第678話 マッスラーズの夢と提示された条件は。




 とりあえず、自己紹介されたからには返さなければならない。


「……Cランクギルド〈エデン〉のギルドマスター、ゼフィルスという」


「下部組織ギルド〈アークアルカディア〉のギルドマスターをしております、セレスタンと申します。以後お見知りおきを」


「今日は急な訪問を許してもらい、えっと、マッスル先輩? には感謝している」


「はっはっは、いいってことだ。俺もゼフィルス氏とセレスタン氏とは一度話したいと思っていたのだ」


 ランドル先輩改めマッスル先輩が豪快に笑う。


 どうやらセレスタンの予想通り、向こう側にも俺たちに用があったようだ。


「おっと、そうだ、俺の話をする前にそちらの用を済まさないとな。そこの引き締まった筋肉たちよ、あれを持ってきてくれ」


 パンパンとマッスル先輩が叩いて音を鳴らし、メンバーに頼みごとをする。

 どうでもいいが、叩く場所が掌ではなく力瘤ちからこぶをパンパン叩いて鳴らしていたのには意味があるのだろうか?

 確かに筋肉はパンパンに膨れ上がっているが……。

 あと指名の仕方も……。これが筋肉流?


 その後、2人の指名(?)された筋肉さんが扉から出ると、1分という時間を掛けて戻ってきた。


「待たせたな! これがご要望の品だ!」


「お、おう」


 マッスル先輩がそう言うが俺はその後ろの光景の方が気になった。凄く。


 現れた2人は腕をまくり、筋肉を見せつけ、男笑いに鉢巻きを着けたどこか祭りを思わせる姿だった。

 さらにその思いを膨らませるように2人が担いだものはお神輿のような形をしていた。ついでに「わっしょいわっしょい」掛け声をならしている。


 そうしてスッと俺たちの隣にお神輿を寄せると下に降ろし。丁寧にお神輿に乗せられた金色の箱を取り外して俺とマッスル先輩の間にあるテーブルの上に置いた。


 用が終わると筋肉男2人組はただの担架になってしまった元お神輿を担ぎ、「わっしょいわっしょい」言いながら部屋の扉から消えていったのだった。


「…………」


 あまりの迫力に思わず固まってしまったよ。

 お神輿を下ろすとき、筋肉男2人組みの視線がバッチリ俺に向いてたんだ。白い歯を見せ付けるような笑みを浮かべて。


「今のはいったいなんだったんだ?」


 素朴な疑問が飛び出たのは、「わっしょいわっしょい」の掛け声が聞こえなくなってからだった。


「素晴らしい錬度だろう? ああやって俺たちは筋肉の連携を深めているのだ」


 筋肉の連携ってなんだろう? ここは俺の知らないことがありすぎる!


「ゼフィルス様、本題に移りましょう」


「……そうだな」


 大丈夫だ。俺には心強い味方、セレスタンがいる。

 常に冷静さを失わず、俺を手助けしてくれる執事に力を貰い、話を進行させる。


「これが例の?」


「うむ。開けてみるといい」


 金色に輝き、様々な光を反射する箱。

 マッスル先輩に促されて開けてみると、そこに大事に保管されているのは俺たちの目的物〈天魔のぬいぐるみ〉に間違いなかった。

 なぞのプロテインとか入っていたらどうしようかと思っていたのは内緒である。


 なるほど、そういえば〈天魔のぬいぐるみ〉はオークションの末端価格で1億ミールだった。何しろレアボスからしかドロップしないお高いアイテムだ。それゆえにこうして大切に保管されていたのだろう。

 うちのギルドみたいにぬいぐるみは全て飾るもの、もしくは抱きしめる物でなくて本当に良かった。

 まともに保管されていたことに内心驚いたことも秘密にしておこう。


「確かにこれは〈天魔のぬいぐるみ〉ですね」


『鑑定』のスキルが付いた〈メドラ〉で見たセレスタンがこれを〈天魔のぬいぐるみ〉だと確認した。

 ここからが値段交渉だな。こういうのはセレスタンにお任せだ。


「それでお値段ですが――」


「うむ、それに関してだが」


 セレスタンが交渉を始めようとしたところで腕を組んだマッスル先輩が被せて遮ってきた。一体何事だと思う間にマッスル先輩の話が続く。


「とある条件を飲んでくれるなら金は要らない」


「ほう?」


 末端価格1億ミールの価値がある〈天魔のぬいぐるみ〉のお金を要らない。

 つまりは最低でも1億ミールの価値がある条件ということだ。もしくは1億の仕事かもしれない。タダより高い物は無いという言葉もある。

 この時点でその条件は気軽に受けられなくなったな。

 しかし、条件の内容も聞かずに断ることは出来ないので先を促す。すると、


「少し長い話になるが、実は現在〈筋肉は最強だ〉ギルドはギルド内の改革を進めている」


「改革?」


「ゼフィルス氏が唱え、今まさに実行されようとしている〈転職制度〉だ。ほとんどのギルドメンバーがこれに応募している」


 なぜだろう。突然嫌な予感が過ぎる。そしてその予感は的中した。


「俺たち〈筋肉は最強だ〉ギルドは今まで、真の筋肉ではなかった。しかし時は来た! 我らこころざしを同じくする同士たちと共に、このギルドを最強の【筋肉戦士】ギルドに改革するのだ!」


 デデン!

 そんなテロップが背景に見えるかのようにマッスル先輩が立ち上がり宣言する。

 いや、部屋にいた3人の筋肉たちも同調するようにマッスル先輩の後ろでポーズを決めだした。ヤバイ。


 というか正気か!?


「実はこのギルドではな、ほとんどのメンバーが【筋肉戦士】ではなかったのだ。しかし〈転職制度〉が確立され、【筋肉戦士】も制度の枠に組み込むことに成功し、さらに俺たちギルドメンバー全員が【筋肉戦士】の発現条件をクリアしていたのだ! もうなるしかない!」


 どこからツッコミを入れたらいいかわかんないぞ!?


 え? そもそも〈転職制度〉は「高位職に〈転職〉する者」が条件に入っていたはずだが【筋肉戦士】は中位職だ。しかし、認められちゃったの?

 この世界の【筋肉戦士】の認識が高すぎる!!


 というかBランクギルド全員を【筋肉戦士】オンリーにするとかマッスル先輩よ正気か!?

 いや、発現条件は〈①マッチョであれ〉だけだからそりゃあこのギルドメンバーなら全員満たせるだろうけどさ!


「ゼフィルス氏には感謝しているのだ。おかげで俺たちの夢は叶いそうだ」


「え? ああ。どういたしまして?」


 どう返せばいいんだ? セレスタン教えて?

 俺がチラッとセレスタンのほうを見るとセレスタンはいつもの微笑み、そして「頑張ってください」と顔に書いてあった。

 えええ?


「本当ならこれだけでもう、このアイテムは渡してもいいとすら思っていたんだがな。さすがにこの価値のアイテムだ。タダでプレゼントするわけにもいかなくてな。一つ仕事を頼まれてほしいのだ」


 お、おう。学園のみんな。マッスラーズのギルドがマジのマッスラーズになろうとしているぞ!

 ユミキ先輩はこれ知っていたのだろうか?


「それで仕事とは?」


「うむ、ゼフィルス氏たちのクラスには〈マッチョーズ〉たちがいるだろう? 全員【筋肉戦士】という素晴らしいギルドだ」


「あ、ああ」


 素晴らしいギルド……。思わずセレスタンにチラリと視線を送りそうになったぞ。


「例のクラス対抗戦は俺も見ていた。彼らはやはり素晴らしい逸材だ。特にアラン君には是非俺の後を継いでほしいと思っている。ついては彼ら全員、〈マッチョーズ〉を〈筋肉は最強だ〉ギルドに吸収したいと考えている。しかし、彼らには何度か打診していたのだが、その全てで断られていてな。ゼフィルス氏にはどうか彼らの説得をしてほしいのだ。叶えばこの〈天魔のぬいぐるみ〉を渡そう」


 それは、〈筋肉は最強だ〉ギルドからの〈マッチョーズ〉吸収の協力依頼だった。




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