第665話 ゼフィルス先生のジョブ発現講座。はじまり~




「え、う、嘘!」


「こ、これは!!!!」


 場所は空き教室。

 あの後、良く分からないといった表情のカタリナさんを連れて、俺、リーナ、フラーミナさん、ロゼッタさんそしてラミィ研究員と共に、この日のために〈竜の像〉が設置されていた空き教室に向かった。


 そしてリーナに励まされたカタリナさんが困惑の表情のまま竜の頭に手を置いて、映し出されたジョブ一覧に驚愕したのだ。


「し、【深窓の令嬢】が再発現しています!?」


 そう、カタリナさんの言うとおり、消えたと思っていた職業ジョブが再発現していたのだ。うむうむ、いいリアクションだ。

 淑女っぽい雰囲気のお嬢様の驚き顔、プライスレス。


 あと、やや1名、本人より驚愕している人もいる。


「ど、どどどどどどどういうことなんだねゼフィルス氏!? ついさっき見たときは確かに【深窓の令嬢】は無かったのだぞ!? 本当についさっきまで無かったのだ!」


 お、おう、鼻が届きそうなほど顔を近づけて叫ぶラミィ研究員の勢いに俺は仰け反った。

 近い近い。

 とりあえず肩を掴んで引き離――あれ? 引き離せない。力強いぞこの研究員!?


「と、とりあえず、落ち着いて、説明しますから」


「本当だね!? 嘘じゃないね!?」


「ほんとほんと」


 そう言ってなんとか離れてもらった。

 この人、もしかして「公爵」の武力系職業ジョブ持ちか? むっちゃ力強かったんだが。


「あ、あの、勇、ではなく、ゼフィルス君は【深窓の令嬢】の条件を知っていたの? 我が家に伝わっていたほとんど幻の職業ジョブなのだけど」


 あ、あ~。そうだったな。

 ゲーム〈ダン活〉時代、【深窓の令嬢】の発現条件、というか【深窓の令嬢】自体発見が難しい職業ジョブだった。

 とあるクエストで侯爵の保有する建物に訪問したときに、【中二病】のユニークスキル『我の邪眼に視えぬ物無し』を使って本棚を調べると発見できるという、かなり隠された職業ジョブだったのだ。シエラの【盾姫】と同じく特殊ルートになるからな。認知度は低いと思われる。


 あれ? ということは、あの【深窓の令嬢】の家系ってカタリナさんの家系だったのか!? カタリナさんが【深窓の令嬢】を知っているという事も、秘蔵されていたのが実家だったというならわかる。

 あり得る、超あり得るぞ。マジか!?

 おお、俄然やる気がみなぎってきたぜ!

 いや落ち着け、ここでテンションが上げ上げしたらラミィ研究員と同じと見られてしまうぞ。


「こほん。それには答えられないが、発現条件のこれが原因ではないか、というものなら分かるぞ」


「ふおおおお!! そ、それでゼフィルス氏、それはいったい!?」


 ラミィ研究員のテンションがヤバイ。

 さすがに目に余ったのかリーナが咎めた。


「もう、あなたは少し落ち着いてくださいな。ゼフィルスさんが話せないではありませんか」


「これが落ち着いていられるかね!? ずっと分からなかったジョブ一覧から職業ジョブが消えるという謎、それが解明できるかもしれんのだよ!? ここで冷静になる者は研究者じゃない!」


 ラミィ研究員のセリフもわからんではない。

 俺たち〈ダン活〉プレイヤーたちも同じ道を通ったものだ。

 しかし、全部教えてあげるわけにはいかないな。でも少しくらいならいいだろう。


「高位職の発現にはな、特殊な条件があるんだ。発現条件が消えてしまうのもその類が関係しているな。そういえばラミィ研究員に聞きたいのですが、【深窓の令嬢】についてどれだけ知ってるのでしょう?」


「まったく知らないに等しい! 過去数件の発現例があったとの話だが公式記録には載っていない。そして現在この職業ジョブに就いている者も皆無だ! 故にカタリナ嬢にはとても注目が集まっている!」


「やっぱり。まあ〈転職〉が忌避されていたんだから仕方ないか……」


「そ、それはいったいどういうことなんだね!?」


 ラミィ研究員が身を乗り出そうとし、リーナとロゼッタさんに両肩を掴まれ、腰にフラーミナさんが抱きついて押さえられた。

 しかし、そのまま3人を引きずる形で前へ進もうとしてくる。

 研究員強いな!?


「つ、強いですわ!」


「この人何者なの!?」


「お、教えますから落ち着いてくださいって。ほら、上級職に〈上級転職ランクアップ〉するときの条件で〈何々の職業ジョブに就いていなければならない〉ってのがあるじゃないですか」


「うむ。それくらい常識の範囲内だな。戦士系なら戦士系の上級職が発現する。魔法使い系なら魔法使い系の上級職だ。たまに上級職1種類しか就けないという特殊なルートを持つ職業ジョブもあるな。【筋肉戦士】なら【鋼鉄筋戦士】とか」


「そうです。これは、実は下級職にも当てはまることがあります」


「む?」


 前に俺が講演で言ったことを覚えているだろうか?

「モンスターを倒すことが高位職の条件だ、つまり最初は低位職、中位職に就いて、〈転職〉によって高位職に就くのが正しいルート」と言ったのだ。

 その影響で〈転職制度〉が出来たので研究員なら覚えがあるだろう。


 つまり、高位職には、こんな系統の条件が混ざっていることがある。


 ――〈【箱入り娘】に就いてモンスターを100体倒す〉。


【深窓の令嬢】の条件の一つだ。

 ほとんど発現例がない理由と思われる。


 つまり敢えて中位職や低位職に就き、そして〈転職〉によって高位職にならなければ就く事ができないルートが存在するのである。

 これは開発陣の思想を上回った〈ダン活〉プレイヤーが中位職や低位職に就かず、一足飛びで高位職を取得するようになった弊害だな。


 おかげでこの系統の条件がある職業ジョブは発見がとても遅れたのだ。

〈転職〉が前提となっているせいで【深窓の令嬢】の発見は下級職の中でもかなり最後のほうだった。

 この世界では条件が分からなくて当然だろう。

 俺はそれを掻い摘んで説明する。


「な、なんだって、そ、そんな条件が!?」


「上級職にあるんですから下級職にあっても不思議じゃないでしょう?」


「た、確かに!? 確かに確かに確かに!! そういえばこの〈転職制度〉の応募者に何人か未知な職業ジョブが発現していたがまさか!?」


「お察しのとおりかも知れませんね」


「こ、これは大発見だよ!? すんばらしい発見だ!! ん? しかし、それだとどうして発現した職業ジョブは消えたんだ?」


「ああ、それはこの条件とは関係ない別の条件で消えたんだと思います。――カタリナさん」


「は、はい!」


 突然話しかけられたカタリナさんがビクッとしていた。

 ジョブ一覧に復活した【深窓の令嬢】を呆然と見ていたカタリナさんが俺へと振り向く。


「第一回目のジョブ一覧を確認したときなんだけど、なんか箱みたいなの持ってなかった? 収納するタイプの」


 確認したかったのは最初【深窓の令嬢】が発現したときに持っていた持ち物類だ。


「え、えっと? あ、もしかしてアクセサリーケースのことかしら」


 どうやら心当たりがある様子だ。

 今は持っていないらしいが、第一回目の時はアクセサリー装備を入れるケースをポケットに入れていたらしいと聞く。

 それが原因だな。


 ピアスやネックレス、指輪なんかを入れるために小さなアクセサリー入れを使う女子は割と多いらしい。アクセ装備は武器や防具と違って小さいからな。

 学園にいるときは性能より見た目でアクセ装備を取り替える女子が一定数いるのだ。


「おそらくそれだな。職業ジョブによっては〈何かを持った状態〉が条件になることがあるんだ。今回はそれを持ってなかったから発現していた職業ジョブが消えたんだろう」


【深窓の令嬢】の条件の一つ、〈箱を持った状態で〈竜の像〉へ触れる〉というものがある。

 つまり発現していた【深窓の令嬢】が消えたのは箱を持っていなかったせいだ。



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