職チケット〉を送る代わりにお嫁さんを貰って家の繋がりを強化した、なんて例が多くあるのよ!」
「認められなかった婚約を、〈上級転職チケット〉を相手の家に献上することで婚約を認めてもらえた。なんて話もありますね」
「何その〈嫁チケット〉羨ま――、っていやいや、マリー先輩は嫁じゃねぇよ!?」
ようやくシエラとラナが何をそんなに疑っていたのか見えてきた。
なんとか勘違いだと説明する。
そういえば、マリー先輩が〈上級転職チケット〉を渡す意味を分かっているのかとやたらと聞いてきたのは、もしかしたらこれの事だったのかもしれない?
いや、俺は貴族では無いのだからないない。でも一応マリー先輩にも後で言っておくとしよう。
そんなこんなで、なんとかシエラとラナが落ち着きを取り戻す。
「はあ、あなたはもっと自分の特異性を自覚したほうがいいわ。それに私たちの専属になったといえどマリー先輩は私たちのギルドに所属しているわけじゃないんだから引き抜かれたらどうするのよ」
「え? 〈エデン〉より入りたいギルドなんてあるのか?」
「…………たとえよ」
素で聞き返してしまったらシエラが視線を逸らした。
引き抜かれそうになったら、俺がそれ以上の条件をつけて引き抜けば良い。何の問題もない。あ、その時は設備が……。いや、それはその時にでも考えよう。
「とりあえず根回しが要るわね。セレスタンは、多分もう動いているのでしょうね。ゼフィルスは学園長にも話を通しておいて」
「学園長にか?」
「学園の外からちょっかいかけてくる人がいないとも限らないもの」
「なるほど」
どうやら上級職の生産職というのは俺が思っている以上にこの世界では重要なようだ。
いや、なら〈上級転職チケット〉を生産職にも使えし!? いや、ダンジョンに潜らない生産職がこの世界では超貴重な〈上級転職チケット〉を手にする機会が無いのは分かるけど。
あまりに価値が高すぎて、道楽なんかではまったく使えないらしいからな。
貴族だって生産職に使うくらいなら優秀な親族に使うという立ち位置らしいし。
そしてシエラはそんな背景をしっかり理解し、色々根回しをしようとしているようだ。
なんだか大事になってしまったな。
「別にこれくらいなんてことはないわ。そのためにセレスタンがいるのだし、あなたは伸び伸びとダンジョンに精を出せばいいのよ」
なんだか若干言葉に棘があるものの、とりあえず納得してくれたシエラ。ラナはまだプリプリっとしていたが、可愛いにしか見えない。見ろ、エステルも頬が緩んでるぞ。
「ん、おわった?」
「本当に寝てたのかカルア」
少し狸寝入りを疑っていたのだが、どうやら本当に寝ていたらしいカルア。口に涎が付いていた。大物だぁ。
「それで、ダンジョンに行くのだったかしら?」
「お、おう。せっかく上級職の【服飾師】を味方につけられたんだから、これから上級下位ダンジョン入場条件を満たすと共に、装備を整えていこうと考えている。だからダンジョンに行こう!」
「どこに行くのよゼフィルス」
ラナがまだちょっとご機嫌斜め的な声色で言う。
う、うむ。ここはラナたちの機嫌を取っておいたほうが良さそうだ。
なら、行くダンジョンは決まっているな。
「これから行くのは20層まで攻略して止まっている、〈芳醇の林檎ダンジョン〉、通称:〈リンゴダン〉の続きだ! ついでに〈芳醇な100%リンゴジュース〉も集めるぞ!」
「素敵!」
ラナのご機嫌が一瞬でよくなった。
〈芳醇な100%リンゴジュース〉の力、すげぇ~。
ということで俺たちの活動はまず〈リンゴダン〉の攻略ということになった。
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