第586話 奇襲。リーナに迫る黒猫の刃。




「リーナ姉さま、第三要塞が! 何かに攻撃を仕掛けられているみたいよ!」


〈竜の箱庭〉に写る第三要塞では、防衛メンバーたちが慌しく動く様子が映し出されていた。

 陣形を取り、バリスタに人が配置されている様子から襲撃である様子が窺えた。

 しかし、その相手が見当たらない。否、写らない。


「わかっていますわ。ですがこれはいったい? 『ギルドコネクト』! 第三要塞の担当者さん、状況は」


 リーナはすぐに『ギルドコネクト』を使い、第三要塞にいる〈51組〉の担当者に連絡を繋げた。すぐに第三要塞にいる女子と回線がつながる。


「へ、ヘカテリーナさんですか!?」


「はい。そちらが何かに攻撃を受けていることは把握していますわ。ですが相手が、〈竜の箱庭〉には写らないのです。相手はいったい誰ですの?」


「て、敵は、敵は! あの、ほ、微笑みの!」


「ほ、微笑み!?」


 向こう側は相当混乱しているようで何度もつっかえていたが、確かにリーナは「微笑み」という言葉を聞いた。


「微笑みの筋肉部隊・・・・が攻めてきているのです!」


 そしてずっこけそうになった。

 いや、ずっこけている場合ではない。


「じょ、状況を詳しく! 敵は何人ですの!?」


「3人です! えっと、セレスタンが1人と筋肉が2人です! 光の大きな剣も飛んできて――」


 待って、セレスタンが1人って何?

 そう、聞き返しそうになったがグッと飲み込んでリーナは情報を咀嚼する。

 光の大きな剣というのは間違いなくラナ殿下の魔法攻撃によるものだ。まさかの二拠点同時攻勢!


「セレスタンさんに筋肉さんの部隊ですの? でも【筋肉戦士】はスキルと魔法を使えない。ならセレスタンさんのスキル! まさかそんな効果が!?」


 リーナはセレスタンには〈竜の箱庭〉に写らない何かしらのスキルが隠されていたのだと看破した。

 そしてその考えは当たっている。


 セレスタンのユニークスキル『皆さまが少しでも過ごしやすく』の効果は「周囲にいる味方のマイナス効果の無効化」だ。

 そうマイナスと書かれている。デバフだけを無効化するのなら「デバフの無効化」だけでいいのになぜこんな書き方をしているのかというと、これはデバフだけが対象ではないからだ。


 実はこのマイナス効果とは「索敵や追跡の対象とされる」ことも含まれている。

〈竜の箱庭〉は【姫軍師】のスキル『人間観察』によって人を捕捉している。それを【バトラー】のユニークスキルは防いでいるのだ。

 リーナもてっきりデバフだけの無効化だと思い込んでいた。


 微笑みの筋肉部隊たちはあの第四要塞からの撤退の後、すぐに東へと逃れていた。

 そうしてゼフィルスたちの襲撃にあわせ、第三要塞を襲撃したのだ。これもゼフィルスの指示通りである。


「大丈夫ですわ。第三要塞も2回強化済み、そんな短時間では落ちません。第一要塞の一部を援軍に回しますわ。もう少しだけ耐えてくださいませ!」


 当然、リーナも第三要塞が狙われることを想定しなかったわけではない。

〈51組〉拠点の位置や第四要塞のダメージから、第四要塞が狙われやすいというだけで、回り込まれて第三要塞が狙われる可能性もちゃんと考えていた。

 しかし、これはリスクの高い手だ。リーナが主力を向かわせれば、第三要塞と戦闘中に後ろを取られ、挟撃によって討ち取られてしまうだろう。


 だからこそ二拠点同時攻勢を仕掛けてきたと思われる。しかし、第三要塞の攻撃は数が3人だ。第一要塞の人員を南から回り込ませるように挟撃させれば乗りきれるハズ。リーナは慌てずに戦況を見て決断した。


 もうすぐ〈3組〉が到着する。現在〈3組〉は中央山沿いに進み、ゼフィルスたちの背後を突こうとしていた。これが成功すれば、もしかしたらラナ殿下など、〈1組〉の大事な後方を破れるかもしれない。


 ゼフィルスはこれを見越して〈3組〉を第三要塞の援軍に方向転換させたかったのかもしれない、とリーナは考える。


 もう少し時間を稼げれば戦況は変わるかもしれないと、リーナの期待が高まる。


 しかし、ここで予想外が起こった。


「!! リーナさんを守って! 『盾流し』!」


 最初に反応したのは二盾使いのトモヨだった。

 いきなりリーナをかばう様に盾を構え、スキルまで使ったのだ。


「!!」


 そして何かが飛来し、トモヨの盾に命中。「ガキィン」という金属音と共に弾かれる。


「狙撃!?」


「厳戒態勢!」


 それは遠距離からの狙撃だった。

 ラナのでっかい宝剣ではない。ガンナー系のスナイパーの射撃だった。


「〈竜の箱庭〉に写っていない狙撃、シズさんの『魔弾』ですわね! 『望遠』!」


 リーナはその攻撃に見覚えがあったことでそれが誰がしたことなのかすぐに看破した。

 遠くを見ることが出来る『望遠』スキルで見れば、〈北西山〉に立つ1人のメイドが見えた。【戦場メイド】を持つシズである。


 リーナは先ほどの〈竜の箱庭〉に写らない敵がいるという部分から、真っ先に思い浮かんだのがシズだった。

 シズの姿を確認した瞬間、すでに構えていた魔砲からスキルが撃ち出される。


「応戦します! 『ハイパーカノン』!」


 リーナの反撃。

 マスを超えるせいで減退を受けてしまうが、牽制にはなると、大きなキャノン砲を放ったのだ。シズもすぐに回避運動へと移ったのが見えた。


 しかし、それが囮であることにリーナたちはすぐに気が付くことになる。

 通路部が突然騒がしくなったのだ。


「な、なんだあいつは!?」


「速いぞ!? くっ、追いきれない!?」


「うそ!? いつの間に斬られたの!?」


 それは悲鳴。

 しかし、その発生源が問題だった。

 だってそこは要塞の上部、リーナがいる通路部の奥から聞こえた悲鳴だったから。


「く、黒い影が!」


 目にも留まらないスピードで、リーナに接近する影がいたのだ。


 リーナたちが〈竜の箱庭〉から目を逸らし、シズに注目している隙に要塞に飛び乗った小さい影。両手にキラリと光る短剣がスキルと共に繰り出される。


「――ん、取った。――『64フォース』!」


 その影に狙われたリーナが大きく目を開けて驚愕する。


「カルアさん!?」


 そう、その影はカルアだった。一瞬で通路部を駆け抜け、リーダー一点狙いで狩りに来たのだ。一瞬でトモヨの脇をすり抜けてリーナにスキルを放った。


「や、やらせはしないよ!」


 皆が反応できない中、一人飛び出したのは〈5組〉のナギだ。

 リーナの護衛でありサポート職。【隠密】系の高位職【レイヴン】を持つ彼女は『気配敏感』スキルで正確にカルアの場所と狙いが分かっていた。

 同時に、接近されたことでリーナに掛けられていたハイド系スキル『木を隠すなら森の中』や、遠距離による攻撃の命中率を下げる防御スキル『岩の影にその身を隠せ』の意味が無くなっていることも分かっていた。

 もう手段を選んではいられないと、足音を立てず速度を上げる『静かに駆け足』で、カルアの前に飛び出したのだ。リーナをかばって。


「――ん!」


「きゃ、きゃあぁぁぁぁぁ―――」


「な、ナギさん――!!」


「カジ! 結界!」


「!! 『大結界』!」


「! む、失敗した」


 作戦が失敗したことを悟ったカルアがバク転をしながら下がる。

 リーナを狙った攻撃をナギがかばい、ナギは退場していったのだ。


【結界師】のカジマルによって結界が張られ、ギリギリのところで難を逃れることに成功する。


 リーナの完全な予想外。


 カルアがそこにいた。





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